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元不良と優等生な幼馴染!  作者: あまゆき
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第八話 妹がやってくる話し

「……しくったな」


 キッチンにて、スマホを見ていた虎は失敗したと頭を掻いた。


 激安スーパーで買い物をし、帰ってくればスマホにメッセージが届いている。

 相手はもちろん小雪であり。


『今日はピアノコンクールがあるからご飯いらなーい』


 というメッセージと謝っている可愛いキャラのスタンプが届く。


「しょうがねえか」


 今日買ってきた分は明日にしようと冷蔵庫に放り込む。そして消沈したようにソファに沈んだ。


「夜は……めんどくせ」


 適当にカップ麺で済まそうと目をつぶる。

 時刻は夕暮れ。ひさしぶりに、小雪のいない夜だ。


 小雪は毎日虎と晩御飯を食べる。最初は親が夜は居ず、適当に済ます小雪を心配しての誘いであったが最近はそれが義務になっているかもしれない。

 虎はそう思った。

 晩御飯を食べる義務。そのせいで、小雪が夜は友達と遊び歩けない。まあ高校生としては健全かもしれないが、虎としては束縛になっているのではという心配もある。


 ひさしぶりの事に、ちょっと動揺していた。

 だがそれも、眠りに沈めばいずれ忘れる程度だ。




 ――ピンポーン。


「んがっ?」


 玄関からなるチャイムの音に、急に眠りから覚醒する。

 寝ぼけ眼で時計を見れば、もう七時。夕飯の時刻だ。


「……誰だよ。こんな時間に」


 新聞の勧誘なら昼に来いとぶつくさ言いながら、玄関に向かう。

 小雪はチャイムなぞ鳴らさないし、十中八九お呼びでないやつらだろう。宗教か、新聞か。ロクでもないのは確かだ。

 それにしても夜に来るなと文句を言ってやろうと思って扉を開ける。


「はいはい、どな……た」


 そして絶句した。

 そこにいたのは、一人の少女だった。まだ小学校低学年程度。ショートカットの黒い髪。クリっとした瞳に、あどけない顔立ち。美少女、いや美幼女だろうか。

 少し怯えた様な少女が、そこにはいた。


「なんで、だ」


 そして虎はこの少女を知っている。

 片手で数えるほどしか会った事はないが、得意ではない。否、嫌いと言って良いか。


「えっと。ちょっとだけお世話になります。兄さん」


 虎とは似ても似つかない容姿で、少女はお辞儀をするとそう言った。



 ◇



 椎葉しいばひな

 虎と彼女の関係性を端的に表すならば兄妹となるだろう。ただし、半分だけ血のつながった。


「……あ、ありがとうございます」


 何が何のか分からないが、取りあえず家に招き入れて冷えた茶を出す。小雪に貰ったものであり、結構良い茶葉を使った一品だ。

 雛は遠慮がちにお礼を言って、虎の顔色を窺いながら茶を飲んだ。


「「…………」」


 そして沈黙。

 どちらも、何を話せばいいか分からない。

 兄妹でありながらこの雰囲気であるよう、会った事は片手で数える程度。言葉を交わしたのは百語より少ないかもしれない。

 虎と雛は、そんな関係だ。


「いったい、……なにしにきたんだ? 一人で」


 最初に口を開いたのは虎だった。

 ぶっきらぼうな口調で、雛に問いかける。


「あの、聞いてないですか?」

「聞く?」

「お母さんが連絡したって」

「あいつが? ……あ、」


 聞いた覚えはないと呟きながら、スマホを起動する。

 すると、良く見れば母親から新着のメッセージが届いていた。


『雛を数日預かってください』


 そんな簡素な言葉がつづられている。

 なぜ預けるとか、いつまでという具体的な数字はない。ただそれだけだ。


「確かに来てるが、……なんで俺?」


 預けるにしても、虎である必要はない。

 息子であろうとすでに縁が切れている様な関係。もっと預けるに相応しい者はいるはずだ。


「預けるツテが全滅したから、って。言ってました」

「そうか……なんで預ける事になった?」

「夫婦で旅行に行くからって」

「……ちっ。そうか」


 思わず舌打ちをする。それに、雛はピクっと震えてさらに縮こまった。

 だがそれを諌める事はなく、一瞥して虚空を見た。


 気まずい沈黙。

 今までの態度から分かるよう、虎は雛の事が苦手だ。いや、嫌いといって良いかもしれない。


 だがそれに雛の落ち度はなく、ただの逆恨み。嫉妬だ。


 虎が貰えなかった物を全て貰った妹。

 特に愛。虎は親から愛を受け取った事などない。さみしがりな虎が、何より求めていた物を受け取った事がない。結果的に飢えて不良になるほどには、愛してほしかった。


 だが妹は違う。愛をそそがれて産まれてきた。祝福されて産まれてきた。すくすくと育った妹。ほんの数回しか会わなかったとしても、虎が欲しかったものを妹が全て持っているというのはすぐに分かった。

 だから嫉妬した。


 妹は何も悪くない。だが恨まなければこの心がどうしようもなくなってしまう。だから逆恨みするのだ。

 小雪は虎を強いと言った。肉体的にはとても強いだろう。だが精神的にはとても弱い。昔ほど弱くはないが、今もやはり弱い。

 

 結局、悪者なんていないのかもしれない。一番悪いのは逆恨みしている虎なのだろうか。


「……飯は、食ったのか?」

「食べてないです」


 虎の問いかけに、雛は小さく答えた。


「そうか……」


 虎もまだ食べていない。適当に済ませようと思っていたが、客人がいるならば別だ。

 雛にも適当に済まさせようという思いもあったが、それは嫉妬からくる恨みだと分かっていた。だから何か作るかと立ち上がる。

 恨みを行動に移せば、それは人として終わってしまう。そう思いながら冷蔵庫を開いた。


「まだ幼いな」


 リビングのソファに緊張した面持ちで座っている雛を見る。

 小学生低学年程度。ならば辛いものなどはNGだろう。

 幸い今日は買いだしをしてきたので、いろいろ作れる物はある。


「野菜は玉ねぎ、人参、きゅうり……トマト。あ、ケチャップか」


 開封したばかりのケチャップがある事に気付き、献立を脳内に描く。


「オムライスだな」


 鶏肉はないが、ウインナーはある。 

 小学生ならばオムイラスは好きだろう。材料は工夫すれば揃うし、問題はなかった。


 野菜を切ってケチャップライスをつくる。米は温めておくと良いというが、めんどくさいので冷蔵庫にいれてある冷や飯のまま炒めた。

 そして作れば後はタマゴだ。


 トントンして作るのに憧れはするが、虎はできないので普通に薄く焼いて巻くバージョン。

 こうする事で卵一個でできるのが良いと虎は思っていた。


「できた、ほら」


 オムライスを二皿作ると、リビングまで持っていく。


「あ、ありがとうございます」


 やはり緊張がとれない雛は、ぎこちなく頭を下げてお礼を言う。

 そしてリビングのテーブルにて向かい合って座った。


「……ほら」

「えっと」

「何か、描かないのか?」


 虎が差し出したのはケチャップ。オムライスの上は真っ黄色で、何も装飾がされていない。

 これに絵を描くのが子どもは好きだろうと、差し出す。虎も昔は好きだった。


「あ、ありがとうございます」


 ぎこちなく受け取り、絵を描きだす。といってもシンプルにハートだ。


 虎も受け取ると、適当に掛けた。

 果たしていつ頃まで真剣に絵を描いていただろうかと思いながら。ちなみに小雪は今だ本気で絵を描く。


「いただきます」

「あ、いただきます」


 小雪の影響か、挨拶だけはしっかりとする虎に続いて雛も手を合わせる。

 そしておっかなびっくり、オムライスをスプーンで掬う。しばらく見つめて、南無参とばかりに口に入れた。


「あ、……」

「なんだ?」

「美味しい、です」

「……そうか」


 雛は目を丸くしていた。そして味わう様に噛むと、飲み込んでまたすぐ食べる。

 その様子を見て、無感情を装いながら内心うれしかったのは内緒だ。


「ごちそうさまでした」


 あっという間に食べ終わる。美味しい食事をした事で、ある程度の緊張はほぐれた様だがまだ硬い。

 虎に対しての怯えもまだ秘めている事は見ていてわかる。だからと言って何をするでもなく虎は後片付けをするだけだ。




 食後、雛を風呂場に案内し虎は家計簿をつける。何とかなりそうだと安堵して、風呂から上がった雛と交代し疲れを癒した。

 その後、虎はソファでくつろいで漫画を読む。数少ない友人である豪炎寺に借りたものだ。漫画家を目指し、漫画オタクである豪炎寺からは良く漫画を借りる。

 雛をそんな虎を見ながら、リュックから勉強道具を取りだしていた。


 その間に会話はない。

 虎はあまり仲良くする気がなく、雛も虎に怯えている。


 このままの空気でしばらく生活する事になるのだろう。そう考えればあまり良い生活ではあるまい。

 そしてこの空気を破壊する者が襲来する事になる。


 時刻は九時に近づこうかというところ。二人ともさきほどと変わらず読書と勉強だ。

 そんな中、ふと足音が聞こえる。虎は読書に熱中しているのか気付かない。気づいたのは雛だけだ。怯えを見せ、キョロキョロとする。

 そしてすぐに、それは襲来した。


「たー」


 聞きなれた声だ。


「だー」


 扉を開けて、リビングへと入ってくる。


「いまっ!!」

「ふんげれぼばっ!?」


 そして読書をする虎に、ダイブした。


「っっ。ご、ごゆき」

「へっへぇ。ただいま」


 飛び込んできたのは、当たり前の様に小雪であった。


「っピアノコンクールがあったんだろ? どうした」

「終わった。ほら、これトロフィー」


 優勝と刻まれたトロフィーを、小雪は見せびらかせてきた。


「いつも、凄いな」

「でしょー」


 さまざまなコンテストでもたくさん優勝している小雪に、トロフィーを見せびらかされるのは慣れている。


「で、だ」

「うん」

「離れろ」


 小雪の肩をぐいっと掴んで引き離す。


「なんでー」

「自分の格好思いだせ!」


 小雪は胸元が少し開いたドレスを来ていた。谷間が見える様なやつだ。

 黒で統一され、レースがほどこされた薄いドレス。そんなので抱きつかれれば煩悩が大挙を挙げて押し寄せてくる。

 視線が胸に吸い込まれそうなのを必死に抑え、悪魔の甘言から耳を逸らし、精神を統一する。小雪に抱きつかれればそんな涙ぐましい努力をしないといけないのだ。


「ぶう……あれ。知らない子がいる」


 虎から離れ、トロフィーを置いたついでにふと向かい側で縮こまって勉強している少女を目ざとく発見する。

 小雪に見つかっても、雛は勉強しているふりで下を向いていた。


「ふむふむ」


 虎から離れて、小雪はわきわきとしながら雛に近づく。

 そんな小雪に、さすがに顔を上げて警戒をあらわにした。いったい何をするのかと、カタカタと震える雛。


「うん。可愛い!」

「ひうっ」


 小雪は無遠慮に雛に抱きついた。

 頬ずりしてなでなでする。雛は体を硬くして人形の様にされるがまま。目を回して何が起こっているのか今一理解していないのだろう。


「おい、怖がっているだろ」

「あう」


 怯える雛を流石に見ていられなくなり、虎は小雪を強引に引き離した。


「虎、そ、それで。何この可愛い子。誘拐? どんなに悪い事をしても誘拐はしないと思ってたのに」

「違う! 妹だ!」

「……妹?」


 そう言われ、ビクビクしている雛を見る。

 じーっと観察。頬をなでなで。


「ぜんぜん似てない」

「半分しか血が繋がってない上に俺は父親似だからな」

「へー。……そういえば妹がいるとは言ってたね」


 虎は親類の事をあまり話したがらないので、記憶をさぐって一度だけポロっと聞いた時を思い出す。

 血が半分繋がった妹がいる。ほぼ会った事はない。聞いたのはそれぐらいだ。


「……名前はなにかな?」

「あ、えっと」


 怯えているとはいえ、にこにこと人当たりの良い笑みを浮かべた小雪の前では気持ちも少し落ち着く。


「椎葉、雛です」

「雛ちゃんね。私は小雪。虎の幼馴染。遠慮なく小雪お姉ちゃんと呼んでね」

「は、はい。……小雪お姉ちゃん」

「きゃー。可愛い! 私も妹が欲しかった」


 そう言ってぎゅっと抱きつく。

 自己紹介した事で硬さは取れたが、酸欠である。あのお胸にうずめられて雛は目を回していた。


「きゅぅ」

「あ、ごめん」


 己の胸部が殺戮兵器であると今一理解していないらしい。目を回した雛にあわあわとする。


「だ、大丈夫で、す」

「本当にごめんね」


 雛の頭を撫でて慰める。


「……ちょっとは、自重しろよ」

「何か今はテンション高かった。優勝の高揚だよ」

「はあ。……そろそろ、休むか」


 雛も目を回した事だし、小学生ならばもう寝る時間である。


「でも虎、寝る場所あるの?」

「……あ」


 虎家は、1LKの平屋である。このリビング以外に、小さな虎の部屋とトイレと風呂のみ。客間などない。

 その上予備の布団もない。買う金もない。


「私の家も難しいかな。ここに来る事も止められたのを無理矢理来たからね。虎の妹連れて帰ったら何言われるか。私も帰りたくない」

「……無理矢理来たのか」

「うん!」


 いつもは夜は両親がいないという事でこっそり来る。だが今日はピアノコンテストがあったため、両親は休みを取って愛娘の勇姿を観戦していた。めでたく優勝となったのに、娘は馬の骨ともわからん男の元に行くという。どんな事になっているのか想像するも恐ろしい。


「しょうがない。俺の布団使え。俺はソファで寝る」

「良いの? ありがと! さあ雛ちゃん。寝る準備だ」

「は、はい」

「……お前も泊ってくつもりか?」

「もちろん! ひさしぶりだね」


 それだけ言うと、洗面所の方へ二人は向かう。歯磨きでもするつもりだろう。

 突然泊ると言った小雪であるが、あまり問題はない。必要な物はだいたい揃っている。ないのは寝具くらいだ。

 ただ一つ問題は、小雪の父が突撃してくる危険性だろう。一人娘をとても大切にしている人だ。


「……お泊りか」


 お泊りはひさしぶりであるがほぼした事がない。


「まあ、気にする事はない」


 ちょっとドキドキするが気にしない。

 気だるい頭を振り払って、ソファで寝る準備を始めた。

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