第1話:I SAW A TAWASI
そんなラノベ(?)みたいな展開にはならんやろ。
チュンチュン…。
暗い和室で、俺は眠っていた。
朝の陽の光が、家の縁側に差してきて、
徐々に部屋の中が暖かくなる感じがこの部屋の中まで伝わってきた。
季節は春先、まだまだ朝は寒いので、この穏やかな光は、希望の温かみをはらんだものに感じれる。
俺は縁側のすぐ隣の部屋で、まだ布団の中に、天井を見上げて入っていた。
まだどこか眠気をはらんだ視界。わずかにぼやけて見える。
そんな中、
「…きょうちゃん、朝だぁよ…」
朝の安心感のある雰囲気に、これまた安心感のあるお年を召したお声が、部屋の外からかかってきた。
しばらくすると、腰を曲げた優しい表情の老婆が、俺の前にやってきて、膝をついて傍らに正座した。
「…きょうちゃん、まだ眠たいけど、起きて学校に行かなきゃいけないよ〜…?」
…あまりにも心地よいその声に、逆に眠気を増してしまいそうだ。
「…うーん、もうちょっと…」
そう言って俺は身体を横にし直してまぶたを閉じた。
それをニコニコしながら、傍らで座ってみているおばあさん。
「…まあ、きょうちゃんは…ゆっくりしてるねえ…」
しばらく眠りの余韻に浸っていた俺だったが、しばらくして、
先程見ていた風景に違和感があることに気がついた。
もう一度身体を上に向けて、おばあさんを見ていた風景に向き直す。
すると。
ブンッ、ブンッ、ブンッ…
よく見ると、おばあさんの影に隠れて、背の低い黒い人影が、なにか棒のようなものを持ってブンブンと振っているのが見えてきた…。
………。
「……うわあああああ!!!!……はあ、はあ……」
…俺は飛び起きていた。畳の部屋に敷かれた布団の上で。
うなされていたのか…。なんだったんだ?あの夢は…。
ものすごい冷や汗をかいていた。
「…そうか、ここはおばあちゃんの…」
周りを見渡すと、そこは夢の中と同じ、古めの和室だった。
時刻は午前6時。
いつもと違う環境で寝ていたせいか、変な夢を見てしまったようだ。そう思うことにした。
とりあえず目が覚めてしまったし、もう起きよう。
重い腰を上げて布団から出て、誰も居ない古い家の和室を廊下に抜ける。
彼以外、廊下にも人影は誰も無かった。
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昨日買っておいた朝ごはん(ご飯、納豆、卵焼き)を適当に平らげて、
採寸のときしか着たことがない、見慣れてない制服に袖を通す。
…今日からこの町で、高校生か…。
気が重いな…。ラノベの高校生みたいに、転校しまくってるわけでもないから、そういうのの耐性ないんだよな。
そんなことを思いながら身支度を整えていく。そろそろ出かけなければ行けない時間になった。
古びた引き戸の玄関を出て、鍵を締めて戸締まりを確認する。
都会の外れの閑静な住宅街にある古い日本家屋で、築は半世紀くらいだろうか。
まあまあ大きい家だった。
「おばあちゃん、行ってくるよ。」
そう言って、俺は家を後にした。
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学校までは、最寄りバス停から揺られること、20分。
こんな近くに身内の家があって、ほんとに助かった。
朝のバスに乗るのは初めてだけど、田舎なのにこんなに混んでるんだな。
そんなことを考えながら外の街並みを見ていると、あっという間に学校前のバス停に到着した。
まだ定期は買ってないから、とりあえず俺のICカードの残額で支払う。
「残高が足りません。」
ええ…。まさかの残高不足か。
そこで仕方なく小銭を出そうとすると、誤っていくつか硬貨を落としてしまった。
朝の通勤客もいる車内、殺伐とした視線が俺に向いているのを感じる。
ラストの百円玉が見つからない…。
そのとき、背後から
「これじゃろ?」
という声とともに、百円玉が後ろから転がってきた。
そして後ろを振り返ると、誰もいない…。
「…え?」
ピッ
…振り返ったのもつかの間、前の方から音が聞こえてきて、再び前を向きなおすと、
そこには、外の光に照らされ輝きながら、女子中学生くらいの女の子がバスを降りんとしていた。
「…あ、ありが…」
感謝を伝える暇もなく、彼女はまばゆい世界に消えていた。
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バスを降りた俺は、ほかの乗客の怪訝な顔を避けながら学校の校門をくぐった。
満開の桜が俺を迎えてくれて、ようやく新生活が始まるんだという心境になってきた。
桜っていうのは、なんでこんなにきれいではかないんだろうな…。
これからの生活の漠然とした不安とか、今まで経験してきた出来事もいろいろあったけど、全部桜が包み込んでくれるような気がして柄にもない思考に陥っていた。
何を考えてんだか…。
とりあえず、送られていた連絡書類を確認する。
俺のクラスは、「2-2」か。
とりあえず、職員室へ行くように…と。
目的の場所、職員室へ向かう。
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職員室で担任の先生に案内され、待合室でしばらく待つことに。
そして、朝のホームルームに向かう先生と一緒に、クラスへ向かうことに。
こういう目立つの、やだなあ…。
ラノベの主人公の気持ちが痛いほどわかる…。
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「…じゃあ紹介します。上場恭介くん。」
担任の白木先生が、廊下にいた俺に教室に入るように促す。
少し強張った足取りを落ち着かせながら教室に入る俺。
「…上馬 恭介です。よ…よろしく…」
すると、少し間を空けてややまばらな拍手が送られてきた。
一部の生徒は、俺を見て何やらヒソヒソ話していた。
何を話しているか気になるが、とりあえず今は無視だ。
「はい、ありがとう。今日からこのクラスで一緒に頑張りましょうね。分からないことがあったらみんなが教えてくれるから、ガンガン聞いてね!」
「…はい。」
テンプレのような転校生生活初日。これからこの知らない学校で、何でもない日々が始まるのか…。
昔の友達は今ごろどうしてるんだろうか…。ふとそんなどうでもいい事を思いながら、気を紛らわせていた。
そして俺の席は窓際の少し後ろ。
まるでラノベだな…。
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だけど、面白いことは、小説のようにはそうそう起こったりしないものだ。
時刻はすでに午後3時過ぎ。
今日という、転校初日という記念すべき日は、こうして何もなく過ぎて…。
と思っていた。
肘をついて遠く校庭を何気なく眺めていると、体育の授業でもないのに、ど真ん中にポツンと、数人の人影が見えた。
「…(なんだ?)」
よく見ると、大柄な2~3人と、小柄な背丈の1人が対峙しているようにも見える。
小柄な方は…、もしかして、女子生徒…?
ツンツン
そのとき、俺の肩を背後からツンツンしてくる指があったので後ろを振り向いた。
メガネの女子生徒が心配そうにこっちを見ていた。
「…あの、あれは、あんまり気にされないほうがいいと思います…」
なぜか申し訳なさそうな顔の彼女はそれだけ言うと、授業の方に顔を戻した。
「…拝島さん…?」
彼女以外のほかの生徒たちも、一瞬俺を見ていたが、誰も俺と目線を合わせようとしなかった。
なんなんだ…?一体。
そうして視線を校庭に戻すと、女子生徒と対峙していた大柄な1人が、なにやら地面に倒れこんでいるところだった。
「…え…?」
普通に考えて、あれはまずい状況ではないのだろうか…。
だが、クラスのみんなは、校庭で起きていることに気づいているはずなのに、まるで見て見ぬふりをしているように見えた。
「…(様子が変だ。あれ、絶対まずいんじゃ…)」
意を決して、俺は手を挙げてみる。
「…あの…。先生。授業中すいません。校庭に居る人達の様子が、なんかおかしい気がするん…」
その時、ちょうどチャイムが鳴った。
今日の最後の授業の終わりを告げるチャイムだ。
「…お、よし…!」
ちょうどいいタイミングだ。
俺は速攻で教室を抜け出して、校庭を目指した。
「…あ、上場くん!あの人達はダメよ…!」
先生がそう忠告していたような気がするが、もう俺には聞こえなかった。
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校庭に出た俺は、一直線に彼らの元に向かった。
彼らはまだそこにいた。
大柄な男3人と、小柄な女子生徒1人が対峙している。
なぜか大柄な1人はうつぶせに倒れこんで動かない。
明らかに不釣り合いな対峙だ。
傍から見ても、険悪なムードなのは一目瞭然だ。
どう見ても、大柄な連中の方が有利だろう。
「やめろ!こんなか弱い女子相手に何をしようとしてる?!」
俺は止めに入った。
「ああ?!なんだテメェ。
こちとら我慢ならねえとこなんだ。もやしみてえな外野は引っ込んでろ!」
「そ、そうはいかねえだろ!弱いものいじめを見過ごせるわけねえ!」
「…はあ?…何言ってんだ。こいつ。
この真剣勝負の邪魔すんのか?」
「…は?」
するとその時、何かが残像のようなスピードで俺の脇を抜け、
あれよあれよと言う間に喋っていた大柄な男の前に躍り出ていた。
「…隙ありじゃ…」
それは、さっきの小柄な女子生徒だった。
次の瞬間、その男はボコボコになっていた。
「ぐはぉ…!」
見るも無残に倒れ込む、ボロボロの男。
そして、すでに倒れこんでいる男と同様に、うつ伏せで地面に伏せた。
「ぐ、ぐぐぅぅ…っ。なんで、ま、毎回…」
「お前は何も成長しとらんのう…」
「こ、こうなれば…あ、あの秘密を……バラして…」
「…ん?」
そう言われた女子生徒は、倒れこんだ男に向かって再び構えた。
どこからともなく、竹刀を持ち出して。
「…。そんなに死にたいのか?…お前は」
「…ひぃ!!」
俺は唖然としていた。
想像していたのと、状況が全然違っていたからだ。
一瞬で追い詰められていたのは…、この男達だった。
時刻は夕刻、放課後に差し掛かっていたその時、
「オネエたまーーーー!!」
校門の方からなにやら小さい少女が走ってきている。
助けに来たのか?
だが、それにしては。。。
服装がやたらとゴスロリで走りづらそうだった。
「あ」
案の定、コケた。
「…。へっ、こいつは好都合だ…」
先ほどやられた男が起き上がりながらそう言うと、倒れた少女の方にダッシュし、彼女を抱え上げた。
彼女の首を大きな手で掴んで、今にも潰しそうな勢いだった。
「…おい!…へへ…こいつがどうなっても良いのか」
それはとても学生がやっていいことではなかったはずだが、
大柄な男は、もはや正常な思考ができていない状況のようだった。
「うわ…汚え…。このままじゃまずいぞ!
はやく、警察に…」
と言って、背を向けてスマホで電話を取ろうとした。
「ぐわあああ…!!!!?」
突然、背後から叫びが聞こえ、何かが倒れる音が。
振り向くと、そこには先ほどの男が、なぜか全裸のうつ伏せ状態で倒れていた。
そして、ゴスロリの女の子は、先程の竹刀を持っていた女子生徒が抱えあげていた。
「…。…え??」
ゴスロリ少女を抱えた女子生徒がこっちに歩いてきて、言った。
「…あんたのおかげだ。」
「……え?」
「…あんたのおかげで奴に隙ができた。助かったぞ。」
「お…おう…。」
「…。まあ、あんたが居なくてもわし一人で余裕だったがな。
一応礼を言う」
そういって、彼女は軽く会釈した。
「そ、、、そうか。
と…とりあえず、あの犯罪者はどうする?あれなら俺が警察呼んどくけど…」
「ん?…ほっとけ。アイツは犯罪者じゃない。剣道部員だ。」
「…。…は?」
「さあ。帰るぞ。」
---
「…(結局、秘密って…なんだったんだ?)」
ゴスロリ少女と一緒に帰る女子生徒の背中が校門を出るのを見送りながら、俺は思った。
後ろで倒れていた全裸の男ともう一人は、他の剣道部員達によって、担架で運ばれていた。
「ま、まあ…いいか。」
あまり深く関わるのも良くないと思い、そのまま踵を返して、校舎に戻る。
「今日のことは、忘れよう…。」
その日の夜。
帰宅後に、俺は近くのスーパーに買い出しに来ていた。
「今日はなんか疲れたな…。惣菜でも買っとくか…」
おいしそうな料理が並ぶ惣菜コーナーを物色する。
すると、自分が取ろうとした惣菜の先に、もう一つ小さな腕が伸びているのに気づいた。
「ん?あ…」
それは、昼間に見た、あのゴスロリの女の子だった。
「…君は…あの時の」
「…あ、あの時のおにいちゃん」
彼女はあいかわらず、ここでもゴスロリの恰好をしていた。
「…(というか、この子、どこにいてもゴスロリなのか…)」
と思って、俺が首を上げると、そこにさっきまで誰も居なかったはずの場所に。
「…?!うわっ」
あの女子生徒が立っていた。
しかも格好がおかしい。江戸時代の武士のような、袴を着ている。
まるで坂本○馬のような。
「お…奇遇だな。また会うとは」
「お…おう…。そうだな…焦」
「今日はすまんかったな。ケンカに巻き込んでしまって。」
「…い、いや、全然気にしてないよ…」
あれはケンカだったのか。
---
レジで会計を済ませて、俺は家への帰路についた。
が、
「…あ」
店を出たところで、なぜかまた彼女らと会ってしまった。
しかも、なぜか帰る方向も同じ。
「…」
なんか気まずい。
というかコスプレ目立つ。ハズカシイ。
「…奇遇だな。お前もこっちだったなんて。」
先に切り出したのは、坂本〇馬だった。
「…そうだな…」
「…そういえば、見たことない顔だな。転校生か?」
「…ま、まあ…」
「…そうか…。そうだろうな。」
「…」
会話が続かない。
「…そ、そういえば、2人って姉妹なの?」
「…ん…?…まあ、な」
「…そうなのか。なんで2人ともコスプレしてるんだ?趣味とか?」
「…ん、この子のはコスプレじゃが、わしのは違うぞ。正装だ。」
「…。そ、そうか…」
じゃあ普段からこの格好でうろついてるってことか…?おいおい…笑
その後も、ぎこちない会話が少し続き、
ようやく、別れ道で別れることになった。
というか、俺の家のすぐ近くじゃねえか…。
「…じゃあな。明日はけんかするなよ。」
「…けんかするなと言われても、やりたくてやってるわけではないんだ。向こうから吹っ掛けてくるんだから。」
「…じゃあ無視でもしとけよ…。とにかくじゃあ。」
そう言って、早々にその場を立ち去りたかった俺は、後ろ手に振りながらそそくさと場を後にした。
出来ればもうあまり関わり合いになりたくないなあ…。
そんなことを言いながら、曲がり角を1つ曲がってしばらく歩き、自宅の日本家屋にたどり着く。
すると、道の対岸から少し騒がしい、数人のグループが歩いてきていた。
「…あ!お前。」
それは、校庭でボコボコにされていた剣道部員達だった。
「昼間はよくも邪魔してくれたなあ。おい!」
「…い、いや…。俺は別にそんな気は…。」
「…おい、ここはお前の家か?なら、邪魔させてもらうぜ!」
「…え?ちょっとそれは困る…。」
「…いいから、来い!」
そう言われ、家に無理やり男達が押し掛けてきた。
なんでこうなったんだ…。
「…おい、客人に茶ぐらい出したらどうだ!?」
「…はいはい…!」
本当こいつら、警察に突き出した方が早いんじゃないか…。
「…あーそうだ、警察沙汰にしようとか考えるなよ?」
うわ…思考を読まれてるのか…。
それから、暴力はなかったが、主に言葉の暴力で散々責められた俺。
正直辛かった。(主に剣道部員の口臭が。)
終始、その声のボリュームは、近所迷惑なほどにうるさかった。
「…おいこら、分かってんのか?てめぇ。」
「…はい…。」
「…いいや、分かってねえ!絶対分かってねえ!!お前のその顔は、全然分かってねえ顔だ!」
「…(どう見たらわかるんだそんなの)」
「…俺達は、今日、大切な、そして勝利に収めるべき決闘をするはずだった。」
「…」
「…それが、お前のせいで台無しだ!!」
早く終わってくれ。そう願っていた。その時。
ガラ…。
「…もう、うるさいなあ。なんなんだお前らは。あ。」
縁側の窓を開けて入ってきたのは、なぜかあの坂本〇馬だった…。
そして、
「…お前ら…一度二度ぐらいでは懲りない奴等だな…」
そう言って彼女はどこからともなく竹刀を取り出した。
「…ヒ、ヒエエエェェ…!!」
男どもは、不格好に逃げて行った。
「無様な奴等じゃな。…お、お前は。」
「…や、やあ…。」
「なんだ、お前も騒いでたのか…?」
そう言って、俺に竹刀を向ける。
「…い、いや、俺は巻き込まれただけだ…。」
竹刀を降ろす。
「…そうか。ここは確か、おばあさんの家だったと思うが…。勝手に入って良かったのか?」
「…え?ああ…、確かにおばあちゃんの家だよ。俺の。」
「…!お前のおばあちゃんの家だったのか…。なるほど、だからお前もここにいるんじゃな。」
「…ああ…。というか…なんで君がここに…?」
「…ん?…そりゃわしの家は隣だからじゃ。」
「…。え…?」
そう言って彼女は庭の方を指さした。
どうやら、庭の向こう側が彼女の家らしい。
「…そ、それは…知らなかった…。」
「…おばあさん、亡くなったんじゃよな?一人で大変じゃろうががんばれよ。何かあればわしが助けてやる。」
「…お、おう…。」
「…じゃあな。」
そう言って彼女は縁側から出て夜の闇に消えた。
「…あ、ああ…。」
なんか肩の力が抜ける音がした。
平穏なはずの新しい高校生活は、早速音を立てて崩れ始めていた。