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Do  作者: パンチラさん
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レコンキスタ

 少女は母親が泣き叫ぶ声を寝床で聞く。

 それは深夜にもかかわらず飛び散り、大きな音が家の外にも広がって迷惑な花火だと、周りはその事を大層気にかけて、何度も赤い光を夜中に撒き散らさせた。

 そんな事が何年も続いた次の朝、怒声も罵声も消え、自分の吐息しか聞こえない暗闇と朝日の兆しが目を向けている。

 散らばったコップの破片を素足で踏まないよう、事前にベッドの横に置いておいたスリッパに履き替え、無意味になっていたはずのスリッパにも温もりが戻っていることが認められると、急ぎ足でリビングに繋がるドアを開けた。

 そこには、カーテンの一部が大きくまとまって、頭を置くためにそうしたということが解るようにそれを強く、握りしめて少女の名前を連呼する寝言を発している。

 そんな平和が少々懐かしく、涙を流す少女。

 その少女にとってそれは過去の話で、今は不安に苛まれる、思春期まっ只今の女子高校生なのだが、そんな彼女が前の文の『不安に苛まれる』の状態なのは何かというと、今年、裁判の内容が切れる年なのだ。

 彼女が聴いた内容だと、五年間は近寄ることが出来ず、また、毎月十万円を振り込む事になっているらしいが、今年から経済的にも精神的にもキツくなる事が間違いないという負担が重荷になっているとのこと。

 夕日の見える小高い土手をゆったりと歩く彼女はため息を吐き、自転車を押し進める影を俯いて見ると、子どもたちが目の端で騒いでぶつかり合ったり、どんな目的か判らないけど走るランナーの人、川のせせらぎに耳を傾けながら話す老人の方々、そのすべてが混ざりあってノスタルジックな景色になるのだが、彼女にはその景色は過去の家と変わらない。むしろ、それだと言えるくらい地獄に思えている。

 私をそうしたのも全部お父さんのせいだという恨みを籠めた瞳で顔を上げると、そこには行き交う車ばかりの残像の群が映り、働く意思を遮らせる度に燻らされて、彼女は復讐の精神とはこういう事だと思わされる殺意に沸き上がった。

 夜を向かえる頃に家に着いてもその気持ちは揺れず、ドアを蹴り飛ばして家に入らない限りは落ち着きそうもなく、鍵を開けてドアを引くと視界が暗転し、次の視界は瞬きの直後であるかのような状態で、いつの間にか家にいたのだった。


 「いつの間にか寝ちゃってたのか」


 少女は体を起こして、軋むベッドの音を聞きながら辺りを見渡すが、お母さんが洗濯物を入れたのに閉め忘れたみたいに開いた収納以外は気になるところはなかったが、リビングの方で物音がするのが気になった彼女は、向かうために履こうとするスリッパに異物が入っていることを指先で、まるでトラウマを探るように癖でやってみると、思ってもいなかった鋭利な物がある。

 それは昔、父親にされていた画ビョウをスリッパに入れられてこれを履くようにと言いつけられた、忌まわしい過去の思い出。

 彼女はもちろん、そんなスリッパを履くつもりはなかっただろうが、画ビョウを深く足に刺しこんで、神経を掻き回される痛みに堪えながらリビングへと顔を出すと、そこには見知らぬ男性が当然のように座っていて、当然のように鼻をほじって床に落とした。

 その男性は彼女を見つけても、動揺もせずに立ち上がって近づき、あたりまえであるかのように彼女を優しく被う。


 「やっと会えたな」


 男性は彼女の気持ちを知って抱きついているかにも見えるが、彼女は面識も持っていないのに知人のフリをしている男性を思わず押し退け、気持ちを知らない赤の他人であることを認める。

 すると、男性は言葉にならない声をあげながら尻餅をついて地面を何度も蹴り出した。

 何が怒りに触れたのか判らないが、急に怒り出すものだから暴漢なのではないかとも思えるので、横に置かれた棚の上の固定電話の受話器を手にボタンを三回押そうかとしたとき、男性は受話器の置かれていた突起を指先で押して、右手の親指と人差し指の間の母子内転筋を口にくわえさせ、そのまま後頭部を打ち付けさせられた。

 見たことはないがその顔は鬼の形相そのもので、彼女が自分が誰か気づいていないことに気がつくと一旦落ち着き、微笑んで言う。


 「お前の子種を出した男だと言えばわかるか?」


 その憎しみが篭った言葉を聞いた彼女は抵抗を見せず、誰もが考えるはずの嫌がる素振りどころか懐かしさを感じて微笑むと、男性は右手の指をそのまま動かして骨ごと頬を掴み、理不尽な父親の姿になっていた。


 「てめえ、噛んだろ。痛かったぞ、くそ」


 力をこめて震えている指から伝わる震動は心も揺らし、思わず垂れてしまった鼻水が手にかかってしまった父親の表情は嫌悪そのもので、手を引っ込めずに彼女を横に振り倒す。


 「さすがにあの女から生まれただけはあるな」


 父親にはそう言った後に継ぐべき言葉があったはずなのに、彼女にへばり付いて行ってしまったかのように言葉を失った。

 スリッパに仕込んでいた画ビョウを覚えていて、正直にそれを取り除かずに掃いている事が脱げた中から知れたからである。

 父親はそうと解ってしまったからには思い出してしまう若さのたぎりのまま、感情のまにまに彼女のスカートの上から足を触り、胸を初々しい荒さでまさぐり、興奮状態の犬のように唾液を彼女に垂らして息を荒く笑顔で絡まるのだった。

 彼女が抵抗せずにいたおかげで父親は一線を越え、数時間は足を絡めて天井を仰ぎ見るだけでも充実しているという背徳感が性的興奮を引き立てるのだが、荒波が厳にぶつかる音を立てて入ってくる人の気配によってそれも終わるのだ。


 「くそったれ」


 手を出そうとしても手首が縛られて動けず、体を軸に揺らすばかりの抵抗を見せるだけの父親はやがて抵抗を見せなくなって大人しく立ち上がり、私は脱ぎ捨てられたみたいに放り捨てられた制服の上を私に掛けて、彼女の父親を連れていく仲間と同じ人が彼女の肩に手を掛けて安心を教えた。


 「もう安心して。近所の人が不審な人が君の家に入るところを見たって目撃証言があって、その時に君を担いでいるって通報が入ったんだ」


 彼女を父親から離したのは近所の人だということを聞いた彼女は現実から離れ、少しの間だけ思いにふけると、何の脈絡のない事を思いつき、その人に声を掛ける。


 「そうですか。でしたら貴方の上司を呼んでくれますか」


 当然のようでもあり、怒りに歪んでいるようでもある口調でそう言われた人は微笑み、何の疑問も持たずにその場で手を挙げて、上司の名前を叫んで呼び寄せた。

 上司は忙しそうな足取りで彼女の辺りにまで近寄り、彼はどうして呼んだのかを理由を添えて彼女を紹介するとお辞儀をし、微笑んだ。


 「何か、ご用です、か」


 しかし、か、を言う前に上司は屈み込んで座り、腹部からは血が滲んで手では押さえきれないくらい服が血を吸えなくなった頃、近くにいた人は全員、上司のぬめっ、とした血を踏みにじって構えていた。

 相手が女で、考えれなかった事から気後れして気弱になってどうしていいか戸惑う周りを睨み付け、平和を好んだ少女はいなくなってそこに佇み、口を歪ませる。


 「ご用ですか、じゃない。お父さんを返せ」


 少女は闇のなかで煌めく、月明かりを反射して光る灰色の刃先が尖った凶器を手に、目には燃え盛る炎以上の火を目にこめて、粘着質な唾液が糸をひいて千切れるくらいの口の大きさで叫んだ。

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