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Do  作者: パンチラさん
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シュラスコ

 ふと顔を上げ、暗く染まった空に星がない事を確認すると、ネオンだらけの観光地の建物と建物の間をぬって、いつもの店へと向かう。

 ビルが互いを押し合っているように立ち並び、行く手を妨げていたりはするものの、その店はそれを越えてでも行きたい、知る人ぞ知る名店。店長は中国のマフィアだったらしい人が経営しているらしく、それを聞くと後退りしてしまうが、ここは覚悟で『旨い』という言葉を必死に噛みつくしかない。

 室外機とパイプだらけで煩わしく、今日はもう帰ろうかなと思う距離まで来た時、そこにはあった。

 中国らしさの出る格子で窓を覆い、赤色を基調とした中華料理屋を彷彿とさせる屋根が出迎え、それに気づいたように漂ってくる肉を焼く匂いは煙臭さと程よく混じって胃袋の奥をくすぐる。

 店の前まで続く石を四角に切り出してそこに埋めて造った道は無造作に、無秩序に置かれているお蔭で神秘を秘めており、思わず呑み込まれそうだ。

 それを一歩づつ踏む度に匂いは強く、店までは近くなっていき、店の中の喧騒は歓喜にも似た悲鳴がよく聞こえ、その後に続いて本物の歓喜が迫る。

 敷かれたマットに描かれた二つのシュラスコが交わった部分に立ち、赤色の手すりのような取っ手を押して、開くと現れるレジ。その奥で立っている店員は笑顔で来店の際の挨拶をし、席まで誘導してくれた。

 店員は流れるように席を手で指し、この席ですよと伝えるとそそくさとした歩みで持ち場へ帰り、自分はそこに座る。

 席からの眺めには鳥獣戯画に出るようなカエルにウサギ、工事現場を抜け出してやって来たつなぎ姿の人、その他大勢の人がいるが、それは全て性別が男、またはオスであることから女性が中々来ない店として男性向きの店なんだろう、と思いながらテーブル脇に手を伸ばし、水の入った入れ物とコップを取り、コップに水が用意出来たところで、ふつうの店では体験できない事の始まりを知らせるブザーが鳴った。


 「イッツ、ショウタイッム!」


 紙吹雪が舞、中央にセッティングされていたステージの床から人が飛び出すと、その勢いに乗っかる様にして歓声が沸き上がった。

 白に統一された紳士服を身に纏ったそれは、手にシュラスコサーベルと呼ばれる、シュラスコを作る際に肉を貫いてそのまま焼く時に使い、肉を切る際にはそれをまな板に立てながらナイフで肉を切り落とす時に使う物を持っていた。

 その男は巨人が使うようなサーベルなのではないかと思うような、特大のものを一つ、片手に持っているだけで、ナイフやフォークなど必要なものも、ましてや肉もその男は準備していない。

 ショーと言っていたのが引っ掛かっているが、それが醍醐味でもあるのだろう、と思いながら自分はそちらを向き、同時に男が咳を一つ吐くとそれまでの場の空気が変わり、男の話が始まった。


 「本日は三度目となる公開調理となりますが、熱加減はいかがでしょう」


 その言葉に呼応する人たちは、立ち上がって腕を振る者や奇声を発する者、興味深々で頷く者などがそれまでの冷たさを振り払って熱を持ったステージに仕上げ、佳境に近い盛り上がりだ。

 男は、皆の歓声に笑みを漏らしながら両手で盛り上がった空気を抑え込むように手を上下に振り、話が聞こえるようにして、再び話始めた。


 「少々強いようなので中火にしていただけるよう、ご協力をしていただきたいのと、現在の状況についての話をしたいと思います」


 ええ、と言って周りを見渡し、タンの絡んだ喉を鳴らした。


 「手にしていますはアイスピックのようにも見えるシュラスコサーベルと呼ばれるものでして」と、そう言ったとき、周りからは怒声や罵声といった罵詈雑言が一部で飛び交っているために男は躊躇い、続きはどうしたものかとアドリブを考えてでもいるかのような間を置き、何度目かの咳を吐く。


 「まあ、用はシュラスコを作りたいと思います。それでは店長に持ってきて頂きましょう」


 男は司会進行を担っているようで、自分の見る物はこれからであり、これがお目当て。とどのつまり、シュラスコを食べに来た。

 自分は男のいる特設ステージの後ろに用意された赤色の幕に向き、そこから何が出るのか、まるで子どもが虫に興味を持ったときの眼差しのように集中して開くのをじっと、一瞬はいっしゅんでも、とても長く感じる一瞬を堪える。

 そこから出てくるのは鍛えられた肉体にオレンジ色のシャツを身につけ、エプロンを垂らした、何とも逞しい無精髭かと見とれるかもしれない男が服を剥いだ少女の両手首を掴んで現れ、ステージ中央に居る司会を威圧ではね除けながらステージ先端にたち、天井に取りつけられた鎖に繋がった手錠を少女の手首に繋いだ。

 豚が死んだ状態で吊るされている時のように手足に力はなく、言葉を何か漏らしていそうな口の開き方で同情してもらおうと懇願している。しかし、体型が豚かと言われれば筋肉は少なく、脂がよく乗っているだけで美味しくなさそうに思う。

 そんな少女は吊るされるや否や、それまで気付いていなかった事にはっとして、俯いていた顔が持ち上がった。

 力なく吊るされていた事実に気付いた少女は周りが皆、男。そのため情緒不安定になって狂いそうに涙を浮かべているが、司会の男はそんな感情がそこに浮かんでいようとも口はつぐまなかった。


 「それでは、本日のメインディッシュとなります。まだご注文されていないお客様にとっては前菜になりますが」


 司会は笑うことを促し、それに便乗して乗っかっていくお客の中からは大笑いする声も聞こえ、自分が少女の立場になったらと考えながら、笑い声によって、かられる恐怖を露にしている顔を頬杖を突いて眺める。

 皆に囲まれているんだと感じると現在の振り向けない状況がそれを煽り、もはや、言葉を出すことができず涙を流すだけで、良くも悪くもその状況はさぞかし緊張する場だろう。


 「この少女を調理するにあたり、まずはこの体を鑑賞していただきますが、ご不満があるようでしたらお皿はお出ししませんので、お早めにお申しつけください」


 司会の男は一歩後ろに下がり、垂れ下がった綱のような紐に手を掛けるとそれを引っ張って、天井からプラスチック製のパイプをおろして、そのパイプの穴に、あの、手に持っていた物を吸い上げさせた。

 まるでエレベーターが上がっていくように、音を立てることもなく綺麗に吸い上げられたあれは姿を隠し、それを見ていた客はどよめく。


 「気づかれているでしょうが、現在、お客様に見せたサーベルですが、店長の意向で魅せるショーにするために頭上を通過させていただいております」


 そう言って司会の男は逞しい男を手で指し、スポットライトで照らし出した。

 逞しい男はそれに答えるように腕の筋肉を見せ、盛り上がった厳のような筋肉を手で軽く叩くと後ろを向いてその場を離れ、場を緊張に包ませる面持ちを幕の近くで作って立つ。これに客は大喜びしている表情で緊張を楽しんでいる。

 少女はこれ以上堪えれないのか体をバタつかせ、スポットライトがあったって光を反射させそうな美しい肌に、冷や汗や少量の尿が蛇のように下って行き、それらが数適落ちた頃、それを見計らったタイミングで落ちてくるサーベルは少女を止めている手錠の鎖を割いて、ロケットが宇宙に抜ける速さで少女の頭のてっぺん目掛けて貫いた。

 少女は刺されても数分間、遊具で遊ぶような弱い抵抗を続け、涙を流しながら止まるまで客は、凱旋のパレードの騒がしさを保ったまま近くにあるものをぶつけ合わせ、絶頂にある。

 ここまで見ていて感じた事は、思っていた以上に悲惨ではなかったことだ。

 貫かれても出るのは尿か糞、そして血。はらわたに内蔵、その他の臓器が飛び出して人がまっぷたつになることを想像していた自分にとっては呆気なく、客が興醒めしてもおかしくないレベルだ。

 少女に刺さったサーベルはどうやっているのか、直立したまま、少女の体重にも耐えて咲いている。


 「おや、なんて思われた方に補足で説明させていただきますと、さっきほどのサーベルをまな板に立てると不安定だということ作りました、ステージ先端にある膨らみ。これはシュラスコパンと呼ばれるたてる場所を埋め込んだのです。どうですか?皆様」


 客は一様に立ち上がって拍手し、男をほめたたえ、男はそれに呼応してお辞儀を三回。皆に行き渡るよう、最大のお礼として。

 そして、今回の佳境へと移行する。


 「お気づきでしょうか、皆様!」


 続いて客は口々に、『肉、肉』と乾いたコーラスをし、最大の見せ場となる人間のシュラスコが今、逞しい男によって始まるのだった。

 手にしたシュラスコフォークとナイフを手に、重たく響く足音に、軋む床。手拍子とともに少女の横に立ち、首を振りながらリズムをとる逞しい男。司会が小走りで駆け寄り、その男にマイクを渡し、持ち場にこそこそ帰っていく。

 マイクを受け取った逞しい男はナイフを持ちかえて、小指を立て言葉を発した。


 「店長のリー、だ。生きのいい黒い髪のやつを連れてきた。首を飛ばすのは見せれないが、上手い肉を食わせることを誓う」


 逞しいだけあって、それを伝染させるような雄叫びを客にあげさせるのは嬉しいことだ。

 店長はそれに笑顔で頷き、腕を組んで微笑むと、熱く語り出す。


 「ターキーのように太ももから切っていきたいが、それだとシュラスコにはならない。シュラスコは縦に、縦に切っていく豪快さが必要だ」


 そう言って振り上げられたナイフが振り下ろされ、ボキッ、という音がした。

 それはもう、動物の解体以上の力業で、豪快。血がポンプで汲み上げられたかのように湧きだし、血は床を水溜まりにでもするような勢いを持って垂れ続ける。

 ここで少し、話を変えるが、戦下、国民は竹槍を持たされてアメリカ兵を仕留めれるよう習い、その時、同時に覚えるのは武器の扱いを習う。ここで言うならば、ナイフの扱いに関係してくるであろう。

 血が溢れている内はまだいいことだが、人の体は自然に治る力を持っており、それは肉が武器を食わえるということを表す。つまり、体が再生されればナイフは引き抜けない。

 店長はもう一度ナイフを振り上げて下ろすと、肉に食い込ませ、ノコギリのようにナイフを扱って腕を切り落とす。

 スポンジケーキのよりも濃密に気泡が小さく散らばった骨の断面、中途半端な位置から切られたがために不恰好な姿をしていて、これは演出じゃなかったとしても美しさに掛けており、自分の美学を突き通すなら声をあげたいほどだ。だが、ここでそういってしまえばおしまいだ。

 だから眺める。この先を。

 店長は反対側に回ってもう一度それを行い、あまりにも塊らしい塊になってしまったもので、これを見たあとの店長の反応は実に綺麗で、今までの愚行を帳消しにしてもいいくらいアドリブがきいている。

 欲望をさらけ出したまま、赤ん坊の癇癪みたいに暴れだすかと思いきや、肩の骨を抜き取り、それを舐めてポケットにしまったのだ。

 そして、落とした二つを手に、フォークでそれを刺して掲げ、革命の雄叫びを上げる。


 「肉が欲しいならボタンを押せ!」


 大切にする気持ち、それがこの店で大切なことだと見せつける店長のパフォーマンスは素晴らしく、どこからか音がした。それは席に据え付けられた店員を呼び出すボタンで、どこからか何回にも渡って音がなり響き嵐のよう。自分も負けてはいられないと押したが間に合わず、音のしただろう電光掲示板には自分の席がないことを、幕の上に設置されている物で知った。

 これは食べれないということだろう。


 「あそこの数字のお客さんは食べれる。骨を取ってもらうから少し、待ってくれ」


 そう言うと受付の人がやって来て、そのフォークを手に厨房へと歩いて行った。

 血を床に滴なが歩いた上には血の足跡ができ、命が扱われていたんだな、と実感を感じながらも、食べれなかった悔しさが込み上げてくる。

 次は食べよう、次は食べよう。そう思っても中々食べれず、気づけば最後、臓器が残り、自分はそれをパスタにしたものを食べた。

 少女の死体は、溶けたように首の飛んだ胴体だけの体を首の位置からナイフを振り下ろされた切り開かれ方で、それはステージに置かれたまま、ライトが完全に落ちた脇で清掃を行う人たち。

 自分は会計を済ませるためにその横を通ってレジに向かうと、アシスタントのようにこきを使われていたレジ打ちの彼が待っており、最後の客となった自分に話し掛けてくる。


 「どうでした、お味は」


 その声を聞いたとき、少々冷や汗をかいたが、口に手をあて、パスタのソースを取り除いて微笑む。


 「まあまあだったよ」


 レジ打ちは微笑み、お辞儀をして見送ってくれた。多分、また来るだろうと。自分はまた来るつもりだ。

 自分の好みであり、趣味であり、食通でもないのに語れるくらい気取ったお店で、来やすい。しかし、それ以上に設定が良くできている事。他には、


 「ここの店長だしな」


 ということだからだ。

 着ていた服を正して着直すと、これまでにないほど軽快な鼻唄を歌いながら細い路地に入っていった。

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