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思慮の足りない神様に、与えられた僕たちは  作者: 如月二月
0章 小学生の頃
7/20

キセル乗車(旅行一日目)

 キセル乗車というものがある。無賃乗車の一種である。


 例えば、A駅・B駅・C駅……X駅・Y駅・Z駅の計二十六駅あるアルファベット路線があったとする。通常、A駅からZ駅に行く場合にはA駅でZ駅までの切符を買うことになる。しかし、あらかじめY駅からZ駅までの切符を買っておき、乗車駅AではB駅までの切符を用いて乗車し、降りるときは買っておいたYZ間の切符を利用する。このようにすればB駅からY駅間の乗車賃を払わずに済む。これは、金属が両端に取り付けられているキセル見立てられ『キセル乗車』と呼ばれている。


 犯罪である。


「キセル乗車しようぜ」


 プリン事件から一週間後の話であった。小学校の卒業を記念に何か面白いことをしたいと言っていた理人は、テレビを見て『賢者の石展』というものが京都で開かれることを知った。そこで、悠一を含む、いつも遊んでいる友達四人に京都行きを提案した。悠一がみんなの両親を説得してまわったこともあって、一週間後には実現することになった。一週間後となったのは、ちょうど春分の日も重なるということもあって親も動きやすいというのが理由であった。京都には二泊三日する予定だ。


 彼らの両親の内、保護者として理人と悠一の両親が同行することになった。


 鳥取駅のエントランス南口付近。券売機の向かいにあるベンチで理人が提案したのはキセル乗車であった。以前テレビで聞いた単語である。


「まあ、待て。この中に一人救いようのないお調子者がいる。誰だか分かるな」


 理人の父親が話をさえぎる。


 理人と悠一の親は立って子供たちを監視している。理人たち子どもは全員ベンチに座っていた。南出口に近いほうから聖斗せいと颯太そうた吉継よしつぐそして悠一、理人の順に座っている。


 理人の父が子供たちに問いかけると、みんなは一斉に理人の方を向いた。一方で理人は駅のエントランスの中央の方を見回している。


 エントランス中央には名探偵コ○ンの像があり、「ようこそ鳥取へ」とののぼりがあった。そこで観光客たちは記念撮影をしている。駅は県の入り口であり、今日が土曜日ということもあって、人でごった返している。


「分かるなって言われても、こうも人が多いと誰のことを言ってるのかわからないよね」


 周りを見回しながら理人が言う。


「お前のことだよ」


 父親が突っ込んだ。


「え⁉ 僕のこと⁉」


 理人が驚いたように全員の方へ向き直る。友達四人と目が合った。


 悠一が理人の肩に手を置き、首を横に振った。


「あきらめろ理人。真実はいつも一つだ」


「せやかて工藤」


 場の全員が同じ意見をもっているのだ。理人はそれ以上何も言わなかった。


「はい、みんな聞くように」


 再び、理人父が話始める。


「これから集団行動をするんだから、みんなのことを考えて動くように。迷子になったりすんなよ。それから理人も勝手なことをしないように。公共の場では人の迷惑になることはしないように。おうちに帰るまでが遠足です」


 理人父が子供たちに言って聞かせた。


 しかし、彼らは「それじゃあ、だめだな」などと言い首を横に振っている。理人父が「何がだよ」と言うと悠一が立ち上がり、四人の前に立った。理人父は何をするのかと悠一を見ながらも横の方にはけていく。


 悠一はゆっくりと四人を見ると、いつもとは違い少し声を張って話始めた。


「傾聴せよ」


 理人父と悠一父はなにが始まるのかと子供たちを見つめる。


「我々は、12時54分特急スーパーはくとへ乗車し、約三時後15時48分に京都へ行く予定である。その後ホテルにチェックインし荷物を置き観光へと繰り出す。京都は田舎ではない。鳥取以上の人混みが予想されるであろう。迅速に行動すべく品位と節度を持った行動を心掛けるように。私からは以上である」


 座って聞いていた四人は姿勢を正し、悠一の話が終わると立ち上がり敬礼した。


 理人父と悠一父は「なんだこいつら」と半眼を開けて子供たちを眺めていた。


「時間である。これより駅のホームに移動する」


 すでに京都行の乗車券と特急券は買ってある。子供たちは一列に並ぶと荷物を持ち、順に改札の方へ歩いて行った。その後ろに父親二人が続く。


 鳥取駅の改札は自動改札ではなく手動である。駅員に切符を見せて順に改札をくぐる。そしてエスカレーターでホームまで上がった。


「知ってるか。都会は自動改札があるらしいぜ」


 吉継が理人に話しかける。


「知ってる。じゃあこれは知ってるか?都会じゃあ、汽車じゃなくて電車っていうらしいぞ」


「え、マジで? じゃあ都会の電車は空飛ぶって知ってるか? 宇宙にも行けるんだぜ。銀河鉄道って聞いたことないか」


 吉継はこうしてよく嘘をついて理人をおちょくっていた。


「マジか……聞いたことある」


 理人は目を見開いていた。初めての知識だったからだ。


「んなもんねえよ」


「嘘つくんじゃない」


 すぐに聖斗と颯太から突っ込みが入る。


 御一行はホームに上がるとまた仲良く並んでベンチに座っていた。騙されたことに気付いた理人は吉継の太ももをバシバシ叩く。悠一が「やめなさい」というと理人は叩くのをやめた。


「で、さっきの話だけど、キセル乗車しようぜ」


 理人は先ほどの話を蒸し返す。


 すでに切符を買ってしまった今となっては、キセル乗車もしようがない。それに気づいている悠一は黙って友達を見ていた。


 悠一は自身の能力が法廷を用いたものであることから、何か自身の能力に役立つかもしれないと法律の勉強を自主的にしていた。したがって、キセル乗車が犯罪であることを知っている。当然他の三人は知らないから「なんだそれ」と理人に尋ねていた。


「貴様らも無知よのう」


 自分が知っている知識を他人が知らないことに気をよくしたのか、理人が調子に乗り出す。


「いえいえ、お代官様ほどでも」


 吉継が言い返した。


「それ僕を馬鹿にしてるよね。まあいい、君たちにキセル乗車について教えてあげようじゃないか」


 理人はお腹に抱えていたリュックのファスナーを開けて中からおもちゃのキセルを取り出した。プラスチック製で吹くと音が鳴るものだ。赤、青、黄、緑、ピンクと五色用意されていた。


「キセルをふかしながら汽車に乗ることをキセル乗車という」


 理人が四人にキセルを配る。悠一も笑いながら受け取った。


「でもこれ音鳴るみたいだけど、汽車の中で鳴らしたら迷惑だよな」


 と吉継。


「じゃあ、くわえるだけで我慢しよう」


 と理人が言った。


 電車に乗る前に、みんなで仲良くキセルをくわえてみる。みんな音が出せないのが退屈だと、キセルを上下していた。


 ホームを行く人たちはその姿をみて微笑ましいと笑う。


 しばらくすると乗車時刻になり、目的のスーパーはくとがやってきた。


「あ、忘れ物した」


 理人がつぶやく。


「何を忘れたんだ?」


 理人父が問いかけた。理人父がこの旅行に保護者として同伴したのはわが子が一番あぶなっかしいことが分かっていたからである。そして他の子の両親に押し付けてしまうのは忍びなかったからだ。だから、家を出る前には荷物の確認も怠らなかった。理人父には忘れ物は思い浮かばないはずだ。


「お土産忘れた」


「誰に持っていく気だよ」


 理人父はそんなことだろうと思ったと肩を落とした。






 座席の位置は最後尾の車両の一番後ろ。自分より後ろの乗客に気を遣わずに済む位置だった。乗車してから暫くした頃、悠一の父が自分の子の学校での様子を聞いていた時だった。彼らが「悠一って学校ではどう?」という問いに対し「天才」「控え目にいって天才」「マジ天才」「ただの天才」と回答していると、車両の前の方から言い争う声が聞こえてくる。


 前の方で言い争いしていたのは二十代くらいの男女と車掌だった。男女は座席に座りうっとうしそうに車掌と話している。女の方は耳にピアスをつけ高いヒールをはいている。化粧は厚く塗られていた。男の方は半袖半ズボンに金属のネックレスをつけている。我が物顔で座席にふんぞり返っていた。車掌の横には還暦を迎えたくらいの人のよさそうな老夫婦がいた。


「お客様、すみません。そこは指定席になっています。切符を見せていただいてもいいですか?」


「え、なんで?」


「指定席ですから、この座席の切符を買わなければ座ることはできません」


「なに、文句あんの?」


 座席に座っていた女の方が面倒そうに車掌に切符を見せる。


 ルールを守れない若いカップルが座席を占拠している状態だ。本来座れるはずなのに、座れなかった老夫婦も困ったように男女を見ていた。


 切符を確認した車掌が言った。


「だめです。どいてください」


「いいじゃん。どこに座っても一緒でしょ」


 あくまでも居座ろうとする若いカップルと車掌の押し問答が続いていた。他の乗客たちも何事だと彼らに注目する。


 理人たちも通路に身を乗り出してその様子を確認した。そして悠一が四人に声をかける。


「これより任務を伝える」


 理人たちがうなずく。


「我々の任務はあのルールを知らない類人猿を本車両から追い出すことにある。私はサルどもの荷物を確保する。聖斗と颯太はサルを処分するため通路の確保、吉継はサルどもの無力化、理人があのサル二匹と荷物を向こうの車両に移せ」


「「「「了解」」」」


 作戦が伝えられるや否や、子供たち五人は通路に出た。


 まず、聖斗と颯太が車両前方に向かって走り、車掌と老夫婦の間を走り抜ける。他の乗客たちの注目を集めた。車掌や老婦人、カップルも二人の方に視線を向けた。


 続き、吉継がカップルの前に行った。そして彼らに向かって手をかざす。すると手から麻縄が出現する。吉継も能力者であった。能力は『縄などのひも状のものを出現させそれを操作する』というものである。


 吉継は両手から麻縄を出現させ、それをカップルに絡みつかせる。男の方は一切身動きが取れないようぐるぐる巻きにされ、麻縄で猿ぐつわをかませられる。簀巻きにされ芋虫のようになった。女の方には亀甲縛りをし、別に手足を縛り抵抗できないようにする。


 抵抗する間もなくあっという間に制圧されてしまったカップルは、腹の底から声だし何かを怒鳴った。猿ぐつわをかまされているためはっきりと発音は聞き取れないが「ふざけんな」とうの単語は聞き取れる。


 続いて、理人が身動きの取れないカップルに触れる。理人の能力は『触れたものを宙に浮かせ移動させることができる』というものであった。ただし、一度に操ることのできるものは百キログラムを超えることはできず、また能力の持続時間は三十秒しかないという制約がつく。


 二人同時に動かそうとした理人は宙に浮かせないことに気が付き一人ずつ動かすことにした。カップルの体重が合わせて百キロを超えていたからだ。まず女の方を車両前方に飛ばす。


 前の車両へ続く通路のドアは既に聖斗と颯太が開けている。手を離すと自動で閉まるドアを、閉まらないように抑えていた。


 理人は女の方を素早く前方車両に移すと、続いて男を浮かし移動させる。


 悠一は理人がカップルをどかすと同時に、靴を脱ぎ彼らが座っていた椅子に上がって、座席上部の荷物置き場に置かれていた荷物を下ろした。


 理人はカップルの移動が終わると悠一から荷物を受け取りそれも、前の車両に投げ入れた。


 一連の行動は流れるように行われる。他の乗客は唖然としてみていた。


 すべてのものの移動が完了すると、悠一が離れた位置にいる聖斗と颯太に対し「戻ってこい」とジェスチャーする。それをみた二人は素早く帰ってきた。


「撤退する」


 悠一が言うと、吉継、理人、聖斗、颯太の順で自分の座席に帰った。


 悠一はその場に残り、老夫婦に


「座席が空きましたよ。どうぞお座りください」


 と案内している。


「あ、ああ。……ありがとう」


 老婦人は突然の出来事に理解が追い付いていない。


 悠一がふいに小突かれた。悠一父が後ろに立っている。さらにその後ろには理人父に連行され、理人たち他四人が続いていた。


「節度と品位はどうした?」


「人間社会に迷い込んだサルを排除するためには、多少騒がしくしてしまうのも仕方ない。しかし、今の我々には最高の練度であったということができる」


「とりあえずその話し方をやめろ」


 理人父と悠一父が他の乗客たちと車掌、老夫婦に頭を下げて回る。理人たちも一緒に頭を下げさせられた。


 そして、カップルの方にも行き頭を下げる。子供たちは「ごめんなさい」と一人ずつ頭を下げた。縄は解かれずそのままである。他の乗客に注目される。カップルは未だうるさく騒いでいた。もっとも何を言っているかはわからない。


「この縄、解かないとダメかなあ」


 吉継が嫌そうに悠一にいう。


 返事をしたのは車掌であった。


「そのままにしていてもらっていいですか?」


「え、いいの?」


「うん、助かったよ」


 理人父と悠一父は五人に席に戻りなさいと指示する。彼らはやる気なく「はーい」と返事をし、自分の席に帰った。


 車掌が縄を解かなかったのには理由があった。どうやらこのキセル乗車をしようとしていたようであった。車掌がカップルに渡した切符には乗車券二枚はあったが特急券がなかった。さらに、二枚とも乗車券であり、その切符では乗車できない区間を汽車は今、走っているというのである。鳥取駅から郡家駅まで切符と新大阪駅から京都駅までの切符を用意して、鳥取で乗車したようだ。見過ごすことはできない。すでに次の駅で確保する準備が整っているようなので、縄で縛ったままにしてもらおうということであった。


 自分たちの席に戻った子供たちはトランプを始める。


「あいつらキセル乗車しようとしてたみたいだぞ」


 と悠一。


「え、僕らの仲間?」


 と理人。


「いや、犯罪のやつだよ」


 再びおもちゃのキセルを咥えて遊んでいた四人が凍り付き目を合わせる。遊びだと思ってやっていたことが犯罪だといわれたのだから当然の反応だった。


「キセル乗車って犯罪なの?」


 理人が咥えていたキセルをゆっくり口から離した。


 吉継、聖斗、颯太も同様にキセルを手に移動させる。


「お前ら安心しろ。キセルを咥えて汽車に乗ることはキセル乗車とは言わないし、犯罪ではない」


 吉継、聖斗、颯太は一斉に目線を理人に移した。理人は窓の外を見てごまかす。


 その後、理人は特に何も言われたかったが、トランプで常に最下位になり続けた。


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