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思慮の足りない神様に、与えられた僕たちは  作者: 如月二月
0章 小学生の頃
3/20

チョコレート戦争

バレンタインと言えば日本では女性が男性に対して親愛の情を込めてチョコを渡すというイベントとなっている。もっとも女子小学生の間では友人とチョコの交換をして楽しむイベントという認識の方が強いようだった。

 

理人たちの通う落葉台小学校でも女子小学生たちは毎年バレンタインになると友チョコを交換しに学校へチョコを持ってくる。先生たちは持ってくるなと釘を刺していたが、ばれなければ大丈夫というのが暗黙のルールとなっていた。


 これに目を付けたのが理人であった。


「イタズラをするのなら全力で」


 理人のモットーである。


「女子たちが楽しそうなことしてるし僕らもまぜてもらおーぜ」というノリで小学五年生のバレンタイン当日、クラス中にチョコレート菓子を配ったのである。チョコの製作には現役パティシエの吉継の父が監督となり、結果小学生だけでは作れないような大変美味で見栄えのいいミニケーキショコラが出来上がってしまう。


 そんなものを、普段お調子者でバカ騒ぎをしている理人たちが作ってしまったのだから女子たちはいい気分ではない。その年のホワイトデーにはバレンタインの仕返しにおいしいホワイトチョコをプレゼントしようと、理人と同じクラスの女子たちは奮起した。


 一方で理人たちの暴走は止まらず、その年のホワイトデーにはさらに質量ともに向上したチョコ菓子をクラス二十五人全員に配って回る。ひどくプライドを傷つけられた女子たちは翌年のバレンタインこそは勝つと意気込んでいた。


 落葉台小学校では五年生から六年生に上がる際、クラス替えは行われない。クラスメイトが変わらないから結果、理人あきと悠一ゆういち吉継よしつぐ聖斗せいと颯太そうたVS女子の構図が五年から引き続いて出来上がる。六年に上がってからのバレンタインも理人たちの圧勝であった。


これが最後のホワイトデーとなる。






「今回は何を作るの?」


 理人たち一同は吉継宅に集合していた。吉継の家は父親の職業柄かキッチン周りが異様に整理整頓され、掃除も隅々まで行き届いていた。


 大繩吉継おおなわよしつぐというのが吉継の本名である。大繩家は父の趣味である日曜大工が高じてリビングがカフェのようになっていた。木の壁がいい味を出している。キッチンに近い壁の棚には瓶詰された香辛料などが所せましと並んでいる。


「テレビで見たんだけど、小さいチョコレートケーキを割ったら、液状のチョコが流れ出てきてアイスにかかるってやつ」


 理人と吉継が器具を準備しながら話す。


「なんかすごそう」


「まあ、劣化コピーになるけどな。学校も家庭科室の冷凍庫かしてくれるって」


学校にチョコを持って行ってはいけない。しかし、菓子が大作になるほど家から学校に運ぶというのがおっくうになる。家庭科室を使いたい。しかし簡単にはカギを貸してくれないだろう。そんなとき悠一が提案したのが教師たちも買収してしまうというものだった。教師たちもバレンタインにチョコが貰えるのは嬉しいだろうし、うまくいけば協力してくれるかもしれないと考えたのだ。


そこで、チョコマドレーヌを職員室で教師全員に配って回った。職員室で実際に配ったのは理人である。悠一が理人だけに配らしたのは、理人の打算のない行動が教師には有効であると考えたからである。学校の備品使用の交渉は後で悠一がすればいい。

悠一の思惑がうまくいき、当日限定で家庭科室の使用許可が下りた。


「理人」


「なに、吉継」


「バレンタインってどういうイベントか知ってるか?」


「おいしいお菓子を作って配り歩く日でしょ」


 問題は理人がバレンタインとホワイトデーの意味を全く違うものとして理解してしまっていることである。


 理人の答えに他の子たちは、作業しながら理人に目をやった。しかし、「理人だしまあいいか」とそれぞれは自分の作業に戻る。


「まずクラス全員分のチョコを作るぞ」


 悠一が仕切りだす。クラス二十五人分のチョコを作り終えたら先生たちの菓子も作る。さらに今回は最後ということで飴細工の大作を用意している。


 これは吉継の父が提案したものであった。


「先生が喜んでくれるといいな」


 キッチンでせわしなく動く子供たちを見て吉継の父がみんなに話しかける。


「その必要はない」


 理人が言った。


「これは自己満足だしな」


 と悠一。


「先生に対するいやがらせの一種」


 と颯太。


「でも、おかげで女子全員からチョコが貰えるようになった」


 と聖斗。


「というわけだ」


 吉継がしめる。


 理人たちにとってはこれはイタズラであったから喜んでもらう必要はない。むしろ先生のうんざりした顔を見て楽しんでいる節がある。喜ばれて困るものでもないが。


 チョコレート戦争を始めてから、女子全員が理人たちにチョコを渡すようになった。その様子を見て、理人たちのクラス以外に他のクラスの男子たちもうらやましそうにチョコをねだるようになる。もっとも


 込められているのは敵意の方が多いからいいものかどうかはわからない。


「お前たち……」


 かける言葉は見つからず吉継父は口をつぐんだ。






 三月十四日、落葉台小学校六年二組の子供たちはいつもより四十分早く学校に着く。先生たちが来る前にチョコの審査を終えてしまうためだ。チョコ勝負を終えた後チョコレートの交換をする。


 配るチョコと勝負に出すチョコは別物として作ってある。六年二組のみんなは家庭科室に移動する。勝負は五対五となっていた。これは理人たちに合わせたからこうなった。回を追うごとにクオリティーのあがるチョコレート勝負をやりやすくためにこのような形態になった。審査もそれぞれが食べあってお互いを評価しあう。チョコを作らないものに審査はさせたくないという女子たちのプライドからきたものだった。


 理人たちは前日にすでに準備していた出来上がったフォンダンショコラを業務用冷蔵庫から取り出す。続いて見慣れない食器を取り出した。金箔で模様が描かれた皿の上に、その食器を乗せる。それはガラス製でソースポットのような形状をしていた。魔法のランプの上部を切り落としたようなものである。もっともソースポットより浅く、その浅さは注がれた液体はすぐに流れ落ちてしまうほどである。その、ソースポットのようなものの上にフォンダンショコラがセットされた。


 続いて、ソースポットの隣、金箔で模様が描かれた皿の上にバニラアイスを乗せる。こちらも手作りである。その上にミントの葉を乗せ完成した。ソースポットの上に載っている分、必然的にフォンダンショコラの方がバニラアイスより高い位置に来る。


 女子たちはチョコレートロールケーキを作ってきていたようである。クリームの中にはイチゴも入っている。そこに粉糖をかけて完成した。


 勝負は見栄えと味で決まる。


「さあ、どちらから食べる?」


 悠一が言う。


「お先にどうぞ」


 そういって五人の女子のうちの一人が、自分たちの皿を指した。


 観戦している他のクラスメイト達もおいしそうに見ている。


「じゃあ遠慮なく」


 理人、悠一、吉継、聖斗、颯太は女子たちの作品を口にした。


「うまい」


 誰ともなく声が漏れる。女子たちは嬉しそうに顔をほころばせた。勝負は五対五でやっているが実際は理人、悠一、吉継、聖斗、颯太対女子全員である。敵でも褒められるとうれしいのだ。


「次は俺たちの番だな。あ、そのちょっと高い位置にあるフォンダンショコラから先に食べて」


 悠一がスプーンを渡した。


 女子たちはその指示された意味が分からないのか、少し動きを止める。しかし、食べたらわかるだろうと、みんなスプーンを取った。


「じゃあ、いただきます」


 フォンダンショコラがスプーンで割られる。中から液状のチョコが出てきた。ソースポットは浅く液状のチョコレートをためることはできない。チョコレートはソースポットを流れ低い位置にあるバニラアイスにかかる。


 女子たちは絶句していた。


 観客男子からは「スゲー」という感想が聞こえてくる。チョコレートソースを流す仕掛けなんて自分たちでは思いつかなかったからだ。もちろん両者とも完全な創作ではなくすでにあるレシピや見たことのあるものを模倣しただけである。しかし真剣であったことは間違いない。理人たちの菓子は味も申し分なかった。


 女子たちががっくりとうなだれた。工夫を凝らしている理人たちの作品に、自分たちの方が劣っていたと感じたのだろう。


「私たちの……負けです」


 悔しそうに言った。


 ついぞ勝てなかったとすすり泣く声も聞こえてくる。


 こうして理人たちのいたずら心と女子たちのプライドが暴走したチョコレート勝負は幕を閉じた。






 一同はさっさとかたづけを終えて教室に戻る。理人たちは最後だった。


「なにしてるの?」


 冷蔵庫の中から白の立方体を取り出していた颯太に声がかかる。それは先程までロールケーキを盛り付けていた対戦相手の女子のうちの一人だった。


「先生の分だよ」


 担任用の菓子である。白い立方体の箱の中には飴細工が入っている。理人たちが調子に乗って作った最高傑作でもある。


「それが?」


 縦横高さが三十センチある立方体を見て女の子が言う。


「最後だしね」


 女の子は適当に相槌を打ったあと話を先ほどの勝負の話にもって行った。


「アイスなんで出してくるとは思わなかったな。結局最後まで勝てなかったし。悔しい」


 すると颯太と女の子の会話に理人が割って入った。


「まさか、何もなしにただで家庭科室が借りれたとは思うまい」


 口調からわかるが勝って調子に乗っている。


「どういうこと?」


「一か月前から先生たちを買収し、体制を整えていたのだよ。つまり、勝負は始まる前に終わっていたのだ‼」


 これは家庭科室を借りるために先生たちに手をまわしていたことを言っている。勝負の勝敗とは何ら関係ない。


「なん……だと……」


 ノリの良い女の子である。


 教室に着き教壇の上に立方体をセットして担任の先生が来るのを待つ。その間に理人たちはクラス中にチョコを配って回る。透明な袋に入れられ丁寧にラッピングされていた。女子たちも各々が理人たちの席にチョコを届けに行った。


 チョコ交換が落ち着いたころ、相も変わらず他の男子たちが理人たちにチョコをねだり始めた。


「なあ、そんなにもらったんだから一つぐらいいいだろ」


 そういうのは理人の一つ前の席に座っていた男の子だった。後ろを向き椅子にまたがって背もたれに手を置いている。


 すると理人がいきなり立ち上がった。


「料理とは愛である。お菓子作りも同様である。然るにたくさん貰ったからといって誰かにあげるなんてあり得ない。故に貴様にやる菓子は一欠けらもない‼」


 クラスが鎮まる。前に座っていた男の子は引き気味に「そ、そうか」というと話しかけてこなくなった。


 他の男子に数あるチョコの一つを渡そうとしていた聖斗は、理人の演説を見て渡すのをやめる。「というわけだ」と言い、菓子を用意していた紙袋にしまった。


 他の女の子たちは理人の奇行はいつものことだと日常会話に戻る。ところどころから理人の発言を受けての会話もなされていた。


「愛とか込めた?」


「敵意ならたくさん込めた」


 そんなやり取りをしていると担任の先生がやってくる。やってきた男性教諭は「またか」という顔をし、教壇にある立方体の箱に手を伸ばした。


 中から出てきたのは鳳凰をかたどった飴細工である。飴細工の鳳凰は透き通った赤色をしていた。クリスタルを削ったかのような輝きを見せる。窓から入ってくる日差しを反射して光を拡散させる。クラス中が魅入った。


 理人たちは胸を張る。


「理人これは?」


「先生、なぜ真っ先に僕を見るんですか?」


 真っ先に指名された理人は心外だと目を細めた。


「理人、悠一、吉継、聖斗、颯太、お前たちじゃないなら謝ろう」


「なら、誤ってください」


「違うのか。疑ってすまない」


 理人がやれやれといった感じで肩をすくめる。


「まあ、やったのは僕たちです。先生へホワイトデーのプレゼントです」


「おう、理人は後で職員室に来るように」


 鳳凰は食べてしまうのが惜しいほどの完成度であった。よくできてると先生は鳳凰を眺める。鳳凰自体は透明であるから、覗き込んでみると向こう側が見える。六年二組ではしばらく鳳凰干渉が行われた。


 ホームルームが終わった後、理人はついでにと先生用の焼き菓子を携えて職員室に行った。帰ってきた理人は先生をおちょくったことを咎められ怒られ、涙目になっていた。チョコを配っていた時も涙目だったものだから他の教師が苦笑いしながらチョコを受け取る。


 微笑ましい光景であった。


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