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思慮の足りない神様に、与えられた僕たちは  作者: 如月二月
0章 小学生の頃
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プリンと裁定

 三月十一日。能美理人のうみあきとは家に友人の天宮悠一あまみやゆういちを招き入れ一緒にゲームをしていた。二人は次の四月から中学一年生になる。学校もない、宿題もない状況でめいっぱい羽を伸ばしていた。


「中学に入る前になんかしたいよね」


「正確には中等部だけどな。なんかって、なんだ?」


 理人はテレビ画面から目を離さずに悠一に話しかける。画面の中では人型の巨大ロボットが戦っていた。ビームサーベルで切りあっている。


「面白いこと」


「またいたずらする気か?」


 能美理人はお調子者だ。小学校の頃は何かしらの事件を起こし、先生に怒られては泣く、ということを繰り返していた。怒られても何度もいたずらを続けることから、理人の友達は学習能力のない子と烙印を押している。しかし、仲間内からは人気があり一緒になって馬鹿をやるものが絶えなかった。学校の先生曰く、「活発で元気な子」だそうだ。


 理人は半袖、半ズボンで寝転がって炬燵に入りこんでいる。春先で温かくなっているのにまだ炬燵が出ているのは能美家一同が怠惰だからだ。普段は洗濯物がソファに散乱し、炬燵の上にも雑誌の類が出しっぱなしといった状況にある。理人も同様に面倒くさがりで片付けなどを率先してすることは少なかった。しかし、今は理人を招き入れているため片付いている。ように見える。洗濯物の類は理人とその母が共同して他の部屋に移していた。畳んではいない。


「イタズラなんてしたことないぞ。」


「どの口が」


「謙虚、勤勉、まじめで嘘はつかない。聖人君子といえばまず、能美理人をみんな思い浮かべる」


「謙虚って意味知ってるか?」


 悠一が嫌味を言う。自分の発言を顧みろといった意味だ。


「けんきょ……警察が事件を検挙するとかの検挙だろ。いい意味だ」


「ばか」


 一方で悠一は秀才を体現したような子供だった。宿題は学校で片づける。親の手伝いは率先してやる。スポーツ万能、成績優秀。優しさがあり誰にでも平等に接する。またいざという時の男らしさもあり、女子からの人気は高い。一方で先生の前では子供らしさも見せるなど、自身の評価を高めるため動きは計算されていた。もっともやりすぎはよくないと手を抜くこともある。小学生とは思えない人柄に大人たちは驚かされる。


 理人たちしかいないときはそんな素振り全く見せない。他人にいい顔をしすぎて疲れているというわけではなく、ただ人によって雰囲気を変えているだけだった。


 今は悠一も炬燵に寝転がって入り込んでいる。仲良く理人と並んでいた。


「明日、みんなで遊ぶだろ。その時までに考えといてよ」


「俺か! 俺が考えるのか?」


「え? だってお前頭良いし」


 よくわからない理屈をこねる理人を見て、悠一はため息をついた。


「ホワイトデーがあるけどそれじゃあダメなのか?」


「あれは年中行事」


 画面の中ではちょうど悠一の機体が理人の操る機体に撃破されたとことだった。


「ちょっと、お兄ちゃん」


 ふいに二人の会話に入り込んでくる者がいる。理人の妹の沙耶さやだった。現在小学三年生である。兄と違いお調子者ということはなかったが、多少お転婆なとこもある。「理人に似てしまったらどうしよう、お嫁に行けなくなっちゃう」というのが母親の口癖だった。今日は悠一が来ると知ってから一番のお気に入りの服を着ている。


 沙耶は炬燵の上から顔を出し、理人に話しかけた。沙耶は炬燵の上に寝そべっておりスカートの後ろからパンツが丸見えの状態であった。


「お兄ちゃん、私のプリン食べた?」


「プリン? あの冷蔵庫の一番下にあった、まったりとした触感の適度に甘くクリーミーで鼻孔をくすぐるバニラの香りの素敵なプリンのことならお兄ちゃん知らないよ」


 理人は体を横にして妹の顔を見上げる。悠一はそのすきに自分に有利なようにゲームの設定を変更しておく。沙耶はその光景をチラリとみて理人に言った。


「食レポいらない。プリン返して」


「僕知らない」


「食べたでしょ‼」


 沙耶の口調が荒くなり、足をばたつかせ始める。目にはうっすらと涙を浮かべていた。


 それをみて理人が困ったような顔をした。


「沙耶。多分父さんだ」


「父さんにはアリバイがあるのっ‼」


「じゃあ、母さんだ」


「母さんはそんなことしない‼」


「父さん不憫なり」


 理人は、母と違い無条件に信じてもらえなかった父に対して憐みの感想を述べる。


 すると沙耶は耐えきれなかったのか泣き出してしまった。そして理人の隣にいた悠一に助力を乞うことにする。


「悠ちゃん、たすけてー」


 泣き出してしまった沙耶を見て、理人と悠一は目を合わせた。理人が申し訳なさそうに悠一をみる。悠一がしょうがないと目を閉じた。


 悠一は炬燵から這い出て泣いていた沙耶の頭を優しくなで始める。理人も遅れて炬燵から這い出て沙耶の背中をなで始めた。


「沙耶ちゃん」


「えぐっ、ひぐっ、なに? 悠ちゃん」


「任せて」


 悠一が沙耶に優しく笑いかける。沙耶は涙目であったが笑いながらうなずいた。


 その様子を見て理人が、逃げるように飛び上がる。急いで二人から距離を取ろうと、リビングの出口に向かって走った。


「――開廷する」


 逃げる理人を見て悠一はそうつぶやく。右手は沙耶をなでたままだ。


 理人がリビングのドアに手をかけた時だった。いきなり景色がゆがみ、次のうちには全く違う場所に三人はいた。


 高い壇上に人が十五人座れる木製の椅子と机。深い色合いを出している。壇上から見て左右に向かい合うようにまた、木製の椅子と机。そしてこの空間を区切るように柵がありその奥には大量の椅子が並べられている。高い天井に窓のない部屋。法廷だった。最高裁判所大法廷を模している。


 三人にとっては見慣れた景色だ。


 法廷を模したこの空間は悠一の作り出したものだった。


 傍聴席から見て右にいる理人がうなだれる。沙耶は左側にいた。二人は原告と被告に見立てられている。


「さ、始めようか」


 悠一が言った。





 『先天性奇跡症』と呼ばれる超常的な力があった。人知を超えた超常の力はあらゆる物理、化学法則を無視することがある。故に『奇跡』と呼ばれ、人が生まれながらにして有するがゆえに『先天性』と名付けられた。


 一般的に浸透している呼び名は『ギフト』であった。神の贈り物だから『ギフト』と呼ばれる。もっとも神などいるかわからない。あくまでも宗教家たちがつけた名前である。

 奇跡症は一定の確率で人に発症するのだが人によって発症する能力は違う。またその条件や発現能力は一切不明であった。発現した本人でさえ、その能力の全容を理解できない。また、これらのちからは生まれた時から死ぬまで、いかなる鍛錬を積もうとも一切変化することはないといわれている。能力に気づかないだけで発現している人はもっと多くいるはずだというのが一般的な見解だ。


 そんな能力が悠一にも発現していた。また理人にも備わっている。


 悠一の能力は、『自身を中心に半径二〇メートル内にいる人間の中から、任意に人を選び法廷の中に引きずり込む。そして法廷内で真実を吐かせる』というものであった。


「法廷では嘘はつけない」


 悠一の作り出した法廷内では嘘はつけない。もっとも、その程度の能力なら法廷を模した空間に引きずり込むこともないであろう。無駄に演出しすぎだ。というようなことを悠一はいつも言っている。


 理人は自分がいる場所を確認するや否や、まくしたてるように話し始めた。


「すべては秘書のやったことです。私はプリンなど……」


「プリン食べたの?」


「食べた」


 勝手に弁明を始めた理人の話をさえぎって、沙耶が質問する。理人は正直に答えた。嘘がつけないのだ。その上、黙るという選択肢もとることができない。


 理人が手を前に組む。沙耶をまっすぐ見つめていたが表情には焦りが見られた。


「沙耶ちゃん、プリンに名前書いてなかったの?」


 悠一が沙耶に問いかける。


「書いてたよ」


 その回答をきいて、理人はさらに弁明を始めた。


「いや、見えなかった。名前はもっと大きく書かないと見えないし、食べちゃったのは不可抗力だよね。僕だって沙耶のプリンだと分かっていたら……」


「沙耶ちゃんのプリンだって気づいてたろ」


「もちろんだ」


「……」


「……」


「だっ、だけど罪悪感はあったんだ‼ けど、プリンの魅力には勝てないだろ‼」


 理人の声が大きくなる。机に手をついて立ち上がった。沙耶はすでに泣き止んで頬を膨らませている。


 悠一が言った。


「プリンが沙耶ちゃんのものだと分かった時の心境、食べていた時の心境、食べ終わった時の心境を述べよ」


「プリンが沙耶のものだと分かった時は、『やっぱりな』って思ったな。沙耶プリン好きだし。『でも他におやつもないし、まあいっか』って思った。食べてた時は、『やっぱプリンうめー』って思った。食べ終わった後は『父親のせいにすればいっか』って思った」


「お兄ちゃん‼ 罪悪感の意味知ってる⁉」


 沙耶が立ち上がった。膨らんだ頬は赤くなっている。


「面目次第もない。この償いは必ず……」


「今の心境は? お・に・い・ちゃん」


「ここを乗り切ってうやむやにしてやるゼッ‼」


「……」


「……」


 悠一がため息をつく。そして「閉廷する」とつぶやいた。すると能美家のリビングに帰ってくる。先ほどまでの光景がなかったかのように、世界が切り替わった。


「被告、能美理人」


「はい」


「プリン買ってあげなさい。お前の小遣いで」


「はい」


 心の内を暴かれた理人はすっかりおとなしくなっていた。


「じゃあ、今から行くか」


 悠一が提案する。沙耶も嬉しそうにうなずき、炬燵の上から降りる。


 理人は「えー」と不満の声を上げた。


「今からはヤダよ。コンビニまで歩いて一キロあるんだぜ」


「じゃあ、お兄ちゃんは自転車で行けばいいよ。多分五百メートルに短縮されると思うよ」


 沙耶がかわいそうなものを見る目で理人に言った。


 三人は近くのコンビニに歩いて向かう。両脇に理人と悠一、真ん中が沙耶と仲良く手をつないで向かった。


 コンビニに着くと理人は友達を発見する。よく遊んでいる友人が三人、吉継よしつぐ聖斗せいと颯太そうたといった。どうやらスナック菓子を買いに来ているようだった。


「おう、理人、悠一。もうすぐホワイトデーだけど明日うちに来ること忘れてないよな」


 そういったのは吉継であった。


「忘れてないよ。明日行くから」


「お兄ちゃん、お菓子作れるの?」


「お兄ちゃんをなめてはいけない。お兄ちゃんにできないことはないのだ」


 ホワイトデー。バレンタインのお返しに女性に対しキャンディー等の贈り物をするイベントである。一般的には。理人たちには別の意味がある。


「また、変なこと考えてるの?」


「沙耶。それだとお兄ちゃんがいつも変なことを考えてるように聞こえるよ」


「そういってるんだよ」


 沙耶は手をつないだまま理人を見上げる。理人は沙耶に目線合わせずに言った。


「仁義なき戦いが始まるのだ」


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