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異世界最凶の復習者  作者: 深紅
8/8

第七話 初の実地訓練

「つ、疲れた……」

「もう、兄さん?帰って来るなりベッドで寝っ転がるなんて良くないですよ?」


 本日の訓練を終えて疲れ果てた様子の斗真がベッドへうつ伏せになってダイブすると、その後ろから困った表情の彩音が斗真を嗜める。しかし、一度ベッドへ身体を放り投げてしまうとベッドの魔の手から自力で脱出するのは極めて困難。結果、斗真は手をヒラヒラ振って動く気が無いことを彩音へアピール。そんな斗真にあからさまな溜息を付いて背後まで近づくと優しく肩を揺さぶる。


「お風呂に入って汗を流しましょう。ね?」


 彩音の言葉に斗真の耳がピクンと跳ねた。かと思いきや、斗真は素早い動きでベッドから跳ね起きると彩音の目の前まで移動。そんな斗真の急な行動の変化に嫌な予感を感じた彩音は、目の前にいる斗真との距離を取ろうと後退る。しかし、彩音が一歩下がる度に斗真は一歩踏み出して彩音との距離を一定に保つように動く。

そんな良く分からない行動を繰り返していると、彩音は、そういえばどこかで見た光景だなぁ~とこの世界に来たばかりの頃を思い出しながら顔に張り付けていた笑みを引きつらせる。取り敢えず距離を取ろうと動き回るが一向に斗真との距離が開かない。そして、そんなことを繰り返していれば、部屋の中なので彩音の背中は壁に当たってしまう訳で、斗真はすかさず壁ドン。


「に、兄さん?」


 戸惑いを隠すように苦笑いを浮かべ、すぐ目の前にある斗真の瞳を見つめながら声を掛けると、斗真はより一層顔を近づけてくる。これはどういう意味なのかと彩音がパニックを起こしそうになった瞬間、今まで黙っていた斗真が口を開いた。


「汗を流しましょう。ってことは、俺と一緒に風呂に入るってことだよな?」

「へっ?」


 頭の理解が追い付かない彩音は思わず変な声を上げてしまうが、それに気を取られている場合ではないのでそれは置いておき、斗真の言葉の意味を数秒掛けて理解した彩音は結局パニックに陥った。


「っ!?!? な、何を言ってるんですか!? お風呂に入るのは兄さん一人に決まってるじゃないですか!! わ、私は兄さんをお風呂に誘ったのではなくて入るように促しただけで!! わ、私は自室で入ってきますから……って、に、兄さん?あの、何でまたベッドに向かって……あ、ダメですよ!? せっかく起き上がったのに何でまた寝ちゃうんですか!! ほら、起きてお風呂に入りま……は、入ってきてください。ちょっと、兄さんってば!!」


 と言うやり取りを経て、現在はお風呂場。


「うぅ~どうしてこんなことに……」

「彩音に背中流してもらうなんて何年振りだろうなぁ~。あ、次は俺が彩音の背中流してっぶ」

「こっちを見ないで下さい!!!」


 斗真は先程の行動が嘘かのように機嫌よく、背後で背中を擦っている彩音の方を振り向こうとしてタオルを顔面に押し付けられた。斗真は目に泡が入ってしまったらしくギャーギャーと騒ぎながら顔を洗っており、その隙に斗真の背中全体を洗い終えた彩音はサッと水をかけて斗真の背中についた泡を洗い流す。そして、チラッと斗真を見ると未だに悪戦苦闘しているようだったので自分の身体も洗ってしまおうと、サッと体を洗い、斗真の目が復帰した頃には既に彩音は湯船に浸かっていた。


「別に見せた所で減るもんでもないだろ?」

「減るんです!! もう、兄さんのエッチ」


 彩音は斗真の言葉に拗ねるようにそう返すとプイッとそっぽを向いてしまう。そんな彩音の仕草に苦笑いでやりすぎたかと反省する斗真は同じ湯船に浸かる彩音を後ろから抱きしめた。


「ひゃっ!? 兄さん!? こ、こんなところで何を」


 突然の斗真の行動にビクッと体を震わせた直後、顔を真っ赤にして慌てる彩音。まさかこんな場所で斗真が手を出すとは思っていなかったのだろう。完全に油断していた彩音はとにかく斗真の腕を振り解こうともがこうとする。


「わりぃ、別に彩音の嫌がるようなことをしたかった訳じゃねぇんだけどさ。今日だけは、少しでも長くお前と一緒にいたくて」

「…………兄さん」


 だが、いつになく不安そうな斗真の声を聞くと彩音は斗真の腕を解くことなく、コテンと斗真の肩に頭を乗せた。未だに恥ずかしさは残り、顔の赤みも消えないが、それでも今は斗真の様子が気になってしまい、なんとなく傍にいてあげたいとそう思ってしまっていた。いや、もしかしたら彩音自身がそれを望んだのかもしれない。


「もう、この世界に来てから一月以上経っているんですね……とても長かったような、短かったような、不思議な気分です」

「色んなことがありすぎたからな。突然こっちに連れてこられて、訓練を始めちまえばもう時間が経つのなんてあっという間だった」


 この世界に来たときのことを思い出しているのか目を細めて言う彩音に、斗真は頷いてこの一月の訓練を思い出す。最初は武器を持った動きや魔力の扱いが出来ない訳ではなかったので、十分戦えると思っていた斗真達だったが、日々の訓練で気付いたことがあった。それは、それなりの動きや魔力操作はできるものの、それはあくまでスキルの恩恵であって斗真達自身の技術ではないということだ。

斗真達が実感した感覚を例えるなら、高級の包丁を手に入れた素人が魚を捌いたとしても、普通の包丁より少しマシに見える程度で実際にはそんなに綺麗に捌ける筈がない。対して経験者が普通の包丁で捌けば慣れ親しんだ包丁と技術を以ってすれば十分綺麗に捌ける。それに似た感覚で、素人よりはマシだが経験者相手には歯が立たなかったのだ。

だからこそ、これだけの時間を要した。斗真達が旅に出れば外は魔獣で溢れかえっている。その魔獣達を倒し自分達で切り抜けられる力が必要だからだ。そのための準備は十全にしたつもりだが、やはりどこかで不安を抱えてしまうのは当然のこと。斗真達の力がどれほどのものなのかは明日の実地訓練で証明されることになっている。


「いよいよ明日は外に出るんですよね……」

「不安か?」


 彩音は首をゆっくりと横に振って自分を包み込む斗真の腕に左手でそっと触れた。


「少しの不安はありますが、私には兄さんがいますから。だから平気です」

「……そうか」


 肩越しに振り返って笑う彩音に斗真は優しい笑みを浮かべて彩音の真っ直ぐな瞳を見つめるのだった。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




 一夜が明けて早朝、クラリス城の門の前に二台の馬車が待機していた。そこにはエドウィン達を筆頭に斗真達の姿もあった。その表情は極めた真剣なものだった。

そんな斗真達に笑いかけるのはレイナ。


「そんなに緊張しなくても大丈夫よ。と言っても中々難しいでしょうけど、リラックスしてね。まだ訓練場所までは時間がかかるから」


レイナにそう声をかけられるが斗真達は今日初めての城の外への外出に加えて、魔獣との戦いだ。緊張するなと言うのは無理な話。レイナもそれを分かっているのか、それ以上は何も言わず視線をエドウィンて向けると、静かに頷いた。


「さて、これから外に出て魔獣を狩りに行く。それぞれ、訓練で行ったことを十全に発揮すれば怪我無く帰って来れるはずだ。何かあれば私達もいる。気負わずに存分に力を試してくれ」


 エドウィンの言葉に真剣な表情で頷いた斗真達は用意された馬車に乗り込み、初めて城の外へと出発したのだった。

道程は特に何が起きるわけでもなかったが、馬車から伝わる振動が斗真達の緊張を煽る。そのせいか、斗真達の間に会話らしい会話は皆無だった。何時もなら、一番にはしゃぎそうな斗真ですら馬車に乗ってからというもの一言も喋っていない。

そんな斗真を心配してか、彩音が斗真の手にそっと触れる。すると、固かった斗真の表情が少し和らいで視線を巡らせると同じように不安そうな表情で俯く仲間の姿。


「皆、俺の我が儘に付き合わせて……悪い」


唐突に口にした言葉が謝罪だとは思ってなかったのか、守達は驚いたように視線を上げる。そこにはいつも通り、不敵な笑みを浮かべる斗真。


「だけど、ここで実力を証明できれば俺達は一歩前に進める。きっと、元の世界へ帰るための一歩を。だから……見せつけてやろうぜ、俺たちの強さ」

「斗真はこんな時でも相変わらずだね」


斗真の言葉にそれぞれ笑顔や呆れた表情を浮かべていた。しかし、その表情は確実にさっきよりいい表情なのは間違いなかった。

斗真達がこれからの戦いに向けて気持ちを高めていると、前方を走っていた馬車が止まり、それに合わせて斗真達の馬車も停止した。

すると、程なくエドウィンが斗真達の馬車の窓から降りるように伝えると、緊張が走る。そして、静かに付いてこいと言うエドウィンの後を歩いて行くと、遠目ながらに四足歩行の獣、狼だろうか?それにしては、異様で狂暴としか言い様のない姿の獣が見えた。


「止まれ。……あれが魔獣と呼ばれる化け物だ。この界隈ではあまり珍しくも無い魔獣だが、群れで行動する習性がある。辺りにもそれなりに潜んでいるはずだ。まずは私達が手本を見せる。その後に続いて出てくる魔獣を相手するように。いいな? マズイと思ったら直ぐに引いて大声を上げろ。私達が対処する」

「「「「了解」」」」

 

 エドウィンの言葉に静かに頷くと、斗真達は得物をきつく握り締めて緊張した空気が流れる。


「行くぞ!!」

「了解っ!!」

「ん」


 その言葉を合図にエドウィン達三人を先頭に斗真達がその後を追いかける。そして、一匹目の魔獣に狙いを定めたエドウィンはそのまま魔獣に突撃して剣を横薙ぎに一閃。完全に不意を付いた一撃は魔獣に反応を許すこと無く、胴体を切り離した。その瞬間、残りの二匹がエドウィン達に気が付いたように遠吠えを上げて威嚇するように戦闘体制をとった。


「ふっ」

「灼熱の炎よ、その業火を以って焼き尽くせ……『フレアキャノン』」


 しかし、その二匹の魔獣もエドウィンの後ろで武器を構えていたレイナの弓とアウラの魔法によって、息絶える事となった。

 斗真達はエドウィン達の戦い方に見惚れてその場に立ち尽くしていると、エドウィンが怒号を飛ばす。


「ボケッとするな!! ここは戦場だぞ!!」

「っ!?」


 エドウィンの言葉に反応したのか、タイミングが良かったのかは分からないが、エドウィンが忠告しいていた通り、辺りに潜んでいたらしい魔獣達が一斉に斗真達へと踊りかかった。その数は十匹。

 その中でも、先頭に立っていた彩音に狙いを付けたのか三匹の魔獣が彩音の直ぐ傍まで迫っていた。完全に油断していた彩音が目前に迫る魔獣に足が竦ませて、恐怖に表情を歪めた瞬間。


「彩音に近づくんじゃねぇ!!! 轟雷よ、その速さを以って穿ち貫け!!『ライジングブラスト』」


 初めての戦闘の開幕だと言わんばかりに上級魔法をぶっぱなす斗真。手に持つ銃口を彩音に襲い掛かる魔獣達へ照準を定めるとその銃口に魔法陣が描かれ、斗真の声に反応して金色の閃光が三匹の魔獣を二撃(・・)で屠り、自分の攻撃が通用することが分かると獰猛な笑みを浮かべて標的を探すために視線を動かす。

本来であれば上級魔法とは言え、魔獣三匹を相手に一撃で屠るだけの力はない魔法だが、それは斗真のチートスペックに加えて、手に持つ武器の特性でこの世界の常識すら覆して見せた。

訓練を一月続けて得たものは数知れず、斗真のステータスは以前とは比べ物にならないくらいに向上していた。


==============================

名前:御剣斗真 レベル:12

年齢:16歳

性別:男

職業:銃術士


筋力:176

耐力:360

敏捷:176

魔力:360

知力:100


スキル:上級火魔法、上級雷魔法、上級闇魔法、

銃術、全ステータス上昇補正(中)

物理耐性、魔法耐性、魔法展開速度上昇

魔法威力上昇、射撃速度上昇、射撃威力上昇

必中射撃、抜き撃ち、纏雷


称号:救世主

==============================


 更には斗真の持つ二丁の銃も斗真の性質をサポートするのに一役買っていた。

そもそも魔装とは、ただの防具と武器ではなく、装着者の魔法発動のサポートを行うためのものでもある。魔装を持つ者は魔法展開速度と威力が飛躍的に上昇するのだ。魔装を持つもの同士であればステータスに依存するが、対魔獣であればその効果は絶大と言えるだろう。

これらの要因から、斗真が放つ魔法攻撃は、展開速度、威力共に斗真達五人の中でもさくらに次いで高い。

だが、一番ではないので斗真はそこまで強くないのかと言われるとそうではない。さくらが一撃で敵を一体屠る間に、斗真の銃は二体以上を相手に出来る。


「おらっ!!」


 両手に持った銃口を別々の方向へ向けた瞬間にトリガーを引いて魔弾を放ち、移動しながら敵をその都度変え、正確な射撃で残りの七匹へ確実にダメージを与えていく。リロードを必要としない斗真の魔力を弾丸に変えるその銃は、休むことなく銃弾を吐き出し魔獣の足を止める。そして、足が止まったところにお得意の魔法を放つ。


「雷を以って穿て!!『サンダーショット』」


 斗真は二つの銃口をそれぞれ別の魔獣に狙いを定め、詠唱から一秒としない間に二つの魔法陣から雷を纏った弾丸が放たれる。そして、その魔法が魔獣に当たった瞬間に電気が放電するような強い音と光が放たれその間にも斗真は魔法を詠唱して全ての魔獣を一人で屠ってしまった。

 そんな斗真の姿を呆然と見ているのは守達。戦いが終わってしまったことに気が付くと、いつの間にか力が入っていた体から力を抜いた。


「斗真、僕達にも魔獣を倒させてくれないと訓練にならないよ」

「あはは、私は動けそうになかったよ~」


 構えていただけの武器を降ろしてそう笑ったのは守とさくら。そしてその隣には少し恐怖におびえているような様子の紅葉と彩音がいた。


「大丈夫か?彩音、紅葉も」

「あ、は、はい。少し驚いてしまって……」

「同じく。実際にあんなバケモノ見ると、ね?」


 斗真の言葉に苦笑いすると、そこにエドウィンたちが戻ってきたようだった。


「まさか一人で十匹を相手するとは。やはり規格外と言った所か」

「それにその魔装も協力過ぎかも知れないわね。私達がいなくても大丈夫だったかも」

「……ん」


 エドウィン達の翔さんに斗真は少しだけ嬉しそうに笑い、この場の魔獣達が居なくなったことを確認して移動を始めようとした時、事件が起きた。


「っ!? 何か、何かが来るよ!!」

「魔獣か?」

「どこかからこちらに向かって来てるのかしら」

「訓練続行」


 さくらの反応にエドウィン達は移動するまでもなく訓練ができるなら好都合とばかりに視線を動かすが、辺りに魔獣らしき影は見当たらない。そんなエドウィン達を余所に何故かさくらは肩を震わせて俯いていた。


「さくら? どうかしたの?」

「怖い、これ、怖いよっ!! 守君!!」


 さくらの様子に気が付いた守が声を掛けると、唐突に怯えだして守の体に縋りつくさくら。しかし、現状さくらが怯える様な事は無い筈なのだと斗真達は首を傾げていると、守がゆっくりと口を開いた。


「ここから移動しよう。エドウィンさん、さくらがこうして怯えるってことは何かがある筈です。危険でないにしろ、この状態では」

「……うむ、それもそうか。一旦馬車まで下がるぞ。様子を見て」

「いやっ、いやぁぁぁ!!!」

「さくら!?」


 守の腕の中で震えていたさくらがまたしても唐突に叫び声をあげる。それと同時にエドウィン達は魔装を構えて斗真達を守る様に半円を描き、斗真達に声を掛ける。


「早へ急ぐぞ。さくら君の検知に何かが引っ掛かっている可能性が高い。しかもその怯えよう、普通の魔獣でないだろう。急げ!!」


 斗真が何か言いたげな様子だったが、さくらの震える姿を見つめてから善人に視線を配ると頷いてその場から背を向けて走り出そうとした。

だが、それは叶うことなくレイナの声が響き渡る。


「みんな伏せて!!」

「「「くっ!!」」」


 レイナの声に即座に反応した斗真と守、そして、紅葉がその場に咄嗟に伏せた瞬間、間近から轟音が耳をつんざき、直後に暴風が斗真達の体を襲う。地面にしがみ付いていても吹き飛ばされそうな衝撃に斗真達は必死に耐え、衝撃が起きた方向を見ると、魔獣とは言い難い何かがそこにいた。

 それを確認した直後、あれはマズイと全員の頭の中で警報が鳴り響く。それと同時、エドウィンの怒号が再度響き渡った。今度は咎める為ではなく誰かの命を救うために。


「撤退だ!! お前達は撤退しろ!! ここは俺達が引き受ける!! 馬車に急げ!! 早く!!」

「だ、だけど」

「いいから行って!! アレ相手に私達も長くは持たないわ!! 貴方達を死なせるわけには行かないの。お願いだから行って!! アウラ、彼らをお願い」

「……ん」

「斗真!! 私達じゃ邪魔になるだけよ!!」


 斗真はエドウィンの言葉に反論しようと声を上げるが、それをレイナが悲痛な声で遮り、合わせて紅葉も斗真を説得するかのように腕を引く。もう一度斗真が自分達を庇う三人に視線を向けると、その表情は酷く歪んだもので、歴戦の近衛騎士団と言えどそこまで緊張が走る相手なのだと理解せざるを得ない。

 斗真は紅葉に頷きを返し、最初に決めた行動に従うように、エドウィン達に背を向けて走り出した。アウラはそんな斗真達の先頭を走り出し、守はさくらを抱え、その後ろに紅葉、彩音殿を斗真と言った形で走り続ける。

そして、実際に人間が走れば一分は掛かるところを数秒で走り抜け、アウラが馬車の手綱を握ると同時、守達が馬車へと飛び乗った。


「……行く」


 アウラの言葉に応えるかのようにウマが一鳴きすると、乗車している人を気遣うような走りではなく兎に角先へと急ぐような急発車で荒野を駆ける。斗真達が後ろを振り返れば、砂煙でエドウィン達の姿は既に見えなくなっており、先程から続く爆音に身を竦ませる。遠目で見ていても激しい戦いが繰り広げられているのは一目瞭然。

 そんな光景を斗真は拳を握り締めながら見つめ、紅葉は斗真の姿に焦りを覚えて手を伸ばそうとするがそれより早く斗真が立ち上がった。


「待ちなさい、斗真!!」

「紅葉、悪い……。彩音、ここで待っててくれ。必ず戻る」

「え?兄さん、待って!!」


 斗真は彩音と紅葉の言葉を振り切って馬車の扉を開け放つとそこから飛び出し、リングを掲げる。


「魔装……展開!! 纏雷!!」


 再度魔装を身に着けた斗真は宙で反射速度を数倍に引き上げるスキルを使用して地面に着地。それと同時に曲げた膝をバネにして全力で地面を蹴る。そして、砂煙の中に突撃する直前に見えた影に向かって魔弾を数発発射すると、その影はその場から跳躍して砂煙の中に消える。そして、斗真はエドウィン達の元へと駆け付けた。


「なぜ君が……いや、それより何故逃げない。早く逃げろと言っただろう!! これは訓練ではない!!」

「分かってる、分かってるけど……世話になった人達を置いて逃げ出すなんて俺には出来ねぇんだよっ!!! 轟雷よ、その力を以って消し飛ばせ!!『ライトニングフォール』」


 斗真が砂煙で視界の悪い中、上空に向かって銃口を向けると、魔法陣が描かれそこから細い一本の金色の線が上空へと上がる。その直後、斗真の銃口の先に描かれた魔法陣よりも大きい魔法陣が空に展開され、そこから太い雷が地面を穿つ。その衝撃で周囲を漂っていた砂煙は全方向へと拭き取んばされ、今まで認識できなかった敵の姿がはっきりと見えるようになる。

 そうしてやっと、斗真は自分がどれだけの境地に立たされているのかを理解した。


「うそ、だろ?」

「嘘だったらいいんだけどね。こっちに来た以上、私達もあなたを守り切れるかはわからないわ。最低限自分の命は守ってね」


 額に汗を滲ませた例らがそういうのも無理はない。目の前には先程相手をした狼型の魔獣が鋭い牙をこちらに見せながら威嚇するように低くうなっている。その数はざっと五十を超えるだろうか。それだけで終わってくれれば対処のしようもあるのだろうが、それだけでは終わらない。

 その中央に立つのは黒い翼を携えた人だろうか。しかし、顔は黒いマスクに隠されており分からないが、耳は尖っており、手の先が膝まである長細い腕、それに反して足は異常発達しているのか人間の二回り以上も太い。そして全身は黒い鱗のような物に包まれている。

 見るからにして規格外、あれを魔獣と呼べるのだろうか。一体アレは何なのかと斗真が口を開こうとした瞬間、斗真は反射的に全力で後方へ飛んだ。


「がはっ!?」


 自分の行動が自分で理解できない。だが、その体の判断に斗真は感謝することとなる。直後に暴風が斗真の体を打ち付け、斗真を吹き飛ばし、全力で後ろに下がったことが幸いしてか数メートル吹き飛んで地面を転げるだけで済んだのだ。

 地面に叩きつけられた衝撃で息が詰まるが、顔を上げて自分のいた場所も見ると血の気が引いた。そこには黒い魔獣の半円を描くように地面が抉れていたのだ。あの場所にいたらと思うだけでぞっとする。


「はっ!? エドウィン達は?」


 自分のすぐ目の前にいたエドウィン達を探すと、その魔獣の両サイドに斗真と同じ格好で地面に倒れていた。戦闘経験者の勘で咄嗟に横跳びしたため何とか攻撃範囲から逃れることが出来ただのだった。しかし、ステータス耐久値が低いレイナは蹲って置き上がる気配がない。


「てめぇ、一体何者だ!!」


 斗真は意地だけで立ち上がると、銃口をその魔獣に向けて吠える。しかし、向こうは興味がないのか、それともしゃべることが出来ないのか、はたまた聞こえていないのか。それは分からないが、斗真の言葉に反応することなくただ前傾姿勢を取った。その瞬間に斗真は焦って引き金を引くがその時には既に姿が掻き消え、斗真の放った魔弾は空を切る。

そして、反射速度が上がった斗真の視界の隅にかすかに見えたのは、斗真を通り過ぎて背後を取ろうとする姿。目を見開き、反射速度が上がったはいいが自身の速度が上がる訳では無い。体は斗真の意思通りに反応してくれるが、攻撃範囲から逃れることは叶わないことを悟った斗真は咄嗟に振り返って防御態勢を取った。目の前の黒い魔獣と視線が交錯し衝撃が来る。そう思った直後、その魔獣の姿が消えた。そして代わりに現れたのは。


「一人で飛び出すなんてことしないで下さい。どこまでだって付いて行きますって、私は言いましたよ?」

「あ、彩音?」

「「灼熱の炎よ、その業火を以って焼き尽くせ!!『フレアキャノン』」」

「癒しの水よ、傷付きし戦士達へ恵みを運べ!!『キュアーレイン』」


疑う余地もない。馬車に乗って逃げたはずの守達だった。振り切った剣を引き戻した彩音、魔法が得意でない紅葉と息を合わせて放った魔法は黒い魔獣の追撃を許さず交代させることに成功した。

そして、震えながらも、涙を瞳に溜めながらも、仲間に優しい魔力の雨を降らせて回復役を担うのは、さくらだった。

いつもそうだ、元の世界にいるときから斗真は誰かに支えられて生きてきた。突っ走って転びそうになったときは、守やさくらが手を引いてくれた。立ち止まりそうになったときは、紅葉が背中を押してくれた。そして、どうしようもないと挫けそうになったときには必ず彩音が傍にいてくれた。

当たり前のことに、気が付いた。やっぱり人は一人じゃ何も出来はしないのだと。だから。


「……サンキュ。助かった。……その、わる」

「はぁ、何言ってんのよ。斗真が突っ走しるのなんていつものことでしょ?」

「そうそう。それにしても本当に斗真が突っ走って行くときってろくなことにならないよね」

「……それでも、御剣君は凄いと思うな」

「これが、私達の想いです。今、兄さんのやりたいことは何ですか?」

「お前ら……」


守達の言葉に斗真は口許が震えだす。こんなにも、馬鹿な自分に付いてきてくれる。いつ見切られたって仕方の無いことをしているのにも関わらずだ。それだけで、込み上げてくるものがある。命の危険がある場所で、それでも、走れと言ってくれる。なら、立ち止まるわけには行かない。

今、このときに立ち止まるなんてことは許されない。許されるはずもない。そんなのは大事な友人達に対する裏切りだ。

だからこそ、斗真が叫ぶ言葉は決まっていた。


「全員で生きて帰るぞ!! 誰一人欠けることなく、全員で帰るんだ!!」

「「「うん!!」」」

「もちろんです。いきましょう、兄さん!!」


全員が斗真の瞳に頷き、武器を同時に抜き放ち、戦闘体制をとって黒い魔獣へ武器を向けるのだった。

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