第三話 ステータス解放
斗真がアリスと夜中の会談ををしてから、既に五日が過ぎていた。安全のためにと外に出れない斗真達は、クラリス城の中で生活するしか無く、朝起きて朝食を取り、ボケボケして昼食を取り、ボケボケして夕食を取り、ボケボケして寝るという、非常に堕落的な生活を送っていた。何もやることが無いのでしょうがないのだが、この生活にどうにか変化を付けられないかと考えていた斗真達に変化が訪れた。
さくらがたまたま召喚される際にポケットに入っていたもの。それに気が付いた斗真達は昼食を取った後、いつもならボケボケしている時間を使い、自分達のプライドを賭けた戦いを繰り広げていた。
「これで終わりだっ!!」
「くっ……まさか斗真がそんな選択をするなんて」
「良かった、兄さん。一緒ですね」
「この状況で斗真が勝つなんてちょっと予想外だったけど……とにかく残りは天然カップルの戦いね」
「守君……。私……」
「いいんだ。さくら。これは僕自身が招いた結果だよ。さぁ、僕に止めを刺すんだ!!」
「そ、そんなこと、出来ないよっ!! 私も……私も守君と」
「ダメだよさくら。さぁ、君の手でやってくれ」
さくらは泣きそうな表情で守に訴えかけるが、守はさくらの言葉を止めて静かに首を横に振った。もう守に勝ち目はないのだと、そう伝えるために。桜はそんな守の言葉に目を瞑って思いっきり手を伸ばした。
「ま、守君……ごめんなさい!!」
さくらが決意を固めると同時、守が持つカードの一枚に手を伸ばしてそれを引いた。そして、ゆっくりと目を開くとさくらの手には同じ数字が揃ったカード。それを見たさくらは驚いた表情で守を見つめる。
「ど、どうして……」
「さくらがカードを引く瞬間に入れ替えたんだよ。君が負ける必要なんて無いんだ」
「まもる、くん……」
さくらの瞳からほろりと涙が一筋零れる。そんな桜の肩に手を置くために守の手から零れ落ちたのは、ジョーカーのカード。言うまでもなく、さくらがたまたま持ってきていたトランプを使ってババ抜きをしていただけである。
「なぁ、何で毎回こいつらが残るとこんなにドラマッチクになるんだ?」
「あはは……。狩谷先輩達とても仲良しですから」
「はいはい。そこまでよ、天然バカップル。いちいち勝ち負けだけでドラマを生み出さないの」
いつの間にか涙目のさくらを抱きしめている守に、呆れ顔の斗真達三人。いつでも何処でもイチャイチャ全開であるのは向こうの世界でも、こちらの世界でも変わらないらしい。
既にババ抜きは十回戦目を迎え、トータルの戦績で言うと紅葉の圧勝。十回中十回トップを飾っている。昔からどんな時でも運が強い、紅葉の独壇場だった。運要素の強い勝負に紅葉は混ぜるな。紅葉のことを知っている者の間では常識である。
だが、この暇つぶしのゲームに紅葉一人をのけ者にするのは良くないと、守の言葉で紅葉の参加が決まったのだが、結果はご覧の通り。
「紅葉、相変わらず、強すぎだろ……」
「う~ん、私自身そんなに運が良いなんて思って無いんだけどね」
「そういう謙虚な所が、神様に気に入られているのかもしれませんね」
「私なんて、守君が最後じゃなきゃビリだし……」
「さくらは知力に全てを注いだような女の子だからね」
「「「そのはずなのに、何で天然なんだろ?」」」
思わず、守の言葉に頷くが同時に疑問を抱く三人。そんな斗真達にコテンと首をかしげるさくらなのだった。
そうしてゲームを変えながら暫くの時間が過ぎ、そろそろ夕食の時間。唐突に斗真達の集まった部屋にノックの音が聞こえる。扉をノックする人は限られているので、この部屋の主である斗真は、トランプゲームをしながら声だけで返事をした。
「開いてるぞ」
「失礼します。お夕飯の前に、女王陛下が皆様にお話しがあるようです。謁見の間までいらして下さい」
ドアを開けて入ってきたのは、この世界で初めて会った人間であるフレアだった。あれから五日間、何かと斗真達の世話を焼いてくれる人で、斗真達の衣食住全てを担当しているらしい。
だが、あれ以降アリスの方から呼び出しがあることは無く、唐突な呼び出しに全員が顔を見合わせてしまう。
「何の用か聞いてるか?」
「申し訳ありません」
「いや、わかった。今から行く」
「ありがとう御座います。ではこちらに。ご案内致します」
相変わらずフレアがアリスのことを話すことは無く、何か聞いても謝るだけで話にならないことは既にこの五日間で身を以って知っている。そのため、斗真は前のように噛み付いたりなどしない。素直に斗真達五人が部屋を出て付いて行くと、前と同じ扉の前にやってきた。
「……また、ここか」
「斗真?」
「兄さん?」
「わかってるよ。何もしねぇって」
釘を刺すように視線だけで訴えかけてくる二人に斗真が苦笑いで答えると、フレアの案内で扉を潜る。そこには以前のように壁際に誰かが居る事も無く、斗真達と共に扉を潜ったフレアと、奥の玉座のような場所に腰掛けるアリスだけがそこに居た。
「お夕飯の前にお呼び立てして申し訳ありません。皆様に早くお渡ししたいと思っていたものが、ようやく届きましたので」
「渡したいもの?」
斗真が訝しむような表情でアリスの言葉を繰り返すと、アリスはにっこりと笑って頷き、相変わらず斗真はあの笑顔には慣れないのか、不機嫌そうな表情に変えて視線を逸らした。そんな斗真の様子をサッと流して、アリスがフレアに声を掛けると、なにやらフレアは奥の部屋へ引っ込んでいってしまった。何が始まるのかと、緊張はしないものの、疑問が頭の中を埋め尽くす五人。それに対して、やっとアリスが動き始めた。
アリスは玉座から降りると、自分の胸に手を当てて何か言葉を呟いた。その瞬間にアリスの胸の中央が光だし、そこからなにやら半透明の青白い光を放つカードが現れ、斗真達は久々の不可思議な現象に目を見開く。その手に握られていたカードは見たところ現代で言うスマホと同じくらいの大きさだろうか。
「皆様に集まって頂いたのは、これをお渡しするためです」
「……それは一体、何でしょうか?」
「これはステータスプレートと言います。この世界において自身を証明するための唯一の身分証。そして、プレートを持つ者の力量を数値化することにより、成長や技能と言った自分の才能を可視化するためのものでもあります」
彩音の言葉に、アリスがそう答える。アリスは自身のステータスプレートを手放すと光と共に消えてしまい、代わりにフレアが台座を持ってきていた。それが斗真達の目の前に人数分並ぶ。
「俺達はあんたに協力するなんて言った覚えは無いんだけどな?」
「ええ。そうして頂けると嬉しいのが本音ですが、これをお渡しするのは別の意味です。ステータスプレートは先程も言いました通り、個人の証明です。これが無いと商品の売買、宿の確保、国への入国すら出来ないのです。これはこの世界に生きるもの全てが手にしているものであり、本来であれば出生と共に与えられ、ステータスが書き込まれるようになっているのですが、皆様は特別な存在であり、所持していないのは当然のこと。ですから、ステータスプレートの元となる石板が用意できるまで、城の中に居て頂いたのです。これがあれば皆様もこの世界で自由に生きられることでしょう」
アリスの説明に首をかしげる人間が一人。完全に意味を理解していないようだった。
「簡単に言うと、パスポートみたいな役割だよ。これを持っていないと国から追放されて魔獣だらけの外に出て行かなきゃいけなくなる。持っていれば入国を認めてくれて自由に出入りが出来る。あとは、お金を使ったり、得たりするときにもこれが必要になるって所かな」
「その通りです。そして、これがあれば私が言った意味も皆様に理解して頂けると思います」
「前に言ってた、俺達が強いってことか?」
「はい。何にしてもステータスプレートは必需品になります。本当は魔力を流すだけで石板が応えてくれるのですが、今の皆様には不可能でしょう。ナイフがありますのでこれで薄く指を切って血液を石板に押し付けて下さい」
言われてみれば台座の上にはアリスが出したステータスプレートとは似ても似つかない石板と、その近くにナイフが置いてあった。食用のナイフではなく完全に包丁のように鋭い刃を持ったナイフが。自分の意思で血を流したことが無い斗真達は、片手にナイフを持つが、自分の指まで持って行ってそこから先に動けない状態に陥る。
そんな様子の五人にアリスは手を伸ばそうとして、それを止めた。
「いっつ……」
「そのまま石板に指を押し付けて下さい。石板が光るはずです」
アリスよりも先にフレアが動いて斗真の指を固定した直後、ナイフを握った斗真の手を動かして軽く指を切った。気を張っていた斗真は、目の前のことに集中しすぎてフレアの存在に気が付かず、少しの鈍い痛みと共に、滲み出す血を見てフレアを軽く睨む。しかし、結局自分でできなかったので視線だけに留め、言われたとおりに握ったナイフを置いて石板に血の滲んだ指を押し付けた。すると、直ぐに青白い光が石板から放たれ始め、その光はアリスがステータスプレートを出したときとは比べ物にならないくらいの発光を続け、ついには部屋全体を埋め尽くした。全員が目を覆い、光がだんだんと弱まってきたのを感じた斗真は目を開いて、石板があったはずの自分の右手を見ると、青白い光を放つアリスと同じステータスプレートが握られていた。
「それが、斗真様だけのステータスプレートになります」
「これが……俺の」
「表示されている文字を読んでみて下さい。それが斗真様の今の才能です」
アリスの言葉に、斗真はステータスプレートを良く見てみる。すると、そこにはこう書かれていた。
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名前:御剣斗真 レベル:1
年齢:16歳
性別:男
職業:銃術士
筋力:80
耐力:100
敏捷:80
魔力:100
知力:50
スキル:火魔法、雷魔法、闇魔法、銃術
全ステータス上昇補正(小)
物理耐性、魔法耐性、魔法適性
射撃適性、射軸補正
称号:救世主
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「これは……強いのか、弱いのか分からん」
「比較対象がありませんからね。皆様もやってみて下さい。自分で傷付けるのが怖ければフレアに手伝ってもらって下さいね」
アリスの言葉に守とさくらはフレアに、彩音と紅葉は斗真にやってもらって皆無事にステータスを表示させることが出来た。各々ステータスはこうなっていた。
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名前:御剣彩音 レベル:1
年齢:15歳
性別:女
職業:魔剣士
筋力:100
耐力:80
敏捷:100
魔力:80
知力:50
スキル:水魔法、風魔法、光魔法、剣術、
盾術、全ステータス上昇補正(小)、
逆境、魔法適性、物理適性
称号:救世主
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名前:日野紅葉 レベル:1
年齢:16歳
性別:女
職業:大剣士
筋力:150
耐力:100
敏捷:40
魔力:50
知力:50
スキル:火魔法、風魔法、大剣術、剛力、
物理適性、物理耐性、魔法耐性
称号:救世主
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名前:狩谷守 レベル:1
年齢:16歳
性別:男
職業:剣士
筋力:80
耐力:60
敏捷:100
魔力:40
知力:100
スキル:風魔法、雷魔法、光魔法、剣術、
瞬歩、物理適性、魔法耐性
称号:救世主
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名前:水瀬さくら レベル:1
年齢:17歳
性別:女
職業:弓術士、治癒術士
筋力:10
耐力:10
敏捷:10
魔力:150
知力:200
スキル:水魔法、風魔法、光魔法、
魔法効果範囲拡大、
弓術、治癒術、治癒魔法強化、
自然治癒、気配感知、魔力感知、
千里眼、魔法適性、魔法耐性、
射撃適性、射軸補正
称号:救世主
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「こうやって見比べると、綺麗にそれぞれ得意分野が分かれてるね~」
「そう見たい……だけど、私が何で一番の怪力ポジションなの?」
「そりゃ……なぁ?」
紅葉の落ち込んで呟いた言葉に、斗真が笑いを堪えながら皆に同意を求めようと視線を向けると、全員が揃ってぷいっとそっぽを向いた。のりがわるいなぁ。なんて斗真が言いながら視線を紅葉に向ければ、完全に怒りのオーラを纏った紅葉の姿。冷や汗を流す斗真はさっきとは別の意味で全員に視線を向けようとするが、それよりも早く動いたのは紅葉だった。
「どういう意味よぉぉぉ!!!」
「ちょっ!?」
「ダメです!! 紅葉様!!」
振り上げた拳が斗真に迫ると同時、斗真の慌てる声と焦ったように叫ぶアリスの声が重なった。いつもなら笑ってその拳を身に受けていた斗真だったが、紅葉の拳が身体に当たる直前、何故か途轍もなく嫌な予感が斗真の身体を走り抜ける。咄嗟に腕をクロスさせて防御の姿勢をとった直後、今まで受けたことも無い衝撃が斗真を貫いた。
腕に重い衝撃と共に鈍い痛みを感じた斗真は、直後に背中に何かが当たって息を詰まらせる。
「かはっ!!」
そのまま身体に力が入らなくなってしまった斗真は、その場に崩れ落ちる。しかし、その場所はさっき斗真がいた所から五メートル以上離れた壁際。そう、紅葉の拳で吹っ飛んだ斗真は壁に亀裂を作って崩れ落ちたのだった。
ありえない現象に全員の表情が固まり、紅葉は自分のやってしまったことに恐怖を感じ始める。数秒の沈黙を破ったのは他ならぬ斗真だった。
「げっほ、げほっ……、いってぇ~。どんだけの馬鹿力だよ……」
「と、斗真……」
「兄さん!!」
地面に突っ伏していた斗真が腕に力を込めて上半身を持ち上げると、彩音が焦った様子で斗真に駆け寄り、それに合わせて守達も斗真の傍に駆け寄っていく。動けなかったのは紅葉ただ一人だけだった。
「兄さん、大丈夫ですか!?」
「ああ、なんとかな……いっつ」
彩音の心配そうな表情に斗真は笑って答えるが、身体を支える腕から伝わる痛みに表情を歪めた。視線を下げてみてみれば、そこには青紫色に染まって腫れ上がる痛々しい腕があった。丁度紅葉の拳を受けた右腕の一箇所だ。訳がわからず視線をアリスに投げてみれば、表情を顰めている姿があった。
「……こいつはどういうことだ?」
「皆様がステータスプレートを手にした後で説明をしようと思ったのですが……皆さんの持つこの世界での力が、ステータスプレートを得ることによってその身に適用されたのです」
全員がアリスの言葉に意味が分からないといった表情を向ける。そんな斗真達にアリスはもっと噛み砕いて説明を続けた。
「皆様がこの世界に来てからステータスプレートを手にするまで、皆様が持っていた力は元いた世界のものでした。それが、ステータスプレート手にした現在、皆様はこの世界での力、才能を手に入れたのです。たった今手にした力なら、王都周辺の魔獣くらいなら苦戦することも無く倒せるほどの力があるでしょう」
「だから俺達はって、いっってぇ~」
「に、兄さん、無理しないで」
「先に治療をしましょう。斗真様、腕をお借りしますね。癒しの水よ恵みを彼の者へ……『ライトキュアー』」
斗真はアリスの言葉に噛み付こうとするが、腕の痛みに悶えてしまい、それ以上の言葉が出なかった。そんな兄を心配する彩音の後ろから手を伸ばしたのはアリス。斗真の承認も得ずにその手をかざすと、水色の光が斗真の腕を照らす。
「こいつは……」
「皆様に魔法をお見せするのは二回目ですね。少しは良くなったと思うのですが、いかがですか?」
光が消えると、調子を確認した斗真は少し腕を動かしてみて驚きの表情を浮かべる。
「……マシになった。全然痛くねぇ」
「良かったよ、その程度で済んで」
「うん、御剣君が壁に飛んでいったとき、ビックリしたもん」
「本当です、どれだけ心配したと思ってるんですか」
「いや、それは俺じゃなくて紅葉に言ってくれよ……。原因は、って紅葉は?」
斗真を心配して声を掛ける彩音達に、斗真は元凶に話を振ろうとしたのだが、近くに紅葉の姿を見つけられなかった斗真は辺りを見渡す。そして、少し離れた場所に紅葉の姿を見つけと、そこには異常なまでに怯えた様子の紅葉の姿があった。
「と、斗真。私……ごめんなさい!!」
「……どうした、らしくなねぇぞ?別にこんなのいつもの事だろ?」
目が合うなり謝る紅葉に斗真は違和感を覚える。確かに斗真が吹き飛んで行く姿を見れば驚くのは無理ないことだろうが、紅葉がやったことは今までだってやっていた単なるじゃれ合いの一環だ。それがステータスプレートという、この世界の訳分からずのせいで斗真が被害を被っただけのことであり、それ以上でもそれ以外でも無い。加えて言えば斗真の怪我もただ単に右腕の打ち身だけ。紅葉が何故そんなに思い詰めているのか理解が出来なかった。
「あ、うん、そうだね。ごめん。……こ、これで終わり!! 斗真が派手に飛んで行くから驚いたじゃない」
「え? あ、あぁ。悪かった……って、何で俺が謝ってんだよ!? お前が殴ってくるのが悪いんだろ!! ってか、グーパンはねぇだろ!! 女なら女らしく平手打ちくらいに済ませとけっての」
「斗真相手に平手打ちなんて、軽すぎでしょ。私達の仲なんだし」
「俺達の仲って言葉、もっと違う所で使おうぜ!? 仲良し幼馴染の雰囲気とか、色々良い使い方あるだろ?」
紅葉が通常運転に戻ったことで少し安心したのか、斗真はいつも通りのやり取りを紅葉と交わす。紅葉も紅葉で、さっきまでの怯えた様子は微塵も感じられない位にいつもの元気な女の子に元通りだった。そんな姿に彩音と守はいつも通りの光景に苦笑い。
ただ、さくらの瞳だけが何故か紅葉から一瞬たりとも離れることがなかった。
「話が逸れてしまいましたが、皆様の身体能力や知識は、皆様の持つステータスプレートに依存するようになります。一つ、分かりやすい説明として知識の変化について触れようと思ったのですが……先に紅葉様が力の変化を見せてしまいましたので、私の話の信憑性もお分かり頂けるかと」
「紅葉ちゃん、力持ちだったもんね~。あっ!! もしかして、授業で使うあのおっきな地球儀も運べちゃうんじゃないかな!?」
アリスの言葉にうんうんと頷くさくら。因みに大きな地球儀とは男子生徒なら軽がる片手で持ち上げられる程度の重量であり、紅葉であればいつも持たないだけで、普通に両手で持ち上げられる。持ち上げられないのは学校中を探してもさくらのみであることは、本人には秘密らしい。
そして、そんなさくらの言葉にジト眼を向ける二人と苦笑いの二人。
「久々に出たな……」
「うん、ずいぶん久しぶりに感じるわね。さくらの天然」
「わ、私は天然じゃないってば~!!」
「あの……話を戻してもよろしいでしょうか?」
斗真達がワイワイと盛り上がっているのをじっと見つめるアリスが笑顔を浮かべた瞬間、何故か寒気を感じた斗真達は黙って頷いた。
「紅葉様、斗真様は実感を伴っているので分かりやすいと思いますが、他の方々はイマイチ自身の変化に気が付きにくいでしょう。幸い皆様は魔法適性がありますので、斗真様と紅葉様を除いた皆様は魔法を唱えようとしてみて下さい。唱えてはなりませんよ?」
アリスの言葉に魔法を知らないのにどうして魔法を唱えられるのかと、守達はそう思ったが、意外な結果に驚きの表情を三人揃って浮かべていた。
「魔法の仕組みが分かる……」
「呪文……でしょうか? 自然と頭の中に浮かび上がってきます」
「すごいね~。知らないはずの言葉が一杯浮かんでくる。それに、その言葉の意味もちゃんと理解できるよ」
守達の驚きの表情と結果に満足したのか、アリスはいつも通りの笑みを浮かべた。
「これで皆様がこの世界で生活するための必要最低限を手に入れたことになります。ここから先は、この城に留まるも出て行くも自由です。もし、この城を出て行かれるのであれば、この世界で自由に暮らせるだけの資金はお渡ししましょう。ただ、一つ皆様にお伝えしたいことがあります」
「……嫌な予感しかしねぇんだけどな」
「今回に限っては僕も同感だよ」
アリスの最後の一言に表情を強張らせる斗真と、斗真の呟いた言葉に苦笑いする守。この先、何を言われるのか予想も付かないが故に、不安しか感じない。そんな斗真達の様子にアリスは困ったような笑みを浮かべて。
「確かに、皆様にとって運命の分かれ道と言っても過言では無いでしょう。ただそういう選択もあると、そう受け取って下さい。皆様が何を選択するのか、私が強要することはありません。それを理解した上で聞いて下さい。私が皆様にお伝えしたかったことは……皆様が元の世界に帰る方法が見つかったということです」
「「「「なっ!?」」」」
アリスの一言で全員が驚きの声を上げる。だが、その表情は浮かれたものでは決してない。アリスは最初にこう言った。斗真達にとって運命の分かれ道になると。斗真達に選択肢があると。単純に何をするでもなく元の世界に帰れるのであれば、アリスはこんな言い回しをしないだろう。更に、斗真達が帰りたがっているというのを知った上で選択肢があると言った。ならば、斗真達が元の世界に帰るためには何かを対価として払わなければならないものがあると推定される。極めつけはステータスプレートを渡され、再三言われているこの世界の救世。結びつくのは当然のことだった。
「俺達が元の世界へ帰る方法を教える代わりに、この世界を救うために戦えってことか?」
「少し意味合いは異なりますが、端的に言えばそうなるでしょう。詳しく言うのであれば皆様が元の世界に必要なのは、この世界の救世ではなく、コロナクオーツです」
斗真の言葉に曖昧に頷いたアリスは、この五日間で調べ上げた内容を伝え始める。話は簡単だった。コロナクオーツを元の姿に戻した者は、一つだけ願いを叶えられるという伝説が残っていたと言うのだ。それも、斗真達の召喚魔法を記した古文書から。斗真達の召喚成功からして古文書の信憑性は高いものと言える。
これであれば、斗真達を元の世界に帰すことが出来ると思ったアリスだったが、あることに気が付いたのだ。
「結局、この世界を救わないと私達は帰れないってことなのね」
「そういう……ことなんでしょうね」
「だから僕達に選択肢があるって言い方だったんだね」
期待は元からしていなかったが、結局帰る方法が見つかったと言っても、代償としてやることはアリスの当初の目的通り、この世界を救うことだった。さっきまで話していたように、この世界で暮らしていくのか、若しくは元の世界に帰るために命を賭けてこの世界を救うのか。
最初に出会ったときの選択肢とまるで変わっていないように感じるが、斗真達にとって元の世界に帰れるというだけで、判断は変わる。先程のステータスの力、と帰れるかもしれないという情報に心を揺さぶられる斗真達だったが、命を賭けてまで元の世界に帰ることが正しいのか。結局その天秤に掛けたときの答えはとうの昔に出ていることだった。
「俺達の選択は変わらねぇよ。この世界で命を賭けるつもりは無い。そうだろ?」
斗真の言葉に全員が頷きを返し、それを見たアリスは少しだけ目を伏せてから顔を上げた。たった一瞬だったが、その間にアリスの顔にはいつもの笑顔が浮かんでいた。
「それが皆様の選択であるならば、私からは何も言いません。長々とお話しにお付き合い頂きありがとうございました。この世界で暮らすとなれば、買い物や職も必要でしょう。街の案内を明日にでもフレアにさせましょう」
アリスの言葉に黙って頷き、斗真達はフレアの案内でこの五日間、食事の時間にお世話になっている食堂へと向かうのだった。その道なりはいつもと同じ道なのに、何故かとても暗く、心細い道だと感じたのは、斗真だけでなく、全員が感じたことだった。




