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異世界最凶の復習者  作者: 深紅
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第二話 異世界コロナ

今回は少し短めです。


「皆様。改めまして、ようこそおいで下さいました。ここは王都クラリスの城、クラリス城。そして、私はこの国の王女、アリス・フォン・クラリス。皆様をここへお招きした者です」


 アリスは深々と頭を下げて挨拶をすると、お姫様に頭を下げられた時の対応など知らない斗真を除く四人は、少し慌てながらも軽く会釈をした。対して斗真は、話を聞く事自体に納得が行っていないのか、頭を下げるどころか不機嫌そうな表情を隠しもせずにアリスを見下ろす。

 そんな正反対な反応を示す斗真達にクスリと小さく笑みを零すと、佇まいを直して正面から斗真達と向き合った。


「本来であれば交流を深めるために前置きなど、お話をさせて頂くのですが……若干一名、この事態について説明をしない事には、また暴れ出しかねない方がいらっしゃるので申し訳ありませんが、早速この度、皆様をお招きした理由をお話しさせて頂きます」


 そんなアリスの皮肉めいた言葉に斗真が舌打ちをすると、全員の視線が斗真に突き刺さり、溜息一つ零して、それ以上何か言うことも無く大人しく話を聞く体制を取った。それぞれ、斗真に対して困ったような表情を浮かべるが、斗真が黙っているので、何かを言うでもなく視線をアリスに向けて先を促す。


「まず、この世界は皆様の知っている世界とは別の世界であるということを理解して頂きたいのです」

「……それは、どういう意味でしょう?」


 アリスの言葉に斗真だけでなく、全員が表情を顰めた。そして、間髪入れずに詳細を尋ねたのは彩音だった。そこから長い、この世界の歴史がアリスの口から語られた。

 魔法が常識として存在する世界コロナ。人間が魔法と共に世界を自由に飛び回り、亜人族と共に暮らしている世界。導入からして斗真達のいた地球とは似ても似つかないような世界であった。そんなコロナでは、昔から平穏な日々が続き、多少の紛争や、魔物の群れを追い払うために戦闘となる場面はあったものの、主要都市ともなればそんな物騒な話などあった試しがない。その一点だけを取れば地球のような、平和な世界だったらしい。

 だが、そんな平和な世界は突如襲った天変地異によって覆されてしまった。王都クラリスに保管されていた、この世界の核であるコロナクオーツが天変地異を切っ掛けに唐突に砕け、欠片となって世界各地にチリジリとなってしまったのだ。コロナクオーツについての詳細は分からないがとても大事な物らしく、それが砕けることによって世界の平和が乱されてしまうと言われていた。

 事実、コロナクオーツが砕け散ってしまった直後から、次々と見たことも無い凶悪な魔物が現れるようになった。平和な世界でよく見かける愛嬌のある魔物とは違う、完全に邪悪な何かを纏った魔物、それをこの世界の人々は魔獣と呼ぶようになった。その魔獣は何処にでも現れ、人々を見境無く襲う危険な生き物であった。

 人々は魔獣への対抗手段として魔法を用いて戦闘を行っていたが、今まで平和な世界で戦闘とは無縁の生活を送っていた人間が、戦えと言われてすぐに順応できる筈もなく、甚大な被害が出てしまい、生活圏からの撤退を余儀なくされた。

 それから数年の時が経ち、戦い続けた者が結集してそれぞれに国を作った。人が住まう王都クラリス、水中で暮らすことのできる亜人が住まう水の都アルセン、翼を得た人、もしくは翼をもった亜人が住まう空の都レイズ、森の加護を受けた人間が亜人化したエルフが住まう森の都グリア。それぞれ種族を代表する者たちが独自に生存するために起した行動の結果だった。

 そして、さらに時は経ち、数十年後の現在。魔獣達との戦闘を繰り返していく中で、ある発見があったのだ。それは魔獣達の統率があまりに取れすぎていると言うこと。魔物達は集団で行動することが多いのは当然だが、その種族の垣根を越えて統率が取れるなんてことはありえず、また同じく、同種族の中でも統率をとって行動する魔物は限られている。そこから導き出される答えは何者かが裏で魔物達を操っていると言うこと。

 それに気が付いた各都市の王達は、自軍の精鋭達を集めて連合軍として動かし、最大戦力で以って魔獣達を蹴散らして統率者の下まで辿り着いたことがあった。しかし、そこまで辿り着いたのにも拘らず、結果は惨敗だった。この世界の戦力を以ってしても敵に勝つことが出来ないことを示された王達は、勝利を決定付ける何かが必要だと判断した。それは、敵を殲滅するための高威力の攻撃魔法、もしくはどんな攻撃でも遮る事の出来る絶対的な防御魔法。何でもいいから勝利への希望を抱ける大魔法を探すため、過去の古文書や、魔術書を何か月も読み漁った。その果てに見つけ出した魔法が、救世主召喚魔法。詳細の内容などは書いておらず、残されていたのは魔法の発動条件とただ一つこの魔法の言い伝え。『異世界より召喚されし救世主、世界の終わりと共に現れ、世界をあるべき姿へ戻す礎となりて平和をもたらすであろう』

 どんなものにでも縋るしかなかった王達は、この魔法に賭けることに決めた。その魔法は、この世界とは別の異世界から、救世主となりうる人間をこの世界に招く魔法。

 その魔法に選ばれた人間が、地球に住む斗真達五人なのであった。


「……冗談だろ?」

「冗談ではありません。私がこの場で口にした内容の全てに偽りがないことを、私の命にかけて誓いましょう」


 思わず声を漏らしてしまった斗真に対して、アリスは出会った時のような優しい笑みを消し、真剣な眼差しで斗真達を見つめ返す。その視線に斗真達はどうしたらいいのかも分からず、黙り込む。そして、話し聞けば確かに斗真達がこの場所に何故呼ばれ、ここがどういう場所なのかも理解できた。だがそれは、斗真達の想像を遥かに超えたものであり、簡単に要約すれば、アリスが言う意味はつまり……。


「私達にその魔獣達と戦えって……アリス、様?達でも勝てなかった相手を倒せって……そういうことなの?」

「はい。そういうことになります。ですが、皆様は確実に私よりも強いのです。いえ、私と比べることすらおこがましいと思えるくらいに、皆様の実力はこの世界に住む人間を凌駕しています。確約致しましょう」


 紅葉の言葉に全員が表情を固まらせた直後、アリスは紅葉へと答えを返した。しかも、おまけと言わんばかりに新しい情報も付け加えて。だが、その内容は全く以って信憑性が無いもので、斗真がアリスの魔法を突破できなかったことからも疑いが増すばかり。そもそも、論点がずれたアリスの回答に斗真が噛み付くのは当然の事だった。


「話にならねぇだろうが……何勝手に俺達がやるような話に持って行こうとしてんだよ!!事情も知らずに勝手に連れ出して、自分達じゃどうしようも出来ないから代わりに俺達がやれって!? ふざけんのも大概にしろよ!! 何で俺達がてめぇらの尻拭いなんざ、しなくちゃんらねぇんだ!! しかも、死人がたくさん出たんだろうが!! そんな場所に俺達に行けってのか!? おい、守!! 次は止めんじゃねぇぞ。こいつをぶっ飛ばして元の場所に帰る方法を聞きだす。話は聞いた。これ以上付き合う理由もねぇだろ!!」

「ダメだ斗真!! 分が悪すぎる!! それに帰る方法なら、手を出さなくたって教えてくれるよ。話を聞かせてくれたんだ。そうですよね?アリス様」


 斗真の言葉に、守るが焦りを浮かべながら斗真を必死に止める。今度こそ斗真は自分の体がどうなろうとアリスに特攻をかけるだろう。先程の無数に出現した火の塊と、彼女の守りがあれば斗真がどうなるかなんてことは考えなくたって答えが出ている。そんな事態を避けるためにアリスへ回答を求めたのだが。


「申し訳ありません。皆様を元の世界に返す方法は見つかっていません」

「なっ!?」


 アリスのたった一言に全員が絶句する。その隙に駆け出したのは斗真。怒りに身を焦がすような感情をそのまま拳に乗せる。


「てめぇの身勝手で死んだ人間がどれだけ居ると思ってんだ!! 人の命の価値すらわからねぇ屑に、俺達の命をくれてやる義理はねぇんだよ!!!」

「っ!? あなたに……」


 何も知らない斗真が完全に感情に身を任せて吐いた言葉。この国の民が聞けば必ず斗真を罵倒する言葉が降りかかるだろう。アリスがどれほどの覚悟で進軍を決めたのか、どれほど人の死に心を痛めたのか。そんなことは、国民の全員が理解していることであった。国のために、民のために、アリスが貢献したことはその年齢にして数えられないほど。それを知っているからこそ、アリスへの暴言罵倒などは城下で聞いたことも無い。

 だが、斗真にとってそんなことは関係ないし、知ったことでは無い。ただ怒りに任せた言葉は、アリスの心の傷を大きく抉った。斗真とアリスの距離は既に数メートル。そんな距離で、今までずっと斗真達から目を逸らさなかったアリスが、初めて目を伏せ、何かを呟く。そんな言葉に耳を貸すつもりの無かった斗真は、そのまま拳を振り上げてアリスに叩き付けようとする。今度はあの光も無い。今度こそ届く。そう思った斗真の視界に入ったのは涙を目に溜めて強い眼差しで斗真を射抜くアリスの姿。


「貴方に何が分かると言うのですか!! 人の命を何とも思っていない人間なら、こんなこと……こんなことを何度もっ!! 私が救いたいのは…………なのに。どうして、届かないのですか……」


 何故このタイミングの斗真の言葉でアリスが感情的になったのかは分からない。だが、その表情は、とても辛そうで、とても苦しそうで、とても悲しそうで。自分の思い通りにならない現実に心底悔しそうに歪んでいた。どれほどの苦痛を味わえばそんな表情が出来るのだろうか。

 何故か、アリスの表情が斗真の心を揺らした。


「お前……泣いて」


 斗真の拳はアリスに当たる寸前で止められていた。彼女の言うことは全く理解できない。だが、何故かその姿にデジャブを感じた。そんなことはありえないはずなのに。泣きながらも瞳の奥の強さは揺らぐこと無く斗真に向けられており、それ以上彼女に対して斗真は何かをする気が起きなくなった。彼女に対する怒りもどこかへ消えている。自分で自分が分からなくなりそうな、感覚。行き場をなくしてしまった拳は斗真の舌打ちと共に下ろされた。その舌打ちは彼女に対するものではなく、自分自身の感情の不安定さゆえのものだった。


「……兄さん」


 そんな兄の行動を心配そうに見つめる彩音は斗真の後ろまで歩いて近づくと、下ろした拳を両手で包み込むようにして軽く引っ張った。


「彩音……。行こう。ここにいたら、またあいつに殴りかかりそうだ」

「……」


 何も出来なかった斗真が負け惜しみのように吐いた言葉に、アリスは何も返さず俯いてしまった。斗真はそんなアリスに視線を向けることも無く、背中を向けて入ってきた扉に向かって歩き出す。そして、手を引いた彩音と、紅葉達全員を引き連れてそこ場から去っていくのだった。

そして、大きな音をさせながら閉まった扉を、悲しそうな笑みで見つめるアリス。


「あんなことを言われるのは、初めて、でしたね……」

「女王陛下」

「フレア、救世主様たちをお願いします。行く当ても無いでしょう。暫く、面倒を見てあげて下さい」


 何かを呟いたアリスの横に寄り添ったのは、斗真達をここまで案内した聖女のような格好をした女性、フレアだった。フレアはアリスの言葉に対して一礼で答えると、斗真達の後を追うように扉に向かって行った。

 その後、呼び集めた重臣達を下げて一人になったアリスは、広い部屋の中で身体を震わせるのだった。


「どうして、……どうして。私はまた、同じことを繰り返すしかないのでしょうか。斗真様」




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




 アリスとの会話を終え、斗真達はフレアの案内で各々部屋を割り当てられた。この世界での生活基盤が出来ていない斗真達はフレアの言葉に頷く以外の選択肢は無く、それぞれの部屋で休息を取った後で、斗真の部屋へと集合した。その表情は険しく、窓際の壁に腰掛けている斗真も不機嫌そうな表情で黙り込んでいた。そうしていると、隣から不安げな表情を浮かべながら近寄って来たのは彩音だった。


「兄さん……」

「大丈夫だ。心配すんな。とりあえず、俺達があの女に協力することはまずないな。その上で俺達がどうするかだ。元の世界へ帰るための方法があればいいんだけどな……。方法もよくわからねぇ。それを探すのも手だけど、どうしたもんか」


 斗真は一度、彩音を安心させるように頭を軽く撫で、今後自分達がどうするのかを話し合うために切っ掛けを作るべく口を開いた。しかし、それに答える人はおらず、ただ、黙って難しい暗い表情を浮かべているだけだった。そんな中で、守がゆっくりと口を開く。


「斗真、僕は、今は動かずにこの世界で生きるべきだと思う」

「守……」

「私も同じ考え、かな?もし私達が強いのだとしても、そんな凶暴な魔獣と戦うなんて……そんな無茶をして誰かが死んじゃったら、私は嫌だよ」

「水瀬……」


 守は表情を歪めながら、さくらは守の言葉に賛成するように悲しそうな表情でそう言った。帰りたい気持ちはここにいる全員が同じなのであろう。ただ、そのための方法が分からない。そんな状況で何かを成すなんてことは、ただの学生には不可能である。その結論に至るのは仕方の無いこと。

 この世界で命を賭けずに生きられるというのであれば、それを選択することを誰が咎められようか。世界が魔獣に溢れてしまったのだとしても、人々が襲われ、死に至る人間が増えたのだとしても、斗真達が命を賭けて戦う理由は無い。それに加えて、生きていればこの世界で生きる間に何か元の世界に帰る手立てを思いつくかもしれない。

 ならば、この世界で一般人として生活しながら、この世界になれた上で方針を決めていく方が良いに決まってる。これは、アニメの世界でもラノベの世界でも主人公補正の掛かったご都合主義の世界でも無い。だとすれば、安易にアリスの言葉に頷くわけには行かない。そこに一度身を投げれば、先にあるのはただ単純な弱肉強食の殺し合いの世界。そんな世界に足を踏み入れる事など、考えただけでも体が震える。だからこそ、この場での意見は全員一致した。元の世界へ帰ることは諦めて、この世界で生きていくのだと。そう決めた斗真達の表情は憑き物が落ちたかのようにすっきりとしていて。皆、少し肩が軽くなった思いで斗真の部屋を後にするのだった。


「こうして俺達は異世界で死ぬまでの人生を全うしましたとさ。めでたし、めでたし。……ってことになってくれれば良かったんだけどな」


 全員が出て行った自分の部屋の扉を見つめながらそう一人呟いた斗真。その瞳は何かを迷っているかのような、とても弱々しいもので。一つ自分の頬を両手で挟みこむように叩いてから、気合を入れなおすと、斗真は自分の部屋を後にした。

 月明かりが洋風の廊下を照らし、その雰囲気はさながらお化け屋敷のようだった。そして、つい先程出て行ったはずの扉を目の前に、斗真は深呼吸してそのドアノブに手を掛ける。


「やはり、来られるのではないかと思っていました」

「お前を探す手間が省けて何よりだ」


 斗真達が出て行ってから時間が経ち、既に真っ暗な部屋に月明かりだけが差し込み二人を照らす。突然の斗真の訪問に驚いた様子も無いアリスは笑みを斗真に向ける。だが、斗真の表情は真剣そのものだった。


「何かありましたか?不便があればフレアの方に言って頂ければ」

「わかってんだろ?そんな話をしにここに来たわけじゃねぇよ」


 フレアは斗真の言葉に、そうですか、と小さく呟き、佇まいを直し、斗真はそれを確認してから早速本題を切り出した。


「……わるかった。昼間は少し言い過ぎた」

「意外ですね。まさかこの時間に謝罪されるとは思っていませんでした」

「その割には驚いた表情なんてしてねぇけどな?」

「私、こう見えても王女ですから。表情を隠すことなんて慣れてしまいました」


 斗真の言葉に、相変わらずの笑顔で答えるアリス。その表情に斗真は違和感を覚える。昼間と同じだ。見たことも無いはずのアリスの表情に一々感情が揺さぶられる。これが何なのか、それを確かめる意味もあって斗真は今ここにいる。

 彼女の何が斗真の感情を揺さぶるのか。今日、初めて出会ったはずの女の子。一目惚れしたわけではない。斗真の突発的な行動を見れば考えなくても分かる。それでは怒りか。そうであるならば、容赦なくアリスに一発当てられる状況で拳を下ろすなんてことはしないだろう。ならばこのもやもやした感覚は一体なんだろうか。結局、ここに来た所で分からなかった。それならばこんな所に長居しても意味は無い。


「言うことは言った。俺は戻るぞ」


 斗真は、胸の中のもやもやを抱えながら踵を返した。そんな斗真の背中に声が掛かる。


「少し待って頂けませんか?」

「何かあるのか?」


 アリスの声に、斗真は足を止めて振り返る。すると、アリスが斗真の傍に歩み寄って来てるところだった。何事かと、怪訝そうな表情でその姿を眺めていると、ついに斗真の目の前まで歩み寄ったアリス。そして、そのまま流れるような動作で斗真の胸にアリスの手が触れた。


「……どうした?」

「ただ、斗真様が何を思っていらっしゃるのか、少しでもそれが分かれば。と」

「俺が何を考えてるのかなんて知ってどうするんだよ?」

「どうもしませんよ。ただ、それが分かれば、何かが変わるのかもしれないと、そう思っただけです」


 アリスの意味深な言葉に不思議そうな表情で、アリスを見つめる。笑顔なのに、今日会ってから変わらないはずの笑顔なのに、斗真にはそれが何かを隠しているようにしか見えなかった。

 無意識の内に斗真は手を伸ばそうとして、アリスはそっと斗真の傍から離れていった。


「呼び止めてしまい、すみませんでした。お休みなさいませ、良い夢を」

「……あんたもな」


 何かを聞こうとした自分の行動を咄嗟に止め、素っ気無く返事を返した斗真は、今度こそ部屋を出て行った。その瞳はこの部屋に来る前の迷いが消え去っているようにも見えた。



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