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異世界最凶の復習者  作者: 深紅
2/8

第一話 異世界召喚

物語の始まりです。

暫く説明回が続きそうな気がしますが……。

早く本編へ入れるように頑張ります!!


眩い光に視界を奪われ、体の感覚を失ってからどれだけの時間が経っただろうか。斗真が必死に抱きかかえたはずの、彩音(あやね)紅葉(くれは)の感触も存在感も感じられず、孤独感を抱き始めた頃。急に現実に引き戻されるような、夢を見ている最中に無理矢理たたき起こされるような感覚に斗真(とうま)は目を見開く。


「……どこだ、ここ」


 斗真の第一声はそれだった。

目の前には教会のようなステンドグラスがあり、辺りを見渡してみると斗真自身が広い室内空間の中央にいることがわかる。その広い空間に何が置かれているわけでもないので、目に映る風景は、一度たりとも現実で見たことはないが洋式の広い舞踏館を思い起こさせた。

サッと見渡して得られた情報を整理してみても、結局斗真がわかったことは、何もわからないことだけだった。

 そんな時、何かを思い出したかのように焦った表情を浮かべた斗真は、いきなり大声を上げる。


「彩音、紅葉!? ……守達は!?」


 斗真の声がこの室内に響き渡ると同時、斗真の腕の中で何かが身動ぎするような感触に斗真は視線を下げた。すると、そこには顔をしかめて斗真を見上げる紅葉と、眠っているかのように規則正しい呼吸を繰り返す妹、彩音の姿があり、斗真は安心したように脱力して表情を緩める。


「ちゃんと皆いるわよ……。気が動転してるのも分かるけど、そろそろ離してくれない?少し、痛い」

「っと……わ、悪い」


 斗真はいつの間にか結構な力が入っていた腕を緩め、片腕に抱えていた紅葉を腕から解放して、眠っている彩音を支えている方の腕も力を緩める。そして、後ろを振り返れば、紅葉の言う通りあの光に巻き込まれた守とさくらの姿があり、二人共、丁度意識を取り戻したところだった。

 全員が無事だったことを確認した斗真は、未だに目を覚まさない彩音を起こすように腕を揺さぶりながら声を掛ける。


「彩音、彩音。起きろ、彩音」

「んっ……うぅ~ん」


 斗真が彩音を揺さぶりながら声を掛け続けていると、やっと目を覚ましたのか、彩音は寝起きのように目を擦りながらゆっくりと目を開いて斗真をその瞳に映す。


「おに、ちゃん?」

「へ?」

「んっ……ん? ひゃっ!? に、兄さん? ど、どうして兄さんが私の……え!? い、いやっ!!」


 寝起きのような表情をした彩音の口から、微かに聞こえた聞きなれない言葉に斗真が首を傾げていると、表情が一転。間近に斗真の存在を認識すると一瞬で覚醒したらしい彩音は、大きく目を見開いてから何故かテンパり始め、顔を真っ赤に染めて暴れ出し、表情をコロコロと変えながら腕から抜け出したと思えば、いきなり斗真へ平手打ちをかます。

当然斗真は呆けていたので、平手打ちが見事に頬にクリーンヒット。顔が無理矢理横へ九十度曲げられて斗真は唖然し、更にジーンとする頬の痛みと妹に初めて平手打ちを食らうという精神的大ダメージによりに涙目。


「あ、あれ? 家じゃなくって、ここは一体……って、兄さん?」

「くれは……くれはぁ~!! 彩音が……彩音が俺に、平手打ちを~」

「あ~、よしよし。痛かったねぇ~、すごく痛かったねぇ~。……主に心が」


 彩音に頬を打たれた直後、斗真は本気の涙を流しながら紅葉の胸に飛び込んだ。兄妹事情を知っている上に、斗真が彩音絡みのことになると性格が変わってしまうことも分かっていた紅葉は、驚くことも無く、当然のように斗真を受け止めて胸を貸していた。斗真を受け止める紅葉の表情はもう、困った息子を宥めるお母さんそのものだった。

そして、暫く紅葉が斗真を宥めるように頭を撫でていれば、少し落ち着いたのか、鼻を赤くした斗真が皆を集めて話し合うためにその場に座り込んだ。因みに斗真の涙は止まっているが、涙目なのは変わっていない。そんな斗真に苦笑いの三人と申し訳なさそうにしている一人。


「あの……兄さん?私、そんなつもりなくて……ごめんなさい」

「べ、べづに? き……きにじてないし?」

「……重傷だね」

「御剣君、彩音ちゃんのこと大好きだから」

「度が過ぎてる気がしないでもないけど。彩音ちゃん、お兄様を宥めてあげて」


 完全に涙声で反応を返す斗真に、紅葉は役割を彩音にバトンタッチするべく話を振った。慣れた紅葉ならまだしも、彩音はどうしたらいいのかわからずに動揺していると、涙目の兄と目が合ってしまった。少し斗真が可哀想に思えた彩音は、恐る恐る自分のぶってしまった頬をさすってあげると、斗真は堪えられなくなったかのように彩音に飛びついた。


「あやねぇぇ!! 俺のこと嫌いにならないでくれよぉぉ」

「っ!! 私が兄さんのこと嫌いになるなんて、ありえません!! だって……兄さんは私の大……大事な、たった一人の兄さんなんですから」

「あ、あやねぇぇぇ」


 彩音の言葉に、先程とは違う安心したような涙をこぼす斗真を見て、彩音は少し複雑そうな表情を浮かべながらも、斗真の様子が少しずつ落ち着いて行くのを暫くの間、微笑んで見守るのだった。


「素敵な家族愛だね!! 私、少し感動しちゃった」

「ああ、斗真と御剣さんの、強い家族の絆を感じたよ」


 何故か斗真達の姿を見て感動を覚えている二人はお互いに顔を見合わせて笑い合い、それを傍から見ている紅葉は、と言うと。


「なんかズレてる気がするんだけど……と言うか、そこ。勝手にイチャつかないの」


 彩音の想いと、斗真の思いがマッチしていないような、歯車が変な方向に噛み合ってしまっているような感覚に苦笑い。そのついでに、斗真達に刺激を受けたのか、このタイミングで絆を深めようとする二人に釘をさしておく。

 何となく現状でまとめ役として忙しくなるのは誰なのだろうかと、頭が痛くなる紅葉なのであった。


「さてと、一番の問題はここがどこなのかってことだな」

「うん、やっぱり御剣君は通常運転の方がしっくりくるね」

「まぁ、斗真があんなことになるなんて珍しいことだしね。それこそ妹さんと何かある以外にないから」

「彩音ちゃんが斗真に何かするなんてホントに稀だしね。何年に一回くらい?」

「えっと……どうでしょう? 大体三年に一回あるかないか……」

「おい、お前ら。話を逸らすな」


 斗真の言葉に反応したのは良いが、全く話が先に進まない会話を繰り広げようとする四人に、こめかみを引き攣らせながら笑みを向ける。そんな斗真に苦笑いで逃げておき、四人は力を合わせて逸らした会話を元に戻すことにした。


「え~っと。ここがどこかって言うことだよね?」

「どう見ても、ここが学校の屋上では無いことは分かるね」

「だとしたら私達、何でこんなところにいるんだろ?」

「私達が全員気を失っている間に何かあったと考えるのが妥当ですよね……」

「……まぁいいか。ってか、そもそも何で俺達は気を失ったんだ?」


 斗真を除く全員の無理矢理な方向転換に何か言いたげな斗真だったが、それを飲み込んで他の皆に合わせるように疑問に感じたことを口にすると、全員がこの事態について真剣に話し合いを始める。しかし、どれだけの時間が経っても一向に答えが見出せないでいた。それはあまりに情報が少なすぎると言う点と、あまりの異常事態に想像が膨らまなかったからだ。

例えば、車に轢かれて、気が付いたらベッドの上だった。これなら大怪我を負って気を失ってしまい、倒れた自分を見かけた誰かが救急車を呼んでくれて病院まで運ばれたのだと理解できる。しかし、今の例えを今回の事象に当てはめるなら、急に体が怠く感じたら光に包まれて、気が付いたら知らない舞踏館のような大きな室内にいた。何が何だかさっぱりである。


「結局、あれこれ考えても分からねぇか」

「そうだね。流石にこの状況じゃ、記憶の前後が全く繋がらないし」

「守君の言うとおりだね……。私達の身に何が起きたのか、ある程度は想像出来るけど、それだって想像の域から出ないし……。考えても真実味が無いものばっかりだもんね」


 斗真の言葉に頷く守とさくら。頭の良い人間が考えても分からないと言うのだからいくら頭を捻ったところで答えなど出ては来ないだろう。

完全に行き詰まった斗真達は、自然と表情が暗くなる。

 この場所で目を覚ました直後は、現状が理解できなかったうえに、疑問が頭の中の大半を占めていたので、いつも通りでいることは容易かったが、現状を改めて整理して理解すると同時に、疑問がいつまで経っても解けないものに変わることで、不気味で得体の知れない不安と恐怖が押し寄せてくる。

誰が、何のためにここへ連れてきたのか。無駄に想像が膨らんでしまうが故に、一度それを感じてしまったら、ここで目を覚ましたときのようなふざけた雰囲気に戻すことも厳しかった。

 

「私達、これからどうしたらいいのよ……」

「兄さん……」


 人間、一度ネガティブな考えを持ったり、想像をしてしまったりすると、そこから抜け出すのは容易ではない。負の感情は更に負の感情を呼び起こし、負のスパイラルが止まらない。更に他の人が同じような事態に陥っていれば、負のスパイラルは絶大な効果を発揮し、周りを巻き込んで不安や恐怖を増幅させる。彩音や紅葉の表情を見れば直ぐにわかることだった。

 このままでは悪い方向にしかことが運ばないと感じた斗真は、なるべく明るい声で、全員の不安を吹き飛ばすために声を出そうとして、それは喉でせき止められてしまった。

 

「お待たせ致しました。救世主(メシア)様方。謁見の準備が整いましたので、お呼びに参りました」


 突然、室内に静かに響き渡った凛と澄んだ女性の声に、斗真達が身体を震わせて驚きを表現すると同時、一斉に声のした方向を見てみれば聖女のような白と青で統一された洋服を身に纏った女性がこの室内の唯一の出入口であろう扉の前に立っていた。先程までは視界の隅にすら映らなかったはずの彼女が、何故ここにいるのか。扉を開ける音も足音だってしなかったはず。それなのに、彼女はそこに居た。まるで最初からそこに居るのが当然と言わんばかりに。

 女性は恭しくお辞儀をしている所で斗真達から彼女の顔は一切見えなかった。だが、そんなことはどうでも良い。今重要なのは、このタイミングで得体の知れない彼女が現れたと言うことだ。

全員が不安がり、身が竦んでいる状態で彼女が現れれば、身体が思うように動くわけも無く、頭だって正常に回らないだろう。完全に狙っているとしか思えない彼女の登場に、全員がそれをどこかで理解しつつもその姿を見つめることしか出来なかった。


「こちらへどうぞ。女王陛下がお待ちになられております」


 女性は相変わらず頭を下げた状態で、後ろの扉を開けると、重い扉が軋むような音を立てながらその扉が開かれる。その向こう側には奥の壁が霞んで見えるほどに長い廊下が続いており、この部屋にどうやって入って来たのか分からない恐怖と、目の前に広がる光景に不気味さを感じる。否応なしに身体が彼女の言葉に従ってしまいそうな感覚に全員が身を委ね、足が一歩前に進んだ所で、斗真が腕を掲げて全員を止めた。


「あんたのその言葉に従う理由が俺達にあるのか?俺達をメシア?とか何とか言ってたけど、それはどういう意味だ? そもそもここは一体何処なんだ?俺達が知りたいことに答えろ。俺達があんたの言葉に従うかどうかはそれを聞いてから判断する」


 流石の斗真も彼女に対して恐怖を感じているのか、その腕は良く見れば小刻みに震えている。だが、このまま言われるがままに動いて良いものか判断が付かない斗真は、仲間達が正気に戻ることを祈りながら、時間稼ぎをするために意地を張る。

 正常な判断が出来ない状態で彼女に従い、自分達が何も出来ずにただ言いなりになることだけは避けたい。そう考えた斗真は必死にその女性を睨みつける。決して自分だけは心が折れないようにと。

 その思いが届いたのか、斗真を見つめる彩音達にも目に光が宿ったような気がした。


「申し訳ありません。御剣斗真様。私はそのご質問に対する回答を持ち合わせておりません。救世主様方がこの場所にいらっしゃった際に、私がお出迎えをするようにとの指示を承っているだけですので。その疑問には女王陛下がお答えできることでしょう。私に付いて来て頂ければ解決出来るかと考えます」


 女性は淡々とそう告げると、背後にある扉に視線を向け、その先の廊下へと斗真達を促すが、斗真達は全員が固まったようにその場から動くことができなかった。斗真の言葉を受けてこのまま彼女に付いて行くことが本当に正しい選択なのかが分からないからだ。

しかし、体を硬くしながらも頭をフル回転させる二人が居た。もし、女性の言うことを聞いて付いて行ったところで、その先に待ち受けているものの正体が分からない以上、安易にその言葉を受け止めて付いて行っても大丈夫なものか。せめて彼女自身、そして女王陛下とやらの思惑の片鱗だけでも得られないかぎりは、下手に動かない方がいいのでは無いか。

しかし、ここでその誘いを断ったときのリスクも分からない。断った瞬間に武力で解決されてしまってはこちらとしても成す術が無い。少なくとも、ここに斗真達を連れてきた人物がいるということはわかった。ならばそれだけの手腕があると言うこと。確実に抵抗すら出来ずに終わってしまうのは目に見えている。つまりそれは、穏便に済ます方法を自ら絶ってしまうことと同義。

ならば、回答は実質一つしかなかった。


「斗真、ありがとう。……彼女の誘いを受けよう」

「私も賛成……かな」


 斗真はその言葉をどれだけ待っていたのか、安堵した表情を浮かべた次の瞬間には口角を吊り上げ、視線だけを隣に進み出た二人に向ける。


「やっと復帰したか。しっかりしてくれよ」

「ごめん、ごめん。あまりの出来事に動揺しちゃってね」

「御剣君が止めてくれなかったら、流れに身を任せちゃってたよ」


 斗真の稼いだ時間の間に、我を取り戻した守とさくらが思考をフル回転させてこの誘いに乗るメリットとデメリットを洗い出だし、斗真に彼女の後を付いていくように提案する。結局、付いていくことに変わりは無いが、自ら選んで行くのと、ただ言われたから付いていくのでは訳が違う。ちゃんと選択の意味を理解した上で判断したことなら、対応のしようもある。なにより、ちゃんと我を取り戻したと言う点において大きな意味を持つことになるだろう。


「本当にそれでいいんだな?」

「ああ。僕を……僕達を信じてくれ」


 斗真の言葉にしっかりと瞳を見つめ返して答える守。そこには不安や恐怖の色も混じっていたが、揺らぎは無かった。そんな守の言葉に疑う余地も無く、斗真は頷いた。


「分かった。俺達はあんたに付いて行く。それでいいか?」

「はい。受け入れて頂き、感謝致します。それでは、早速ですがこちらに」


 今度は斗真達が了承したことで女性はそのまま背を向けて扉の向こう側へと歩いて行き、斗真達は顔を見合わせるとそのまま彼女の後を付いて行くことにした。

 廊下に出れば、やはりと言うべきか、内装は洋風の館のようだった。床には赤い絨毯が敷かれ、壁にはランタンのような物がぶら下がっている。そんな廊下を歩いていると、今まで無口だった彩音と紅葉が斗真のすぐ隣を歩きながら、不安そうに斗真の横顔を見つめていた。


「……そんなに見つめられると恥ずかしいだろ?」

「ゴメン、今そんな気分じゃないからパスね」

「即答かよ……お前が乗ってこないなんて珍しいこともあるもんだな。んで?」


 斗真のおふざけに表情を緩めることも無く、斗真を振った紅葉に対して、言いたいことがあるなら言えと、斗真は先を促した。そんな斗真に溜息一つ返してから前を歩く女性を一瞥した。


「本当にいいの? このまま彼女に付いて行って」


 守とさくらが判断した事ではあるが、どうしても不安が拭いきれないのであろう。今更、戻る訳にもいかない状況でそれを聞く紅葉の気持ちも分からないでもないが、その回答を斗真は持ち合わせていなかったので、結局いつも通りの対応。


「さぁな。でもまぁ、あそこで俺が意地張るよりは良かったんじゃないか?」

「確かにそれはそうね」

「いや、納得早すぎだろ!?」


 斗真の言葉にすんなり納得する紅葉に彩音は苦笑いを浮かべていた。不安がありつつも先程のように異常なまでの緊張は解け、なんとなく雰囲気が元に戻った様な気がして、斗真は少しだけ笑みを浮かべて守の方をチラッと見る。すると、その視線に気が付いたのか、守は軽い頷きを返して微笑み、斗真はそれだけ確認すると視線を目の前に戻した。

どれくらいの距離を歩いたのだろうか。階段を上ったり下りたり、更には長い一直線の廊下をひたすら歩くと、やっと女性の足が止まった。そして、目の前には豪華に飾られた三メートルはありそうな扉が鎮座していた。


「到着しました。中で女王陛下がお待ちです」


 扉に注目していた斗真達は女性の声に我に返って視線を戻すと、女性は既に扉に手をかけて開けようとしており、心の準備をする間もなく扉は開け放たれた。


「お待ちしておりました。救世主様」


 開けられた扉の先へと進むように促された斗真達が、部屋の中央まで進み歩いて掛けられた言葉の第一声がそれだった。

部屋を見渡してみれば、老若男女問わず数十人と言った数の人間が両方の壁際に一列で並んで立っている。その数十以上の目が斗真達に向いているのだから居心地が悪いことこの上ない。そして、斗真達の歩み進める先には、爽やかな青に染まったドレスに身を包んだ斗真達と同い年くらいの少女が、カーテシーをして待っていた。日本では珍しい天然のブロンド髪に軽いウェーブが掛かっており、それをシュシュのような物でまとめて右肩から前に下げている。容姿、格好、仕草、どれを取っても彼女がお姫様であることが、一目でわかる位に次元が違う人間だということを理解させられる。

そんな彼女を目の前にして体を動かすことのできなかった斗真達に、彼女は微笑みを向けた。


「そう固くならなくて結構ですよ。皆様は私が招いた大事なお客様なのですから」


 男であれば百人が百人心を奪われてしまいそうな彼女の微笑みに、斗真は一歩踏み出して一番に口を開いた。


「それなら……遠慮なくっ!!」


 その言葉と同時に、斗真は地面を思いっきり蹴って絶好のスタートダッシュを決め、目の前の女の子に向かって走り出す。唐突な斗真の行動に驚きの表情を浮かべる彩音達四人。

しかし、他の人間が斗真の行動を何の感情もこもっていない無表情で見つめていることに斗真自身が気が付かないまま、未だに笑みを張りけている女の子に拳を振り上げた。当然、斗真の思惑は斗真達をこの場所に連れてきた張本人であろう女の子を殴り飛ばした後で捕まえてここから帰すように約束を取り付ける為だった。

初めて出会った人間、しかも女の子に手を挙げるなど常人とは思えない発想に全員が動きを止め、斗真は自分の拳が届くことを疑わなかった。


「おらっ!!!」

「光を以って悪しきを退けよ……『アイギス』」


 斗真が拳を突き出したと同時に、女の子もまた自分の掌を斗真に向け、何か言葉を呟いた。その瞬間、女の子の顔に届くかと思われた斗真の拳は、女の子の掌の手前で不自然に停止した。


「な、なんだこれ……って、うおっ!?」


 斗真がまるで壁に阻まれているような感覚に、さらに力を籠めると、急に衝撃が斗真を襲い、数メートルの距離を弾き飛ばされて背中から落ちる。一瞬、息を詰まらせた斗真だったが、上半身を起こすと訳の分からない現象に視線を女の子へ向ける。


「ぐっ……いってぇ。何が起こったんだ?」

「「斗真!!」」

「兄さん、大丈夫ですか!?」


 斗真を心配して駆け寄ってきた彩音達に支えられて立ち上がると、女の子は未だに笑みを浮かべたまま斗真達を見つめていた。そんな女の子の様子に苛立ちを感じた斗真がまた一歩踏み出そうとして、それを守が止めた。


「斗真、無茶しちゃダメだ。ただでさえ、ここは僕達にとってアウェーなんだから」

「それに多分、また御剣君が襲い掛かってもダメだと思うよ……あれは、光?あの女の子を守るように何かが壁になってる」


 今まで口を開かなかったさくらは、あの女の子を観察していたのか。目を細めて斗真にそう忠告を促す。そして、さくらの言葉に全員が視線をその女の子に集めれば、確かに何もない筈なのに女の子の姿が少しぼやけて見える。光が彼女と斗真達を遮っているかのように。

 そうしてほんの少しだけ女の子の様子を観察していると、ニッコリと最上級の笑みを浮かべながら、斗真達に向けていた手を降ろした。


「手荒な真似をしてしまい、申し訳ありません。ですが、私達は貴方方に危害を加えるつもりは無いのです。どうか、お話を聞いては頂けませんでしょうか?」

「手を挙げられて黙ってっ!?」


 斗真が女の子の言葉を真っ向から切り伏せようとした瞬間、ボゥという何かが燃える音と共に何故か周りの気温が高くなったように感じた斗真は言葉を詰まらせる。

 そして、斗真だけではなく斗真達全員がその場で固まる。それもその筈。先程まで無関心に立っていただけの人間たちが一斉に掌を斗真達に向けて、拳大以上の大きさの火の塊を斗真達に狙いを定めているからだ。流石の斗真でも恐怖を感じているのか、その体は少しだけ震えているようにも見えた。そして斗真は、ゆっくりと移動して彩音の近くに寄ると何が起きてもいいように少し腰を落とす。


「手荒な真似の謝罪はさっき受け取ったばっかりなんだけどな?」

「私もこのようなことはしたくないのです。ですが、お話をするまでに時間が掛かりそうでしたので……そのままで構いません。私の言葉を聞いて下さい」


 温度の上った部屋の中で立ち尽くす斗真達。そして、女の子は事の発端を話し始めようと口を開こうとして、それは別の声に遮られる。


「断る」


 斗真のたった一言で、この室内の空気が凍った。


「斗真!?」

「あんた何考えてんのよ!? 状況、理解してるの!?」


 守と紅葉が驚きのあまり素の突込みを入れて、彩音は完全に恐怖で動けないのか斗真の服の裾を握って縮こまっており、さくらはこの状況で断りを即答で返した斗真に苦笑い。火の塊を掲げていた数十人の人間は唖然としており、今まで笑顔を絶やさなかった女の子も今では驚きで固まっている。

 完全に不意を突いた形だったが、斗真は動くこともせずに女の子を睨み付けていた。


「ふざけるな。テメェらの勝手でここに連れて来られて、話を聞かないなら実力行使だ?んな奴らの言葉なんて聞いてたまるかよ。やるならやればいいだろうが!!」


 斗真は敵意を剥き出しにて全員を庇うようにして体を動かした。

 そして、斗真の脳天に強い衝撃が走る。


「いってぇ!! 何すんだ!!」

「斗真。友好的に話を進める可能性を絶ったのはあんたが出合い頭に突貫なんてしたからじゃないの?」

「は、はぁ?それは」

「斗真が突っ走って無ければ普通に会話して、ここがどこで何のために僕達をここへ連れてきたのか聞く予定だったんだけど」

「いや、だから」

「幸い、彼女も私達に危害を最初から加えようとはしていなかったしね~」

「そ、その、だな?」

「兄さん、謝って下さい」

「あ、彩音まで!? 何でだよ?俺達をここに連れてきた犯人が目の前にいるんだぞ!?」


 全員から完全に否定的な視線を向けられて、たじろぐ斗真だったが、思い出したかのように指を女の子に向けて、あれが原因だと必死に伝えようとする。しかしながら、残念なことに全員の言うことは御尤もであり、斗真の暴走さえなければことはややこしくなったりはしなかったであろうことは、既に火の塊を消している人々と、斗真達のやり取りをにこやかに見守る女の子が物語っていた。斗真が何を言った所で全員が斗真を庇うことはない。つまり現状、この部屋の中で敵は斗真ただ一人である。

 そして、最終的に決め手となったのは。


「に・い・さ・ん?」

「はい、いきなり殴りかかってすみませんでした。大人しく話を聞くので許してください。ごめんなさい」

 

 やはり、妹の一言だった。





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