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異世界最凶の復習者  作者: 深紅
1/8

プロローグ

初めまして。深紅です。

お立ち寄りありがとうございます!!

オリジナル小説初投稿ですので、お見苦しい点が多々あるかと思います。

その時はビシバシ叩いて下さい!!

頑張って精進します。

 ……誰が、悪かったのだろう。

 ……いつ、間違えたのだろう。

 ……何が、いけなかったのだろう。

 分からなかった。何も、分かっていなかった。

 ……自分がここへ来る前に決意して選んだ道が、自分の大切な女の子(ヒト)を殺すことになるなんて。


「あ……あや、ね?」


 斗真(とうま)は目の前に横たわっている彩音(あやね)の姿から目を離せずに、危うげな足取りでその距離を詰める。たった五メートルの距離。だが、その距離が果てしなく遠く感じられた。もしかしたら、今すぐにでも斗真の呼びかけに応えてくれるかもしれない。もしかしたら、今すぐにでも起き上がっていつもの笑顔を見せてくれるかもしれない。そう信じて一歩、また一歩と彩音に近づく。

 だが、彩音が斗真の呼びかけに対して反応を示すことはなかった。

 それは、横たわっている彩音の姿を見れば当然のこと。右肩から先にあるはずの華奢な腕は無くなり、慎ましい膨らみがあったはずの左胸には大きな穴が空いている。そして、失った身体の箇所から止めどなく流れ出す真っ赤な鮮血は、ものの数秒という短い間に地面を赤く染め上げていく。

 彩音の悲惨な姿を目に焼き付けるかのように見つめ続ける斗真は、無意識の内に唇を震わせていた。彩音を失った悲しみ、彩音を殺した魔獣への怒り、彩音をこんなことに巻き込んでしまった後悔。負の感情が斗真の心を渦巻き、支配していく。


「あや、ね…………あやねぇぇぇ!!」


 心が壊れていく。

 彩音の声が聞きたい。大丈夫。その言葉だけでいい。

 彩音の温もりに触れたい。華奢な身体から伝わる温もりを感じられれば、それだけで良い。

 彩音の笑顔が見たい。いつもの困ったような笑顔でもいい。

 何でもいい。何でもいいから、彩音が生きている可能性が欲しかった。祈りにも似た縋る気持ちで斗真は彩音の命の水に足を踏み入れる。既に斗真の心は悲鳴を上げ、限界間近だった。

 彩音の傍まで辿り着いた斗真はゆっくりと地面に膝をついて彩音に寄り添う。外傷は完全に致命傷。生きている可能性など考えなくても皆無だ。異常なほどに震える手を伸ばし、彩音の左手にそっと触れる。わずかに残っていた温もりは既に斗真の体温を下回っていた。そして、視界の中に彩音の顔が映る。顔には奇跡的に外傷はなく、とても綺麗だった。ただ寝ているだけなのではないかと思うほどに安心した様な、安らぎに満ちた微笑みを浮かべながら瞳を閉じている。

 そんな彩音の姿に斗真の心は完全な崩壊を迎えた。


「あっ、あや……あや、ね……あぁ、あっ……うあぁぁあああああ!!!」


 彩音の表情を見た瞬間、分かってしまった。その表情がすべてを物語っていた。長年の付き合いの彩音だからこそ、その微笑みが何を意味するのかが一瞬にして分かってしまう。痛かったはずだ。苦しかったはずだ。辛かったはずだ。それでも、彩音が微笑みを浮かべていた理由は。


 ただ、斗真を守って死ぬことが出来ると確信したから。


「彩音っ!! 何で!! 何でだよっ!!! 何で彩音が、死ななくちゃ……いけねぇんだよぉぉおおお!!! うああぁぁぁぁ!!!」


 頭の中がぐちゃぐちゃに掻き混ぜられ、何を考え、何を思っているのかもわからない。ただ、彩音が死んでしまったという事実が目の前に突き付けられ、胸に湧き上がる感情を抑えることも出来ず、声にして吐き出す。何度も、何度も、何度も斗真の悲痛な絶叫が戦場に響き渡る。

 それでも、胸の奥から溢れだす感情は留まることを知らないとばかりに、無限に湧き上る。この感情に名を付けるというのなら、何というのだろう。悲しみ、憎しみ、怒り、後悔。どれも合っていそうで、合っていない。

 無限に続くかと思われた斗真の絶叫は、唐突な来訪者により邪魔をされることになった。

 視界の隅にうろつく十体を超える魔獣。ギラリと鈍く光るサーベルタイガーのような牙が特徴的な四足歩行の魔獣は、虎を連想させるが、それとは何かが違う。異常なまでに発達した足は膨大な筋肉で膨れ上がり、爪は地面に食い込むほどに鋭い。そして、獲物を狙うその眼光は完全に捕食者の眼をしていた。斗真を獲物と定めたのか、魔獣達は斗真の周りをぐるぐると歩きながら、威嚇するような唸り声を上げている。魔獣達からしてみれば、既に勝敗は決したということなのだろう。

 対して斗真はその場から動こうともせず、彩音の傍に寄り添うだけ。それから一分もしない内に魔獣達が斗真を完全に包囲すると、ピタッとすべての魔獣達の動きが止まった。その瞬間、そこにいた筈の魔獣達の姿が一瞬で消え……。

 一瞬の内に新しい鮮血が大地を黒く染め上げた。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




「……さん、に……さん、兄さんってば!!」

「ん~~」


 家中の一室。ベッドの上で掛布団に包まる斗真と、斗真を起こそうとして肩を揺らす斗真の妹、彩音の姿があった。先程から彩音が斗真の肩を揺さぶっているのだが、未だに斗真は目を覚ましてくれないらしい。

 机の上に置いてある時計に視線を向けてから困ったような表情を浮かべる彩音は、仕方ないかと少しだけ申し訳なさそうに斗真の包まる掛布団に手をかけた。


「兄さん、 お・き・て・く・だ・さ・い!!」


 彩音は掛布団を一気に斗真から引き剥がし、ベッドの隅に畳んで置く。掛布団を取り上げられてしまった斗真は、掛布団を探しているのだろうか。唐突になくなった温もりを探すべく腕を宙に彷徨わせ、それが無いことを悟ると虚しく腕がパタンとベッドに落下した。

 そんな斗真のおかしな行動に彩音は小さくクスッと笑い、目的を果たすべく斗真の肩を叩こうとして、その手が宙で止まる。ここまでは甲斐甲斐しい妹の姿だったのだが、彩音はその手を彷徨わせた挙句に自分の口元に当てると少し頬を染めて何故か挙動不審な女の子に早変わり。

 対して斗真は温もりを失い、寝心地が悪くなったのか大きなあくびをしながら体を起こして、彩音の方へと顔を向けた。


「ん、んぅぅぅ~。ふぁぁ……おはよ。彩音」

「あ、えと……おはよう、ございます。兄さん」


 何故か少し戸惑っているような、恥ずかしがっているような声色で挨拶を返す彩音に、違和感を持った斗真は寝ぼけ顔で彩音の様子を伺う。すると、そこには挙動不審な妹の姿があり、更には視線が泳ぎまくっている。


「……彩音?」

「な、なんですか?べ、別に私は何も見てませんから!!」


 彩音の言葉に、なんとなく察しのついた斗真だったが、取り敢えず彩音の忙しなく動いている視線を辿ってみると、やはりと言うべきか、どうにも斗真の下半身に多く視線が向いているようだった。

 斗真は笑みを浮かべたまま固まる。彩音も笑顔を返して固まる。 


「いやっ、これはだな!?」

「だ、大丈夫です!! 私だってそういう知識はありますから!? 兄さんだって男性ですし、そういうこともあると思います……ただ、妹である私に対してそういうのは……いえっ!! それが嫌という訳では無くて」

「いや、ちょっと待て!! 落ち着こうか!? 全然知識が活かされてないからな!? むしろ変な知識の所為で誤解に拍車かかってるから!! 後半については俺も嬉しいけど兄さん聞かなかったことにするから!! 色々マズイからそれ!! ってか、取り敢えずストップ!!」


 完全に彩音が変な誤解をしている事に気が付いた斗真は、変な所を見られたことも忘れて彩音の暴走を止めるべく、怒涛のツッコミを入れる。しかし、彩音の暴走に斗真自身もパニック状態に陥ってしまっており、結局斗真が彩音の誤解を解くことが出来たのは、いつもなら既に朝食を終えている時間となってしまったのだった。

 何とか彩音の誤解を解くことが出来た斗真は、何故か今日一日が始まったばかりだというのに疲れ果てた様子。原因は言わずもがな、先程の騒動だ。彩音が部屋を出て行った後に身支度を整えた斗真がリビングへ入ると、少し気まずげな様子の彩音が朝食の準備をしていた。


「おはよう、彩音」

「あ、おはようございます、兄さん。あの……さっきは」

「気にしなくていいって。俺も気にしてないから。これでお終い、いいな?」


 改めて挨拶を交わし合うと、彩音は目を伏せてさっきの話を持ち出そうとしたので、斗真がそれを遮って話しを終わらせる。兄妹であるにも関わらず、あんな光景をいつまでも引き摺っていたら、この先の生活に不安しかない。ただでさえ、今現在、この家には斗真と彩音を除いて誰一人として住んでいないのだから。

 そんな斗真のぶっきらぼうな話の終わらせ方に彩音は笑って頷きを返した。


「……はい、わかりました。それでは朝食が出来ていますから、一緒に食べましょう」

「おう。今日の朝食は、な~にかな?」


 朝の弱い斗真はいつも学校につく頃に本調子になるので、普段、朝食を食べている時はかなりテンション低めだ。だが、今日は寝起き事件のお陰か朝からテンションは通常運転。いつもと雰囲気が違う朝食の光景に、彩音は斗真に隠れて笑顔を浮かべていた。そして、偶にはこんな日もいいかもしれないと、心の隅で思ったことは彩音だけの秘密だったりする。


「彩音ちゃん!! おはよ。あ、斗真も」

「おはよう御座います、紅葉(くれは)さん」

「おはよう。ってか、ついでみたいな言い方止めろよ」


 朝食を食べ終えてから急いで出発の準備を終えた二人が玄関から出ると、丁度同じタイミングで隣の家から出てきたのは、同じ学校へ通う斗真と同い年の火野(ひの)紅葉(くれは)

 ポニーテールがトレードマークの紅葉は斗真と幼稚園から一緒の幼馴染。家がお隣さんなので親同士も仲が良く、幼い頃から家族ぐるみで出掛けることも多くあったほどだ。高校も同じ場所へ通っているので、こうして朝の時間帯が合うと一緒に学校まで登校することもある。というより、示し合わせているわけでもないのに彩音が出る時間帯に合わせて紅葉が出て来るので、大体登校はこの三人の場合が多い。


「別に挨拶してない訳じゃないんだしいいでしょ?……あ、それとも、斗真君は私に構って貰えなくて寂しいのかな?」


 斗真の文句に、紅葉は口角を少し上げながら流し目で斗真に視線を向けると、斗真は何やら気恥ずかし気にそっぽを向いた。


「……んなこと言わせんなよ。お前に素っ気なくされて、気にせずにいられる訳ないだろうが……」


 斗真の言葉に少し驚いたような表情をする紅葉だったが、直ぐにその顔は乙女のものへと変わり、ただの幼馴染にしては近すぎなくらいの距離で斗真に寄り添う。家を出た直後の紅葉は何処へ行ったのかと思わせる程の可愛らしい表情に斗真は、不覚にも心臓を高鳴らせてしまった。


「ごめんね、斗真。少し意地悪だったよね。これからはちゃんと挨拶するから。私だって、その……」

「……紅葉」

「……斗真」


 斗真は自分にしなだれかかる紅葉を真っ直ぐに見つめ返し、紅葉もまた斗真を見上げる形で斗真の瞳を見つめる。お互いの顔はすぐそこにあって、今にも唇が触れそうなほど。その距離はだんだんと縮まって行き……。


「兄さん、紅葉さん。公衆の面前でそういう冗談はやめて下さい」


 二人の真横に立っていた彩音がジト目を向けながらそう言いい、紅葉はパッと身を翻して斗真の傍から距離を取る。その距離はいつもの様に自然な幼馴染の距離。二人とも、表情は元に戻っただけで気恥ずかしさなどは微塵も感じられない笑みを浮かべていた。


「あはは。流石、彩音ちゃん。止めるタイミングまでバッチリだね!!」

「ああ、完璧すぎるタイミングだ。やっぱり俺達を止められるのは彩音だけだよな」

「だよね!! 彩音ちゃんは最高だよ~」


 斗真の言葉に激しく同意を示した紅葉は、彩音に速攻で抱き付いて頬をすりすりしている。そんな紅葉にジト目で成すがままにされる彩音。完全に抵抗を諦めている様子だった。

 もちろん、二人は彼氏彼女の関係ではなく単純な幼馴染。ただ、男女が幼い頃からの付き合いを続けているというのは、他の人には色々と面白い話題となるようで、二人は付き合っているのではないかという噂が流れだしたことがあったのだ。その時、お互いの性格も波長が合うところが多く、段々と周りが鬱陶しくなってきた二人は、ある作戦を決行した。それが、先程斗真達が見せた恋人ごっこだ。

 付き合ってないと抵抗するから周りが囃し立てるのだと考えた二人は、あからさまな恋人の振りをしながら肯定することにした。その効果は意外にも抜群で、一時を越えれば周りから斗真達が本当の恋人同士ではないかと言われることはなくなった。

 だが、二人に限って話はこれで終わらない。噂が無くなった時点で止めればいいものを、調子に乗った二人は悪ふざけで度々何の理由も無しにあんなことをしてしまうようになったのだ。理由は単純明快。ネタに困らないから。

 という訳で、騒ぎを収めようと始めた恋人ごっこは、いつでもどこでも、ネタに困ったら恋人ごっこ。と言うかなり不純なネタとして二人が使用するようになってしまったのだ。

 因みにクラスメイトにはかなり受けが良く、恒例行事すらできてしまっているくらいだ。


「っと、少しふざけ過ぎたか。時間そろそろヤバいか?」

「……今日は準備に時間が掛かってしまったので、玄関を出る前にそのお話し、しましたよね?兄さん」

 

 相変わらずのジト目で言葉を返され、何も言えなくなる斗真。助けを求めるために視線を彩音から紅葉に動かしてみれば、そこにはニヤニヤとした笑みを浮かべる紅葉の姿があるだけだった。更には。


「ぷぷっ、彩音ちゃんに起こられてやんの」

「お前も原因の一端だろうが!! 俺に全部なすり付けんなよ!?」

「始めたのは斗真だし、私乗っただけだもん」


 完全に私は悪くないと言わんばかりに彩音を抱きしめる紅葉。完全に嵌められたことに気が付いた斗真は反論をするが、彩音の目は完全に斗真にしか向いていなかったので、これ以上は分が悪いと早々に白旗を上げることにした。


「ああ、悪かったよ、俺が悪かった!! すみませんでした、許してください」

「はぁ……。色々と言いたいことはありますが、時間もありませんし行きましょうか」


 彩音に呆れ顔を向けられてはいるものの、斗真は何とか許しを得ることが出来てホッと胸を撫で下ろす。チラッと彩音の方を見てみれば、隣にいた紅葉は何やらつまらなそうな顔をしており、何故か無性に苛立ちを感じる斗真だったが、これ以上火種を撒く訳には行かないと、溢れだしそうな感情を理性で飲み込んで、学校へ向けて足を進めようと一歩踏み出した。


「あ、兄さ」

「斗真、ストップ」

「……まだ何かあんのかよ?」


 彩音が何かを言おうと口を開いたと同時、紅葉の言葉が重なって学校へ向かおうとする斗真を呼び止めた。完全に誰かさんの所為で不貞腐れている斗真は、面倒臭そうな表情を隠そうともせずにその張本人へ振り向くと、そこにはさっきの恋人ごっこの時と同じような距離で斗真を見上げる紅葉がいて、流石の不意打ちに斗真も驚きで固まってしまう。

 そんな斗真の心情も知らずに紅葉は斗真に手を伸ばして。


「そんなんじゃないわよ、バカ。ネクタイ曲がってる。身だしなみくらいちゃんとしなさいよ」


 紅葉は斗真の首元に手を添えてネクタイを弄り出した。お互いにふざけ合って近づく時は何も感じないのに、こうして不意に近づくことがあると、女の子独特の甘い香りや、優しい手つきが妙にはっきりと感じられ、やはり紅葉も女の子なのだと意識せざるを得なくなる。

 正直な話、斗真から見ても幼馴染としての贔屓無しに、紅葉は普通に可愛い女子の部類に入るくらいにはレベルが高いのだ。ふざけ合っている時の紅葉の笑顔はとても元気になれるし、バカをやっていても楽しいし、嫌いじゃない。だが、ふとした瞬間の紅葉の表情や仕草は斗真が知っている幼馴染の紅葉じゃない気がして、いつもよくわからない位に心臓が高鳴るのだ。

 斗真は目の前の紅葉に、それがバレないようにそっぽを向きながらじっとしていると、胸を軽く叩かれた。


「これで良し!! さぁ、行くわよ」

「……はい。行きましょうか、兄さん置いて行きますよ?」

「あ、ああ。今行く」


 何故か、心の中にもやもやを感じた斗真だったが、それが嫌じゃなくて。斗真は呼ばれるがままに彩音達の後を追うのだった。


「それじゃ、彩音ちゃん。勉強頑張ってね」

「はい、紅葉さんも。 兄さんは授業中、寝たらダメですよ?」

「寝ないって。というより、彩音の中の俺のポジションを今一度問い正したい気分なんだが」


 会話に花を咲かせていれば登校時間などあっという間に過ぎてしまうもので、斗真達は昇降口にまで来ていた。彩音は斗真の言葉にクスクスと笑って逃げるように離れていき、そんな妹の姿に斗真はしょうがないなぁと笑っていると、彩音はスカートを軽く翻して振り向き、斗真に向かって小さく手を振って校舎の中に消えていった。斗真と紅葉は彩音に手を振り、見送ってから自分の靴を履き替えて教室へと向かい始める。


「やっぱり、相変わらずの兄妹ね。仲良過ぎ」

「そりゃ、俺と彩音だし。これからもずっと変わらねぇよ」


 斗真の回答に思わず呆れた様に苦笑する紅葉に対して、斗真は軽く笑って教室の中に二人で足を踏み入れる。その瞬間に始まるのは登校時に軽く振れた恒例行事。


「やってきましたお二人さん!!」

「毎日、夫婦での登校!! 熱々だね~」

「見せつけてんじゃねぇぞ!! 斗真ぁ~」

「今日は遅かったね。あ、もしかして昨晩はお楽しみでした?」


 教室に一歩踏み入れただけでこの歓迎ぶりである。若干一名危ない女子がいるようだが、それはこの窮地を共に乗り越えてきた斗真と紅葉が身に着けた華麗なスルースキルで完全に無視。ああいうのは我関せずが一番良いのだ。

 ある程度の事なら既に動じない強靭な心を持った二人には、この程度の状況、あしらうことなど容易い。


「ダーリン、私ね? 流石にこう毎日毎日、嬉しい歓迎されるとちょっと恥ずかしいなぁ~」

「確かにそうだな、ハニー。 でも皆がこうして俺達を祝ってくれているんだ。嬉しいことだろう?」

「うん。確かにそうよね!! 私、皆に歓迎されてすごく嬉しいわ」


 斗真の腕に自分の腕を絡めて斗真にすり寄る紅葉と、それを受け止めて見事な笑顔を浮かべる斗真達。一瞬にして朝と同じ甘ったるい桃色空間の出来上がりである。普通なら何を馬鹿なことをやっているのだと白けた視線にさらされるのだろうが、このクラスではそんな事態には陥らない。むしろ面白がって、「流石、幼馴染夫婦!!」や「やっぱり、息ぴったりだよね!!」なんて、疎まれるどころか、やはり歓迎の嵐である。


「斗真、少しやりすぎじゃない?」

「紅葉ちゃんも、もう少し控えた方が良いよ?」


 そんな中で、苦笑いをしながら歩み寄ってきたのは、イケメンと美少女の二人組。斗真と紅葉が仮に一般的なカップルとするならば、彼らは完璧なる極上のお似合いカップルと言うべきか。外で見かければ容姿の完璧さに誰も彼もが二度見してしまうだろう。


「守だけは言われたくないわ……」

「だよね~。さくらだって守君といっつも一緒だし」

「斗真達みたいに、見せびらかすようなことはしていないだろう?」

「そうだよ? 私達、付き合ってます。なんて、言ったことも無いし」

「「……天然同士が付き合うと色んな意味で大変だ」」


 彼らの何気ない一言に、思わず斗真と紅葉が全く同じ言葉を漏らすと、クラス全員が揃って頷きを返した。

 彼らは斗真達と違って正真正銘の恋人同士。男は狩谷(かりや)(まもる)。彼の容姿は完璧の一言。それぞれの顔のパーツが綺麗に収まっており、さわやかに切り揃えられた銀髪は更にそのイケメン顔をサポートしている。180cmの長身に加えて運動神経、成績共に学院トップクラス。さらには心優しい性格に、彼女想いで一途な所を見れば非の付け所が全くない。斗真と比べる事すらおこがましいと思える程の完璧超人のイケメンだ。

 続いて守の隣に佇む、雰囲気からしておっとりしている女の子は、水瀬(みなせ)さくら。腰まで伸びる超ロングゆるふわヘアーでおっとり顔の彼女もまた、守に負けず規格外。その容姿は言うまでも無く美少女で、優し気な瞳を携えた少し垂れ気味の目に小ぶりな鼻、そして、艶やかな唇で構成された顔は、同性ですらもうっとりしてしまう程。穏やかな性格も相まって、それはもう理想の女の子がそのまま現世に現れたかのような女の子だ。運動は苦手らしく平均を下回る結果だが、それをカバーして有り余るほどの知に長けている。学年主席の座は一度たりとも譲ったことが無く、それどころか全国模試では上位十位以内から外れたことがないという。


「私、天然じゃないのに……」

「右に同じく、だね」


 斗真達の反応にしょぼんとするさくらに、苦笑いの守。そんな二人に相変わらずのカップルだとささやかな笑みが向けられ、斗真と紅葉は自分達から意識がそれたことに少しだけ安心している自分に気が付くと、お互いに向き合って苦笑いするのだった。

 それから暫く談笑していれば授業は始まり、気が付けば昼休み。学食に向かう学生とお弁当持ちのクラス居残り組に別れて、クラス内はまばらになっていた。


「斗真、行くでしょ?」

「おう、もちろん。守、水瀬も行こうぜ」

「了解」

「うん、直ぐ行くよ~」


 紅葉の声を切っ掛けに斗真達四人は、連れ立ってクラスの外へと出て行く。向かう先は食堂、ではなく、屋上。この学校では常に屋上が解放されており、生徒は自由に使用ができるようになっている。ベンチや軽い屋上庭園などが設けられていて、昼休みや放課後のゆったりとした時間を過ごしたい学生にはとても人気のある場所だ。

 斗真達が階段を上りきって屋上へ続くドアを開け、いつもの定位置に視線を向ければ、そこには既に待ち人がいた。


「結構早く出てきたつもりだったんだけどな、待たせたか?」

「いえ、私も丁度来た所です。チャイムが鳴ってからそんなに時間は経っていないんですし、当たり前じゃないですか」

「そりゃ、そうか」


 斗真の言葉に素っ気なく反応したのは、手にお弁当の包みを二つ持った彩音だった。斗真は自然に彩音の隣に腰を下ろして、他の三人は二人と合わせて円を作るように座り込む。全員が定位置に座ったことを確認してから、彩音は一つのお弁当の包みを斗真に差し出した。


「どうぞ、兄さん」

「悪いな、いつも助かる」

「これくらいのこと、気にしないで下さい」


 斗真のお礼に笑みを返した彩音は自分の包みを開いて、それに合わせて全員がお弁当の準備を始めた。それぞれが蓋を開ければ、斗真と彩音を除いて全然中身の違うお弁当が並び、しかも、どのお弁当もかなりレベルが高いのが見た目だけでわかる。

 

「あ、もしかして昨日は肉じゃが? やっぱり彩音ちゃんのお弁当はいつもおいしそうだなぁ~。少し分けて欲しいな?」

「いいですよ、その代わり水瀬先輩の卵焼きお一つと交換です」

「ちょっと、二人だけで交換はずるいわよ!! 私も混ぜて」


 自分のお弁当を突く前に始まるおかずの交換。女子達三人の恒例イベントである。それを微笑ましそうに眺める守と、黙々と自分の弁当を平らげに掛かる斗真。なにか特筆することもない、いつもと同じ学校の一ページ。

 そのはずだった。

 斗真達は気付くべきだったのだ。この屋上に足を踏み入れた瞬間の違和感に。もしそれに気が付いていたならば、これから起こる悲劇に関わることすらなかったはず。この誰もいない、斗真達以外の声が全く無い、異常なまでに静かな屋上に新たな異変が起きた。


「うっ……」


 誰が漏らした声かはわからなかった。ただ、その声と共に全員の手から箸が零れ落ち、崩れ落ちそうな体を地面に手をついて支える。突如全員に襲った悪寒があまりに酷く、まともに座っている事すら困難な状況に陥ったのだ。

 訳の分からない状況な上に、体が怠く、声を出すことも億劫な今、出来るのはお互いに視線で無事を確認することだけだった。


「斗真……」

「ああ、何かヤバい気がする」


 その中でも、我慢強い男子二人は視線だけを動かしてお互いに危険を悟り、頷き合う。そして、二人が動き出そうとした直後、か細い声が鮮明に二人の耳に届いた。


「これ、ダメ……」

「さくら!!」


 さくらが地面に倒れる瞬間に手を伸ばした守は、何とかさくらの体が地面に打ち付けられるのを防ぐことに成功した。そして腕の中に引き寄せれば、そこには苦痛な表情を浮かべており、声を出すことも動くことも困難であろうことが分かる。守は一旦視線を外して斗真の方を見ると、彩音と紅葉の二人を支えて立ち上がろうとしている所だった。

 斗真は必死にこの場から離れようと、立ち上がった直後に屋上の出入り口へと動き始め、守もそれに合わせてさくらを抱きかかえて斗真を追う。二人は気怠い体に鞭打って共に屋上の出入り口まで足を進めていく。


「くっそ、一体何だってんだ!!」

「今は考えるよりも先に体を動かそう。三人共、限界が近そうだ」


 守が抱きかかえたさくらは当然のことながら、彩音や紅葉もさくらよりマシとは言えど、同じように辛そうな表情を浮かべながら、斗真に支えられて歩いていた。そして、口には出さないが、斗真と守も同じく今にでも体を地面に放り投げたいと思うくらいに体が重いのだ。それを男の意地だけで跳ね飛ばし、一歩ずつ足を進める。

 あともう少しで屋上の入り口に手が届く。そう思った瞬間に、またこの屋上で異変が起きた。


「おい、おい……勘弁してくれよ」

「斗真!!」

「わかってるっての!!」


 斗真は表情が引き攣るのを自覚しながら、全力で彩音達を抱えると、守が急いで扉のドアノブに手をかける。

 だが、扉が開かれることはなかった。

 屋上の地面が真っ白に輝いたかと思うと、光が溢れかえるように周囲を照らし、その光は斗真達を容赦なく包み込んだ。




そして、その眩い光が収まった時には、屋上に誰一人として人が存在しなかったと言う。



一話を最後まで読んで頂きありがとうございました。


これからも頑張りますので、今後ともよろしくお願いします。



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