CASE2-2 顧問探偵
結論から言えば、聞き込みの成果は皆無だった。
探偵のコスプレをした少女が道行く人々に片っ端から「このハンカチについてなにか知りませんか?」などと聞いて回ったところで相手にすらされない。それに時間的な問題もある。通勤通学で急いでいる人間を呼び止めることは警察でもなければ至難の技だ。
とはいえ偵秀の顔を知っている人や、シャーロットの美少女っぷりに目を惹かれた人は少しだけだが話を聞いてくれた。収穫はなかったが、そこは大方予想通りである。
聞き込みを切り上げて学校に着くと、時間はホームルームの十分前。下手すると遅刻もあり得ると思っていただけに、いつも通りで安心する偵秀だった。
無論、シャーロットは武装解除させている。ちなみに須藤は登校していなかった。こちらも予想通り停学になったようだ。
「二人一緒に登校? おやおやぁ、これはなんだかムフフな事件のニオイがするにゃー?」
教室に入ると、鬱陶しいことにペンとメモ帳とボイスレコーダーで完全武装した鳩山美玲が鼻息を荒げてにじり寄ってきた。こいつも武装解除させたいところである。
「ホワット! 事件! どこですかミレイさんわたしに任せてください!」
「勘ぐるな。お前が期待してるようなことはなんもねえよ」
あることないことを根掘り葉掘り尋問されるのも面倒なので、偵秀はざっくりと説明することにした。
シャーロットに課せられた課題。それを偵秀が手伝うことになった件。そして朝の聞き込み活動。その成果まで。
粗方を聞き終えた美玲は、オーバーリアクションでつまらなそうに肩を落とした。
「はぁ。なるほなるほ、つまりシャロちゃんの知り合い捜しをしてたってわけか。ん~、面白そうなネタではあるけど学校新聞じゃ使えないね」
「だから言っただろ。ていうか、お前まで『シャロちゃん』呼びか……」
美玲はネタに飢えた獣だが、面白ければなんでもいいわけではない。報道できるネタに限られる。今はまだ学校新聞だけだからまだいいが、将来彼女が夢を叶えてマスコミに就職した後が怖い。
ホームルーム開始まで残り数分。そろそろ授業の予習でも始めるのが優等生だが、偵秀の席に集合してお喋りする女子二人にそんな優秀さは望めなかった。
「そういえば一時間目は数学だけど、偵秀とシャロちゃんは昨日出された宿題やってきた?」
「え? 宿題……?」
「当然。やらなかったらあの鬼ゴリラは三倍で追加しやがるからな」
「三倍!?」
「ふむ、そこまでわかってるとは流石だね名探偵。てことで――う つ さ せ て♪」
「やなこった。潔く罰を受けるんだな。最悪補修室でみっちり扱かれるから覚悟しとけよ」
「みっちり!?」
悲鳴が聞こえたので振り向くと、そこではシャーロットが顔を真っ青にしてアワワワと小刻みに震えていた。
「……あの、シャロちゃん? もしかして、宿題やってない?」
美玲が恐る恐る訊ねると――バッ! 金髪が乱れるほどの勢いでシャーロットはそっぽを向いた。
「わ、わたしは留学したばかりですし宿題なんて聞いてま――」
「出されたのは昨日だからしっかり聞いてるはずだよな」
「テーシュウ! ヘルプミーです!」
ぶわっと涙目になったシャーロットが偵秀に縋りついてきた。
「日本語と英語はできますが数学はダメなんです! 特にこの証明問題が大の苦手で!」
「おい名探偵志望」
「三倍は嫌ですぅ! みっちりも嫌ですぅ! わたしはそんなことしてる暇なんてないんですよぅ!」
確かに一週間で課題をクリアしないといけない以上、放課後はあまり他のことに時間を割いてなどいられないだろう。
だが、それはそれ。これはこれ。
学生である以上、学業を疎かにしてはいけない――と真面目ぶるつもりはないが、少なくとも宿題に関しては自業自得だ。
「偵秀、お願ぁい♪」
「お願いします、テーシュウ」
だというのに、この二人は示し合わせたかのように潤んだ瞳を上目遣いにして偵秀を見詰めてくる。姑息な猫と無垢な仔犬を同時に相手している気分だった。
「あーもうわかったよ! だが丸写しはさせねえぞ。可能な限り自分で――」
Bruuuuu! Bruuuuu! Bruuuuu!
言いかけた時、偵秀の胸ポケットに入っていたスマートフォンが音を立てて振動した。マナーモードにしているが、それが電話の着信だということはすぐに悟った。
「テーシュウ、電話が鳴っていますよ?」
「わかってる」
偵秀は一つ深呼吸して落ち着きを取り戻し、スマートフォンの画面に表示されている名前を見てから通話ボタンをタップした。
「もしもし、芳姉? は? またですか? ……そのくらい自分で解決してくださいよ。俺これから授業なんですよ? え? 無理? いや、あなたの職業をよく思い出してください。……あーはいはい、了解しました。門田木駅の東口前の交差点ですね。すぐに向かいます」
電話相手が告げた要件に渋々了承し、偵秀は通話を切った。それから席を立つと、少し申し訳なく思いながらシャーロットと美玲を見る。
「悪い。用事が入った。宿題は委員長にでも泣きついて教えてもらえ」
「ふぇ? 用事ですか?」
「まあ、しょうがないね。行ってらー」
なにも知らないシャーロットは小首を傾げ、事情を知っている美玲は諦めたように手を振った。
偵秀は足早にその場を立ち去る。教室から出たところで担任の教師と擦れ違った。
「ん? 杜家またか?」
「はい、すみませんが午前中は欠席するかと思います」
「大変だな、高校生探偵も。無茶のない範囲で頑張れよ」
特に呼び止められることなく見送られ、偵秀は学校の昇降口へと急いだ。
教室に残されたシャーロットは偵秀の去って行った扉を眺めていた。頭に疑問符をいくつも浮かべつつ、事情を知っているらしい美玲に質問する。
「あの、ミレイさん、テーシュウはどこに行ったのでしょう?」
訊かれた美玲は答えていいのか少し逡巡した様子で唸った。
「う~ん……今の電話はたぶん警察の人かな。偵秀は門田木警察署の顧問探偵なんてもんをやってんのさ」
「顧問探偵! ご先祖様と同じです!」
「あーいや、シャーロック・ホームズとは違うんじゃないかな? あっちは私立探偵のことだったと思うけど、偵秀の場合は文字通り『警察に優先的に助言する人』だから」
それでもそのような肩書がついているのはすごいことだとシャーロットは思う。改めて偵秀に尊敬の念が湧き上がってきた。
「偵秀が呼ばれたってことはめんどくさーい事件が発生したんじゃないかにゃー? にゃふふ、これは美玲さん的にネタの香りがします!」
「事件ですか! こうしちゃいられません! 門田木駅の東口前って言ってましたね!」
「あ、ちょっとシャロちゃん!?」
美玲が止める間もなく、シャーロットは自分の席から帽子とガウンを引っ手繰って勢いよく駆け出した。ホームルームを始めようとしていた担任教師に「事件なので行ってきます!」「お、おう……」と許可を貰い、心置きなく杜家偵秀を追いかける。
「やば、一応偵秀に連絡しとこ」
最後に呟かれた美玲の言葉は、既に教室を出たシャーロットの耳には入らなかった。