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CASE2-1 探偵七つ道具

 成り行きとはいえ、柄にもなく喧嘩なんてしてしまったせいか翌日の朝はやたらと体が重たかった。

 全身を支配している倦怠感と戦いながらベッドから這い出る。それから学校の制服に着替え、二階の自室から一階の洗面所に移動して顔を洗った。


「痛っ」


 チクリと走った痛みに偵秀は顔を顰めた。昨夜までは大して気にならなかったのに、一晩経つと打ち身したあちこちがやたらと疼く。目の前の鏡には絆創膏を張った自分の顔が映っており、痛みと合わせて昨日の出来事が現実だったと改めて認識させられた。


「……合気道でも習った方がいいか?」


 今さら感は凄まじいが、最低限の護身術は身に着けておいて損はない。今まで考えはしても実行まで移す気にはなれなかったことだ。須藤はいい教訓になってくれた。

 次第に覚醒していく頭に周辺地図を広げる。近くにジムや道場はあっただろうかと検索しながら偵秀はリビングへと向かった。


 偵秀の家はどこにでもありそうな一戸建ての住宅である。変わった場所があるとすれば、ミステリーマニアの考古学教授である父親が作った地下室の書斎だろう。研究で世界中を巡ることをいいことに古今東西の様々なミステリー本が収納されている。そんな環境で育てばミステリーが嫌いになるか、ドハマりするかの二択だが、偵秀の場合は後者だった。

 ちなみに父親は普段から大学の研究室に引き籠っているため滅多に家に帰らない。自分が読み終わった本だけ置いていく。母親はたまにパートで出かけることもあるが、基本的には専業主婦だ。いつも朝早く起きて偵秀の朝食と弁当を用意してくれているから頭が上がらない。


「おはよう、母さん。今日の朝食は?」

「おはよう、シュウちゃん。リクエスト通り、ご飯とお味噌汁と焼き鮭よ」


 台所から返事。見ると、リビングのテーブルには言われた通りの品が並んでいた。


「ん? 俺、リクエストなんてしたっけ?」


 思い出せない。昨日の夜は疲れていたから無意識になんか言ったのかもしれない。

 席に着き、手を合わせて、いただきます。

 目の前で湯気立つほくほくの白米を口に運びながら、先程の続きを思考する。


「あー、そうだ。シャーロットにバリツを習うのも手か?」

「え? いいですよ」


 本人の許可も出た。だが冷静に考えてみると、須藤を軽々と投げ飛ばすような頭ポンコツに稽古をつけてもらうとか命がいくつあっても足りない気がする。やはり無難に合気道の初心者コースから始めてみよう。


「母さん、この辺に合気道系の道場ってなんかあったっけ?」

「あれ!? わたしにバリツ教わるんじゃないんですか!?」

「そうねえ、親戚の水戸部さんとこが道場やってなかったかしら?」

「あれは古武術だったと思う」

「テーシュウ!? バリツのなにが気に入らないんですか!?」


 ほっぺに米粒をつけたシャーロットがうがーと吼えた。たどたどしく握られた箸で失礼にも偵秀を指している。

 そろそろいいだろう。


「んで? 俺んちでなにやってるんだ、お前?」

「朝ごはんをいただいています!」


 見たらわかる。


「テーシュウのママさん! ミソスープおかわりください!」

「あらあら? シャロちゃんは朝からよく食べるわね。おばさんも作った甲斐があったわ」

「シャロちゃん……」


 なんか物凄い打ち解けている。

 状況を推理すると、偵秀がまだ寝ている間にシャーロットが押しかけてきて、母親が勝手に家に上げてしまった。シャーロットの住んでいるホテルは偵秀宅前の通りを二百メートルほど進んだ先にあるため、昨日の帰りに家は知られている。さらに偵秀が友人を連れてくることはほぼないことから、「お友達です!」とか言って訪ねてきた彼女を前に喜び勇む母親の姿が目に浮かぶ。朝食を勧めたのも母親だろう。それにリクエストしたのがシャーロット。そして現在に至る。

 なぜ朝からこんなに頭を使わなければならないのか。


「ライスとミソスープの組み合わせを考えた人は天才だと思います! 焼いたサーモンも脂が乗って皮がパリパリしてて最高です! これでデザートにヨウカンがあれば文句なしですね!」

「羊羹ならあるわよー。食べる?」

「いただきます!」

「少しは遠慮しろよ!? あと母さんも羊羹出さなくていいから!?」


 偵秀のツッコミも虚しく、出された羊羹はシャーロットが幸せそうに租借してその胃袋へと収まった。


「はうぅ……ヨウカンのおいしさは難事件級です」


 ずずず、と緑茶を啜るシャーロット。本当にこの金髪美少女は外国人なのか怪しくなってきた偵秀である。


「で、本当になにをしに来たんだ?」

「お約束したじゃないですか。わたしの課題をテーシュウが手伝ってくれるって」

「次の日の朝っぱらから約束した覚えはない。学校だってあるんだぞ」

「まだ時間はあります。学校が始まる前に、このハンカチについて知っている人がいないか聞き込みをしましょう」


 聞き込みは捜査の基本だ。だが異論はある。あまりにも手がかりが少ない現状で手当たり次第に聞き込みをしても徒労に終わってしまうだろう。

 シャーロットの父親がシャーロット並みのポンコツでなければ、例のハンカチだけで答えに辿り着けるようになっているはずである。だからまずはハンカチについて時間をかけて調べるべきだ。


「ではさっそく出発しましょう! テーシュウも準備してください!」


 ただ、今朝はもう聞き込みをするしかなさそうだった。


「いや待て、なんだその格好は?」


 ちょっと目を離した隙にシャーロットが妙ちくりんな姿になっていたからだ。

 一昔前のデザインと思われるチェック柄の茶色い帽子を頭に乗せ、同じデザインの外套を制服の上から羽織っている。右手には虫眼鏡、左手にはボロボロになったメモ帳、口には古びたパイプを咥えていた。流石にパイプの中身は空だろう。

 誰もが思い浮かべる『探偵』のイメージを寄せ集めたような格好だった。


「ふふん、お教えしましょう。これらはご先祖様から受け継いだホームズ家伝統の探偵七つ道具です!」

「探偵七つ道具?」


 自信満々に平たい胸を張るシャーロットを、偵秀は胡散臭い眼差しで上から下までざっと見回した。キラキラしている美少女が一気に時代遅れ感を醸し出していた。

 シャーロットはドヤ顔のまま頭の帽子を指差す。


「まずは探偵帽子! これを被ると頭がよくなったような気がします!」

「……気がするだけか?」

「続いて探偵パイプ! これを口に咥えると集中力が増すような気がします!」

「気がするんだな」

「さらに探偵ルーペ! これさえあればどんな証拠だって見逃さない気がします!」

「ですよね」


 自慢気に語るシャーロットだが、既に偵秀はどーでもよくなっていた。


「探偵ガウン! これを羽織ると温かいです」

「そうですか」

「これはご先祖様がびっしりと書き込んだ探偵手帳です! 達筆すぎて読めません!」

「新しいの買え」

「ご先祖様が大事にしていた懐中時計です! なんとご先祖様が亡くなった時刻で丁度止まってるらしいのです!」

「新しいの買え」

「あとスマートフォン! これがあれば録音もできるし写真も撮れるんです! インターネットだって見れちゃいます!」

「なんで最後だけ現代的なんだ!?」


 絶対最後のそれだけは受け継いでいない。シャーロック・ホームズが活躍していた時代にスマートフォンどころか携帯電話という文明の利器があって堪るか。なんならスマートフォン一つでだいたいの小道具がいらなくなったまである。


「これでわたしは完全武装です。昨日のようにはいきませんよ!」

「うん、昨日とは違うな。マイナス方向に」


 頼むからその格好のまま学校には行かないでくれ、と切に願う偵秀だった。


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