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CASE1-4 差出人不明の暗号

 一時間目の授業が終わり、推理対決の二回戦目が開幕する。


「二組の山内だけど、置き勉してた教科書に芸術的な落書きがされてたんだ」

「満開の薔薇ですね。暗号でしょうか? むむむ、これは難事件ですね!」

「是非犯人を見つけてくれ! 褒め称えたい!」

「咎めないのな」

「いくらなんでも他人の物に意味もなく落書きするとは思えません。――ハッ! これはきっとダイイングメッセージってやつです!」

「勝手に学校で殺人事件を起こすな!? 死にかけの人間がこんな絵を描けるか!?」

「ん~、この絵のタッチは美術部の相模(さがみ)さんかな」

「そこに小さくサインしてあるから決まりだろ。ん? これはもしかして作品タイトルか? 『I LOVE YOU』……手の込んだラブレターだな」

「相模さぁああああああん!!」


        挿絵(By みてみん)


 二時間目終了後の休み時間。


「本の貸し出し冊数を捏造して年間一位になって図書便りに載った図書委員長がいるんです」

「捏造! それは難事件ですね!」

「捏造の証拠を見つければいいのか?」

「いえ、捏造したことはとっくにバレてて、先生にも怒られてましたよ?」

「その節はいい記事を書かせていただきました」

「解決後の話を持ってくんな!?」


        挿絵(By みてみん)


 三時間目終了後。


「スーパーなハードワックス使っても天パがどうにもならないんです!」

「それは難事件ですね!」

「知るか!?」


        挿絵(By みてみん)


 そして、昼休み。

 教室にいると留学生を一目見ようとする野次馬どもが鬱陶しいので、偵秀は美玲と共に中庭のベンチに移動して昼食を取っていた。

 偵秀は親が作ってくれた弁当、美玲はコンビニで買ったらしいサンドイッチである。


「美玲、頼むから依頼は厳選してくれ」


 痛む頭を手で押さえながら偵秀は苦言を呈した。現在の偵秀の戦績は二勝〇敗二引き分け。図書委員長や天然パーマ野郎は推理なんて入り込む余地もない。引き分けよりノーカンにしてほしい。


「いやぁ、思い立った日が吉日。事前に依頼内容を確認する暇なんてあるわけないって」

「即断実行はお前の美徳だが最大の欠点でもあるな」

「偵秀ってば文句ばっかり。勝ってるんだからいいじゃん」

「勝ったって気がしないのが問題なんだ」


 他の二件も正直謎を解いたという気分になれないため、偵秀は勝っているはずなのにこれっぽっちも優越感を得られなかった。

 美玲はコンビニのサンドイッチの袋を開けつつ――


「そうは言うけどね。平々凡々なコーコーセー諸君が偵秀を満足させるような事件を抱え込んでるわけないと美玲さんは思うわけよ」


 まったくもってその通りである。普通の高校に探偵なんて必要ない。それは偵秀だって理解している。


「学校にあった七不思議的な謎も、偵秀が入学してからたった半月で丸裸になっちゃったしにゃー。ネタに飢えてるのはウチも一緒さ」

「別に俺は飢えてるわけじゃないが……まあいいや。今日一日俺が勝ち続ければ、あのポンコツ探偵も自分の実力を理解するだろ」

「おや? 厳しいことを言うね」

「高校生のお悩み相談くらいならいい。だが、あの調子で本気でやばい事件に首を突っ込んでみろ。命に関わるぞ」

「あー、それはウチもちょっと心配かなぁ。シャーロットちゃん小さいし。でもその件については偵秀だって他人のこと言えないんじゃないかにゃー?」


 たまごサンドをもぐもぐしながら指摘されたが、偵秀は弁えているつもりだ。本当に危ないことには関わらない。おかげで今までは無事に過ごすことができている。

 だが、シャーロットは自分の好奇心に全てを委ねて突っ走って行くタイプだ。誰かが見ていないと危なっかしいってものじゃない。


「テーシュウ! ミレイさん! そこにいたんですね!」


 と、噂の留学生が偵秀たちを見つけてとてとてと駆け寄ってきた。


「見てください! 購買のおばちゃんがパンをこんなにおまけしてくれたんです!」


 シャーロットは両手いっぱいに抱えた菓子パンを偵秀たちに差し出した。これを全部一人で食べるのかと思うと戦慄する。その小さい体には胃袋が複数詰まっているのだろうか?


「ヨウカンもいただきました! わたし日本のヨウカン大好きなんです!」


 味を思い出したのか幸せそうに涎を垂らすシャーロット。羊羹は売物ではないからたぶんおばちゃんの私物だったのだろう。


「てかお前、野次馬にもみくちゃにされてたんじゃなかったのか?」

「抜け出してきました。テーシュウとミレイさんも今からランチですよね? 一緒に食べましょう」

「いいけど、なんでまたウチらと?」


 美玲が訊くと、シャーロットはきょとんとした顔でパチクリと瞬きした。


「え? だってお友達じゃないですか。日本の学校はお友達とランチしないのですか?」


 瞬間――ガバッと。

 小首を傾げるその姿に、感極まった美玲が思わずといった様子で抱き着いた。


「ふぇ!?」

「ヤバ、どうしよう。この子ってば可愛いすぎ。オモチカエリしたい」

「ううぅ、ミレイさん……息が苦しいです」


 美玲のFカップに頭を埋没させたシャーロットはじたばたと虚しく抵抗していた。抱えていたパンがあらかた地面に落ちてしまっている。


「落ち着け。探偵の目の前で探偵を誘拐しようとすんな」


 実に眼福な光景を横目に、パンを拾いつつ溜息を零す偵秀だった。


「あ、そういえばテーシュウにお手紙を預かっていたんです」


 美玲の抱擁からなんとか解放されたシャーロットがスカートのポケットに手を入れた。取り出したのは四つ折りにされたルーズリーフのページだった。


「俺に? 誰から?」

「大きな男の人でした!」

「まあ、お前から見れば普通の高校男子は誰だって『大きな』だろうが……」


 一般的に大柄と捉えれば的はかなり絞られるだろう。


「なになに? 偵秀にラブレターかにゃー?」

「男の人から男の人にラブレターですか!?」

「もしそうだったら破り捨てて焼却炉で燃やしてやる」


 はわわわと顔を真っ赤にして気持ち悪い想像をしているらしいシャーロットは放置し、偵秀はルーズリーフの手紙を開いた。

 中にはボールペンでこう書かれていた。



【ほおううくでかじまごょつ】



「……」

「……」


 無言で文字列を見詰める偵秀と美玲。するとシャーロットがひょこっと覗き込んできた。


「えっと、これはなんと読むのでしょう? 日本語は勉強してきたつもりだったのですが……むむむ、難事件です」


 頭に疑問符を浮かべてシャーロットは唸っている。そんな彼女に偵秀は少し感心した。勉強して日本語をここまでマスターしているということは、普通の勉強はそれなりにできるのかもしれない。

 だが、これはいくら日本語を勉強しても答えを導くことはできないだろう。一見するとなんの意味もない文字列だが、わざわざ偵秀に渡すように仕向けたのだから無意味なわけがない。 


「やったね、偵秀の大好きな暗号だよ」

「暗号! だったらわたしの出番ですね! 暗号は大得意です!」

「シャーロットちゃんわかるの?」

「さっぱりわかりません!」


 わからないのに自信だけは満々だった。

 偵秀は弁当箱を片づけると、静かにベンチから立ち上がった。


「おや? どこ行くのかな、偵秀? 手紙忘れてるよ?」

「教室に戻る。あとそれはもう必要ない。差出人の見当もついた」


 差出人の意図まではわからないが、それは直接聞けばいいだろう。


「見たとこヒントもなさそうだったのに流石だね。で、答えは?」

「そこで唸ってる奴から聞け。これも勝負の延長だ」


 そう言うと、偵秀はシャーロットたちに背を向けて中庭から歩き去った。


「ぐぬぬ……難事件です。わかりません。難事件ですぅ」


 結局、シャーロット・ホームズは昼休み中ずっと暗号を凝視したまま頭を抱えていた。


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