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CASE1-3 佐藤くんを捜せ!

 留学生が彼の名探偵の子孫という噂は瞬く間に広がった。

 同じ速度で推理対決のことも広がり、鳩山美玲を主催者として次の休み時間から早速依頼人が殺到した。

 ルールは簡単。一つの事件に対して二人で挑み、どちらが多く勝ち星を得られるかで勝敗が決まる。

 廊下まで埋め尽くす人の数。ほとんどが野次馬だと思うが、美玲の交通整理に従って動いている依頼人が一人二人三人……どんだけ事件を抱えている人間が多いんだと驚愕しかけた偵秀だったが、所詮は高校生が抱える問題だ。どうせどれもこれも大したことはないのだろう。


「佐藤くんが行方不明になったんだ」


 大事件だった。


「行方不明? 誘拐ですか? 遭難ですか?」

「まずは状況を教えてくれ。その佐藤くんがいなくなったと気づいたのはいつだ?」


 最初の依頼人は二年四組の男子グループ三人だった。シャーロットが言うように誘拐や遭難だったのなら洒落にならない。どうせふざけた内容しかないだろうとやる気もテンションも消沈させていた偵秀だったが、これはちょっと真面目にやらないと大変なことになるかもしれない。


「ホームルームが始まる前かな。僕たち学校の中でかくれんぼをしてたんだけど」

「おい高校生」


 そんなことは全くなさそうだった。


「佐藤くんだけどうしても見つからなくて、ホームルームが始まっても戻って来なかったから心配で……」

「むむむ、それは難事件ですね」


 シャーロットは真剣に話を聞いて考え込んでいる。彼女はあのシャーロック・ホームズの子孫だ。恐らく、偵秀ではわからなかったなにかに気がついたのかもしれない。

 既に何歩も先をリードされているのだとすると……なんとも言えない『悔しさ』が偵秀の中から込み上がってきた。

 普段は無気力魔人と呼ばれようが気にしない偵秀だが、こと謎解きに関しては多少なりプライドというものがある。要するに――こんなちんちくりんになど負けたくない。


「話を聞く限り佐藤くんは学校には来てるんだろ? だったら体調が悪くなって保健室かトイレに行ってるんじゃないか?」


 聴取を続ける。シャーロットにもヒントを与えることになってしまうが、偵秀が先に気づけばいい。


「先生には確認したのか? もし早退していたら学校にはいないぞ」

「いや、してない。でも下駄箱には靴があったよ」


 意識を切り替える。可能性を列挙し、一つ一つ潰していく。


『不可能を消去して、最後に残ったものがいかに奇妙であっても、それが真実となる』


 シャーロックも時々使っていた消去法という考え方だ。


「ずっと隠れてるとかじゃないの?」


 美玲が口を挟む。


「それなら流石にホームルームには出るだろ。もしそうだとすれば、チャイムの聞こえないところに隠れたか、隠れた場所の鍵を閉められて出られなくなったか」


 後者は可能性が高いと思う。例えば体育倉庫に隠れたとすれば、部活の朝練を終えた生徒や先生が気づかずに閉めてしまったということもあり得るからだ。


「いいえ、違います。これは誘拐事件です!」


 だが、シャーロットの見解は全く異なっていた。


「ほう、白昼堂々高校に忍び込んで男子を攫っていく誘拐犯がいると?」

「そう思い込んだら犯人さんの思う壺ですよ、テーシュウ」


 なんだろう、彼女のこの自信と余裕は? 今の遣り取りの中で誘拐を確信するなにかがあった? 思い返すが、たったあれだけの会話の中にヒントは見つけられない。

 となると、会話ではなく彼らの行動か。

 偵秀も洞察力には自信がある。しかし、彼らが不自然な行動を取ったようには思えなかった。


「なぜ誘拐だと思ったんだ?」


 訊くのは癪だが、ここは後学のためにプライドを捨てよう。


「探偵の、勘です!」

「なるほど、勘……………………は?」


 ぐっとサムズアップするドヤ顔の金髪美少女がなにを言ったのか、偵秀は理解したのに意味がわからなかった。


「ですから、探偵の勘です」

「……」

「……」

「……」

「ごめん、もう一回」

「日本語おかしかったですか? 探偵の勘と言ったのです!」

「ワンモア」

「探偵の勘ですよ!」


 まさかの直感全力だった。

 いや、だが、勘というものはなかなか侮れない。偵秀も直感に従うことで解決した事件が稀にだがあった。それが世界最高クラスの探偵ともなると超能力の域に達していたって不思議はない。たぶん。


「ま、まあ、誘拐ね。可能性はゼロじゃないが……なあ、佐藤くんはどっかの政治家や社長の息子だったりするのか?」


 佐藤何某くんに危険を冒してまで攫う価値があるのであれば、誘拐の線も強くなってくるだろう。


「政治家? 社長? おいおい、杜家くん。僕らの佐藤くんを舐めてもらっちゃあ困るよ」

「なに?」


 実は物凄い大物だったのだろうか? そんな大物が同級生なら偵秀の耳にも入っているはずだが、もしかしてシャーロットは佐藤何某くんの素性を知っていたのかもしれ――



「佐藤くんはな、商店街の弁当屋の跡取り息子なんだよ!」



「よーし、誘拐の線は消えたと」


 そんな誘拐してもなんの意味もない男子高校生を学校に忍び込んでまで攫う奴なんていない。可能性は完全に消滅した。


「つまり犯人さんは佐藤さんの身柄と引き換えにお弁当を要求する気ですね! ということは学校の内部――今日、お弁当を忘れちゃった人が容疑者さんです!」

「なんでそうなるんだ!?」

「「「おおぉ!!」」」

「おおぉ、じゃねえよ!? どこに感心する要素があった!?」


 なぜこの男子グループは三人とも「それだ!」って顔をしているのだろうか。偵秀がおかしいということはないはずだ。

 もう流石に偵秀は確信した。明らかにシャーロットの勘と推理はポンコツだ。


「なんて卑劣な犯人だ」

「佐藤の奴、今朝も自分の手作り弁当自慢してたんだぜ。何日も試行錯誤を繰り返してやっと完成させた『特製鶏のたたき弁当』だって」

「早弁してるあいつを見て、犯行を思いついたんだろうな」

「それだよ! 原因思いっ切りそれだよ! 弁当に生食持ってくんな!? あと朝一から早弁もすんな!?」


 完全完璧に食あたりコースまっしぐらの証言が出てきてしまえばもう思考停止したって鮮明に想像できる。菌の潜伏期間を考えると試行錯誤中に食べた鶏肉にあたったのだろう。

 なんだか馬鹿らしくなってきた。


「で、最後に佐藤くんを見たのはどこだ?」

「一階の男子トイレの前だけど」

「じゃあそこにいるだろ」


 いなかったら保健室だ。間違いない。


「甘いですね、日本の名探偵さん。これはそんな単純な事件じゃありません。佐藤さんはそこにはいませんよ」

「行ってみりゃわかる」


 場所を一階の男子トイレに移動する。女子は入れないのでトイレの外で待たせ、偵秀は一つだけ閉まっていた個室の扉をノックした。


「そこにいるのは二年四組の佐藤くんか?」

「そうだけど、誰?」

「腹は大丈夫か?」

「え? なんで僕が鶏のたたきにあたったこと知ってるの?」


 ビンゴ。

 しかし、『解決した!』という爽快感が全くしない。こんなものは謎でもなんでもなかった。心が急速冷却されたままの偵秀は、元々そんなに期待はしていなかったので仕方ないと言い聞かせることにした。


「事件解決! 一回戦を先取したのは、我らが日本の名探偵――杜家偵秀だ!」


 美玲が口で試合終了のゴングを鳴らす。野次馬たちから歓声が上がった。


「ぐぬぬ、なかなかやりますね。次は負けませんよ!」


 悔しいのか、シャーロットは涙目で偵秀を指差すと、そのまま背中を向けて走り去ってしまった。途中、なにもないところで躓いて転んだ。さらに廊下を走るなと先生に怒られる始末。


「あいつ、本当にホームズの子孫か……?」


 本気を出していないのか。それともふざけているのか。はたまた一回戦は偵秀に花を持たせたのか。

 観察はずっとしていたが、シャーロット・ホームズは真面目に全力だったように見えた。


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