CASE4-6 二人の思い
どうにか意識を保って攻防の一部始終を見ていた偵秀は、改めてシャーロット・ホームズの怪物具合に脱帽せざるを得なかった。
「テーシュウ!?」
と、シャーロットが偵秀の胸に飛びついてきた。
「テーシュウ!? テーシュウテーシュウテーシュウ!?」
「痛ってえ!? やめろ離れろ傷が広がるだろ!?」
一応自分で応急的に傷の止血はしたものの、折れかけていた何本かの骨は今の衝撃がトドメになってしまったかもしれない。
「テーシュウテーシュウテーシュウゥウウウウウウウウッ!?」
「はいはい、偵秀ですよ」
「生ぎてまず!? よがっだでず!? ちゃんと生ぎてまずテーシュウ!?」
「生きてる生きてる」
偵秀は胸に頭を擦りつけるようにして泣きじゃくるシャーロットの頭を、そっと梳くように優しく撫でるのだった。
そうして一通り泣き喚いたシャーロットが満足するまで、たっぷり三分ほどかかってしまった。
「ぐすっ……とりあえず、犯人さんには手錠しておきますね」
立ち上がってそう言うと、シャーロットは意識のない葛本を引きずって自分がされていた状態と同じように拘束した。これで万が一に葛本が意識を取り戻しても暴れることも逃げ出すこともできない。
「ハッ! そうです救急車を呼ばないと!」
「先にそっちをしてもらいたかった」
「はひゃあッ!? 大変ですスマートフォンが壊されちゃってます!? あわわわわどうしましょう!? テーシュウが死んでしまいますぅ!?」
葛本に踏み砕かれたスマートフォンを見つけたシャーロットは両手両膝を床につけて絶望のポーズを取っていた。まるで自分自身が携帯電話にでもなったかのように小刻みに震えている。
そんないつも通りのポンコツ探偵に、偵秀は穏やかな気持ちで溜息をついた。
「いいよ、もう自分で連絡したし」
「いつの間に!?」
「お前が俺の胸で子供みたいに泣いてる時に」
「……あ、あれは忘れてください」
自分でも恥ずかしいことをしたと思っているのだろう。シャーロットはかぁああああっと顔をトマトみたいに真っ赤にして俯いた。
遠くから救急車とパトカーのサイレンが聞こえてきた。もう数分としない内に到着するだろう。
「なんで、なんでこんな無茶をしたんですかテーシュウ? わたしのことなんて放っておけばよかったんです」
俯いたまま、シャーロットは偵秀の隣にちょこんと座って訊ねた。それついては偵秀もずっと考えていた。『どうして自分はここまで頑張ってしまったのだろう』と。
その答えは、とっくに出ている。
「たぶん、お前が初めてだったんだ」
「初めて? なにがです?」
「俺の今までの人生で、身内が本格的に事件に巻き込まれのがだ」
どうでもいい赤の他人が人質になったところで、偵秀はこれほどの無茶をしたりはしなかっただろう。
「お前は夢の第一歩を踏み込んでいる。課題だってもうすぐクリアできそうなんだ。放置なんてできるわけないだろ」
知り合いが、それも自分が密かに応援していた頑張り屋が、偵秀のせいで命を落とすかもしれない。
そう思うと、いても立ってもいられなかった。
「……本当のことを言いますと、わたし、すごく怖かったんです」
少し震えた声でシャーロットが呟いた。
「バリツは使えないし、犯人さんは気持ち悪いし、このままどうなっちゃうのか全然わからなかったんです」
自分で自分を抱き締める。葛本がナチュラルに気持ち悪いと言われたことは置いておき、それは当然の感情だろう。どんなに強くても、誘拐犯に攫われて恐怖を覚えないわけがない。でなければ自殺希望者か、ただのドMだ。
シャーロットが顔を上げる。
「でも、テーシュウが来てくれた時、なんだか安心したんです」
そこに浮かんでいた微笑みは、つい見惚れてしまうほど可憐だった。
「ボコボコにされてた時は、本当に死んじゃうかと思いましたけど」
「……それは忘れてくれ」
今度は偵秀が視線を逸らした。あれは自分でもなかなかの恥だと思っている。スタンガンをぶち込む隙を伺っていたとはいえ、少々一方的すぎた。
一方的と言えば、シャーロットと葛本の戦いもそうだったが……。
「あ、やべ。目が霞んできた」
くらりと意識が揺らぐ。止血はしたが、やはり血を流しすぎたようだ。殴られて蹴られたダメージも無視できない。
「ホワット!? ダメですテーシュウ!? 寝ちゃいけません!? 起きてください!? 眠ったら死んじゃいますよ!?」
「いや、雪山じゃないんだから」
ゆさゆさとシャーロットが乱暴に偵秀の肩を揺さぶってくる。それだけで体中がミシミシポキッと悲鳴を上げた。今なんか折れた気がする。
救急車とパトカーのサイレンが近い。
「が、頑張りましょう! すぐに救急車が来てくれますから。ほら、もうすぐそこに――あっ、来たようです! おーい! こっちでーす! こっちにテーシュウがいます! もう大丈夫ですよテーシュウ! ……テーシュウ?」
倉庫の入口でぴょんぴょん飛び跳ねていた小さな金髪を見たのを最後に、偵秀は意識を深い眠りの底へと移動させるのだった。




