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CASE1-2 その名はシャーロット・ホームズ

 須藤が小さく舌打ちして自分の席に帰っていく。すぐにクラス全員が席についたが、『留学生』という単語のせいで教室はより一層騒がしくなった。


「留学生!?」「男ですか? 女ですか?」「ウチの情報網によると女の子だよ」「転校生も滅多にないのに珍しいね」「やっべ俺英語とか超苦手」「そこはジェスチャーでなんとかなるっしょ」「日本に来るんだから日本語喋れるんじゃないの?」「静かにしろ、話が進まんだろ」


 注意され、しん、と静まり返る教室内。全員の視線が今はまだ閉ざされている教室前方の扉――その向こうに立っているであろう人物へと集中する。


「よし、もう入っていいぞ」


 担任の教師が促すと、ガラガラと乾いた音を立てて扉がスライドし――


 誰もが、息を呑んだ。

 

 煌めくような明るい金髪に健康的な白い肌。背丈は百五十センチメートルもないほど小柄だが、一歩一歩踏み出される歩みには妙な自信を感じさせる。ややぶかぶかの制服の袖から覗く小さな手はきゅっと握られ、端正な輪郭に収まるクリッとしたサファイアブルーの瞳が明確な意思の光を宿してクラス全体を見回した。

 百人に問えば百人が迷わず美少女と答えるだろう彼女が、形のいい桜色の唇を開いて言葉を紡ぐ。


「皆さんはじめまして! わたしはシャーロット・ホームズ、探偵です! この中に難事件を抱えている方はいませんか? どんな事件でもズバッと解決してみせます!」


 溌剌とした口調で、少女は高校生とは思えない内容の自己紹介を投下した。


「日本語うまっ!?」「うわ、ちっちゃくて超可愛い……」「綺麗な金髪!」「人形かと思った」「抱き締めたい!」「え? ホントに高校生?」「中学生じゃないの?」「飛び級?」「飛び級すげえ!?」「いえ、十六歳です」「マジでタメだった!?」「ちょっと待って! シャーロット……『ホームズ』?」


 テンションの上がり切ったクラスメイトたちは、ある程度騒いだ後でようやく自己紹介の内容にまで思考を及ばせた。


「はいはーい! 『ホームズ』って、あのシャーロック・ホームズの『ホームズ』だよね?」


 挙手をして質問したのは当然と言うべきか、鳩山美玲だった。


「あ、はい。シャーロック・ホームズはわたしのご先祖様です!」


 うぉおおおおおっ! とまさかの有名人にクラス中から感嘆の声が上がった。


「そういうことか……」


 偵秀は悟る。これで美玲が意味深だった理由がわかった。一応警察からも認められている『探偵』であり、将来はその道で食っていくことも吝かではないと考えている偵秀にとって、彼女の名前はとてもじゃないが無視できないビッグネームだ。


 シャーロック・ホームズ。

 アーサー・コナン・ドイルの推理小説に登場する主人公で、天才的な観察眼と推理力を持つ探偵だ。その人気は多数の人々が『シャーロキアン』と名乗って彼を研究しているほどである。間違いなく世界で最も有名な名探偵の一人だろう。


「え? ホームズって架空の人物じゃないの?」


 次は別の女子が手を挙げて質問した。


「えっと、ご先祖様が小説のモデルになったって聞いてます」


 シャーロック・ホームズは実在していた。小説は流石に脚色されているだろうが、それでもその事実を知らないシャーロキアンが知れば飛び上がるほど喜ぶだろう。


「すごーい! じゃあ、シャーロットちゃんは本当に探偵なんだね!」

「はい! なのでなにか事件がありましたら是非この名探偵に相談してください!」


 煽てた声はまたしても美玲だ。ふふん、と控え目な胸を張るシャーロットに、美玲は悪戯を思いついたような笑みを浮かべて大げさな口調で告げる。


「おやおやおやぁ、これは我らが偵秀にライバル出現か!」

「テーシュウ?」


 きょとんとシャーロットが小首を傾げる。


「知りたい? ならば紹介しましょう! 今まで解決してきた事件は数知れず! この街このクラスが誇る名探偵! 杜家偵秀様です!」

「やめろ美玲!?」


 その企み笑顔に嫌な予感しかしなかった偵秀は堪らず叫んだ。


「え? モリアーティ?」

「違う!? どんな空耳だ!?」


 瞬間、どっとクラス中が笑いに包まれた。


「ぎゃははははっ! いいじゃねえか『モリアーティ』で! てめえの名前言いにくいからもう改名したらどうだ?」

「やかましい!? 笑うな!?」


 腹を抱えて爆笑している須藤は一発殴ってやりたいが、喧嘩はからっきしの偵秀だと秒殺されるのでいつかまた言葉で辱めてやろうと固く誓うのだった


「むむむ、まさか留学先にも名探偵がいたとは……同じ教室に名探偵が二人。これは難事件ですね」


 しばらく顎に手をやって難しい顔をしていたシャーロットだったが、不意にキッと力強い眼をして偵秀を睥睨した。


「モリアーティさん!!」

「杜家偵秀だ!?」


 このままその名前で呼ばれ続けるわけにはいかない。ライヘンなんとか的な滝に飛び込むことになりそうだ。


「モリア……モリヤ・テーシュウ?」

「そう、杜家偵秀。テイシュウ・モリヤ。オーケー?」


 こくんと頷いたシャーロットは何度も偵秀の名前を小さく繰り返した。外国人には聞き取りづらい名前なのかもしれない。

 それからビシッと偵秀に人差し指を突きつけ、宣戦布告する。


「では改めましてテーシュウ! 同じクラスに二人も名探偵は不要です! わたしと勝負してください!」

「断る」

「その話この美玲さんも乗った!」

「断った!? 今断ったぞ俺!?」


 嫌な予感とは的中するもの。


「いいよいいよ。日本とイギリスが誇る高校生名探偵同士の推理対決! にゃふふ、こいつぁ大スクープだにゃー♪」


 どうやら、偵秀に拒否権は最初から存在しないようだった。


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