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CASE4-5 バリツ

 葛本尚志は苛立っていた。

 多少の抵抗はされなければ面白くないが、まさかスタンガンを使われてしかも人質まで解放されるとは思っていなかった。

 自分の意識を数秒でも飛ばされていたことが実に腹立たしい。

 しかも杜家偵秀は今、なんと言った?


「ぶっ飛ばす? そのお嬢ちゃんがか? 撃たれて思考回路が馬鹿になったか名探偵!」


 こんな子供に元プロボクサーの葛本をどうにかできるわけがない。杜家偵秀は既に死にかけのようだし、ここは予定通りシャーロットとかいうロリを目の前で脱がして犯すことにしよう。

 その様子を脳内で少しシミュレーションして顔がニヤケてしまった葛本に、シャーロットは涙で溢れていた目元を拭って告げる。


「あなただけは、許しません!」


 強い意志の光が青い瞳に宿った瞬間、シャーロットの姿が()()()


「は?」


 気づいた時には懐まで入られ、小さな拳を振るわれる寸前だった。

 速い。


「こいつ!?」


 本能的な危機感を覚えて葛本は咄嗟に腕でガードした。子供体型から繰り出されたジャブとは思えない重い一撃に堪らず数歩分も押し出される。

 ガードした腕がヒリヒリと痺れている。とても信じられない現象に葛本は両目を大きく見開いた。

 まともにくらったら、ただでは済まない。

 元プロボクサーとしての経験がそう告げた。


「なるほど、このお嬢ちゃんはなにか格闘技をやってたのか。空手か? 拳法か? それともボクシングか?」


 バックステップで距離を取り、ガードを解いて前を見ると――既にそこには飛び上がった少女の回し蹴りが葛本の顔面に向かって放たれていた。

 速すぎる。


「バリツです!」


 聞いたことのない武術だった。


「チィイイイッ!」


 葛本は反射的に身を屈めて回し蹴りを回避すると、弾詰まりの直った拳銃の引き金を二回引いた。

 乾いた銃声が二発。

 だが、どちらもシャーロットには掠りもしなかった。

 ()()()()()


「はぁ!? 銃弾を避けるのか!? この距離で!?」


 葛本が拳銃に慣れていないとはいえ、超至近距離――近接格闘(CQC)の間合いだ。狙いは外しようがないし、避けようもないはずである。


 いよいよ葛本は理解してきた。

 目の前の少女は、怪物だ。

 それも葛本が想像できる人間の限界を遥かに超えた、バケモノだ。


「無駄です。ホームズ家の人間は銃撃戦だろうと素手で介入できるように訓練されています! 拳銃なんて効きません!」

「どこの軍隊だ!?」


 いや、軍隊でもそんな人間離れした戦闘力にはならない。


「痛っ」


 足が垂直になるほどの蹴り上げで拳銃を弾かれた。さっきからスカートの中身の白い布がチラチラ見えているが、そこにいちいち鼻の下を伸ばしていられるほどの余裕はなくなっていた。

 本気を出さなければ、死ぬ。

 最初に睡眠薬を嗅がせて捕まえていなければ、恐らくあの瞬間に葛本の計画は崩壊していただろう。


「舐めんなよ、クソガキ」


 拳銃を失った葛本は本来の戦闘スタイル――ボクシングの構えを取る。するとシャーロットも同じように小さな胸の前で両手の拳を握った。

 ボクシングもできる。バリツとはそういうものかもしれない。


「本物を教えてやる!」


 葛本は鍛え抜かれた足捌きでシャーロットとの間合いを詰め、銃弾よりも信頼できる右ストレートを叩き込む。

 だがシャーロットは片手で受け流すと、身長差でやや屈んでいた葛本の顎に拳を振り上げた。

 脳が揺れた。

 しかし、倒れない。気合いで意識を繋ぎ止める。


「おらぁおらおらおらぁあああああああああああああああああっ!!」


 目を血走らせ、ラッシュを繰り出す。一発一発が重く、ちょっとした金属の板くらいならたこ焼き器のようにボコボコにする威力だ。

 しかしシャーロットはそれも全て受け流し、葛本の背後に回り込んで腰に抱き着いた。

 そして――


「はぁあっ!!」


 後方に反り返るようにして葛本を投げ飛ばした。ジャーマンスープレックスに似ているが、ホールドを放したため葛本は後ろに思いっ切り飛んでいく。

 いくつかの得点表が片づけられていた場所に突っ込んだ。さらに後ろの棚が倒れて生き埋めになる。


「くそがぁあああああああああああああああああッッッ!?」


 即座に棚を両手で頭上へと持ち上げ、咆哮する。


「なんなんだ! なんなんだてめえは! あり得んだろ! 俺は元プロボクサーだぞ!」


 ぐぐっと腕に力を込める。筋肉が盛り上がる。


 銃弾が効かなかったことはこの際どうでもいい。だが、格闘戦で掠りもできないことは元プロボクサーとしてのプライドをズタズタに引き裂かれた。

 勝つためならなんだってする。

 例えばこの棚を、思いっ切り投げつけるとか。

 あんな小さい少女にまともに直撃すれば即死だろう。

 普通なら。


「わたしは、シャーロット・ホームズです!」


 シャーロットは投擲された自分の身長の二倍以上もある棚を受け止め、あろうことか、投げ返してきたのだ。


「ハハッ、悪夢だ……」


 棚を投げた反動で動けなかった葛本は避けることもできず、かといって倍速で返された棚という弾丸を受け止めるなどという芸当もできなかった。

 結果、どうしようもなく直撃する。

 巨大な質量の激突は、今度こそ葛本の意識を綺麗に刈り取った。


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