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CASE3-9 感謝の言葉

 偵秀とシャーロットは偵秀の自宅の前で降してもらった。水戸部刑事は美玲も家まで送るとのことで、特に偵秀の母親に挨拶するようなこともなく去って行った。


「梅子さん、いい人でしたね」

「ババアのツンデレとか見たくなかったけどな」


 あのパワフルお婆ちゃんのバイタルなら徹夜で探してくれてもピンピンしてそうだ。これで名前と住所が明日中に判明すれば、シャーロットの課題はクリアしたも同然である。

 すると――


「テーシュウ、今回は課題を手伝っていただき、本当にありがとうございます」


 シャーロットが限定フィギュアを抱えたまま、恭しく頭を下げてきた。


「なんだよ、改まって。礼なら知り合いが見つかってからでもいいだろ?」

「いえ、その……見つからないかもしれないので」


 シャーロットはどこか無理やりな笑顔を作ってそう答えた。その陰りのある表情は言葉にしがたい不安を感じているようにも見える。

 これは珍しい。


「いつものポジティブさはどうした? 寝ぼけてるのか?」


 課題がクリアできそうで安心したのか、車の中では爆睡していたシャーロットである。そこで悪夢でも見てしまったのだろうか?


「もしかすると、もしかするとですよ? 明日がテーシュウやミレイさんと会える最後の日になるかもって思っちゃったんです」


 その可能性は……はっきり言って、ある。なにせ十年以上前の記録だ。土井さんのことだからデータとして残しているとは思えない。紛失や破損を免れていると楽観視はできないだろう。

 たとえ記録が正常に残っていたとしも、その人の名前や住所が変わっていたら明日中に調べることはほぼ不可能だ。

 だが、偵秀はその点については特に心配はしていない。


「安心しろ。見つかるさ」

「ど、どうしてそう思うんですか?」


 課題を出したシャーロットの父親が、知り合いについての下調べを行っていないはずがない。これは必ず答えと導き方が存在している課題だ。根拠はそれだけで充分である。

 それを告げてもよかったが、絶対というわけでもない。だから偵秀はシャーロットに倣ってこう言葉にすることにした。


「探偵の、勘だ」


 と。


「それは頼もしいですね」


 シャーロットは苦笑を返した。自分を真似されたとは微塵も思っていないようだが、偵秀の言葉に込められた自信は感じてくれたらしい。


「お前はポンコツだが、目標のためには一生懸命な奴だ。将来の夢なんてなくて今をなんとなく生きている俺とは違う。そういう奴は最後には結局なんとかしちまうもんだ」

「ポンコツは余計です」


 シャーロットはむっと膨れっ面になった。


「じゃあ、テーシュウはどうして探偵になったんです?」

「いつの間にか、だな。特に努力したわけでもなく、なろうと思っていたわけでもなく、本当にいつの間にか探偵をやっていたんだ」


 だいたいは年上の癖にやたらと泣きついてくる親戚のせいではある。水戸部芳子や他の連中が持ち込んでくる問題を解決している内に、気づいたら探偵と呼ばれていた。


「言っとくが、努力してる奴らを見下してるわけじゃないぞ? 寧ろ苦労人は報われてほしいと思っている」


 才能という言葉はあるが、経験のない天才より経験豊富な凡人の方が優秀だろう。努力は必ず実を結ぶ――とまでは言わないが、その経験は確実に一人の人間を形成する糧となるはずだ。


「ポジティブで、挑戦的で、負けず嫌い。それが俺の知ってるシャーロット・ホームズだ」


 偵秀は俯き加減のシャーロットの頭に手を乗せ、くしゃくしゃとやや乱暴に撫でる。


「もし明日中に知り合いが見つからなかったとしても、その時はもう一度お父さんを投げ飛ばしてでもチャンスを貰って戻って来いよ」


 バッ! とシャーロットは顔を上げた。その青い瞳に希望の光が宿るのを偵秀ははっきりと見た。


「そう……ですね。はい、そうします!」


 今度は苦笑でも作ったものでもない、心の底からの笑顔をシャーロットは満面に咲かせたのだった。


「テーシュウがいなければ課題をここまで進めることはできませんでした。だからやっぱり、今、ありがとうって言わせてください」

「おう、どういたしまして」


 そういうことであるなら、ここは素直に礼を受け取っておこうと偵秀は思った。

 と――ポツリ。


「あ、雨ですね」

「マジか」


 偵秀とシャーロットは同時に天を仰いだ。空には暗く分厚い雲がかかっており、今はまだ小雨だがすぐに本降りになると予想される。


「さっきまで晴れてたのにな。傘、いるか?」

「いえ、大丈夫です。ホテルはすぐそこですから」


 偵秀の自宅とシャーロットのホテルは直線距離で二百メートル。走れば数十秒の距離だ。


「まあ、そうか。じゃあな。すぐそこだけど気をつけて帰れよ」

「はい! テーシュウもお気をつけて!」

「いや俺は目の前だぞ」


 たたっと駆け出すシャーロットを見送って、偵秀は本降りになる前にさっさと家の中へと退散した。


        挿絵(By みてみん)


「テーシュウはいい人です」


 シャーロットは小雨に打たれながら歩道を小走りに駆ける。


「ミレイさんも刑事さんもステキな人です」


 ここ数日で知り合った人々のことを思い出して笑顔になる。偵秀の母親。学校のクラスメイト。パン屋のおばさん。ラジオ体操をしていたお年寄りたち。

 優しくて。

 温かくて。

 楽しい人たち。


「わたしは恵まれているのでしょうか?」


 絶対にまだ帰りたくない。どんな結果になろうとも最後まで決して諦めない。支えてくれる人たちのためにも、もちろん自分自身のためにも、必ず杜家偵秀すら超える名探偵になってみせる。


「日本に来て本当によかったです」


 心の底からそう思う。だから明日でチェックアウトしなければいけないホテルの前に立っても、今のシャーロットはなんの不安も感じなかった。



「そうかいそうかい。んじゃあ、今から日本に来たことを後悔させてやろうか」



 その下卑た口調の言葉をかけられるまでは。


「んむぐっ!?」


 唐突に後ろから男の手が伸びてきた。なにかの薬品を染み込ませたハンカチを口にあてられる。


「うーっ!? うーっ!? うーっ!?」


 振り解こうにも、薬品の臭いを嗅いでしまったせいで意識が朦朧とする。それに男も尋常じゃない力でシャーロットを押さえつけていた。

 視界が霞む。

 体に力が入らず、次第に瞼が重たくなっていく。


「恨むなら杜家偵秀と奴に関わった自分を恨むんだな、お嬢ちゃん」


 最後にそれだけ聞こえ、シャーロットの意識は闇の中へと沈んでいった。


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