CASE3-6 六つの謎
《ルールは至ってシンプル! 参加者はパンフレットに記された星マークの場所を回っていただき、そこで示された謎を解き明かしてくださぁい!》
中央ステージではバニーガール姿の女性がテンション高く大会の説明をしていた。
《全ての謎を解いた時、宝はもはやあなたの目の前! ただし、全員が手に入れられるわけではありません! 宝は全部で十個。つまり先着十名様までとなりまぁす! 急いで頑張って、でも怪我はしないようにみんなで楽しみましょう! イェーイ!》
司会のバニーガールに合わせて会場からも『イェーイ』とノリのいい歓声が上がる。横でどこよりも威勢よく拳を天に突き上げる水戸部刑事とシャーロットとは他人のフリをするべきか真剣に悩む偵秀だった。
《もちろん、これはコスプレ大会でぇす! 参加者以外の方は、宝探し中のコスプレイヤーを見てどのコスプレが素晴らしかったかを番号で投票してくださぁい!》
番号は中央ステージに着いた時に渡されたネームプレートに書かれてある。水戸部刑事が四十九番。シャーロットが五十番。偵秀が五十一番。美玲が五十二番と連番だった。偵秀たちの後からも何人か集まっていたので、最低でも六十人は参加者がいると思われる。
水戸部刑事曰く、今年の参加者は去年の二倍はいるそうだ。来年からは恐らく予選を取り入れることになるだろう。
この中で宝を手に入れられるのは十人。コスプレのグランプリは一人。偵秀は謎解きさえできればいいので、仮に自分が宝を手に入れても誰かに譲るつもりだ。
《それでは、レディ……》
ざわっ。
会場内が一気に静まり返る。
《ゴーッ!!》
合図と共に、参加者たちが怒涛の勢いで四方八方へと駆け出した。
「さあ、シュウくん! どこから行くでありますか!?」
バッ! と水戸部刑事が期待の眼差しで偵秀に振り向いた。
「いや、それぞれでクリアすればいいだろ?」
「自分が謎解きをクリアできるとでも!? シュウくんは鬼であります!?」
「開き直んな!? 刑事だろうが!?」
涙目で偵秀に縋りついてくる水戸部刑事。この人はどうやって警察官になれたのだろうか? 目下、最大の謎である。迷宮入りしそう。
「いいじゃん。どうせだし、みんなで協力すれば早くクリアできると美玲さんは思うなぁ」
「わたしも異論はありません。テーシュウと一緒じゃないと勝負できませんから」
多数決により四人で協力することが決まってしまった。偵秀も別に反対というわけではないのだが、協力という名の寄生にならないことを祈る。
「星には数字が書かれてある。普通に考えて、その数字順に回るのが正解だろう」
「んー、たぶんみんなそう考えるから、人の少ないところから回って謎だけ集めるってのはどう?」
美玲の言う通り、中央ステージのすぐ近くにあった一番の場所には人だかりができていた。その場で立ち止まって謎を考えている人のせいか、後ろの方が詰まって流れなくなっている。あれではとてもじゃないが確認できない。
どんな謎があるのかわからないが、このままなにもできずに時間が過ぎるのは勿体ない。
「そうだな。じゃあ手分けをして集めよう。集合場所はこの一番で」
「わかりました。わたしは二番に行ってきます」
「では自分は三番で」
「ウチは四番かな」
となると偵秀が五番になるわけで……一番遠くだった。小展示場の奥である。
「シャーロット、迷子になるなよ?」
「なりませんよ!? テーシュウは失礼です!?」
ちょっとからかってみると犬歯を剥いて怒られた。
土地勘がないくせに学校から駅前まで迷わず辿り着けた彼女である。今回も持っているパンフレットの地図は逆さなのに、真っ直ぐ二番の場所へと走って行った。
恐らく、野性的な方向感覚でもあるのだろう。
幸い、全ての謎は該当場所に掲示されたプレートの中に文章で書かれていた。それらをメモして偵秀たちは一番の謎の場所まで戻ってくる。
謎は番号順に次のようになっていた。
【①始まりの日。暗きを照らす太陰の頭を示せ】
【②亜・真・盾・眩・濁。文字に隠れし映景の器を変じよ】
【③МVEMJ●UNP。時を刈る農耕の神冠を導け】
【④古代ローマに君臨せし二十六柱の悪魔。その序列二十番目の名を答えよ】
【⑤Bは許可。Rは停滞。猶予を与える一字を求めよ】
「よし、これで全部集まったね。さあ偵秀出番だよ! 解 い て♪」
「お前も少しは考えろ!」
さっそく寄生根性丸出しの美玲には予想通りすぎて溜息も出なかった。フリでもいいから自分で考えようとするシャーロットを見習ってほしい。
その名探偵、もとい迷探偵はというと――
「ううぅ、一番から難事件です」
頭を抱えて湯気が出そうな勢いで悩みまくっていた。
「この中二的な文章は大好きでありますが、自分で考えるとなるとなかなか難しいでありますね」
水戸部刑事は考察っぽいけど全く考察になっていない言葉を口にしながら、チラチラと偵秀に流し目を送っている。ここは賢明に気づかなかったことにしておこう。
とはいえ、パッと見ではすぐ答えは浮かばない。いや、解き方がわかるのもあるにはある。問題は、導き出した答えを具体的にどうすればいいのか。
この五つの謎を解いただけで宝は見つかるのか?
恐らく、違う。
現状で見えている部分だけでも意味不明な答えになってしまうことは明白だ。そうなると別にヒントもしくは六つ目の謎が隠されている可能性が高い。
改めて地図を見る。
「待て、パンフレットにはもう一つ星がある。もしかするとヒントかもしれん」
星の中身が数字ではなく空っぽだったので見落としていた。というより、場所が大展示場の中央ステージと被っているので、そこを意味する印だとばかり思っていた。
善は急げと戻ってみると、先程はなかった立て札がステージ上に出現していた。
【◎星を結び、現界した真理を雷霆の使徒に捧げよ】
正解だった。
「……」
偵秀は立て札の文章を凝視する。偵秀たちより早くここまで辿り着いた猛者も何人かいるようだった。
「全然ヒントじゃないですぅ!」
「寧ろ謎が増えたにゃー」
「れ、錬金術でもするのでありますか?」
六つ目の謎の出現でシャーロットたちは目を回していた。美玲だけは全く考える気がなさそうに頭の後ろで手を組んでいる。そうすると極薄メイド服の胸が強調されて男性たちの視線を独り占めだった。
偵秀はそちらには振り向かず、最後の謎だけを見詰め続ける。
考えて、考えて、考える。
そして――
「……なるほど」
脳内に閃くものが走った偵秀は、勝ち誇ったように口の端を吊り上げた。
そんな偵秀たちの様子を、物陰からじっと眺めている者がいた。
仮面を被ったキャラクターのコスプレをしているが、番号のプレートがないため大会の参加者ではない。顔は隠れ、衣装も派手すぎずゆったりとしたものだが、肩幅が広く背が高いため男性だと思われる。
他の参加者たちや即売会の商品には一瞥もくれず。
まるでただのオブジェクトのように微動だにせず。
周囲から刺さる奇異の視線を気にすることもなく。
強く拳を握り、男は楽しそうに謎解きをしている偵秀たち――いや、杜家偵秀だけを見詰め続ける。
やがて、僅かにその首が横に動いた。
仮面に開けられた穴から視線を向けた相手は、よくて中学生ほどの体型をした金髪の少女――シャーロット・ホームズ。
仮面の下の唇が、ニヤリと嫌らしい笑みを刻んだ。