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CASE3-3 課題の人捜し

 最も人の往来が多い門田木駅から商店街にかけて偵秀たちは聞き込みを開始した。

 休日なので時間を気にすることもない。よって手分けしてじっくり調査することになった。シャーロットは通行人に手当たり次第突撃し、美玲はそんなシャーロットが見える位置をキープしつつハンカチの写真を見せて聞き込みしていく。


 偵秀も最初は通行人に訊いて回っていたが、時間の経過と共に行動を次の段階にシフトした。ハンカチやそれに近い物を取り扱っている店の開店時間に合わせて、そこの店員に訊くのだ。

 偵秀自身もインターネットでハンカチの情報を集めてみたが、どうやらどこのメーカーの物でもなさそうだった。個人の手作りだったら正直お手上げだが、あの完成度を考えると恐らく違う。

 最も可能性が高いとすれば、オーダーメイドだ。

 門田木市内のどこでオーダーメイドができるのか。聞き込みついでにその情報も集め、ネットの検索も駆使して調べ回った。

 結果は、全て空振りだった。


「テーシュウの方も手がかりなしでしたか。難事件です……」


 がくりとシャーロットが肩を落とす。時刻は正午を過ぎ、偵秀たちは近場のファーストフード店に集合して成果報告を行っていた。


「んー、偵秀の予想通りだとして、オーダーメイドってネットでもできるよね? 門田木市にあるお店とは違うんじゃないかにゃー?」

「いや、それだと手がかりにならない。近隣都市までは範囲だと思うが、それ以上になると問い合わせが難しい」

「なんで? 電話かメールで聞けばいいじゃん」

「取り合ってくれると思うか?」

「思わないね」


 直接店に出向けば少なくとも話は聞いてくれる。あのハンカチをヒントとして与えたのだから、制作した店に行くことが条件なら近隣であるはずだ。


「やっぱりこのイニシャルから考えた方がいいのでしょうか?」


 ハンカチに刺繍された『A.M』というイニシャル。偵秀は真っ先に会社の名前かと考えたが該当するものは見つからなかった。


「人の名前と捉えるのが妥当だろうな」

「ファミリーネームが『M』の人ですね」

「案外偵秀んとこじゃないの? ほら『MORIYA』だし。教授のお父さんが世界中を回ってるんならシャロちゃんのパパと会ってるかもしれない」


 その可能性は考えもしなかった。確かに偵秀の父親ならシャーロットの父親とどこかで邂逅していても不思議はない。

 だが――


「父さんがこんなピンクで桜なハンカチを……全く想像できねえ。てか父さんも母さんも『A』じゃないしな」


 そんな都合のいい話があるはずないだろう。もしそうだったと仮定したとしても、偵秀も母親も外国人をホームステイさせる話しなんてなにも聞いていない。


「むぅ、残念です。パパの知り合いがテーシュウのご両親だったらよかったのですが」

「ほほう? シャロちゃんそれはどうしてかにゃー?」


 美玲がニヤァと下衆な笑みを浮かべ、マイク代わりにしたシャーペンをシャーロットへと差し出した。やはりこの幼馴染はパパラッチの気質が強いと思う偵秀である。


「だってテーシュウのママさんのご飯がとても美味しいですから! 毎日食べたって飽きません!」

「おうふ、既に餌づけ済みでしたか……」


 期待した答えじゃなかったのか、美玲は残念そうに肩を竦めた。


「ファミリーネームの話に戻るが……美玲、お前んとこはどうなんだ?」

「テーシュウ、ミレイさんのファミリーネームは『H』ですよ?」

「今はな。確か中学の時に親が再婚して『鳩山』に変わっただろ。その前は――」

「『室伏』だね」


 偵秀の言葉を引き継いで美玲が答えた。


「『MUROBUSHI』だから確かに『M』だよ。でも残念。うちにも『A』の人はいないんだなこれが」


 美玲は両手を肩の上で広げて首を振る。やはり『M』だけで調べても埒が明かない。偵秀のクラスだけでも五人はいるのだ。門田木市全域で考えると途方もなくなる。

 と――


「あれ? もしかしてシュウくんでありますか?」


 聞き覚えのある声が横からかけられた。

 振り向くと、黒髪セミロングのスレンダーな女性が立っていた。よく知っている顔である。


「芳姉?」

「昨日の刑事さんです!」

「芳子さん、お久しぶりです」


 デニムのジャケットにジーパンという私服姿の水戸部芳子だった。片手にハンバーガーのセットを乗せたトレイを、もう片手になにやら薄い冊子がビッシリと詰まった紙袋を提げている。刑事としてなにかを捜査している様子には見えない。


「珍しいでありますね。シュウくんが休日に誰かと出かけてるなんて」


 水戸部刑事は四人掛けだった偵秀たちのテーブルの空いている席――美玲の隣で偵秀の前――に座った。


「探偵の仕事……みたいなもんだよ。芳姉こそなにしてんだ? 仕事は?」

「今日はオフであります。元々休みを申請していましたし、昨日あんなことがあったので上司が気を使ってくれたのであります」

「それってシャロちゃんが人間離れした技を見せたっていうあの?」

「はっ! 恥ずかしながら自分が人質にされていたのであります」


 僅かに頬を朱に染めて水戸部刑事は苦笑いを浮かべた。あれは刑事としてみっともなさすぎる醜態である。それも考慮して休暇を許可したとは門田木警察のお偉いさんは実にホワイトだ。


「シュウくんたちはなにを?」

「こいつの課題の手伝いだ」


 偵秀は親指で隣のシャーロットを示す。


「課題? 学校のでありますか?」

「違います。このハンカチを知っている人を捜しています」


 シャーロットが件のハンカチを水戸部刑事に見せた。それから彼女の事情を掻い摘んで説明すると、水戸部刑事はコーヒーを一口啜って難しそうに腕を組んだ。


「なるほど、そういうことでありますか。大変そうであります。いつまでにその知り合いを見つけないといけないので?」

「えっと、わたしが日本に来てから一週間ですので……」


 問われ、指折り数えるシャーロット。


「明日までですね」

「はぁ!?」


 まさかの回答に偵秀は変な声が出てしまった。


「ちょっと待て、一昨日からじゃないのかよ?」

「日本に到着したのはもうちょっと前ですよ。いろいろな手続きをしなきゃいけませんので、早めに来日していたのです」

「シャロちゃん一人で?」

「いいえ。その時は実家の使用人さんが全部やってくれました」


 シャーロットの余裕から時間的猶予はまだあると思っていただけに、期限が明日までだと言われた時の騙された感が凄まじい。


「のんびり飯食ってる場合じゃないだろ。もし課題を達成できなかったらどうなるんだ?」

「イギリスに強制送還されちゃいますね」


 あっけらかんととんでもない事実を答え、シャーロットはストローでコーラを飲む。どうしてここまで落ち着いていられるのか? まさかと思い、偵秀は確認する。


「いいのかお前、夢が叶わなくなるぞ?」

「……」

「……」

「本当です!? あわわわわどうしましょうテーシュウ!? まだ全然手がかりが見つかっていませんッ!?」

「危機感が鈍すぎる!?」


 やはり彼女はなにもわかっていなかった。携帯のバイブのように小刻みに振動し始めるシャーロットに偵秀は頭痛が加速していくのを感じた。シャーロットがポンコツなのはわかり切っていたことだ。ならば最初に正確な期間を聞かなかった偵秀の落ち度もである。

 すると、件のハンカチを見詰めていた水戸部刑事が思い出したように声を上げた。


「んー、この桜模様どこかで……あっ! やっぱりこのハンカチ見たことあるであります!」

「本当ですか刑事さん!」


 ガタッ! と椅子を倒してシャーロットは立ち上がる。


「はっ! 色は違いますが、似たような模様のハンカチをお婆ちゃんが持っていたような気がするであります。ちょっと聞いてみるでありますね」


 水戸部刑事はスマートフォンを取り出して席を立つと、他の客に迷惑にならないように店の隅の方へと移動してどこかに電話をかけた。


「もしもし、綾子お婆ちゃん? 自分です。芳子であります。うん、実はちょっと聞きたいことが……」


 それから一分ほどして戻ってきた。表情を見るに、収穫はあったようだ。


「このハンカチを作っているお店がわかったであります」

「おっ! 流石警察!」

「いやぁ、そうでもあるでありますね」

「今のは警察全く関係ないけどな」


 パチパチと拍手で誉める美玲に恥ずかしそうに照れ笑いする水戸部刑事。偵秀のツッコミは聞こえなかったことにしたらしい。


「そのお店はどこですか!? 案内していただけると助かります!?」


 シャーロットが身を乗り出して水戸部刑事に懇願する。だが、水戸部刑事は困ったように眉を寄せて視線を逸らした。


「そうしたいのはやまやまでありますが……自分の用事が終わってからでも大丈夫でありますか?」

「用事ですか?」

「その……少々言いづらいのでありますが……」

「同人誌の即売会だろ」

「ふぁ!?」


 偵秀が看破すると、水戸部刑事はあからさまに驚いてギクリと肩を跳ねさせた。


「な、なんでわかったでありますか!?」

「それ見てわからないとでも?」


 偵秀が彼女の持っていた紙袋を指差す。中に入っている大量の薄い冊子はどう見ても同人誌だった。自分の趣味を公にされた水戸部刑事は今まで以上に顔を赤くする。とはいえ偵秀も美玲もとっくに知っていた。彼女が妙な口調なのも昔見たアニメの影響だそうだ。


「おおぅ、ドージンシ。初めて見ました。実在してたんですね!」


 なんか感動した様子で薄い冊子の入った紙袋を凝視するシャーロットに、水戸部刑事はとうとう観念したような乾いた笑いを漏らした。


「あ、あはは……仰る通り、この先のコミュニティホールで同人誌即売会をやっていて、午後からどうしても参加したいイベントがあるのであります。お店の場所はお教えしますので、シュウくんたちだけで行っても――」

「ドージンシソクバイカイ! わたしも行ってみたいです!」


 シャーロットが目を輝かせて食らいついた。


「おいこら、時間がねえってわかったばかりだろうが」

「問題ありません! まだ明日があります!」


 典型的なダメ人間の台詞だった。


「ドージンシソクバイカイ、一度行ってみたかったんですよ。だって日本のアニメや漫画は素晴らしいじゃないですか? それらを教科書にしてわたしは日本語を覚えました」


 聞きたくなかったその事実。だが妙に納得できてしまうところがあってなぜか悔しく思う偵秀である。


「あ、だったらシャーロットさんと美玲ちゃんも参加するでありますか? 飛び入り歓迎だそうですし、お二人は素材がいいので優勝もいけると思うでありますよ」

「え? ウチも? なにに?」


 白羽の矢が跳弾して刺さった美玲が冷や汗を掻きつつ自分を指差す。水戸部刑事は紙袋から一枚のチラシを取り出し、もう全員巻き込んでやると言わんばかりの勢いで突きつけた。


「コスプレ大会であります!」


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