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CASE3-2 杜家偵秀の朝

「……で、なんで今日もいるんだ?」


 杜家偵秀は、まるで我が家のようにリビングでご飯と味噌汁をいただいているシャーロット・ホームズを真っ白い視線で睨んだ。


「むむむ、このナットウっていうネバネバした食べ物……意外とライスに合いますね」


 ネバネバの納豆をなんの抵抗もなく白米と一緒に口に放り込む外国人少女。キュウリの漬物をカリッと齧り、味噌汁を飲み干しておかわりを要求する。


「シャロちゃん今日もいっぱい食べるわね」

「テーシュウのママさんのご飯とても美味しいですから! この卵焼きなんて分厚くてふわふわで芸術品です!」

「まあまあまあ、シュウちゃんにもそんなに褒められたことないのに♪」


 台所から母親のテレテレした声が聞こえる。確かに偵秀の母親は料理上手だ。そこは認める。ただ息子として手放しに誉めるという行為にはどうも抵抗があった。

 いやそんなことより――


「もう一度言うぞ? なんで今日もいるんだ?」


 ジト目を向けると、シャーロットはきょとんとして台所の方を見た。


「テーシュウのママさんが毎日ご飯食べに来ていいって言ってくださったので、お言葉に甘えました」

「なに言っちゃってんの母さん!?」


 偵秀の知らないところで余計なことを。


「だってシャロちゃん一人暮らしなんでしょう? シャロちゃんって素直で小っちゃくて娘みたいに可愛いし。なんなら晩ご飯も食べに来ていいのよ」

「本当ですか!」

「あ、もういっそここに住んじゃう? 部屋なら余ってるし」

「やめろ!? 余ってる部屋って父さんのだろ!? 帰ってきた時どうすんだ!? つーか同棲とか絶対いろいろ面倒なことになるから!?」


 特に美玲辺りに知られてしまうと光の速さで学校中にあることないこと吹聴されてしまう。ただでさえ探偵同士ということで注目を浴びているのに、さらに暴風の追い風を起こされては堪ったものではない。

 朝はもっと穏やかに過ごしたいのに、これからもしばらくこんな日々が続くと思うと今から頭が痛くなる偵秀だった。


「はわぁ、卵焼き、甘々ですぅ」


 偵秀の気も知らずにシャーロットは卵焼きを頬張っている。そんな幸せそうな笑顔を見せられるとますます母親が調子に乗りそうだ。

 頭を押さえつつ、偵秀は現実逃避をするためにテレビのチャンネルをテキトーに変えた。


《――門田木市内で発生した誘拐事件の犯人は未だ逃亡中で、県警が四百人体制で行方を追っています。小さなお子さんはなるべく一人で出歩かせないよう注意を――》


 丁度朝のニュースをやっていた。ニュースキャスターが捜査の状況説明と住民への注意を呼びかけ、画面脇には肩幅が広くて厳つい顔つきをした男性の顔写真と、『葛本尚志(くずもとひさし)容疑者(33)』という名前が表示されている。


「門田木市ってこの街ですよね。誘拐事件があったんですか?」


 聞き覚えのある地名にシャーロットも興味を持ったようだ。


「シュウちゃんが犯人を突き止めた事件ね」

「ふわぁ、すごいですテーシュウ!」

「逃げられたけどな」


 偵秀はニュースを聞き流しつつ味噌汁を啜る。この犯人が捕まらないせいで偵秀は須藤と喧嘩する羽目になったのだ。さっさと捕まってほしいものである。


「すごいって言えばシャロちゃんもすごいじゃない。麻薬と武器の密売人を逮捕したのでしょう? 新聞に載ってたわよ」


 台所からそう言われ、偵秀はテーブルに置いてあった新聞を広げてみる。


【麻薬・武器の密売人を逮捕! 拳銃を物ともしない武術で犯人逮捕に協力したお手柄少女現る!】


 一面にでかでかと――ではなかったものの、それなりの枠を設けられた記事として載っていた。引っ手繰り犯を推理で追い詰めた偵秀のことは……なんか隅の方でおまけ程度に記載されている。


「おお! 本当にわたしが新聞に載っています! むふん、わたしの名声がまた一つ上がっちゃいましたね!」


 自慢げにドヤ顔を作って慎ましい胸を張るシャーロット。一つもなにも今までゼロだっただろうに、どこまでも自信満々な彼女に偵秀は溜息をつく。


「気づいてないと思うから言うが、これは探偵じゃなくて武闘家としての名声だからな?」

「ホワット!? い、言われてみれば……。ぐぬぬ、わたしは名探偵として有名になりたいんですよぅ」


 シャーロットは新聞を読み直して歯噛みした。新聞を読めるほど日本語はできるのに、他が残念なのが非常に勿体なく思う。


「もう武闘家目指せよ。銃弾を掴んで投げ返すなんてアホみたいな芸当、普通の人間にはできないぞ? あれもバリツなのか?」

「イエス。〈銃弾返し〉はバリツの基本技ですよ。ホームズ家なら誰でもできます」

「ホームズ家は超人の巣窟かよ!?」

「でも慣れないとすごく痛いんですよ。特殊な防弾グローブなしだととてもじゃないですができませんね」


 あの時手に嵌めていたのがその防弾グローブらしい。それでも普通『すごく痛い』では済まない。


「そうだ。ならいっそ『なんでもかんでも物理で解決』ってキャッチフレーズにしてみたらどうだ?」

「テーシュウ、今は理科の話はしていません」

「……やっぱりお前に探偵は無理だと思うぞ?」

「どうしてですか!?」


 ガーン、と擬音が幻視できそうなほどわかりやすくショックを受けるシャーロットだった。


「むぅ、だったら今日中に課題をクリアしてみましょう。テーシュウ、聞き込みに行くので準備してください」


 なんとか気合いを入れ直し、箸を置いてシャーロットは立ち上がった。まだ朝食が済んでいない偵秀は納豆を掻き混ぜながら言う。


「聞き込みは無駄だと思うがな。ていうか、なんでお前制服なんだ?」

「え? なにを言ってるんですか? 聞き込みが終わったら学校ですよ?」


 不思議そうに小首を傾げるシャーロットに、偵秀は深く息を吐いてからその事実を突きつける。


「今日は土曜日。サタデー。学校は休みだ」

「……」

「……」

「……シッテマシタヨ」

「嘘つけ!?」


 ぷいっとそっぽを向いたシャーロットの青い眼は、まるでクロールでもしているかのように泳ぎまくっていた。


        挿絵(By みてみん)


 準備をして家から出ると、見知った顔が一眼レフのカメラを構えて待ち伏せていた。


「にゃふふ。待ってたよん、お二人さん♪」


 パシャパシャと連続でシャッターを切る胸の大きな少女は、言うまでもなく鳩山美玲である。VネックのTシャツに春物のカーディガンを羽織り、プリーツスカートの下にはスパッツを穿いている。オシャレと動き易さを両立させたスタイルだった。

 偵秀は激しく嫌な顔をし、シャーロットは驚いて目を見開く。


「ミレイさん、どうしてここに?」

「昨日お前の知り合い捜しについて話したからな。このパパラッチは今日もやるんじゃないかと期待して張り込んでたってわけだろ」

「パパラッチとは酷い言い草だね。でもご明察さ、名探偵。いやぁ、学校新聞には関係なさすぎて載せられないけど、個人的には超面白そうだったから取材さーせーてー♪」


 美玲は楽しそうにそう言うと、シャーロットに抱き着いてその瑞々しいほっぺに頬ずりなんて始めた。

 眉をハの字にした困った顔でシャーロットは偵秀を見る。


「どうしましょう、テーシュウ?」

「これはお前の課題だからな。お前が決めろ。まあ、聞き込みするんなら人手は多い方がいい」

「え? ウチも手伝うの?」

「本当に取材するだけのつもりだったのか……」


 なんとも図々しい幼馴染である。昔からこうなので今さら偵秀が苛立つことはないが、なんとなくだが面倒臭くなりそうな予感がしてきた。


「えっと、ミレイさん、よろしくお願いします」

「おう、この美玲さんに任せんさい!」


 頭を下げるシャーロットに、美玲はその無駄に膨らんだ豊満な胸を張るのだった。


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