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CASE2-3 門田木警察

 門田木駅は明瑛高校から歩いて三十分ほどの距離にある。自宅から徒歩で通学している偵秀だが、そんな距離をマラソンできるほどの体力はない。

 死にもの狂いで走っている遅刻者と行き違いつつ、都合よくやってきたバスに乗って駅に向かう。

 携帯の着信に気づいたのは降車口近くの席に座ってからだ。


「ん? 美玲からメール?」


 嫌な予感がした。

 時間的にホームルームの真っ最中であるはずだが……いやだからこそ電話ではなくメールなのだろうが、件名の『緊急事態! やばす!』という文字のせいで非常に中身を見たくない。

 だが、そうも言ってはいられないだろう。覚悟を決め、偵秀はメールを開いた。


【シャロちゃんが追いかけてったなう。保護求む】


 バスは既に出発していたが、偵秀は読むや否や立ち上がって後ろを振り返った。校門から飛び出た金髪が物凄いスピードでどこかに走って行くのが見えた。しかも例の探偵帽子と探偵ガウンを装備しているではないか。


「あのポンコツ……ッ!」


 まっすぐに駅の方向だった。バスだと少し迂回してしまうため、シャーロットの身体能力を考えると追いつかれそうだから困る。


「まあいい。邪魔してきたら追い返してやる」


 できれば迷子になってくれると助かる、そう偵秀が願っている間にバスは目的地の門田木駅に到着した。

 地方の駅だがそれなりに大きく、既に通勤通学時間のピークは過ぎ去っているが人の出入りは多い。駅前広場には巨大な噴水が設置されていて、駅で待ち合わせをする場合に自然とそこになってしまうことが門田木市民の暗黙の了解である。


 しかし今回は駅に用があるわけではない。ロータリーでバスを下車した偵秀は駅とは反対方向に進む。駅に面した大通りの交差点の一角――そこに数人の警察官が集まっていた。

 その中の一人、ベージュのスーツに身を包んだ若い女性刑事が偵秀に気づいた。すぐに姿勢を正して敬礼のポーズを取る。


「お疲れ様であります! 無理を言ってお呼びだてして申し訳ありません!」


 女性刑事は開口一番に威勢よくそう言って一礼した。セミロングの黒髪にスレンダーな体格。顔つきは凛々しく整っており、挙動も無駄なくキリっとしている。スーツ姿も相まって『できる女』的な雰囲気を醸し出しているが……彼女の本質を熟知している偵秀は騙されない。

 なにせ先程電話で偵秀に泣きついて来た人物こそ、なにを隠そうこの女性刑事だからだ。


「芳姉……いや、水戸部(みとべ)刑事。挨拶はいいから事件の詳細を――」


「ふわぁん! 助かったでありますシュウくん! 自分じゃ事件が難解すぎて頭パンクしそうだったでありますぅ!」


 挨拶も終わると、女性刑事は緊張の糸がプツンと切れたように涙目になって偵秀に抱きついてきた。


「ええいくっつくな!? 今は仕事中だろうが!? 俺は探偵! あなたは刑事!」

「そ、そうでありますね。ところでシュウくん、その怪我は?」

「昨日ちょっといろいろあったんだ。気にしないでくれ」

「はっ! 了解であります」


 気を取り直して手刀の形にした手を額にあてる女性刑事。彼女に倣って他の警官たちも一斉に偵秀に敬礼する。どう考えても警察が一介の高校生にする行動ではないが、もはや慣れているので偵秀は気にしない。


「あいつは……まだ来てないな」


 一応、軽く周囲を見回してほっとする。見覚えのある金髪はいない。ならばさっさと解決してしまおう。


「早速ですが水戸部刑事、事件の詳細を説明していただけますか?」

「はっ! ですがその前に一つ質問なのですが――」


 水戸部刑事が偵秀の後方に視線を向けた。遅れて背中に偵秀の名を呼ぶ声も突き刺さる。振り向かないギリギリまで首を動かして背後を見ると、案の定、ちんちくりんの金髪さんが視界に映った。


「あちらから手を振りながら駆け寄ってくる金髪の外国人少女は、シュウくんのお友達でありますか?」

「はぁ……」


 図ったようなタイミングに果てしない虚脱感が襲ってくる偵秀だった。


「み、見つけましたよテーシュウ。事件ならわたしも連れて行ってくださいよ」


 少し息を切らせたシャーロットだが、その青い瞳は陽光を反射する大海原のようにキラキラしていた。好奇心が服を着て歩いている。いっそ知らないフリをすることも考えたが、名前を呼ばれたからにはそうもいかない。


「学校を抜け出したサボリ魔だ。誰か高校まで送ってやってくれ」

「ホワット!? ち、違います! ちゃんと先生の許可はいただきました!」


 慌てて弁明するシャーロットだが、本当かどうか怪しいところである。警察からのヘルプが常連の偵秀ならともかく、シャーロットがきちんとした手順を踏んで学校を出たのならこれほど早く追いつかれはしない。

 それはそうと面倒臭いことになった。


「シュウくん、これはどういうことでありますか?」

「テーシュウ、この人は?」


 質問の板挟みだ。どう対応しようと無駄な時間が過ぎてしまう。痛み始めた頭を押さえたくなる気持ちをぐっと飲み込み、偵秀は雑に両者を紹介することにした。


「こっちは警察の人。こっちは昨日俺の学校に留学してきた――」

「シャーロット・ホームズ。探偵です」


 腰に手をあてて胸を張り、ドヤァと不敵な笑みを浮かべるシャーロット。


「探偵……でありますか?」


 一方、水戸部刑事はすっと目を細めて値踏みするようにシャーロットを見詰めた。そして探偵帽子に探偵ガウン、中身のない探偵パイプまで咥えたコスプレイヤーになにを思ったのか、偵秀にしたのと同じ敬礼をし――


「自分は門田木警察署刑事部捜査第一課所属――水戸部芳子(みとべよしこ)巡査であります!」


 ハキハキとした口調でそう自己紹介をした。


「刑事さんでしたか! あれ? ミトベ? なんかどこかで聞いたような……?」

「俺の親戚だ。今朝にちょっと話してただろ?」


 水戸部家は偵秀の父親の姉――つまり彼女は従姉にあたる。偵秀より四つも上の姉的存在だというのに、体質なのか知らないが昔からよく面倒なトラブルに巻き込まれては偵秀に泣きついていた。

 それは警察官になっても変わらない。寧ろ増えたと言っていい。最初はこっそり事件捜査の助言を求められていたのだが、それが上にバレてしまい、なにがどう転んだのか今ではすっかり顧問探偵として顔が利くようになってしまった。普通ではあり得ない状況だ。

 とにかく、そうなってしまったからには仕方がない。そう表層意識では愚痴りながらも実はそこそこ舞い込んでくる謎解きを楽しんでいる偵秀だが、これが『仕事』であるというケジメはつけている。

 だから――


「とにかくお前は帰れ。これは昨日みたいなお遊びじゃないんだぞ」

「お断りします。わたしは名探偵として名を上げないといけませんから」


 シャーロットはどうあっても引く気はないようだった。好奇心と同じかそれ以上の意思が瞳の奥に宿っている。こうなれば強制連行だと偵秀が考えた矢先、シャーロットに助け船を出したのは水戸部刑事だった。


「自分は構いません。探偵が二人もいると心強いであります」

「おい警察!」

「三人寄ればなんとかの知恵と言うでありますし」


 他の警官たちも異論はないようでうんうんと頷いている。門田木署は探偵に寛容すぎて若干心配になってくる偵秀だった。


「言っとくがこれは足し算じゃないからな? 引き算だからな」

「テーシュウ、今は数学の話はしていません」

「そういうとこが引き算だっつってんの!」


 もうこうなってくると偵秀だけ反対していても時間の無駄である。ここは諦めて溜息をつく方が利口だろう。


「刑事さん、どんな難事件が発生したのでしょう? 殺人ですか? 誘拐ですか? 詐欺ですか? まさか謎の犯罪組織が暗躍しているのでしょうか!?」

「引っ手繰りであります」

「……ひったくり?」


 期待に満ち満ちていたシャーロットの瞳からすーっと光が消えていった。


「はい。引っ手繰りです」

「えっと、まさか、引っ手繰られた被害者がお亡くなりになられたのでしょうか?」

「お前、事件を大きく考える癖をまず直した方がいいぞ」


 とはいえ、今回はその可能性がないわけではない。通常、窃盗・盗犯などは四課の担当だ。強行犯の捜査を受け持つ一課とは管轄が違う。

 しかし例外もある。窃盗の結果、被害者が負傷した場合だ。強盗致死傷事案に変わって一課の担当になる。


「被害者は八十三歳のお婆さんでありますが、バッグを引っ手繰られた拍子に転んでしまい――」


 水戸部刑事が神妙な顔つきになる。どうやら本当に大事が発生しているようだ。


「膝を擦り剥いてしまったのであります!」

「軽い!?」


 そんなことはなかった。


「あーうん、もうなんでもいいや。俺は引っ手繰り犯の足取りを推理すればいいのですか?」


 どうでもよくなってきた偵秀が訊ねると、水戸部刑事は首を横に振った。


「いえ、既に容疑者は確保しているであります」

「へえ、いつになく優秀ですね」


 ポンコツ刑事にしては珍しい。他の警官たちが頑張ったのだろうか?


「被害者のお婆さんが起き上がり様に犯人を追いかけてとっ捕まえたそうであります」

「そのお婆さん元気すぎるだろ!? ていうか犯人見つかってるなら俺いらなくね!?」

「いえ、それが、お婆さんが捕まえた犯人と思われる人物が、その、三人いまして……」

「どんだけ元気なんだお婆さん!?」


 まさかそのお婆さんが容疑者をボコボコにしたせいで一課が動くことになったのではなかろうか。少なくとも新米刑事一人だけを派遣していることから警察ではさして大きな事件と看做していないのだろう。


「引っ手繰り犯は一人で間違いないのですが、三人とも無実を訴えているのであります」

「むむむ、それは難事件ですね」


 シャーロットが唸る。彼女にとってはもうなんでもかんでも難事件な気がする偵秀である。


「まあいいや。まずは話を聞いてみましょう。被害者と容疑者はどこに?」

「はっ! そこの喫茶店で待機させているであります!」

「案内してください」

「了解であります!」


 水戸部刑事は偵秀たちに敬礼すると、くるっと回れ右をして喫茶店へと向かった。


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