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銀縁小隊  作者: 黒六
8/11

1-8

 最初に戦闘が始まったのは街の入り口付近を縄張りにしている破落戸との間で起こった。あれほどキャラミアが釘を刺して回ったのだが、やはり自分たちの縄張りは自分たちで守らねばならないという男としての矜持とも呼べるものが彼らにおとなしく引き籠るという選択をさせなかったのだろう。


「あいつら……善戦してるな。嫌な予感は杞憂だったか?」


 春楼閣の屋上で主人のトモエと共に街の様子を窺っていたキャラミアだったが、予想外に善戦しているチンピラたちに驚きを見せていた。だがその考えはすぐに改めた。


「このまま……ということはないな」

「どうしてですか? こちらが押してしるように見えますが」


 不思議そうな表情で問い返すトモエ。一見すれば破落戸たちが優勢なようにも思えたが、キャラミアの冷静な声に怪訝そうな表情を見せる。トモエとて素人ではない、戦闘の流れくらいは読み取ることが出来る。破落戸たちは一撃で、とは言わないまでも着実に敵の数を減らしていた。そしてそれは自分たちの士気を高めていくという好循環となりはじめていた。それのどこがいけないのか、と思ってしまう。


「見ろ、後続が出てきて連携を取り始めた。個々の程度はそう高くなくても、集団で連携されればあいつらに勝ち目はない」

「あ……」


 手当たり次第に近くの敵に向かう破落戸たちと違い、敵は戦力の薄い箇所に集中して攻撃しはじめた。その動きはキャラミアの目から見ればお世辞にも洗練されたものとは言い難いものであったが、それでも集団戦闘の訓練などほとんど経験が無いであろう破落戸たちには効果覿面であった。


 次々に街に侵入してくる敵は着実に弱い部分を攻撃、撃破して奥へと入り込んでくる。その集団は侵攻ルートから推測するに、春楼閣を目指しているようだった。


「どうやらここ目当てのお客さんのようだぞ?」

「今日はもう店じまいしてるんですけどね」


 自分たちのいる場所に向かって敵が集結しつつあるというのに、キャラミアにもトモエにも動揺の色は微塵も見受けられない。それどころか、攻め込んでくる敵の様子を余裕の笑みを浮かべてみている節もあった。

 

 と、そこへキャラミアあての通信が入る。だがそれは見知った警備隊の仲間からではなく、かなり切羽詰まった男の声だった。


『おい! キャラミア! 聞こえてるんだろ! 頼む! 助けてくれ!』

「何だロルフ、ずいぶん手こずってるじゃないか」

『敵が多すぎる! しかも訓練された動きだ!』

「だから言っただろう? 大人しくしておけって」


 ロルフと呼ばれた男は、今日キャラミアが顔を出した会合の場にいた狼獣人である。どうやらロルフは自分の手勢を率いて迎撃に出たらしい。だがキャラミアもそれを深く追求するつもりは毛頭なかった。


 彼らはこの街を縄張りとするマフィアやギャングの類であり、しっぽを丸めて逃げるなど彼らのプライドが許さない。たとえそこに大きな戦力差があったとしてもだ。だがこのままでは無駄に配下の命を散らすことになるとロルフは判断したのだ。


「だがアンタがそこまで簡単にやられるか?」

『奴ら石化ガスを持ち込んでやがった! もう三人やられた! まだ助かる見込みはあるが、このままじゃヤバい! 俺たちだけじゃねえ、住人にも被害が出てる!』

「……わかった、アンタは仲間を連れて撤退しな。ここに手を出す奴にはきっちり落とし前つけさせてやるから」

『すまねえ、頼んだ!』


 余程焦っているのか、乱暴に通信が遮断される。その様子を見ていたトモエの表情が曇った。通信を聞いていたキャラミアの表情が一変したからだ。それは住人に被害が出たと聞いた瞬間からだ。


「トモエ、周囲の住人をここに入れて耐ガス結界を張ってくれ。アンタになら安心して任せられる」

「隊長さんは?」

「決まってる、入り込んでくる害虫を駆除してくるだけだ」


 それだけ言い残すと、五階建ての建物の屋上からその身を翻らせるキャラミア。常人ならば命にかかわるほどの高さだが、全く意図に介さず着地すると走り出す。その様子を屋上から見下ろしていたトモエに背後から声がかけられる。


「あの……姉さま? 私たちはどうすれば……」


 声の主はアンズをはじめとした若い女の子たち。皆一様に店の衣装に身を包んでいた。


「あんたたちは控室で待機、近所の人たちを呼び入れておくこと。いいね?」

「お姉さまは?」

「もちろんここで結界を張るよ。隊長さんがそう言ってたからね」

「……あの方を信じてもいいんでしょうか?」

「ああ、あんたたちは最近この街に来たんだったね」

「はい、アンリール辺境から……」

「なら知らなくて当然さね、あのお人はアタシたちの命の恩人だよ。あのお人のおかげで今の暮らしがあるんだからね。さあさあ、のんびりしてる場合じゃないよ、術が使える者は防御結界の重ね掛けを、そうでない者は住人たちの世話を頼んだよ」

「お姉さまはどうするので?」


 アンズたちはトモエの指示に従い動き出すが、皆一様にその顔に不安の色を浮かべている。それもそうだろう、この場所が攻め込んできた賊共の最終目的地と言われたのだから。だがトモエはその顔に不敵な笑みを浮かべていた。


「そうさねぇ……わっちは……身の程ってものを教えてやろうかねぇ……」


 トモエの口調の変化とともに、その身体の周囲の空気が揺れる。青白い炎のようなものが無数に現れ、ゆらゆらとトモエの周囲を漂っている。その表情はいつもの客相手のトモエとは全く別のものになっていた。いくつにも別れたふっさりとした狐の尻尾がこれから起こる事を想像して楽しそうに揺れる……




**********



「ローズ、アイリーン、さっきの通信聞いてたか?」

『はい~』

『厄介なことになってますね』


 走りながらローズとアイリーンに連絡を取るキャラミア。先ほどのロルフからの通信は隊員たちにも共有されている。普段はプライバシー等々の問題もありこのようなことはしないのだが、今回は緊急時ということで入る情報はすべて三人で共有することにしている。


『なら私は春楼閣に向かいますね~』

『私は遊撃に回ります』

「すまない、任せる。制服の防護機能を最大に設定しておくことを忘れずにな」

『『 了解 』』


 通信を切ると首元のチョーカーのようなものへと手を伸ばす。最新の装備など与えられていない彼女たちにはこの旧式の装備しか与えられていない。このチョーカーは彼女たちの制服にいくつかの強化を一時的に施すもので、旧式で使われなくなった本部の装備品、つまりお古のものを回してもらったのだ。本部としても旧式の装備を廃棄するにもそれなりの経費がかかるため、こうして末端で使い潰させているのだ。


「こんなものでもあると心強いな」


 強化といっても石化や麻痺、毒といったいくつかの状態異常を防ぐ程度のもので、最新式の魔導補助術式から見ればお粗末なものだ。おそらくは大戦中の軍部支給品を流用したものだろうが、こんな粗末な強化道具で激戦を戦うということがどれほど過酷なものであったかを思い出して、ほんの一瞬だが感傷に浸ってしまった。


「だが相手は最新式、手早く駆除しないと被害は広がるばかりだな。雑魚はアイリーンに任せて本隊を叩くか。春楼閣は……ローズに任せておけば大丈夫だろう」


 信頼できる仲間たちがいることにどこか懐かしさを感じながら、キャラミアは街灯も消えて月明りが照らすのみの夜の街を駆け出す。静まり返った街に轟く怒号の下へと向かって。


読んでいただいてありがとうございます。

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