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銀縁小隊  作者: 黒六
7/11

1-7

 日も暮れて西の空の赤みが夜の闇に飲まれようとしていく頃、特別市街地域へと続く橋を進む大型魔導自動車の一団があった。その数は十、側面に大きく描かれているのはマクダネル家の紋章だ。まるで何かの様子を窺うように、ゆっくりとした速度で進んでいる。


『いいか、お前たち! 夜明けまでに完全制圧しろ! 手段は選ぶ必要はない! ただし女は出来るだけ生かしておけ!』


 車内に設置された魔導映像機に映し出されたマクダネル伯爵が声高に言うと、車内が野太い歓声で満たされる。その面々はマクダネル家の私兵……だけではなく、様々な面々があった。マクダネル家は人賊の貴族にもかかわらず、狼の頭部を持った獣人族の男や、頭部にねじくれた角を持つ魔族の男も見受けられた。だがそれよりも目を引く服装の男が数人いた。


「おい、あんた。その服装、警備局員だろ? いいのか、こんなことに参加して?」

「何を言っている、これは治安維持の一環だ。我がマクダネル家が不甲斐ない警備局に代わって治安維持を行おうというのだ、俺が行くのは当然だろう」


 狼獣人が話しかけたのはマクダネル家の三男だった。それを聞いた狼獣人が思わず苦笑を見せる。それもそのはず、特別市街地域は正式に王国に属している訳ではない。戦争で併合されたことにより同じ国民となった魔族と獣人族に配慮しているが故に敢えて属していないのだ。それは元アンリール、元プルーナルからの難民の受け入れ先となっているのがこの特別市街地域であり、そこを強引に従属させれば余計な軋轢を生じさせかねないからである。


「ま、俺は単純に戦えればいいだけだがな」

「男は殺してかまわんぞ。あんな掃き溜めの街の男など何の役にもたたんからな」

「……盗賊かよ」

「何を言っている、これは治安維持に不可欠なものだ。抗う力はすべて摘み取っておくべきだ」

「……そううまくいくかねぇ」


 狼獣人が傍に置いた大剣の鞘を撫でながら思わずこぼす。確かに特別市街地域は流入してくる難民が大多数を占める雑多な街ではあるが、決して弱者だけで構成されているわけではない。当然ながら、戦地から生き延びた者もいる。あの戦争を生き残るだけの実力を持った強者が潜んでいる可能性を捨てることはできないのだ。


(俺は……どうしたいんだろうか)


 狼獣人は車内を見回して魔族の男と目が合い、お互いに苦笑しあった。どうやら彼も同じような考えだったらしい。

 この車内の構成はほどんどが人族だ。だが人族は魔族、獣人族に比べて魔法的にも、肉体的にも劣ることは明白だ。戦争時には鍛え上げた肉体を持つ人族や、特殊な武装を身に着けた人族という存在が互角以上の戦いを見せていた。


 狼獣人も魔族の男も戦争からの帰還者だ。今はマクダネル家を支援する貴族の子飼いの戦力として食いつないでいるが、本来ならばこんな仕事を望んでしたい訳ではない。


(やはり……戦って終わりたい……)


 魔族・獣人族の男性に多くみられる考え方、それは戦いの中で死んでいきたいという武人としての信念のようなものだ。一部の貴族や豪商、そして王族などは生き延びて王国の一員となっているが、一般市民はもちろん兵士の大多数が戦死していた。彼もとある貴族の護衛として国を離れていたために助かった。だがそれが彼を今も苦しめている。


 彼の仲間は皆戦死した。ただ一人だけ生きながらえているという事実は彼を未だに縛り付けている。それはいわば呪いのようなものと言えるだろう。そしてこれから彼が手に掛けようとしているのはかつての同胞かもしれない。あるいは本来ならば彼がその命を以って守らなければならないかつての国民だったのかもしれない。


(俺は……俺は……)


 この街にはあの戦争の生き残りが多くいると聞く。彼が願うのは一縷の望み、かつて戦場を駆けていたと言われている存在がこの街にいること。まさに一騎当千を体現したかのような存在。いや、実際はそれ以上だったのかもしれないが。


 叶わぬ望みなのは十二分に承知している。だがそれでも縋らずにはいられない。そのためには己の存在意義すら捻じ曲げても構わないという覚悟。


(もう壊れているんだろうな、俺は……)


 もし彼の考えが正しければ、これから行われることは単なる虐殺である。ただ己の居場所を求めて、生きる場所を求めて流れ着いた同族を、欲に塗れた貴族の飼い犬として殺しつくすという外道の行いである。武人ならば毛嫌いするはずの行為を、己の望みのために行おうとしている。


「すみません、ちょっといいですか?」

「ああ」


 しばらく考え込んでいた狼獣人の思考を遮ったのは若い男の声だった。声のする方を剥けば、先ほど目が合った魔族がすぐ隣まで移動してきていた。男は穏やかな笑みを浮かべて狼獣人に話しかける。


「あなたも……ですか?」

「そうか、あんたも……」


 その短い会話だけでお互いのことが理解できてしまう。ああ、こいつも同類なのかと。


「私もいい加減この生活に疲れまして……どこに誇りなどあるのでしょうか? 仕える貴族はかつての誇り高き思想の微塵もなく、ただ己の益のみを追求して堕落する。本来ならば同じ魔族を救わねばならないはずが、今は蔑んで搾取しようとしている。いえ、搾取どころではないですね、まるで害虫を駆除するかのようです。それに加担する私は……ああ、こんなにも背徳的で破滅的なのでしょう」


 何かに陶酔しているかのような目つきと口ぶりに、やはりと納得してしまう狼獣人。こいつも自分も何故あの戦争で仲間たちと共に死ななかったのだろうと悩み続け、そして徐々に壊れていく心。だがそれを止められない自分、ぬるま湯の如き現在の生活から抜け出せずに堕落していく自分、そしてかつての同胞をこれから手に掛けようとする自分。


「噂に聞いたのですが……魔導兵装を持つ者があの街で未だ存命らしいのです」

「……本当か?」


 狼獣人の目にほんの僅かだが輝きがよみがえる。かつての戦争にて人族が開発した兵器、それが魔導兵装。その恐ろしさはかつての戦場で同胞たちの噂で聞き及んでいた。


 曰く、たった一人で一個中隊を全滅させた、単騎魔王へと挑んだ、瀕死の自軍の兵士を観な全快させたなどの荒唐無稽とも言える噂話。戦争を終結に導いた極大殲滅魔法の爆心地にいたはずの彼女たち・・・・がこの街にいるという情報は狼獣人の望みの糸がほんの少しだけ太くなったと自覚させた。


「彼女たちならば……我々もようやく」

「ああ、そうだな」


 彼らにとって今回この街がどうなろうとも関係ない。仕える貴族がどうなろうとも関係ない。ただその存在を引きずり出し、戦う。それだけが目的である。そのためにはエサを撒かなくてはならない。おそらく隠遁生活を送っている彼女たちをおびき出す最上級の撒き餌を。たとえそれを使うことが外道に堕ちることになると理解していても、今の彼らにはそれを使わないという選択肢は存在しなかった。なぜなら、既に彼らの心は壊れてしまっていたのだから……




 大型魔導自動車の一団は街の入り口に向けて橋をゆっくりと進む。この街は正式に国に属している訳ではないので、検問などというものは存在しない。王国へと入るのに厳重な検問がいくつも存在するにも関わらずだ。それは王国がこの街に過干渉しないという表れであり、この街に攻め入ることは王国の意に反する行為であるのだが、欲に駆られた彼らにはそのことが理解できていない。いや、むしろ制圧することで己の地位が向上するとでも思っているのだろう。そしてそれを後押しする者たちにも様々な思惑があるはずだ。


「ふん、怖気づいたようだな」


 魔導自動車から降りたマクダネル家の三男がいつも遊びに来ていた時と街の様子が異なっていることに気づいて言う。


 街はいつもとうってかわって静まり返っていた。日没はとうに過ぎ、暗くなった街を照らす街灯はお世辞にも決して滑らかとはいえない石畳を鈍く照らす。だがその上を行き交う人々の姿が見当たらない。それどころか街の家々の窓には頑丈な木戸がはめ込まれている。


 所々にちらほらと見えるのは果敢にも迎え撃とうとする街の勇士か、それとも己の縄張りを奪われまいと無駄な足掻きをする破落戸か、いずれもその手に剣や槍、斧などの武器を携えて建物の陰から様子を見ている。だがそれも数えるほど、用意した戦力から比べれば微々たるものでしかない。


「だが念には念を入れておかないとな。あのくそ忌々しい警備隊長もこれにはどうすることもできないだろうからな。おい、例のモノを用意しろ!」


 男たちがぞろぞろと魔導自動車から降りてくると、各々が小さな袋を手に集まってきた。皆が一様に口と鼻を覆うように紋様の入った布を巻いている。


「いいか、この布を絶対に外すなよ! あとは手筈どおり、夜明けまでに制圧だ! かかれ!」

「「「「 おお! 」」」」


 男たちの歪な欲望に満ちた歓声が静まり返った街に響く。それはこの街に確実に害をもたらすという悪意がはっきりと感じ取れる、聞く者におぞましさを感じさせる声だった。 

読んでいただいてありがとうございます。

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