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銀縁小隊  作者: 黒六
6/11

1-6

 出張所からほど近く、小さな塔の上に作られた小部屋の中にアイリーンの姿があった。彼女はその壁に描かれた魔法陣を入念にチェックしていた。


「音声増幅よし、言語伝達よし、共通認識よし、優先割り込みよし。じゃ、行きますか」


 じゃらじゃらと大量のアクセサリーを鳴らしながら、魔法陣の前に立つと魔法の構築を始めるアイリーン。と、目の前の魔法陣が光を帯び始める。それを視認した彼女は徐に言葉を発した。


「住民の皆さん、本日日没後、警備局出張所により第三種警報が発令されます。くれぐれも外出なさらないようにお願いします。繰り返します……」


 同じ内容を十数回繰り返すと、アイリーンは手に持ったアクセサリーを眺める。


「やっぱり一個使っちゃいましたか……」


 そうつぶやくと、気持ちを切り替えたかのように魔法陣を点検しはじめた。


「うーん、ここの回路はもう少し出力を増幅できるようにしたほうがいいかもしれないですね」


 専門的な用語がその可愛らしい顔に似合わずに次々と口から出てくる。この建物は魔導通信機い向けた緊急放送のためのものだ。

 魔導通信機はどこの家にも設置されているもので、携帯できるものや固定式のものがある。この魔法陣はこの街すべての魔導通信機に割り込んで、強制的にこちらの音声を伝えるものだ。


「隊長もよくこんなやり方を考えますね。実現方法を任せてくれたのは嬉しいですが」


 これは所謂緊急連絡システムである。だが驚きなのはこの魔法陣を構築したのがアイリーンだということだ。


「ま、私はこういうことしか取りえがありませんから……」


 そうぼやく彼女だが、実はここまで高度な割り込み放送のシステムは本部でも未だ構築できていない。つまり彼女は本部でも未だ実現できていないものをたった一人で作り上げたのだ。だがもし本部からスカウトがあっても彼女はここを動かないだろう。いや、そもそもスカウトすら来ることはない。


『そっちは終わったかしら~』

「あ、はい、終わりました。今は魔法陣の点検中です。でも本当にここまでする必要があるんですか?」

『隊長のカンだそうよ~。こういう時の隊長のカンって当たるんだから~』

「当たってほしくないんですけど……」

『皆そう思っているわ~。でも対策しておくことにこしたことはないわ~』


 副隊長のローズから通信が入り、つい違う方向に行こうとしていた思考が呼び戻される。


「でも隊長があそこまではっきりと言うんであれば、ほぼ間違いないんでしょうね」

『そうね~』

「ま、私たちは自分の役割をこなすだけですから」

『この後の予定は~』

「いったん戻ります」

『了解~』


 通信が切れると、魔法陣の点検を手早く終えて塔を下りて商店の立ち並ぶ区域を抜けてゆく。肉や魚、野菜や果実などを取り扱う様々な商店が立ち並び、常に人通りの絶えない活気のある地域でもある。アイリーンは店頭に並べられた色とりどりの新鮮な食材を見て回りながら、目的の店へと足を運ぶ。


「こんいちは」

「おや、アイリーンちゃん、いらっしゃい」


 そこは木の実を中心に香辛料などを扱う店だった。店頭に出された椅子に腰かけていた老婆がアイリーンの来訪に気づいて笑顔で迎える。アイリーンと同じような耳と尻尾が目を引く老婆である。


「大胡桃の殻付きを一つください」

「はいよ」


 老婆がゆっくりとした動作で椅子の横に置かれた袋から拳大の大きさの胡桃を取り出すと、紙袋に入れて手渡した。


「はい、前歯の手入れも大変ね、お互いに」

「栗鼠種獣人は仕方ないですよ」


 そう言って小さく笑うアイリーンの口元からはやや大きめの前歯がちらりと顔をのぞかせる。栗鼠種獣人はこの街でもそう多くない種族で、基本的に臆病な性格の者が多いとされている。


「さっきの放送、本当なの?」

「ええ、ほぼ間違いないですね。お婆ちゃんも早めに店じまいして隠れててください」

「アイリーンちゃんも戦うの? 私心配で……」


 不安な表情を見せる老婆にアイリーンはにっこりと微笑む。傍目から見ればアイリーンが戦闘向けの見た目ではないことは容易に想像できる。そもそも栗鼠種獣人そのものが戦闘向け種族ではないのだ。だがアイリーンは全く気にする様子を見せない。


「大丈夫ですよ、私これでも帰還者リターナーですから」

「そう……あの戦争の経験者なのね……」


 帰還者という言葉を聞いて老婆は複雑な表情を見せる。この街の住民であればあの戦争について知らない者など皆無だ。戦後生まれた子供でさえ、親からあの戦争の恐ろしさをしっかり教え込まれている。


 まさに狂気が支配していたと表現するしか方法の無いあの戦争から生還したということは、あの極大殲滅魔法から生き延びることができたということである。それはアイリーンが決して可愛らしい見た目通りの少女ではないことの証でもあった。


「いいですね、絶対に外に出ないでくださいよ」

「はいはい」


 胡桃を手渡すと再び椅子に座って寛ぎ始めた老婆にその背中を見送られながら、アイリーンは出張所へと戻る道をゆっくりと歩き始めた。まるで何かを確かめているように。




**********




 街はずれの運河沿い、警戒放送が行われたせいか、昼間だというのに遊ぶ子供の姿の消えた公園で一人ベンチに座るキャラミア。憩いの場である公園にいながら、その顔には険しいものが浮かんでいた。


「昨日の今日で申し訳ないが、調べてほしいものがある。マクダネル家とその後ろ盾の連中で、ここ数日中に【許可申請が必要な素材】の購入記録だ」

『少し待ってください……ああ、ありました。申請されているのは……コカトリスの胃袋です。まさかこれって……』

「向こうも必死なんだろうよ。すまないクリス、助かった」

『気を付けてください、向こうは手段を選ぶつもりはないようですから』

「ああ、わかってる。だがこれで向こうの出方が何となく読めた」


 そう言って通信を切るキャラミア。その相手は昨夜会ったクリスである。彼女の持つ権限でしか調べられないことがあったので、直接通信で確認していたのだ。そしてその内容は彼女が危惧していた通りおものであった。


「コカトリスの胃袋か……嫌なものを思い出させてくれる」


 キャラミアの脳裏に甦るのは過去の光景。決して思い出したくないが、未だに脳裏に焼き付いて離れない凄惨な光景の一つ。杞憂であればいいと思うキャラミアだが、それが叶わぬことであるだろうということは、自分のこれまでの経験により培われた勘と呼べる類のものがしきりに訴えかけてくることから現実になるであろうと受け入れていた。


「また戦争だよ……みんな……」


 ほんの一瞬だが、キャラミアの口調がいつもの男勝りなものから若い女性らしきものへと変わった。彼女自身がそれに気づいた様子はないが、すぐにその口調はいつものものへと戻っていった。


「向こうが手段を選ばないなら……こちらも手段を選ばずに潰すだけだがね」


 敵の勢力がどれほどのものなのかを推し量ることはできないが、得た情報のものをキャラミアの知る限りで最悪のものに仕立てたとするならば、今回の一件はマフィアや権力者の小競り合いなどというレベルの話ではなくなる。迂闊な選択をすればこの街が凄惨な悲劇の舞台となる。


 この街を護る者として、理不尽に踏みにじる者を許してはならない。たとえそれが中央の貴族たちが相手だったとしてもだ。この街には彼らの持つ倫理観やルールなど全く不必要なものだ。もしそれを押し付け、自分たちの思うままに振る舞うというのなら、その身を以って罪の重さを味あわせなければならない。


「……一応こっちも準備をしておくか」


 ぽつりとつぶやくと、ふらりと公園を出てどこかへと消えてゆくキャラミア。日はまだ高く、日没までしばらくかかりそうだというのに人々は警報に従いあわただしく動いていた。店は早くに閉まりはじめ、人々は帰路を急ぐ。だがその顔に悲壮感は感じられない。


 そしてやがて日は傾き、日没を迎える。完全に人気のなくなった、ゴーストタウンのような街でどのような戦いが始まるのか、誰一人として知る者はいない。

読んでいただいてありがとうございます。

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