表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銀縁小隊  作者: 黒六
5/11

1-5

「それって本当の話なんですか?」

「ええ、昨夜遅くに有力情報が入ったの~。信頼度はかなり高いわ~」


 朝食を食べながらローズの説明を聞いたアイリーンはその情報の信憑性を信用していなかった。だがローズの言う有力情報の出どころを知っている彼女はなんとか納得した。


「またあの方ですか。やはり上層部は暇なんでしょうか? 末端は日常業務に書類にと遊ぶ暇も無いのに」

「昨夜は護衛も無しだったそうよ~。かなり火急のようね~」

「で、隊長の読みだと今夜らしい、と。その隊長は朝からどこに行っているんですか?」

「この件で根回しに行ったわ~」

「根回しですか……ああ、そういうことか」


 何かに納得したらしいアイリーンは大きく頷くと、カップの紅茶を飲む。既に朝食を終え、今はミーティングという名の食後の一服中である。寮兼仕事場の建物の利点といってもいいだろう。もし本部でこんなことをしようものなら、内規に抵触するわけではないが、必ず余計な口出しをしてくる者が出てくる。特にアイリーンのような者に対しては厳しく当たられるはずだ。


「隊長からの伝言よ~。第三種警報発令だそうよ~、各所への警報発令しておけって~」

「……相手はどこまで本気なんでしょうか?」

「そこまではわからないわ~。私たちはただ迎撃して被害が出ないようにするだけよ~」


 アイリーンは紅茶を飲み干すと、大量のアクセサリーを身に着ける。彼女が外出する際にはいつも大量のアクセサリーを身に着けているのだが、本来ならば警備局員に過度の装飾品は禁じられている。本部の目が届かないこの場所だからできる行動である。尤も彼女にとってこのアクセサリー類は決してお洒落目的ではないのだが。


「……私もこの街は好きですから。これから街の主要各所で魔導通信のセットしてきます」

「お願いね~、私は準備しておくから~」


 アイリーンが大きな尻尾を振りながら出てゆく。彼女はその容姿が示す通り、元アンリール出身の獣人族である。自分の故郷など既に存在しなくなっている以上、彼女にとってこの街がよりどころなのだ。そしてこの街の住民のほとんどが同様である。なのでこの街に危険が迫っているとなれば誰もが警備局員の指示に従うが、それはすべての警備局員に当てはまることではない。あくまでキャラミア達の指示だから従うのだ。それほどまでに彼女たちはこの街の住民たちに信頼されている。


「やはり隊長は信頼されていますね~。それは我々も同じですが~。それじゃ私も準備を始めますか~」


 ローズはティーセットの後片付けを済ませるとゆったりとした足取りで執務室の書庫へと向かうと数冊の本を取り出した。表紙には難解な魔法陣がいくつも描かれていることから、特殊な魔法に関する書物だろう。その本を机に重ねると、席についてそのうちの一冊を手に取りページを捲り始めた。


「侵入経路は中央へと架かる橋のみ、なら誘導ルートを創る必要がありますね~」


 そして執務室には本のページを捲る音のみが聞こえるだけとなった。




**********




「で、いきなり呼びつけた上に遅刻するたぁどういう了見だ? 隊長さんよ?」

「こっちは忙しい身なんでね、本来ならばこういう緊急の招集は控えていただきたいのですよ」

「全くじゃ、こちらも暇じゃないんじゃぞ」


 特別市街地域の中心、裏路地が複雑に入り組んださらに奥、一般人が入り込むには少々危険な場所の建物の扉を開けた途端、キャラミアに投げかけられたのは罵倒の嵐だった。だがキャラミアはそんな言葉の暴威など微風程度にすら感じていないのか、全く表情を変えずに中に入ると躊躇せずに上座へと向かい、その体を投げ出すように椅子に座った。


「こっちも色々と準備で忙しいんだ、少しは多めに見てくれ。そんなことより緊急の案件だ」

「そんなこと、だと? テメエちょっとばかり腕が立つからって舐めんじゃねえぞ?」

「ちょっと、だって? ならガル、今ここでやりあったらどうだい? 少しお前さんより腕が立つ程度なら何とか出来るんじゃないかい?」


 凛とした声が聞こえ、いきり立つ男たちが突然押し黙る。特にガルと呼ばれた狼の頭部を持った男は主人に叱られた犬のように尻尾を下げている。さらにもう二人、三つ目の紳士と小柄で筋骨隆々な髭面の老人もその声に言葉を失くしている。


「こんな時間に呼び出しなんて尋常じゃない事態だってことに気づかないのかい? そんなことも分からない奴がデカい面してんじゃないよ!」

「ト、トモエの姐さん……」


 遅れて入ってきたのは派手なプルーナル東方の衣装に身を包んだトモエだった。トモエはゆっくりとした歩みでキャラミアのすぐ右の席についた。


「で、改めて話してくださいな、隊長さん?」

「ああ、中央の貴族マクダネル家がこの街に攻め込んでくる。アタシの見立てでは今夜仕掛けてくると思ってる」


 キャラミアの話した内容に男たちが言葉を失う。これまでチンピラの小競り合い程度なら毎日のように起こっているこの街だが、あからさまな敵意をもって攻め込んでくる外敵というものはなかった。というのもこの街自体が難民主体の街であり、統治にかかる手間のほうが大きいと目算されていたために誰も見向きをしなかったのだ。


「最近この街が活気づいているのを中央の貴族様は許せないらしいさね。ま、早い話が偉そうなことを言ってるけど盗賊と同じってことさ」

「で、ですが姐さん、どうして今夜だってわかるんでさ?」

「情報が入ったのは昨日深夜、情報源によるとそのことをマクダネル家が匂わせたのは昨日の昼前ってことらしい。警備局本部も特別警戒令を出して止めるつもりらしいが、どんなに早くてもそれが受理されて正式に発令されるのは明日の昼過ぎだ。そうなれば攻め込んだ時点で犯罪者だが、今夜中に占拠してしまえば力押しで何とかなると考えているんだろう」


 キャラミアが警備局局長と裏で情報のやり取りをしていることは暗黙の了解となっている。その彼女が警備局の内情まで考えた上で出した答えは推測ではあるが信憑性が非常に高いものだった。


「舐めやがって! 中央の貴族様がなんだってんだ! こっちは大戦帰りの荒くれ者が揃ってんだ! 返り討ちにしてやるよ!」

「ええ、そこまで虚仮にされては痛い目を見てもらわなければいけませんな」

「腕がなるわい」

「悪いがあんたらの出番は状況次第では無いかもしれん」

「「「 は? 」」」


 キャラミアの言葉に男たちの拍子抜けした声が見事にハモる。だがキャラミアはそんなことはお構いなしに言葉をつづけた。


「マクダネル家には一部の警備局員も賛同している可能性がある。それにここを狙っているほかの貴族家も支援するだろう。さらに、だ。その警備局員は最新型の補助術式を使ってくる可能性が高い」

「隊長さん、それはどのくらい厄介なの?」


 未だ言葉を失っている男たちに代わってトモエが訊く。この街の裏の男たちを束ねる目の前の三人は決して弱くはない。キャラミアや局長のクリスこそ別格なのであり、ただの警備局員に後れを取るようなことはないはずだった。だがキャラミアは最新型の補助術式を危険視していた。


「三流以下の雑魚を一端の兵士くらいにするだろうな。実際に【春楼閣】で相手したが、骨の数本折ってやるつもりだったが、歩いて帰りやがった。少数なら任せてもいいが、数が多ければ危険だ。そのときは住民の避難誘導に回ってほしい」

「……貴女がそこまで言うのであれば従いましょう。我々とて住民を放ってまで戦いたい訳ではありません」


 三つ目の紳士が静かに言う。この場においてキャラミアの戦力分析を疑う者はいない。それはキャラミアのこれまでの経歴がその裏付けとなっているからだ。


「じゃが敵についてはどうするんじゃ?」

「アタシらが相手するさ、そのための警備局員だろ?」

「相手も警備局員だろ? 手心を加えねえって保証あんのかよ!」


 ガルがキャラミアに食いつく。だがそれを止める者はいない。トモエすらガルの危惧するのは合点がいっている。同じ職につく者を撃退することに躊躇いはないのか、と疑っているのだ。


「トモエも言っていただろう? 相手はただの盗賊、始末するだけだ。その件については既に局長と話がついている。事が明らかになった時点で向こうの負けだ、今夜の襲撃を凌げばこちらの勝ちだ」

「私に出来ることはあるの?」

「トモエは女の子たちの保護を優先してくれ。あいつらの狙いはそれでもある」


 あの時の奴らのアンズに対する執着は尋常ではなかった。通常ああいう店では先に指名が入っていた場合、素直に店側の指示に従うのが通例である。だがそれを無視してまでキャラミアに食いついてきたということは、今回の襲撃で春楼閣が狙われる可能性は高いと予想している。


「とにかく皆は夜までに準備を整えておいてくれ。こっちも警報を出して住民に周知しておく」


 それだけ言うとキャラミアは席を立ち、建物を後にした。後に残された者たちはしばらく茫然としていたが、次第に口を開き始めた。


「あ、姐さん、あいつに任せておいて大丈夫なんですかい?」

「……なんだって?」

「「「 ひい! 」」」


 突然低くなったトモエのドスの効いた声に男たちが情けない声を上げる。今までの柔和な雰囲気が一変し、まさに殺気の塊のようになったトモエがいたのだ。


「あんたたち、あのお人が我々にどれほどのことをしてくれたか知らないのかい? あのお人がいなければ、この街の住民のほとんどはあの時命を落としていたんだよ」


 それを聞き、三人は身をすくませていた。実際に彼らは当時のことを見たわけではない。だがその時味わった恐怖は身体の芯に未だも残っているのだ。そして当然トモエはその時のキャラミアのことを見知っている。いや、忘れようにも絶対に忘れることなど出来ない。キャラミアはトモエの大事なものを護りきってくれたのだから。


「大丈夫、あのお人がいればこの街は安心さね」


 トモエが知る頼もしい背中、その後に起こった辛く悲しい出来事、そして今再び彼女は護ろうとしている。そして彼女の大事なものも動き出すことだろう。ならばこの街に負けなどあるはずがない。彼女はそう信じていた。

これからは不定期更新になるかもしれません。


読んでいただいてありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ