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銀縁小隊  作者: 黒六
4/11

1-4

本日二話目です。ご注意ください。

 夜も更けてかなり経ち、夜の街の様相を見せた特別市街地域も次第に人の姿がまばらになり始めた頃、王国警備局特別市街地域出張所の建物の一室にはまだ灯りが見えていた。

 

「ようやく終わったか。朝までかからなくて良かった」

「毎日処理すればいいんですけどね~」

「それを言うな、アタシも理解はしている。理解はな」


 執務室、といっても個人専用のものがあるわけではない。隊長のキャラミア、副隊長のローズ、そして隊員のアイリーンそれぞれの執務机が同じ部屋に並んでおり、中央にはローズとアイリーンの机が向かい合うように置かれ、やや離れて窓を背にしてキャラミアの机が置かれている。そして今キャラミアとローズがいるのは中央のい二つの机だ。キャラミアの机は既に処理済みの書類の山となっており、到底作業できるような状態ではなくなっていた。


「後はこれを朝一番の情報便で送れば完了か」

「お疲れ様でした~」


 労いの言葉を口にしつつ紅茶の入ったカップを持ってきたローズは、片方をキャラミアに手渡すと椅子に腰かける。一方のキャラミアは机に突っ伏した姿勢で暫く動きを止めていたが、むくりと起き上がってカップを受け取ると一口含む。


「……ここ、本当にいい街ですよね~」

「ああ、そうだな」


 耳を澄ませば夜も更けたというのに未だ怪しげな店の呼び込みの声や酔っ払いの喚き声、そしてどこからか聞こえる喧嘩の声など、おおよそ平穏な街とは言い難い音にまみれている。だがそれを聞いた二人の言葉は意外なものだった。


「私、この街がとても住みやすいです~。雑多な街ですけど、生きているという実感があります~」

「皆が日々必死だからな。それを護るために我々がいるんだろ」

「それに……隊長がここにいますから~」

「あまりその話はしないでほしいんだがね」


 どこか遠い目をする二人。と突然二人の目つきが真剣なものへと変化する。それはいつも皆に見せている目ではなく、鋭く研ぎ澄まされた刃物の切っ先のような鋭い目だった。


「この気配……あの方ですね~」

「全く、どうしてこんな時間帯に来るのかね。アイリーンを先に休ませておいて正解だったな」


 アイリーンは既に上階の自室で就寝中である。彼女たちに個別に部屋を借りる経済的余裕はあるのだが、警備局員という職業上、いつ緊急呼び出しがあるかわからないのでこの建物を寮として使っているのだ。この街の緊急案件は中央とは違い、一刻を争うものが多数を占める。そのためには拠点にいるほうが都合がいいのだ。


「ちょっと出てくる」

「よろしくお伝えください~」


 立ち上がると警備局の支給品を大幅に弄ったコートを着込み、腰には武骨な警棒と剣を提げる。深夜に武装しての外出であるというのに、二人の口調に差し迫ったような緊張感は見られない。それどころかちょっと知り合いに会うかのような気楽ささえ感じられる。

 出がけに残った紅茶を一気に飲み干すと、静かに執務室を出てゆくキャラミア。ローズはその後ろ姿をいつもと変わらぬ柔らかな笑顔で見送っていた。



**********



 夜更けの運河は穏やかにゆらめく水面が岸壁の街灯の魔法の灯りを映し出して煌めいている。繁華街から少々離れているため、暗くなれば秘め事を愉しむ男女の姿やそれを目当てに違う意味での楽しみを期待した者たちがそれなりにいたのだが、流石にこの時間にもなればそういった者たちも姿を消しており、周囲には穏やかな波が岸壁に打ち付ける静かな水音だけが聞こえていた。


 そんな暗い岸壁に、さらに一層暗さを増したかのような闇があった。いや、それは闇ではなかった。闇色のローブを纏った何かがそこにいたのだ。フードに隠れてその顔までは確認できないが、その佇まいは明らかな強者の気配だった。


 何故強者かとわかるのか、それはその闇色の者がそこに存在しているのにかかわらず、数少ない通行人が全く気付かない。それほど完璧に近い状態で己の存在を消すことが出来る者が弱いはずがない。だがそれに気づいた者がいた。


「よう、こんな夜更けにこんなところで何してる?」

「……」


 場違いなほど自然に声をかけたのはキャラミア、その恰好は出張所を出た時のままであり、こんな夜更けにあからさまに怪しい者に遭遇したというのに所持している武器を構えるようなそぶりすら見せていない。


 だが声をかけられた者は特段挙動不審なところを見せることなく、流れるような仕草で背負った長剣の柄に手をかけると鞘ごと構えた。そして小さく振りかぶると鞘が外れてやや後方に鈍い音を立てて落ちた。


「……!」


 その音を合図にするように、ローブ姿の剣士は地を蹴った。かなりの力を込められた蹴り足により、放たれた矢の如くキャラミアへと肉薄する。しかし大地を蹴る音がほとんどしなかったのは何らかの魔法的補助を加えているからだろう。


「返事もなしにいきなりか!」


 キャラミアは即座に相手の動きに反応したが、一瞬だけ剣柄に手をかけそうになり、慌てて警棒に変えた。そのために反応が遅れ、かろうじてローブの剣士の一撃を受け止めることができた。


 だが彼女もこのまま受けに回るつもりはないようで、力で押し込まれる剣を警棒を斜めに構えることで刃先を滑らせる。やり過ごした剣先が自身の左肩口から抜けていくのを音で確認すると、そのまま前方に踏み込んで警棒を相手の左肘あたりに打ち付けようと振り下ろした。ローブの剣士は右利きの構えであり、剣を左に流したことで剣士の左腕は無防備になると想定しての一連の動きである。


 ぎんっ!


「ずいぶん似合わないことをするな、アンタはもっと綺麗な闘い方に執着していると思ったんだが」

「……綺麗事ばかりでは……勝てませんから」


 キャラミアの警棒がローブの剣士の左肘を破壊することは無かった。剣士は自身の一撃がいなされたことを知ると即座に剣柄から手を放し、腰につけたナイフを抜いて警棒を受け止めたのだ。だが華奢なナイフでは武骨な警棒を受け止めることはできない。特にキャラミアの持つ警棒は一般の警備局員が持つものとは異なり、言わば唯の鉄塊のようなものだ。軽量化された最新型の装備ではなく、旧世代式の警棒である。並みのナイフなど受け止めただけで刃を砕いてしまうだろう。


「こんないかついナイフ使ってたか? まるで鉈じゃないか」

「……隠し玉を持つのはいけませんか?」

「いんや、むしろ当然だろ。アンタがそういう手段を持つことに驚いただけだ」


 キャラミアの鉄塊を受け止めたのはナイフと呼ぶにはかなり抵抗があるいそうな、分厚い刃を持つ鉈のような刃物だった。かろうじて柄がナイフのものを使っているのと、刃の形状によりナイフであろうと推測できた。


「どうする? まだやるかい?」

「……いいえ、あなたが常に研鑽を重ねていることが確認できましたから」

「そっちこそ色々と試してるようだな」


 ローブの剣士は鞘を拾い長剣を収めると背中に背負った。そしてゆっくりとローブのフードを外した。運河を渡る柔らかな潮風によって、フードから零れた長い髪が揺れる。街灯の灯りに映える美しい金糸のようなしなやかな髪。そして陶磁器のような白い肌の美しい少女の顔。凛としたブルーの瞳が意志の強さを感じさせる。その姿を見たキャラミアは小さく溜息を吐くと、警棒を腰のホルスターにしまい、呆れたように声をかけた。


「で、こんな夜更けにこんなところで何してるんだ? クリス=リーディス警備局長? いや、リーディス女侯爵と言ったほうがいいかね?」

「そんな堅苦しい言い方はやめてください。少なくとも今この場においては」

「ああ、悪い。ま、お堅い仕事には息抜きも必要だわな」

「理解していただけると助かります」


 つい先ほどまで戦闘していた者とは思えない親密そうな言葉のやりとりは常人ならば理解しがたいものだろう。だが彼女たちにとってこれはただの挨拶代わり、日常茶飯事のことだ。お互いの力量が衰えていないかどうかの確認を兼ねているのだ。


「隠し玉を使うなんてアンタらしくないな」

「警備局も一枚岩ではありません。寝首をかかれるわけにはいきませんから」

「制圧派か?」

「それ以外にも色々と」


 警備局は元々メイスンの軍部が母体となっている。だが戦争によりその戦力のほとんどが使い潰され、軍を維持できなくなった。そして人員の補填を行おうとしたのだが、その矛先となったのが貴族だった。だが意味のない高いプライドを持つメイスンの貴族はそれに強く抵抗したのだ。

 

 曰く「安全が保証されていない」「現場の上役からの命令に従いたくない」などなどの苦情というより唯の我儘と言った方がわかりやすい意見が多く寄せられたのだ。特に命令に従いたくないという点は非常に厄介で、軍部は基本実力主義であり、残っていた上層部のほとんどは平民出身でありながら武勲により出世した者たちだった。貴族たちはそういう人間に従うことを頑なに拒んだ。当然ながらそんな組織が成り立つはずもない。


 なので苦肉の策として行われたのが軍部を解体し、警備局として再編するというものだった。だがかつての上層部の者は閑職に追いやられるか、報奨金を貰っての退職、もしくは王国でも外周部にあたる地域に転属させられて発言権を奪われるといった形で排斥されていった。


 そうして出来上がったのが警備局なのだが、流石に貴族たちも戦闘に関しては専門ではない。だが軍部の者を警備局の上層部に入り込ませることはできない。そうして白羽の矢が立ったのが、貴族でありながら文武に秀でた家の出身であり、且つ自身も秀でた能力を持つ者たち。その一人が警備局長のクリス=リーディスである。


 クリスは王国近衛騎士を父に持つ由緒ある家柄でリーディス家は古くからの名家だ。見目麗しいクリスは頭に据えるには十分すぎる素養だった。さらに彼女がトップに抜擢されたのには大きな理由があった。


「どうして剣を抜かなかったのですか?」

「刃引きの剣相手に抜剣するわけにもいかんだろ」

「こちらは魔導補助術式を常時発動しているのに、ですか?」

「そんな得体のしれない物を信用するつもりはないよ」

「そんな……ああ、あなたは魔導兵装でしたか。それも発動しなかったのは?」

「敵意の無い奴に武装なんてそれこそあり得ないな。そっちこそ補助術式なんてもの使って問題ないのか?」

「今のところは。カーディナル社の最新式ですから」


 クリスの言った魔導補助術式、それは警備局がクリスを必要としていた理由だ。かつて軍部は戦争においてアンリール、プルーナル両国との身体的、魔法的格差を埋めるために魔導兵装という補助武器を開発した。当然、当時の学校ではその技術に対応するための方法も教えていた。戦後その技術は改良調整が行われ、より身軽に、より汎用性を高く、より扱いやすくされた。当時国内有数の名門学校を首席で卒業したクリスに声がかかるのは当然だったのだ。


「ま、こっちに補助術式が支給されることはないからいいか」

「すみません、本来なら皆に支給しなければならないのですが、一部貴族家からの反発が激しくて……」

「あいつらが考えそうなことだ」


 一部貴族家には未だに特権意識が抜けきらない者も多い。そういう連中は警備局員が皆同じ補助術式を使うことを極端に嫌う。特権を持つのは自分たちだけでいいという身勝手な理由だが、貴族家中心の警備局本部ではそんな意見も無碍にすることができないという情けない状況がある。クリスはそれを詫びていたが、キャラミアは全く気にしていないようだった。


「で、わざわざこんな時刻に一人で、しかもそんな格好で昔話や世間話しに来た訳じゃないんだろ?」

「そうですね。先日こちらでご迷惑をかけた中央の局員がいたのを覚えてらっしゃいますか?」

「ああ、アタシが灸をすえてやった連中か」

「ええ、制圧派のマクダネル家の三男でした。その件でマクダネル家がこちらに手出ししてくる可能性が高いです」

「そっちで牽制できないのか?」

「後ろ盾に制圧派の複数の貴族家がいますので、牽制程度しかできません。警戒令を出しても受理されて発令されるまでは効力がありません。ただしここに手出しすれば国法で裁かれる旨は伝えてあります」

「それでも動くとなれば、余程こちらを舐めているということか」


 クリスは真剣な表情で状況を説明する。早い話がマクダネル家がここに攻めてくるかもしれないということだ。しかも複数家の後ろ盾により戦力も高いかもしれないという。国法に抵触するかもしれないという危惧を無視してまで動く可能性があるのかと一瞬キャラミアは思うが、その様子を見たクリスが言葉をつづけた。


「中央の貴族家は新たな収入源が欲しいのです。そちらから送っれる上納金はもちろん、働く人々の上前も撥ねたいのでしょう」

「……それは聞き捨てならないな」

「メイスンが引き起こした戦争の被害者でもあるここの住民たちをさらに苦しめるようなことは許されることではありません。……ですからもし攻め込んできた場合は心おきなく撃退してください」

「いいのか? ここの連中は手加減なぞ知らん奴らだぞ?」

「彼等にも忠告しましたが、ここを攻めるということは国外への侵攻です。貴族が単独で他国を攻めるも同義です。もしそれで反撃されて負けたとして、誰が擁護するでしょうか?」

「確かにな。アンリールとプルーナル出身の連中の反発必至だろうし」

「それに利益を独占しようとする貴族を他の貴族が助けることはありませんから」 


 情けないことですが、とクリスは続けるが、不意に沈黙したキャラミアが気になりそちらを向いて……凍り付いた。


「……あいつらは馬鹿なんだろうな。ここの住民たちにとって戦争はまだ終わっていないことを理解していない」


 顔の表情は変わらないが、纏う雰囲気が変わっていた。それはまさしく戦争という名の死地をくぐり抜けた者が持つ特有の雰囲気、濃密な殺気はどこか不穏な匂いすら感じさせるほどだった。もし彼女と同じ戦場を経験した者がいればそれが何かを明確に理解できるだろう。……死の匂いだと。


「こちらは好き勝手にやらせてもらう。すまないが後始末を任せていいか?」

「え、ええ、その辺りはこちらで抑えておきますので」


 クリスとて伊達に警備局長という地位にいるわけではないが、その彼女ですら背筋の凍るような冷たい雰囲気を纏ったキャラミアがそこにはいた。普段の飄々とした彼女からは到底想像もできない、別世界の住人の持つ顔であった。

読んでいただいてありがとうございます。

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