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本日二話目です。ご注意ください。
「いつもすみませんね、隊長さん」
「気にしなくていいよ、こっちもアンズを独占させてもらってるしな。それよりも裏にあった魔導車はそっちで使っていいぞ?」
「要りませんよ、あんな金ぴかの悪趣味なものは。でも大丈夫ですか? あれだけ痛めつけてしまって」
「心配いらないよ、トモエ。あいつらは親に泣きつくことなんてできやしない。まさかこんな場所に女遊びに来たなんて大っぴらにできないし、ましてや馬鹿にしていた警備隊長一人に手も足も出ないなんて、まともな精神の持ち主なら恥ずかしくて言えん」
「そうですか、それで安心しました」
キャラミアと話しているのは妙齢の女性、真紅のボタンの無い衣服を緩く腰の紐で留めただけの扇情的な格好をした美女だ。そしてその頭にはアンズと同様の耳がついている。その髪の色は煌びやかに輝く金色だ。
「仕返しは無いと思うが万が一ってこともある。しばらくは店の女の子に単独行動は控えるように言ってくれ」
「ええ、注意しておきます」
「アタシもこの【春楼閣】が無ければ日々の仕事に張り合いがなくなるからな」
「またのおいでをお待ちしております」
トモエに見送られながら建物を出るキャラミア。ふと建物の傍に転がしておいた男たちがいつの間にか消えていた。
「しかしまぁ……本当に手応えの無い奴らだったな。まさか全員一発で沈むとは。しかもあれだけ手加減してだぞ」
それは呆気ない幕切れだった。剣を抜いた男たちだったが、その実力はこの街のチンピラと互角に渡り合える程度のお粗末なもので、基本すらできていなかった。
「あんな腕で護れるのか? まぁ中央だから大丈夫か。警備局のトップがいるし」
あの程度の連中が警護していて大丈夫かと心配になったキャラミアだが、すぐにそれが杞憂であると思いなおした。あの連中は確かに【金】だが、そこにはいくつもの序列がある。上位の警備隊員はそもそもこんな街に遊びにくる暇などない。つまり遊びに来るだけの暇を持て余しているということは、日常業務において居ても居なくても全く支障のない連中だったということだ。
「こっちが汗水垂らして日夜働いているってのに……ならもう少し給料上げろっての」
運河沿いをのんびり歩いていたキャラミアの足がふと止まる。中央に繋がる橋の上をよたよたと歩いていく五人の男の姿が見えたからだ。
「やはり強化術式を施しているか。常人なら半日程度は動けない程度に痛めつけたんだが」
一瞬自分の腕が鈍ったのかと落ち込みかけたキャラミアだったが、男たちの背中にうっすらと見える魔力の流れを確認してほっと胸を撫でおろした。だがすぐに険しい表情を浮かべる。
「自立思考型の補助術式か、確かに優秀だが……アタシらには縁のない代物だな」
そう言いつつ再び歩き出す。やがて見えてくるのはレンガ造りの五階建ての建物だが、窓からちらちら見える巨大な尻尾にその顔色が青ざめ始める。
「しまった、決裁書類を忘れてた。まったく、あいつらが女遊びの領収書をこっちに回したおかげでこんな面倒なことをしてるってのに」
「あ! 隊長! どこ行ってたんですか!」
ひょっこりと顔を出したのはアイリーン。そして窓を見上げていたキャラミアと目が合い、怒りの感情がこめられた声が響く。
「ちょっと怪しい領収書の出どころを確認しに行ってたんだ。決裁書類はすぐにやるから!」
「もういいです。書類はローズ副長が全部処理してくれましたから」
「あ、そう? それは良かった」
「良くないです! なので隊長の分のケーキは私が頂きます。第二区画の甘味処の新作ですけど」
「な! ちょっと待て! あれはアタシが予約しておいたヤツだろ! 一か月待ったんだぞ!」
「知りません! 隊長はトモエさんのお店でいいことしてたんでしょ!」
「待て! 早まるんじゃない!」
慌てて建物の中へ駈け込んでゆくキャラミア。その入り口にはお世辞にも綺麗とはいえない板切れが打ち付けられており、そこにはこう記されていた。
王国警備局 特別市街地域出張所、と……
「で、結局どうだったんですか~?」
「ああ、やっぱりあの馬鹿共がこっちの名前を勝手に使っていたらしい。警護の応援の疲れを癒すためなので領収書をこちらに回すように言っていたそうだ」
「何も知らないっていうのは恐ろしいですね。隊長とトモエさんが懇意にしているなんてこの街の者なら皆知っていることなのに」
「あいつらは根っからの貴族だからな、この街の人間なんざ同格に見てない。だからこの街で起こることに全く関心がない」
小さなテーブルを囲み、ケーキを食べる三人の女性。白髪で一際武骨な制服を来ているのが隊長のキャラミア、おっとりした口調で翡翠色の長い髪の女性が副長のローズ、そして小柄で栗色の髪、小さな獣耳とふさふさの尻尾を持った少女がアイリーン。この三人がこの出張所の隊員たちだ。
「さすが新作、味わいが絶妙だな」
「最近では中央のお偉いさんがお忍びで買いにくるらしいですよ。でもいつも売り切れだそうで、使用人らしい女性が朝早くから並んでいるそうです」
「でもそれだけじゃ無理なんじゃない~?」
ケーキをフォークでつつきつつ、やや冷めた目をするローズ。翡翠色の髪は魔族の血を引いている証であり、この国メイ=アン=プルーナという国の本質がどういうものなのかをよく知る人物の一人でもある。
「あの店の主人、妖魔族ですよ~? 中央の貴族に売るとは思えないんですが~?」
「そうですよ、五年前まで戦争してて、しかも国のほとんどを焦土にした連中に売る訳ないじゃないですか」
アイリーンの言葉の通り、この国はかつて戦争をしていた。相手は魔族の国プルーナルと獣人の国アンリール。人族の国メイスンはこの二国を相手に戦争を仕掛けたのだ。魔力に富み、魔法技術に長けた魔族、非常に高い身体能力に種族特有の能力を兼ね備えた獣人族、三つ巴の戦いの最中、魔族と獣人族は同盟を結び圧倒的な戦力でメイスンと相対した。
誰もがメイスンの惨敗を、そしてメイスンの民の無残な行く末を想像した。それを覆したのがメイスンの開発した技術だった。その技術こそ魔導兵装と呼ばれるもの、後に禁忌に足を踏み入れた技術と呼ばれるものであり、少数精鋭で絶望的な戦力差を覆す奥の手だった。
戦局は拮抗し、先の見えない戦争は人々の希望を毟り取る。そしていつしか【絶望の大戦】と呼ばれるようになった。やがては皆疲弊して滅んでいくものと思われた時、予想外の事件が起こった。その戦争が一部の者たちの計略により引き起こされたものだという情報が流れたのだ。情報の出どころは一切不明、しかし戦局はその不確定情報により劇的な変化をもたらす。
三国の首脳は突然の停戦同意、そして三国の併合の同意。そして発令された停戦命令に何故か従わずに泥沼の戦闘を継続していた兵士たちを首謀者及びその賛同者として未だ避難できないでいた国民もろとも殲滅を決定した。そして使用された極大殲滅魔法により、当時主戦場だったプルーナルとアンリールは焦土と化し、未だに人々が立ち入ることができない場所となったのだ。一千万を軽く超えるともいわれる兵士や国民たちの怨念が未だ彷徨う地として。
「確かにな。だがここでその話を持ち出しても仕方ないことだろう。それに使用人には罪はない。買うことができなければ罰を受けることが分かっている者を手ぶらで帰すわけにもいかないだろう」
「そうですね~、基本的に魔族は温和な種族が多いですから~」
「それからアイリーン、戦争の話はするな。あまりいい気分じゃないのは皆同じだ」
「あ……すみませんでした」
キャラミアの指摘に素直に頭を下げて謝罪するアイリーン。キャラミアの顔もローズの顔もあまりいい顔をしていない。それどころか話を振ったアイリーンも表情を曇らせていた。
彼女たちが治安維持を担当しているこの特別市街地域は厳密にいえばどこの国にも所属していない。メイ=アン=プルーナですらここを主導で管理していない。では一体この特別市街地域とは一体何なのか?
【絶望の大戦】の主戦場となった魔族の国プルーナル、獣人の国アンリールの両国は殲滅魔法によりその国土と国民のほとんどを失い、国家併合の条件として上層部と富裕層のみが新しい国家への移住を認められた。何故か殲滅魔法の猛威を免れることができた者たちだ。ではそれ以外の者たちはどうなったのか?
幸運にも僅かに生き残った国民たちは殲滅魔法により国土のほとんどを失った。だが被害が軽微だった地域があった。それが二国のうちかつてメイスンと隣接していた地域だ。ここは殲滅魔法の影響が少なく、建物などは半数以上が崩壊したが人が住むことはできた。国を失った者たちがそこに行き着くのは当然の流れであり、そうして出来上がったのがこの特別市街地域である。
だがそれだけ聞けば非合法の難民であるが、極大魔法で国土を消滅させた罪悪感があるせいか、国はこの地域を見て見ぬふりをしている。そしてそれを続けているのも理由があった。
「あ、隊長、いつも通りに入金があったので、送金しておきましたよ」
「ああ、悪いな」
「隊長もマメですね~」
「でもおかげでこの街がやっていけてるところもあるからな」
「普通はこんなことしないと思いますけど。伝手がある隊長が特別なんですよ」
「腐れ縁だけどな」
ケーキを食べ終えてアイリーンの淹れた香茶を飲むキャラミア。そんな彼女にローズが真剣な表情で声をかける。
「隊長~、あの領収書の件ですけど~」
「ん? どうした?」
「あれを回してきた隊員~、少々面倒なことになりそうですよ~」
「……詳しく聞かせてくれ」
その言葉を聞いたキャラミアの顔つきが一変する。その顔は今までのどこか飄々とした印象は綺麗さっぱりと消え失せ、その瞳には研ぎ澄まされた鋭利な刃物のような危険極まりない輝きが宿っていた。
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