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災華の縁 ~龍が人に恋をしたとき~  作者: エージ/多部 栄次
第四章 三節 災禍の宴
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3.深淵へと呑まれていく者達

 グランと視界が傾き、重心も傾く。そして、転倒する。自分の意識が薄れてきているからなのか。しかしそれは間違っている。

 何てことはない。

 大陸ごと傾いているのだから。


「うわああぁあああぁあああ」

 右に大きく傾き、人々は転がり落ちていく。街も傾いて別方向からの重心に耐えきれず、倒壊していく。

 国に隣接していた広大なサルト湖の湖水が撒き散らされ、大津波となって街を襲い掛かる。水都は波に呑まれてしまった。

 その規模はサルト国周辺まで。当然、サルト農村も呑み込まれていく。

 まるでそこだけを地面ごと切り取ったかのようにその範囲だけが傾いている。脆くなった一部の大地――水都リュシアンはシーソーのように跳ね上がり、地殻から離別する。

 王都に巨大な影が覆いかぶさる。


「街が落ちてくるぞォ!」

「駄目だ、逃げれるわけがない!」

 分厚い岩盤ごとひとつの都市が真っ逆さまになって降りかかってくる。大小さまざまな瓦礫も雨のように落ち、それは地表に墜落する流星群を連想させる。


 だが、それらの落下はピタリと停止し、大気に穿ったかのように固定される。その非科学的な力学的事象は王都の庭園より発されていた。

「と、止まった……?」

 アーク国聖騎士団の一人がそう呟いたところに、ひとつの足音が聞こえてくる。

「得体のしれない力なら、こっちだって負けないわよ」

「サルトの魔術師! まさかあれを止めたのは――」

正確せーかくには、今日王城の庭に出しておいた、魔道軍が開発した大掛かりな魔動装置。やっぱり魔法はいいわね。遠くの装置を起動させることもできるし」

 その魔導師――イルアは気楽に堪える。「なんて奴だ」と得体のしれない力を前に、軍隊をも凌ぐ騎士団は暗くなった天を見上げては息をのむ。だが、地上の炎が国中を照らしているのか、夕日のようだと思わせる。

「間に合ったけど、本来ならこんなことに使うつもりはなかったのよね。緊急として使っただけよ」

 まさかここまでされるとは。魔術師も想定外だった。

 ひとつため息をつき、何十キロも先にいるであろう災龍の方を見る。ひとつの巨大なキノコ雲がここから小さく見えた。あそこで暴れているのだろう。

「本当に底が知れない生命体ね」

「そうだ、4英雄は何をしている。あいつら全員それなりに魔術は使えるはずだろう。全員魔具を付けているから、魔術師とは違って災龍の捕食にはそこまで影響されていないはずだ」

「それを踏まえても災龍の移動範囲が半端ないのよ。数十キロとか数百キロもの瞬間移動を容易くできる人は限られているんだから。さすがの彼らでもせいぜい4,5キロ程度よ」

 ゆっくりと傾き、地鳴りとともに傾きは平坦な地面へと変わる。轟音と長時間続く地震に騎士団の一人は耐える。イルアは若干地面から浮遊しており、誰もが必死で揺れと傾きに耐える中、悠長な表情で見つめていた。

「しかし、あんなに移動速度が早ければ討とうにも討てない」

 そう騎士団員がいったと同時、雷鳴のような断絶音がイルアの傍から聞こえる。

 気がつけば、足元の地面が数十センチほどぱっかり割れており、話していた騎士団員も半身のみとなっており、臓腑を垂れ流しながら崩れ落ちる。あまりの一瞬に、悲鳴のひとつすら沸かなかった。切り口ともいえる地割れから火が出てきている。摩擦によって発火し、地面も少し溶けたのだろう。

「な……っ!?」

災龍あちらはどこにいようと討つ気満々のようだけど?」

 あまり驚くことなく、イルアは災龍の居場所から続いている斬撃跡を目で辿り、後ろを見る。

「や、山が――嘘だろ」

 高台から見える景色は国外をも見渡せる。災龍の刻んだその軌跡はサルタリス山脈まで続いていた。山の森から煙の壁が立ち昇っている。

 イルアは古寺とキクの墓を思い出し、一度だけ目を大きくさせたが、位置的にそれらの場所は斬撃跡から離れていたので、すぐに崩壊している町へと振り返った。

「このままじゃ、あなたたちの島国もただでは済まなさそうね。メルス広場に何人か魔道軍の魔戦士がいるし、その人らに転送魔法頼んで、災龍のとこに行ってみたら?」

 だが、少し動揺する者もいれば、躊躇う者もおり、すすんで挑む者はいなかった。

「情けないわね、それでもアークの聖騎士団?」

 呆れ、イルアはそう吐き捨てる。

(でも、無理はないかもね)

 アークの王は死に、その上目の前で団員が殺されたのだ。何十キロ先にもいる災龍の手によって。その規模は国外の山脈にまで至る、神とも称されかねない力。戦意を失うのも仕方がない。

(そう思えば、サルトは少し異常かもね。"アレ"があるのも関係しているんだろうけど)

 よくみれば、災龍に積極的に向かっているのはサルト兵が多い。プラトネル兵は機械発展によりあまり多くはなく、サポート側。グリス兵は4国の中で最多だが、半数は国民を逃がしつつ逃亡している。アークは島国といえど平和条約を多国と結んでおり、戦力はそこまでない。

(それにしたって、龍群を殲滅できるほどの戦力と戦意はあったんだけどねぇ)

 やはり災龍の規格外さに慄いているのだろう。人類の敵として畏れられてきた黒龍神を一瞬で葬れるならば、尚更か。そうイルアは考え、ぽつりと言った。

「精々頼れるのはプラトネル技術と、私たちの魔術だけのようね」

 あ、と思い出したように、イルアは一つ付け足した。

「コーダ軍帥も忘れちゃいけないわね」


     *


「くっ、災龍め……!」

 巨大な揺れに耐えきったコーダは周囲を見て怒り混じりに呟いた。

 街や人がごった返しになり、街の倒壊に巻き込まれ、湖水の津波に飲み込まれ、多くの人が悲惨な姿で命を失っていた。

 遠くから奇声と共に再び地面が歪曲する程の地割れが発生した。衝撃で石床は砕け、飛散する。

 周りの民間人が今の衝撃で宙を舞い、そのまま地面に叩きつけられ、赤いものがぶちまかれる。地割れの大きな割れ目に落ちていく人も多くいた。

 それを見て、「すまない」と小声で言った後、コーダは騎乗している武装馬竜に鞭打ち、砂都へと向かい続ける。

「もう少しだ、民よ、もうしばし耐え抜けてくれ……!」


     *


 赤髪の王ランドスは唖然といていた。

「こりゃどういうことだよ……!」

 エルドス軍帥や他のプラトネル兵がいた場所。計画ではブラックエリアに災龍を飲み込んで解決だったはずだ。

 それが、どうしてこうなる。そう口から出そうになるのを抑え込んだ。

「エルドス、おいっ、エルドス!」

 壊滅状態。知る顔も皆、無残な肉塊へと化していた。装置、兵器、死体。人の手でやった跡どころか、竜の仕業は到底思えない傷跡が残っているだけ。町も抉れ、不毛の地となっている。

 ふと目についた、国の軍帥にして親しき友人だったエルドスに声をかけ続ける。だが、腹部と胸部が巨大な手形にえぐり取られており、とても生きているとは思えない骸の姿となっていた。

「しっかりしろよ馬鹿! おまえ機械人ハーフアンドロイドだろ! なに居眠りしてんだよ! 畜生……畜生……!」

 千切れた脳髄からパチパチと放電しており、回路も脈も途切れていることは分かっていた。だが、それを若き新王は認めたくはなかった。

「災龍……絶対ぶっ殺してやる!」

 炎に映える紅の機鎧を軋ませ、怒りに燃えゆ瞳は紅く煌めく。


     *


 消えた花都ハーファンから移動した災龍は現在、風都シリシアで暴れていた。

 どこもかしこも戦場と化していた。しかし、その光景は国同士が行う銃撃戦ではなく、まるで怪獣とも戦っているようだった。

 だが、怪獣のような巨大で凶暴な竜なら何頭も狩った経験がある4国。彼らにとって目の前にいる小さな竜人は、怪獣というより天災そのものだと比喩していることだろう。

「――っ、また消えた!」

「どこいった!」

 軍兵が叫ぶ。

「……ぁ」

 ひとりの軍兵は気付いてしまった。だが、それを他の兵に知らせるにはあまりにも遅すぎた。いや、遅いのではない。

 災龍が早すぎるのだ。

「……後ろ――!」

 国軍の集団の中央に現る天災。瞬く間に人々は塵となり、鉄は砂塵として舞い上がる。

 上空から金属くさい無機物と生臭い有機物がにわか雨のように激しくその場に降りかかった。

 周辺から何十奏もの断末魔がけたたましく聞こえてくるも、常に起こる天地の震鳴がそれらをかき消す。

 ぼたぼた、べちゃっ、と音を立て赤い雨が降り注ぐ。

「あ……」

 気が付けばその場にいたのは自分ひとりだけだった。誰にも頼れない孤独でさらに恐怖が植えつけられる。

 血生臭い肉塊でできた赤い山の中、一匹の化物が不気味な笑みを浮かべながら一歩一歩とその軍兵へと歩み寄ってくる。

「ひ……く、くるなぁっ!」


 その重傷を負っていた軍兵は足を引きずりながら、殺された誰かの所持していた拳銃を持ち、ひたすら撃ち続けた。間抜けな声を荒げ、銃声が上がる。

 避けてもない。しかし怯んでもいない。硬質でも軟質でもない肉の中へ呑み込まれている。底なしの沼に銃弾を撃ち込んでいるのかと軍兵は感じただろう。

「く、くそっ、弾切れ……?」

 災龍は脚の踏込みの挙動すら起こすことなく、軍兵の眼前へと瞬時に飛んでは大口を開けた。

 その場が血飛沫で染まりかえる。

「――っ」

 しかし、その血はその軍兵のものではなく、斬られた災龍のものだった。

 放たれた砲弾以上の勢いで突っ込んできた災龍の軌道。その斬られた衝撃で兵に衝突することなく逸れ、いやな音を立てて数回バウンドする。

「大丈夫か、おまえ」

 サルトの兵士か、とエアリオンは腰を抜かした軍兵に落ち着いた口調で声をかける。

「は、はい……ありがとうございます」

「ならよかった。まぁ、とにかく立って剣構えろ。今度は確実に死ぬぞ」

「は、はい! すみません!」

 その軍兵――ベルフは状況が状況であるにもかかわらず礼を言い、血の滲んだ脚を震わしながらガチガチと剣を構える。その様子を一瞥し、軽い溜息をつく。やはり恐怖に支配されている。

「……今はこっちか」

 災龍は左肩の関節部分を斬られ、ぱっくりと切れ込みがある。その奥底から白いものがちらちらと露出していた。

 しかし、その切れ込みから血管のような筋繊維が伸びてきて結合し、損傷部分を再生しようとしていた。

 そのとき、切れ込んだ肩めがけて黄金色の光線が貫通する。その左腕は垂れ下がり、身体と繋いでいる関節に穴が空いた。

「あれはプラトネルの技術……」

 エアリオンとベルフ、災龍の視線が同じ方角へと向かう。

 光の豪雨と焼ける蒸音。それに負けじと響く絶叫。炎照らす紅の両の腕から放たれる光熱線は災龍を押し退ける。

「赤髪の王……っ?」

 思わず疑ってしまう。それほどまでの悲哀と威圧――殺意――があの涙を流す若き王の倅から感じられた。

 彼の機械の胸部が開口し、単発かつ瞬発的な衝爆が光の形で周囲の瓦礫や地面を風圧で抉っては災龍を遥か先へ吹き飛ばした。

「はぁ……はぁ……っ」

「おい……大丈夫か」緑髪の王は半ば警戒しつつ近寄る。

「エアリオン王……だっけか。悪いな、折角のターゲットをまたどっかへ飛ばしちまった。」

 避難先の道とぶつかってなけりゃいいが、とランドスは言う。

「それで、この兵は?」

「こっちが訊きたい。サルトの兵だろう」

 ふたりの会話を遮るように、こちらへ誰かが近づく音が聞こえる。

「ベルフ? おい! ベルフか!」

 エアリオンとベルフの背後。業火に滾る街の中、蒼髪の兵士――レインが信じられないような顔でベルフを見ていた。

「おまえ、花都ハーファンにいたんじゃ――」

「せ、先輩っ」

 ベルフはレインに縋り付く。

「だーっ! こんなときにくっつくな! はな、れ、ろ……よっ!」

 しかしレインはベルフの頭を掴み、力強く引き剥がした。

「先輩! 俺、おれ……!」

 その潤んだ声に抵抗した力を止める。

「ケプト大佐も、カルダス大佐も……ハーファンにいたみんなが、災龍に……っ、なのに俺だけ逃げてしまって……っ」

 涙ぐんだ声に言葉が詰まる。レインはがしがしとベルフの赤茶の髪を荒く撫でる。

「恥じることも泣くこともねぇ。生き残れたってだけでも、十分よくやった」

「……レイン先輩」

「おまえも避難しろ。その怪我じゃまた死にに行くようなもんだ」

「なぁそこのあんた。おまえこいつの上司か?」

 エアリオンが冷静に訊く。ランドスは身にまとった機鎧の稼働確認を行いつつ、装備された装置を用いて災龍の位置を特定しようとしていた。

「ああ、そうだけどあんたは? サルトじゃ見ないからグリスかプラトネル辺りか」

 他国とはいえ、王の顔を知らないとはな。エアリオンは若干呆れるも、

「名乗ってる暇はねぇだろ」

「そうか……っておまえまたくっつきやがって! きもちわりぃ!」

「おいそこにいたか! なにやってんだよ、後輩なんかといちゃいちゃする暇はねーだろうが!」

 あとからレインの同僚である国軍兵のサニーが怒鳴る。その後ろにはクラウもいた。

「……死ぬぞ」

「俺のせいかよ! 俺だってこんなこと――」

 そう言い放ったとき、王ふたりが一斉に武器を構えた。

「うぉっ、ちょっ、やべ」

 足元がおぼつかないほどの地震が人々を崩す。屈強な兵ですらふらつき、瓦礫の地面に転がる。

「さっきよりもデカい地震だな」

 剣を杖代わりに自らの身体を支えたエアリオン。遠くに見える民家が揺れで崩落し、割れた地面に飲み込まれていく。

「さっさと行くぞ! また被害が出る前に」

 歯を食いしばる。今すぐにでも駆け出しそうな勢いだ。

「マジかよ! おいレイン! まだ援軍は来てねぇし、とりあえず一旦ここから」

「逃げたら負けだ。行くぞ」

 立ち止まるサニーの先をクラウは歩く。

「は!? 何言ってんだよお前まで! そんなの無ぼ――」

「サニー。わかってるだろ、こいつの性格」

 真っ直ぐなまでの親友の目。そういやそうだった。サニーは今までのことを思い返し、頭をがさつに掻く。

「……あーくそったれ。わかったよ。3人揃って最強! だもんな。やるしかねぇか」

「ベルフ、おまえは国民と一緒に避難しろ」とレイン。

「いえ、自分もここに残るッス!」

「バカ野郎が、その脚の怪我じゃ無理だ!」

「できることはあるっすよ。これでも自分は国軍っす! 先輩方を置いて逃げるより、戦って死んだ方がマシッすよ! もう、自分だけ逃げて尊敬する人を失うのは嫌なんす」

 徐々に震えた声。災龍の災厄に奇跡的に一度逃れることができたものの、その恐怖は尋常ではないかもしれないのに。それでも尚、立ち向かおうとしている。

 レインは応えに躊躇った。

「……レイン、時間はねぇぞ」

「わかってるよ。まぁ、とやかく言う暇はない。勝手にしろ」

「っ、ありがとうございまス!」

「で、あんたも行くのか?」とグリス国の王エアリオンに尋ねる。

「あんたって……いやこの際どうでもいい。当然、あのバケモンをたたっ斬るのみ」

「待て」ランドスが闘志を燃やした彼らを制止する。

「この荒れ狂った状況で頭イカレたか? 人間の俺らがここから走って間に合う距離じゃねぇ。他の兵だってただやられるだけの無能じゃねぇんだ」

「け、けど!」

「そこの蒼髪の兵士。ジッとしてられないのは分かるが、その間に俺たちは準備をする。近くにいる生き残った兵にも声をかけるんだ」

 納得したのか、諦めるようにレインは従った。他も同様、踵を返した。

「感情に任せてブッ飛ばしちまったからあまり強くは言えないけど……こうなるんだったら、もっと早く使うべきだったな。……あれ相手に敵う気がしないと思ったのが情けない限りだけど、可能性に賭けるか」

 そう述べた赤髪の王ランドスは身にまとう機械武装の無線機能に自分の指示を国兵に次げようとしたとき。

 何度目かわからない大轟音。その場の地面が30度ほど傾いた。

「おい、あれ――噴火か?」

 大火山が爆発したように噴火し、曇天を貫く火柱と曇天を黒く染めるほどの立ち込める黒い噴煙。

 こちらに向かう、草木をも溶かす熱気と巨大な瓦礫を押し退け粉砕していく固体粒子。それらから成る重密度流――疑似火砕流――が流れ込んでくる。


 声を出す間もなくそれはレインたちを飲み込んでいく。通り過ぎるのもつかの間、熱煙の中、紅く融けた地面が冷え、黒い地面と化す。

 唯一、融けていない地面があるとするならば、それはおそらく――。

「おまえっ、まさか魔術使えたのかよ」

 驚く一同はエアリオンを見る。光る剣を突きだし、盾として火砕流を押し退け、裂いていた。疲労した顔つきで、エアリオンは呟くようにサニーの言葉を返す。

「とっておきだったんだ。こんなとこで使いたくはなかったけど、死ぬよりはマシだ」

 火砕流という名の熱衝撃波の先。炎と煙の先に、天災はいた。

「どうやら、あっちから迎えに来てくれたみたいだな。手間が省けて良かった」

 戦慄を覚えたランドスだが、装備した機械を唸らす。

 そのとき災龍の口からドス黒い気液体がこぽこぽと湧き出てきた。その粘々しい液は蒸発し、黒い噴煙となる。蒸発せずに零れた数滴の褐色液。地面がジュワッと音を立てて蒸発した。

「な、なんスかあの黒い液……」とベルフは顔を引きつる。

「さぁな。相当ヤバいものだってのは十分にわかるが」

 レインがそう答えたとき、エアリオンが呟くように冷静に言う。

「ほとんど蒸発してるけど、災龍の涎だ。あれをただの消化酵素とは認めたくはないが、触れればこのプラトネルの黒い鎧ごと肉体が気化するぞ。さっき何人もの兵があれ喰らって蒸発していったのを見たが……全身からあれを分泌している姿は今初めて見たな」

「気色悪い反吐だ」とさりげなくクラウは呟く。

「もう災龍を逃がすなよ。連絡はさっき入れたし、援軍が来るまで持ちこたえろよ」

 赤髪の王は言う。当然。誰もがそれを言葉にせずとも、構えた武器から応答していた。


     *


 避難経路――国軍に護衛され、逃げる人々が向かう先は2カ所。ひとつはサルタリス山脈方面、もう一つはそのルートの反対側――輝翔の森方面だった。

 黄昏のような空にかき混ぜられたような国と大地。それを熱い炎や煙が覆う。最早、どこへ向かっているのかさえ分からず、兵の指示に従うことしかできなかった。

「なぁ、おまえらはどう思っている」

 はじめに声をかけたのは龍材屋店長のアーカイド。急ぎ足で流れていく人の道。逸れることなく、一カ所に固まったまま歩き続けていた龍材屋の全員が目を向ける。

「何が言いてぇんだ」そうレウは苛立ちをぶつける。

「俺は不満だな」

「僕もタキトスと同じだよ」

「ハッハ!! 奇遇だな、俺も不完全燃焼みてぇにむかむかしてたとこだ!!」

「ハリタロスもか。まぁ、そうだろうな」

 呆れたようにアーカイドは笑う。

「龍材屋が龍を狩らなくてどうすんだって話だ」

 途端、アーカイドは人々流れる避難道から逃げるように外れ、後からレウたちがついていくように駆け出す。

「ちょっと! 君達!」

「悪いな兵隊!! ちょっくら仕事サボってたぜ!!」

 制止する兵を突き飛ばすように潜り抜ける。「待ちなさい! 死にたいのか!」という声も背中に当たるだけ。

「はは! これが俗に言う職業病というのか」とアーカイドは無数に割れた地面を走りながら笑う。

「いんや、戦闘狂だね」と冷静に述べたポート。

「俺たちの店が無事だといいがな!!」とタキトス。

「ここから走るにはちと遠いが、まぁ間に合うだろ!! 根性だ根性!!」

「出たよハリタロスの根性論。本気で無茶言うよ……」

 ポートは呆れるが、「まぁ俺は好きだぜ?」とフォローのつもりで言ったアーカイドは、腕を鳴らす。

「そんじゃ、人生最大の大仕事といこうか!」


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