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災華の縁 ~龍が人に恋をしたとき~  作者: エージ/多部 栄次
第四章 二節 憎悪の災いの先
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8.激昂。そして、執行。

「……」

 国民の誰もが絶句した。

 災龍の言葉は偽り。そう願っていた人も、彼の言葉に籠る何かによって信じたくなくても信じてしまう。


「馬鹿な……そんな、そんなはずが……」

 王は絶句した。誰よりも、絶望し、我を失いかけた。


 あの王妃が、自分の妻が、愛しき人だったキクが。

 災龍を愛していたなんて――。


 あの憎たらしい災龍までも王妃は愛した。その平等的な愛情さに愚かさを感じる。

 あいつの言葉は嘘だ。そうに決まっている。だが、災龍のその目を合わせる度、その思いも徐々に薄れていく。


 それよりも王はその過去について思い当たりがあったことに悍ましさを感じ、記憶を否定した。同時に、当時の記憶を思い出した自分を責め、後悔する。


 王は追憶する。

 あのとき、自分は外の世界で異様な天災が勃発し続ける原因を突き止めるべく、日々アミューダ地方のその現象を研究し続けていた。

 結果、古の龍と同じように天災を引き起こす生物が正体であることを証明させ、それを始末するため、乗竜の白銀帝竜に乗って、霊峰サルタリス山脈に行ったのだ。


 過去に王は、奇怪な天災を巻き込まれない程度の近さで直接、見したことがあった

 そのとき、ほんの一部だけ露わになる龍の身体らしきものが変形し、人の形になった瞬間を目撃したことがある。


 そのとき、災龍が人型にもなれると考えたのだろう。結果、人が来ないような、いや、人が来れない場所に人らしきものが茂み越しに見えたので、咄嗟に災龍と判断してしまい、帝竜の爆炎で辺りを吹き飛ばしたあと、古の龍でもひとたまりもないという強力な銃で狙撃した。

 だが、その人影は呆気なく倒れ、そのあとに尋常ならぬ威圧を放った人の形を模した化け物がどこからともなく現れ、今にも殺そうとしていた。その覇気に乗竜は脅え、王の命令も聞かずに飛び立ってしまった。


 結局、王が撃ち殺した人は誰だったのか。そう考え続けたが、その日のある異変に気付いた瞬間、その答えが嫌なほどわかってしまう。

 愛人の死体を見たとき、考える余地がなかった。ただ、その光景を受け止めるしかなかった。

 誰がやったのか、その醜くグチャグチャになったその肉塊に――心当たりのある弾痕があった。

「……っ!」


 違う。私は殺していない。自分の手で殺すはずがない。

 誰がこんなことを。そうか、わかったぞ。

 この地方で奇怪な天災を起こしている災龍の仕業に違いない。そうでなければ、あの美しい身体が、こんな醜い肉塊になるはずがない。

 そうだ、災龍だ。災龍が悪いんだ。災龍のせいなんだ。

 許せない、国の愛を殺した奴が許せない。憎い、憎らしい。

 奴のせいで、奴のせいで……。


「……思い出しただろ、国王」

 リオラは動かない首を必死にエンレイの方へ向け、啖呵を切る。


「匂いで分かった。あのときの奴とお前の匂いが一致した。王妃を撃ち、死んでしまうきっかけをつくったのはおまえなんだ、国王」

「黙れぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」


 広場中に轟く。だが、リオラは動じない。

「貴様がキクと会ったからあんなことが起きたんだ! 人の妻に勝手に手を出しおって! 最終的にキクを死なせたのは貴様だァ!」

 災龍は黙ったまま、王に目を向ける。その瞳に、王は憎悪をぶつける。

「あの変死体はどう考えても貴様の体質によるものだろう。撃たれた胸は治療でもすれば治ったはずだ! それなのに貴様は……!」

 嗚呼、やはり人間というものは、どこまでも愚かで、醜い。なんと脆いことよ。

 災龍はただ、王の戯言を受け流した。軽蔑の目は、王にも伝わり、さらに感情を昂らせる。


「――っ、やはり貴様は誰かと関われば死んでしまうのだ! たかがバケモノの分際で人と関わることは許されぬこと! バケモノは! バケモノらしく! 醜く! 哀れに! 民の歓喜の為に死ねばいいんだ! ――生まれることも生きることも許されん、死ぬことが貴様の義務。そんな汚らわしいバケモノが! ……またもや恋に堕ちるとはな」

「!」

「聞いておるぞ、サクラに恋をしているらしいな。ハハハ、くだらん。醜いバケモノが王妃に続き、今度は国の王女に手を出すとはな。懲りない奴だ。」

「なぜ……それを……」

 災龍は口を震わす。だが、その声は誰にも届かない。

「そしてまた、犠牲を出す。貴様にそれがわかるか? わからんだろうな。一人じゃなければそれでいい。寂しいのは嫌だ。そんな思いが見え見えだ。我儘に過ぎん、子供じみた欲求だ」

「やめろよ……」

 貴様如きの小さい人間に、己の苦しさが解るか。その言葉以上の例えようがない、本当の地獄を、貴様は味わってもいないだろう。

 燃ゆる目を滾らせる。だが、それはともしび程度。命の輝きも、もうすぐ消えゆく。


「だが、それも今日で終わる。サクラも貴様の呪縛から解放されるだろう」

 リオラは歯を食いしばる。危うく涙が溢れかけるところだった。顔に浮かびかけた表情を必死に堪え、冷酷そうな無表情を保つ。


 オレは死ぬべき存在。生きていてはならない存在。

 確かにみんなに迷惑をかけた。それだけ罪を犯してきた。

 受け止めるしかない、この先の結末を。


「そろそろ時間だ。執行人、準備を」

「はっ」という処刑執行人の声と共に、ギロチンを動かすレバーが握られる。

「――言い残す言葉は必要ないだろう、災龍よ。貴様は喋り過ぎた」

「…………」

 答えなかった。

 その目には、恋した少女が映っていた。同時に映る少女との思い出。涙を堪え、奥歯を噛み締めた。


「では、処刑を執行する」

「――待ってぇ!」


 国王の声のみ響いた広場の中、ひとつの声が透き通る。

 災龍が声の主の名を、零す。

「……サクラ?」

「お父さん、やっぱり殺すのはやめよう? リオ……災龍も悪気があってやったわけじゃないし……話せばわかるよ!」

「この期に及んでまだいうか! あいつはお前の母親を殺した張本人だぞ!」

「そうかもしれないけど! でも私は――!」

「執行人」

「お父さん!」


 サクラは国王の服を鷲掴み、必死に処刑を止めようと抗議する。

 だが、状況を見れば一目瞭然、彼女の味方をする者はだれ一人いなく、まるで病人を見るような憐れんだ目で彼女を見ていた。

 王女は災龍の呪いにかかってしまったと悲哀の感情を含んだ目つきで。


「ねぇ! 災龍を殺さないで! おとうさぁん!」

 必死の足掻きだった。

 だが、その思いも伝わらない。

「煩いっ! お前は黙ってろぉ!」

 王はサクラの強く掴んでいた手を振り払い、乾いた音が鮮やかに響く。

「――っ!」

 パチィン! とサクラは頬を思い切りはたかれ、その勢いで閲覧席の階段から数段ほど転げ落ちる。

 そのまま蹲り、階段から落ちた痛みなのか、憎悪で狂った父親に対してなのか、リオラを救えないまま終わってしまうからなのか、強く瞑った目から透明な涙が頬を伝っていた。


 しかし、エンレイはその様子に目もくれず、

「やれ」

 と、命令を下した。


 3つのギロチンが落とされる。


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