6.11年前の真実
そのとき、王族観覧席からひとりの低く、覇気のある声が広大な広場に響き渡る。国民は一斉に静まり返る。
「サルト国の民よ、他国からわざわざ来てくださった人々よ。大変長く待たせた。今から災龍の公開処刑を執行する」
一斉にざわめきが起きる。サルト国の王は叫ぶ。
「処刑台に注目せよ!」
誰もが生きる神話程度にしか捉えていなかったもの。噂程度しか信じていなかったもの。それの実在が、今ここで証明される。
「これが虚無の伝説! 厄神ゲナの正体! 災龍だァッ!」
バサッと被さっていた布を数人の兵士が引き、風に吹き飛ばされたかのように捲れあがる。
そして、特殊な鋼鉄でできた黒く、禍々しい巨大な処刑台の全貌と、血まみれの災龍の姿が露わになった。
うつ伏せに倒れこんだ災龍を縛り付けているのは、黒光りする鉄輪に数多の鎖。それらが繋がり、災龍をきつく縛り付けていた。各関節、胴体、首、腰にも動きの一切を封じらせる鉄輪。魔術により、骨の髄から力を脱力させ、固定させる。
最早一切の動きを与えない。自由を許されたのはこの先の絶望を見る目と、立ち寄る死神の足音を聞く耳と、命乞いをする声のみだった。
鋼鉄の黒い輪の内側には8本の棘があり、それが手首足首、関節回り、首回りを深く刺している。そこから流動される、災龍に効く致死性の猛毒によって全身の細胞の殆どが破壊され、全身の麻痺状態が続いている。
手足の甲には太いネジのような釘が貫通している。そこから流れる電流には何かの魔力があるのか、災龍の手の感覚を失わせていた。心臓の運動を狂わすその電流は、人体にでもに流せば直ちに死んでしまうことだろう。
なによりも人々の目に付いたのは、災龍の背に突き刺さった重々しい十字架だった。災龍の肉を貫通する赤い十字架には生贄なのだろうか、かつての極悪人の骸骨が縄で固く縛られている。一度もその縄を解いてないようなところを見ると、その極悪人は十字架に縛られたまま死に、今に至るのだろう。
それが何を意味するのか、宗教を知らない災龍にとっては未知のものだったと言えよう。
上には3つの大きな刃。それがギロチンであるということは誰もが把握しているだろう。ただ、この刃は頑強な肉体でも簡単に切り裂く稀少な素材でできている。そう理解しているのは、災龍のみだった。
全身に力が出ない。捕獲されてからずっと致死性の毒に龍専用の麻痺薬を大量に与えられ続け、細胞や体組織を破壊されたためだろう。この五感を使うことしかできなかった。
民の声が大きくなる。ざわめきは増し、もはや喚声に近い音を発生させていた。
「っ、きゃあああ!」
「えげつねぇ、血みどろじゃないか」
「あれが……災龍?」
「龍なのか?」
「人間だよ……な」
「竜人族? だよね」
「うそだろ、災龍が人間!?」
「っ、あれこの間、街中にいた侵入者じゃないのか?」
「俺も見た! まさか災龍だったなんて」
「いやだわぁ、けがわらしい」
「まだ子供じゃないか」
「青年……に近いな。まだ若い」
「本物なの?」
「よくも……っ、よくも『神殺し』を犯したな!」
「そうだ、神殺しめ! アマツメ教を穢しやがって!」
「神を返せ!」
「自然を返せ!」
「おまえのせいで、世界中に天罰が下ったんだ!」
「おまえが神を殺してどれだけの被害が及んだと思ってんだ!」
「ゆるさねぇぞ!」
「この人類の敵め!」
「何百年もずっと被害を出してきやがって」
「あの天災のせいでこっちがどれだけ苦労してんのか分かってんのか!」
「この、神殺しが!」
「神殺し!」
「神殺し!」
「神殺し!」
「神殺し!」
「神殺し!」
四方八方から民の罵倒が飛び交う。
ああ、こんなに嫌われていたんだなぁ。
世界は敵だらけだ。やっぱり化け物は報われない。
「目覚めの気分はどうだ? 災龍よ」
低くもこの耳にまで響きとおった声の主は、灰髪をした威厳のある容貌をした男、エンレイだった。
こいつが、この国の王。
サクラの……実の、父親。
「……」
リオラは煉獄の瞳で王を睨むように、ただ見つめる。
エンレイは表情一つ変えずとも、その眼差しに恐怖と憎悪、そして感心や関心と同時に寒心をも抱く。
この状態において尚、こんな眼を向けることができるのか。自分が災龍と同じ状況に陥った時、こんな眼をすることができるのか。王は奥歯を噛み締める。
「何も答えぬ、か……」
では、と付け足す。
「まず問おう。災龍よ」
リオラは王に目を向けたままだった。
「『神殺し』の件。あれは貴様がやったのか? 我等の唯一神アマツメを、亡き存在にしたのか?」
重い言葉。国民は黙り込み、しん……と静寂を迎えた。
その中で、災龍は小さくもこの広場、否、処刑場で轟くほどの声で真実を述べる。
「そうだ」
瞬間、再び罵倒が起こる。民は怒り罵る。
「鎮まれェっ!」
王が怒鳴る。全ての民の耳に反響したのか、再び静まり返る。
この支配力。正に王のみがもつ覇気。だが、その覇気に災龍は臆することはなかった。
「ならば、これまでにこのアミューダ地方で数百に渡る奇怪な天災を起こしたのは……貴様か?」
わかりきった答えを……。
災龍はそう言わんばかりの眼で低く答える。
「そうだ」
今度は罵倒ではなく、ざわめきが起きる。
「では!」
この声でまたもや広場は鎮まる。
「最後にひとつ問おう、災龍よ」
「……」
それでも黙る。彼が何を思っているのかは誰も知る由もない。
王は重く、低く、冷たい声で言い放つ。
「……我が妻であり、この国の民が愛した王妃、キク・ホルネス・サルトの命を奪ったのは……貴様か?」
「違う!」
静寂の中、ただひとつ響いた声。その場の人間すべての心臓をぐらりと揺るがすほどの、なにかを引き込ませる力が声だけで生じる。国々の英雄や強者の目の色を変えさせた。
否定。今まで無関心だった目がカッと見開く。初めて感情を露わにし、エンレイはまなじりを決する。
「違うわけがなかろう!」
「違う!」
「嘘をつけ!」
「違うんだ!」
「では何故喚く!」
「それは……っ」
「真実を言え! 災龍よ! お前は何をした!」
「……っ!」
自分を責めるかのような瞳を表し、歯をギリギリと噛み締める。
そして、重く、ゆっくりと口を開く。真実が声と吐息を乗せて吐き出すように掠れ、響く。
明かされる真実を、王は待っていた。
罪の確認。懺悔をその口から言えば、確信はつく。そう考えていた。
災龍は言った。喚き叫ぶように。この場の民すべてに響き渡るように。
「……ああそうだよ……! オレは11年前! この国の王妃を殺した!」
数瞬の無音。
瞬間、民の怒りが沸騰し、煮え滾る。
その反面、絶望と憐れみを感じた者がいた。
「……リオラが、お母さんを……殺した?」
この国の王女だった。ショックで顔がくしゃりと歪み、涙が零れかける。それを手で覆い隠す。
知ってはいたが、信じてはいなかった。きっと何かの間違いだと自分の中で都合よく思い込んでいた。それが決壊した今、気持ちを正常に保つことは難しかった。
怒り、悲しみがこの広場で沸き立っていた。その感情故に発される数多の声は一向に止む気配すらしない。
だが、災龍の告白は終わっていなかった。
「だけど!!! そのきっかけをつくったのはオレじゃない!」
大きく息を吸い、激痛が走る身体に鞭を打つ。
「――お前だ! 国王!」
どよめきが強く走る。王妃を殺した犯人が災龍であることへの怒り、憎しみ、そして国王がそのきっかけをつくったという意外な事実に対する疑惑が混じる。
「――何を言っているんだ貴様ァ!」
王は戸惑う。真実を隠すかのように、怒り、怒鳴り散らす。
「嘘なんかじゃねェ! お前はその手で! 王妃を傷つけた!」
「馬鹿を言うな! このバケモノの分際で!」
「死体をよく見なかったか? とっくに気付いたはずだ……お前が残した傷跡がなぁ!」
「いい加減にしろォ! キクは! お前が殺したんだ! 私は一切! キクを傷つけてなんかいない!」
王の目に、民も兵も、娘の姿も入っていなかった。なにも見えていない。ただ、憎むべき厄災と己の内に潜む鬼をこの手で跡形もなく、この苦しみごと消したい一心だった。
「わかるか……お前と関わってきた者は全て命を失う! 犠牲が出るんだ! だから! 愛するキクの尊い命も――おまえが奪ったんだァ!」
「ハッ、とんだ戯言だな。そこまで言うなら教えてやるよ! 十一年前のことを!」




