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災華の縁 ~龍が人に恋をしたとき~  作者: エージ/多部 栄次
第四章 二節 憎悪の災いの先
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5.メリス広場での公開処刑

 逢魔が時。それは、夕方の薄暗くなる、昼と夜の移り変わる時刻を意味する。

 別称、大禍時。著しく不吉な時間を表し、魑魅魍魎の羅刹に出会う時刻。また、魔物の本領が発揮される時刻である。


 だが、アミューダ地方を含むこのジンガ大陸では、太陽が沈みかける時刻から夜を迎えるまでの時刻、つまり夕方の間は魔物を始めとした奇怪な存在の力が最も衰える時刻だと言い伝えられている。本来ならば18時前後が逢魔が時だが、この大陸全土では16時から18時を差す。この2時間の昼夜の変動が、魔の力を衰退させる。

 つまり、災龍の公開処刑は夕方の4時となる。


 この日、丁度桜が舞い誇る時期に入っていた。例年より早く満開になったサルト国の桜の木々は、人々に感動というものを与える。天候は温暖。気持ちの良い朗らかな風と太陽の夕闇に近づく光が優しく包み込む。


 だが、溢れかえる人々は美しい桜に目もくれず、殺伐とした空気の中で、ただある一点を集中して見ていた。


 時刻は午後の三時半。場所は王都サンディーノのメリス広場。王都に属するサルト国最大の広場である。

 ここで行われるのは災龍の公開処刑。鋼の処刑台が中央に禍々しく佇む。


 処刑台には大きな布が被さっていて中が見られない。だが、そこには何かがいる。民はそう感じただろう。


 処刑台の横には王族観覧席があり、そこには国王エンレイをはじめ、他3国の王、十数人の大臣、そしてサルト国王女サクラもいた。

 処刑台の周りや至る場所にサルト、アーク、グリス、プラトネルの国軍兵全軍が、プラトネル開発の黒い武装をまとっている。いつでもバケモノを仕留められる、そんな覇気と警戒心が漂っていた。


 人で構成された湖はざわめき、蠢いている。

 その中の一人、龍材屋店長アーカイドは傍にいるタキトス、ハリタロス、レウとともに処刑台の様子を見ていた。


「あの中に災龍がいるのか?」

 アーカイドがそう呟くと、タキトスが相変わらずの大声で怒鳴るように話す。


「楽しみだな!! おまえにとっては念願の日が来たようなもんだろ!! なぁアーカイド!! だはははは!!」

「おいタキトス!! こんな人ごみに埋もれて窮屈なのに、そんなでっかい声で話したら周りに迷惑だろうが!! ガハハハハ!!」

「テメェらそろって大迷惑だよ! 一回その喉潰してやろうかァ!」


 二人の大音声にレウが怒る。まぁ当然だなと言わんばかりの眼でアーカイドはため息をつく。


「おい、おまえの嫁はどうした? あいつ災龍見れるの結構楽しみにしてたんじゃなかったか?」

 レウが突然話しかける。さっきの怒りはどこ行ったのか。


「キケノは~ほらあれだ、仕事で出張してるよ。今中央大陸にいる」

「情報屋もいろいろと大変なんだな」

「陰密な仕事じゃないんだよ、意外にもな」

「で、いつになったら災龍が見れるんだ?」

「さぁな。あと十分ぐらいだろ」と適当なことを言う。


 そのとき、誰かの声がアーカイドの名前を呼んでいることに気が付いた。まばらな人ごみをかき分けながらくる人物に、一同は懐かしそうな目になる。


「お、ポートじゃねぇか! 久しぶりだな」

「ああ、おかげさまで」

友達セトに会ってきたか?」

「大分容態が安定してきたって。このまま安静にして過ごせば大体は治ると言っていたよ。後遺症は残るようだけど」

「じゃあこれが終わったらみんなでセトんとこ行こうぜ」



 一方、召使のウォークは使用人席に座っていた。使用人なのにわざわざ何十人もいる使用人全員の席を用意してくれたことに意外性を感じつつ、ウォークは国王に感謝した。


「ここって結構いい席だね。処刑台が見えやすい」

 アンヌが笑顔で話す。その次に話し始めたのはアドックだった。


「災龍があの中にいるのか。どんな龍なんだろうな」

「てかほんとに災龍なのか? あれって虚無の伝説だろ?」

「おいヘディツ。そんなことを今言うか普通? 災龍ってわかってんだから、こうやって公開されるんだろうがよ」

「んだよ、何が言いたいんだよ」

 両者はがたりと立ち上がる。それをアンヌはいつものように止める。


「あーもぅ! ふたりともいい加減にして! いつになったらそのケンカ癖治るの?」

 アンヌが呆れながら叱る。ふたりは言い争いを止め、同時に舌打ちした。


「あ、あのっ! ウォーク先輩っ」

 少し空気が悪くなった中、話題をウォークに振ったのは、ウォークやアンヌの後輩である新人召使のエミリーだった。


「どうしました?」

 先輩であるにもかかわらず、ウォークは敬語で応える。

 エミリーは相変わらずの挙動不審さで声を震わしながら話した。


「あの、えっと、その……先輩って、サクラ王女と結婚するって……ほ、本当ですか?」


 その瞬間、その場にいた全員が石化したかのように固まる。王女にゾッコン中のヘディツは、もはや人の顔を保てず、歪み崩れていた。

「「「えええっ!?」」」

 驚愕の声が重なる。ガダン、と椅子の倒れる音。ひっ、と脅えるエミリーの声。


「ウォークぅ! テメェいったいどういうことだぁっ!」

 ヘディツは号泣しながら怒り、ウォークの胸ぐらを両手でつかむ。


「わっ! ちょっ、ちょっと! やめろって!」

「いいから説明しろ! どういうことだぁ! うああああ!」

 発狂に等しい。医者に診てもらってもどうしようもないくらいだとウォークは首を激しく揺さぶられながら思った。


「ウォーク、ほんとかよそりゃあ!」とアドック。

「とうとう無謀だと言われた恋が叶っちゃったの? もやしのくせに?」

「いや、その、あの、国王様から言われたんだよ。王女と結婚してくれないかって」

「は? 国王が!? まじで?」


 ヘディツはウォークの胸ぐらをつかんだままガクンガクンと激しく揺さぶらせる。


「まじだ!」

「や、やっぱり、本当のことだったんですね……」

「じ、じゃあ王女の返事は! それがなきゃ結婚は成立しねぇぞ!」

「了承してくれたよ!」


 瞬間、ヘディツの掴んでいた手が離れ、砂のように崩れた。


「そ……ん……な……」

 アドックが泣き崩れる男の肩に手を置く。

「ヘディツ、仕方がない。たまたま女神の微笑みがウォークに向けられただけだ。で、おまえは厄神の眼光を浴びただけだ」

「うぅぅ……おれの……おれの嫁がぁ~」

 彼の妄想は新しい家庭にまで発展していたようだ。

(ごめんな。お前の代わりに精一杯幸せに暮らすからさ、彼女と)

 

「にしてもねぇ~ウォークがあの高嶺の花とまさかの結婚! 何の企みがあるんだろうね、国王様は」

「そんなこというなよ。感謝するべきだよ本当に」

「当然だな。だけどなんでエミリーがそんなこと知っているんだ?」

 突然問われたエミリーはびくっと体を震わして、ふるふると答えた。


「あ、えっと、あの、廊下で国軍さんがそんな話をしていて、あの、それを聞いちゃったんです……ぬっ、盗み聞きしてごめんなさいっ」

「いや謝ることじゃ……むしろヘディツに謝った方が」

「ううぅ……あうぅ……」

「泣くなよヘディツ」

 ぽん、とヘディツの肩に手を置く。微笑みかけ、元気出せよとささやきかける。

「アドック、おまえ……」

「キモい顔がさらにキモくなる」

「んだとアドックてめぇっ!」

 とっさに立ち上がり、ヘディツはアドックに殴りかかろうとしている。

「あーあー、やめろって」

 そんな相変わらずの様子を苦笑しつつ、ウォークは処刑台の様子を見る。

(リオラ……ごめんな……)

 彼の頭には、彼と彼女への謝罪の気持ちと罪悪感しか残っていなかった。



 万が一の事態に備えるべく、国軍は至る所に配置されている。レイン、サニー、クラウも同様に配属されており、3人は処刑台が小さく見える位置にいた。

 いつも着ているものではないプラトネル国の完全武装に不慣れでありつつも、デザインが良いからそこそこ気に入っている、という会話を交わせつつ、そういや、とサニーがレインに問うた。


「レイン、おまえ災龍の捕獲に協力したんだろ?」

「ああ。それがどーした?」

「災龍の姿、見たんじゃねぇのか?」

 一度口をつぐむレイン。その時のことを思い出すも、脳裏に濃く浮かんだのは災龍の姿ではなかった。

「……ああ、見たよ」

 そう言った瞬間、サニーの眼が輝く。クラウもその話に興味があったのか、レインに目を向ける。

「マジでか!? どんな姿だった!?」

「……名前通り、龍の姿だったか」

 だが、レインは考え事でもしているように何も言わない。

「レイン?」

 レインは処刑台を真剣に見つめ続け、ぱっと明るい笑みを向けては、

「見てのお楽しみだ!」

「はぁ? なんだよーそれ」

「……そう言われても、ここからじゃ遠くて見れない」

「じゃ、近づく?」

「バカ言うなよ、命令でここで待機つっただろ?」

「ん? そうだっけ?」ととぼける。

「……相変わらずいい加減だな」

 クラウは見下すかのような眼で吐き捨てた。

「クラウ、ケンカしてぇならかかってこいよ」

「……別にケンカなんぞ売っていない」

「まぁまぁ、とにかくレインが言えばいいじゃないか。なんでもったいぶるんだよ?」

「いいだろ別に」

「……なんか隠してるな」

「別に?」

「隠さずに言えよ。俺たちゃ仲間だろ?」

「……何か訳ありがあるようだけど、別にどんなことだろうと俺たちは構わない。話してくれ」


 レインはしばらく考え込んだ後、一呼吸置き、周りに聞こえないように囁いた。

「災龍の姿は竜でもなんでもない。……ひとりの人間だ」

「――っ、ほんとかよ!」

「……大きい声を出すな。で、続きはあるのか?」

 驚愕したサニーに対し、平常通りのクラウは続けて訊く。

「ああ……王女室にいた災龍を攻撃した時、サクラは泣いていた。災龍に対する恐怖じゃない。攻撃しないでほしいっていう目で必死にやめさせようとしたんだ」

「それはー、人情とか、生物愛護主義なんじゃねぇの?」

「……サニー、おまえ分かってないな」

「じゃあなんだよ」ムッとし、クラウを睨みつける。

「……こんなことあってはいけないことだが、王女は前から災龍と親しく関わっていたんじゃないか?」

「マジかよそれ!」

「……そうだろ? レイン」

 すこしだけためらうも、レインは地面を見つつ、頷く。

「ああ。そんな気が……するんだ」

 今の友人の気持ちがどのようなものなのか。それは親友であるふたりには理解しようにも理解しきれないだろう。

「ま、だとしても」

 それもすべて終わる。そうサニーは告げた。



 石畳の地面には、処刑台全体を覆うように大きな魔方陣が怪しく光を放っている。また、処刑台を囲むかのように数十人の黒衣の魔術師たちが何かを唱えながら集中して手をかざしていた。

 それらを含め、処刑台を監視するかのように副魔道軍指揮官にして魔術研究会会長のイルアは見つめ続けた。その隣には魔道軍総指揮官のネズが何かを念じるかのように強くまぶたを閉ざしていた。


「ね~え、ネズた~ん」

 イルアが気怠そうに、甘えた声でネズという女性に話しかける。

 腕を組むネズはイルアの方に向きもせず、苛立っている口調で話す。

「その呼び方はやめろ」

「いいじゃ~ん、かわいいじゃない。それに顔もかわいいし、声かっこいいし、もうストライクゾーンのラブハリケーンよ☆」

 同性のお前が何を言うんだかとでも言わんばかりの軽蔑するような目で、イルアを見る。


「で、なんだ。用がないなら軽々しく呼ぶな」

「もう、ネズたんちょーきびしーっ、でもそこが好き!」

「死滅させるぞ」

 それはある意味、地獄の底から怨念が漂うような声だった。それに対し、手慣れたように軽く受け流す。


「あっはは、冗談よ。てゆーか、なんであたしらこんなことしてるわけ? 災龍に魔力はこれっぽっちもないと思うんですけど」

「王の命だ。プラトネル国の研究より、微量だが魔力を検出したらしい。おそらく、魔力の根源となる成分が含まれる原石を食し、それをもとに栄養として自ら魔力を体内生産してたとのことだ」

「なにそれ。わっけわかんない。そんな魔獣でもないのに魔力を創る生き物がいるわけないじゃん」

「それが目の前にいるから、こうして魔方陣張って動きを封じているんだろ」

 ネズは男勝りな口調かつ中性的な声で言い放つ。その表情は、悔やんだようなそれだった。

 約50年前の国軍と魔道軍壊滅事件の根源が、目の前の布越しの処刑台にいる。

(師よ、そして父よ……これで、あなた方は報われるのだな)


「それに……いつ仕掛けるか、わからないしな」

 深刻な口調になる。同時に、イルアから笑みが消えた。

「……ええ。一瞬たりとも、油断は許されない」



 王族専用席と処刑台の間の英雄の席。そこにはこの国の王や王女を守るかのようにサルト国4英雄と、アーク国聖騎士団が居座っている。

「なーんかさぁ、あの騎士団ってさ、堅っ苦しいよなー」

 席にどっかり座り、足を組んだ『剣聖』サハドは、横にいる聖騎士団をつまらなさそうな目で見る。その様子に、他の3人の英雄は呆れる。

「おまえなぁ、緊張感もてよ。あれが普通なんだぞ」と『神撃』ライタリスがため息交じりにいう。

「あ、きれーな娘と話しかけやすそうなイケメン発見。ちょっと声かけてみようかな」

 立ち上がろうとするサハドの額に銃弾ほどの魔弾をぶつけ、再び席につかせたのは『魔霊』スイサン。呆れた目を向け、

「本当にうらやましいよサハドは。私なんか胃がキリキリしていて仕方がないのに」

 彼女を横目に、「ま、いっか」とサハドは処刑台を見上げたあと、思いついたように、3人に顔を向ける。


「なぁ、災龍ってどんな奴か知ってるか?」

 それは、きりきりとした警戒心を解くかのよう。陽気な声で話しかける。

「状況を知れ、サハド。一瞬の気も抜くな」

 ぴしゃり、と鮮やかな赤髪と赤い顎鬚を無精に生やした初老の『鬼神』フルトラスが吐き捨てたかのようにサハドを一喝する。


「おぉ、流石『鬼神』と言われるだけあるね~。ライタリスはどんなのか予想つく?」

 フルトラスとは違い、短く切った金髪を立たせているライタリスは先程の態度とは異なり、サハドの質問に食いつくかのように答えた。

「ん~……処刑台もデカいし、やっぱ龍なんじゃねーの? 新種の古の龍とか」

「いい答えだね~。スイサンは?」

 水色の長髪を流麗になびかせる、4英雄唯一の女戦士にして魔導師であるスイサンもその話題に乗る。ちら、と威厳を誇るフルトラスを気にしながら小さな声で答えた。


「私はまぁ、ライタリスと同じかな? いや、あえて言うなら、別大陸の生物兵器がここまで逃げ込んできた、とも考えられるな」

 ぶはっ、とサハドは吹き出した。スイサンは顔を赤くする。

「なっ何が可笑しいんだ! これでも真剣に答えたんだぞ!」

「いや、予想外の回答が出たからつい、ねぇ……ひゅふふ」

「笑い方気持ち悪いぞっ! で、答えはなんなんだ。お前確か災龍捕獲したんだろ? 教えろよ」

「え~、どうしよっかな~」

「こ、こいつ……っ」

 すっかり、スイサンはサハドの掌に踊らされている。ライタリスは先ほどフルトラスに横腹を殴られ、叱られたのでフルトラスと共に処刑台を監視し続けていた。


「まぁすぐにわかるんだし、秘密にしておくよ。そろそろ集中しないといけないしね」

「自分から話振っておいて……」

 スイサンは悔しそうにそう呟いた。

 フルトラスはサハドを睨み、愚痴るように呟く。

「まったく、お前らときたら。特にサハド。お前は特に……」

「すんません、鬼神さま。今から臨戦状態に入りますので声かけないでくだがふぅっ!」

「調子に乗るな」

 いつもの鎧に、プラトネル製の衝撃耐性のアンダーアーマー越しで腹を殴られたにもかかわらず、直で殴られたような痛みがほどばしる。

 サハドは痛みで腹を抱え込み唸りながら笑顔を崩さず、

「すんませ~ん」

 と笑いながら言った。「全く」とフルトラスは呆れる。

「普段のお前は英雄そのものの気迫を放つが、何故こういう状況だとふざけだす」

「あはは~まぁ……今の内笑っとかないと、もう笑えなくなるかもしれないからね」

 その声はさっきまでのおちゃらけた声ではなく、何か喉の奥底に鬼が宿っているような、そんな鬼気溢れる言葉だった。

 その一言が理解できたのか、訳のわからない戯言だと思い呆れたのか、フルトラスは無言のまま、処刑台へと目を向けた。


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