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災華の縁 ~龍が人に恋をしたとき~  作者: エージ/多部 栄次
第四章 一節 参人の王
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7.変遷 ―意志は遺伝子に染まる―

《ウォーク》

 数週間ぶりの龍材屋。前の職場にして、僕が拾われ育ってきた家。

 仕事上、ちょっとばかりその店に用事があったが、時間はまだあったので、そこで働いている彼らと共に近くの喫茶店に行き、少し談笑することにした。この店にはいつもレコード曲がかかっており、気分を落ち着かせてくれる。ときどきジャズの演奏家の団体が演奏パフォーマンスを披露してくれることがあるが、今日は来ていないようだ。少し残念だ。


「馬鹿だなお前。何やってんだよお前」

 龍材屋の若店長であるアーカイドが対面に座っている僕を罵倒する。いや、罵倒と言うほどの酷なものではないが、呆れられたように悪口いわれた。

「ウォーク、おまえの本気な夢はなんだった」

「サクラ王女と両想いになることです」

「そうだ。だけどおまえ、このままじゃどこの馬の骨かもわからねぇ奴らに奪われちまうぞ、いいのか」

「3国の王子を馬の骨扱いするアーカイドも馬鹿ね」と僕の隣に座っているアーカイドの嫁――になったキケノさんがぽつりと言う。


「今はそんなのどうでもいいだろ。ウォーク、おまえあんときは焦り過ぎだろっていうぐらい行動早かったくせに、なんで今は遅くなってんだよ」

「で、でも、一応王女には結婚を避けるための――」

「バーカ、おまえあのタイプは口でいくら言っても動かねーんだよ。無理矢理でもいいからおまえから動かなきゃ、王女の心は動かねぇぞ」


 自分から行動を起こす……。

 いやちょっと待って、王女と直で会って話したの一回だけだよね。なんでそううの見抜けられるのアーカイド先生。僕が未熟なだけですか。

「おっ、アーカイドいいこと言った!!」「同感だ!!」とタキトスとハリタロスの筋肉ダルマ騒音コンビがやかましい声で言う。


「つーか、早く告れよ。そこからだろ」とレウ。アーカイドの隣で黙々とスコーンを食べている。

「うぐっ」とぐさり胸に突き刺さった。

「そーだそーだ、早く告れよ。おまえもう思春期卒業したような歳だろいくつの少年だよ」

「そーだぞウォーク!! 漢見せろ!!」

「獣になれ獣に!! ガハハハハ!!」

 アーカイドが催促し、タキトスとハリタロスが便乗して言う。なんだこれ、どこの学校のノリですか。


「そして玉砕、ね」

「キケノさんなんか黒い! やめてくださいよ冗談でもない」

「もし駄目だったら、私と付き合おっか」

「目の前! 夫!」アーカイドを指さす。

「ウォーク君だけは別腹」とウィンクしてくる。

 駄目だこの人、いろいろ怖い。アーカイドに至ってはいつものノリかといわんばかりの顔になっている。何これ、慣れたの旦那アーカイドさん。というかあんたらの新婚生活どうカオスだったの。もうカオス前提で言ってしまったけど。


「とりあえず、だ。おまえそんだけ変態みたいに王女好きなら、連れ出しちまってもいいと思うぜ?」

「男らしいとこ見せろよ」とレウは僕の前に来ては背中を叩く。ミシリ、と義体が軋む。点検日が早くなりそうだ。


「うん……そうだね」と僕はうなずく。

「純情も度が過ぎると変態だな……」「好きすぎて病んでしまうって例もあるらしいぞ。女性中心だけどな」「マジか、あいつ女々しいから素質ありそうだな」「だな」さりげなくタキトスと耳打ちしたアーカイド。おい、そこ。聞こえてるぞ。


「ま、王子に取られても奪い返すだけの覚悟でぶつかってこいよ」

「でもウォークだったら争いなく賢い方法でしてやりそうだけどな!! だははは!!」

「それは言えてるわね」

「あはは……そう簡単にいけませんって」と苦笑する。

 正直、三国の政略結婚は二の次だ。いちばん恐れているのは、王女と災龍が結ばれていないかということだ。もしかしたら手遅れかもしれないが、仮にそうだったとしても奪い取るまでだ。

 王女を幸せにするのは僕なんだ。

 幸せに……。

 幸せ?

 彼女の幸せなら、既に叶っている。それを、僕は奪おうとしているのか。


「……どうした、ウォーク」

 駄目だ、やっぱり僕は王女のことを優先するべきだ。僕優先じゃ、彼女は笑顔になれない。

「……いや、何も……」

 そう誤魔化す。だけど、ひとりだけ、僕の思っていることを見破られてしまった。


 小さな笑い声が耳に触れる。

「ふふふ、ウォーク君。王女の幸せを優先的に考えてるでしょ。自分のことは後回しにして。それじゃあ一生、好きな人ゲットできないわよ」

 対象を解読する超越人リミットブレイカーであるキケノさんがそう言った。本当に、人の思考を読むのは反則だ。


「反則って言われてもねぇ」とニヤニヤして言う。「好きでやったわけじゃないわよ。その思いが強いあまり、ちらって見えただけよ」

「……あの、今のどういうことですか?」

「そのまんまよそのまんま。相手を先に考えるのは大事だけど、ウォーク君は引っ込み思案すぎ。それじゃ、あなたの想いはいつまでたっても伝わらない。ウォーク君なら押し付けるぐらいがちょうどいいわよ」


 イルアにも似たようなこと言われたような。

 僕なりのやり方。僕らしく。

 一度それを捨てなきゃならないのだろう。自分を変えるべきなのか。

 勿論、王女とは両想いになりたい。異性として愛し合いたい。

 もう先着がいるなら、王女の心を奪い取る。そのぐらいの強気がなければ、僕にあの高嶺の花に相応しい人間になれない。天災にも打ち勝つほどの想いをぶつけなければ、僕の願いは叶わない。


「それでよぉ、セトの容体はどんな調子だ」

 レウが持ちかける。災龍に襲われたというセトは危篤状態が続いていると聞いたが、最近意識を取り戻したらしい。


 ただ――。

「身体の方は相変わらずだ。一発でも腹パンすりゃ血反吐吐いて死ぬぐらい弱ってる。でも意識はあるし、医者の予想以上に回復は順調だ」

「流石A級ハンターだな!! 身体の出来も違うだろう」とハリタロス。

「ぶっ壊れてた言語野もリハビリでなんとか話せるようにはなった。ただ、記憶がないんだ」

「っ、嘘だろ?」

 あまり驚きをみせないレウが目を見開く。コーヒーを口付けたアーカイドは、


「いや、記憶喪失かはどうかははっきりわかんねぇ。ショックで記憶が朦朧としているだけかもしんねぇから、安定すれば思い出してく――」

「俺たちのことは認識しているのか」

「今のところは……」

 レウは「そうか」と静かに言った。

 腕を組んでいたタキトスが口を開く。


「だけど、どうにかして生き抜こうと戦っている。俺達にはどうすることもできねぇが、無事に復帰して、俺たちのところに帰ってくることを祈ろう」

「そうだな」とアーカイド。

「一カ月後、ポートの野郎もこっちに来るらしいから、それまでに記憶戻っているといいな」そうハリタロスは椅子に背もたれる。巨漢故に、ミシリ、と椅子が軋んだ。

「戻ってこなかったら、叩いて思い出させるまでだ。だははは!!」

 タキトスが大きく笑う。「機械じゃねぇんだから」とアーカイドも笑う。本当に明るい人だ。


「そういえば、ここのところ災害被害ないよな」

「おお、そうだな!! 数日に2,3度ぐらいだったのに全く起きてねぇな。いつからだ?」

「"神殺し"の天罰より前から頻度が激減したわよ」とキケノさん。それにしても彼女はどれだけコーヒーにミルクと砂糖入れるつもりだ。さっきレモンもかけてたし、味覚大丈夫か?

 そう思った途端、ジッとキケノさんが僕を見る。まずい、読まれたか。

 しかし、キケノさんは微笑み、


「ウォーク君も飲んでみる? 結構イケるわよ」

「あ、いや、結構です」

 そもそもコーヒー飲めないし……。

「あ、そう? かわいいわねウォーク君」

 どうしてここで可愛いと言われるのだろうか。

 そう疑問を抱きつつ、「なんであの奇怪な天災なくなったんだろうな」という彼らの会話に耳を傾けた。


「災龍いなくなったんじゃねぇの?」アーカイドは姿勢を崩し、適当に言う。

「かもな。霊峰から引越ししたってのもおかしくない話だ」とタキトス。

「情報屋はなんか知らねぇのか」とレウはキケノを睨むように見る。喧嘩売っているわけではないだろうが、目つきが悪いとそう思われるのも仕方がないだろうな。

「さぁね、どうなったんだか」

 そう洗い流した。


 ……嘘だな。

 そう思ったとき、キケノさんは僕を見て目くばせを送る。

 何か知っているのか。

 しかしキケノさんは少し肩を竦めたように見えた。僕が知らない情報はもってないようだ。

 天災の頻度が極限にまで減っているのは、紛れもなくサクラ王女のおかげだ。王女の存在が、災龍を鎮めている。このまま選択を間違えなければ、災龍も一人の人間としてこの国に棲めるかもしれない。下手に何かをするよりも、その方が国の存亡にかかわらないだろう。


 だとしたら、どうなるのか。

 災龍が人間として王女と分け隔てなく接することができたら、それこそ……。


 ダメかもしれない。異人種だろうと、王女は差別に囚われない、巫女の血を継ぐ善良な人間だ。きっと災龍のことを――。


「なんにしろ、天災がなくなったのはいいことだよ」

「ウォーク、おまえ災龍のこと調査してたんだろ。いいのか? もういなかったら――」

「いるよ災龍は」

 だから、災龍狩りの命が出たんだろう。そう僕は言う。


 やはり、災龍との関わりを断つべきだ。

 たまには傲慢でも構わないだろう。

 僕は僕の望みを叶える。

 話に合わせてほんの少し、口角が上がったような気がした。

 僕の様子に情報屋は怪訝そうな目で見てきたが、それに構う必要もないと、僕は何事もなかったように目を逸らした。

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