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災華の縁 ~龍が人に恋をしたとき~  作者: エージ/多部 栄次
第四章 一節 参人の王
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5.騎士に託す兵士の想い

《レイン》

 人の行動には必ず理由があると上司から聞いたことがある。無意識も自分の内。所詮は意識と同じだと。何かしらの意思と理由があって、人は判断、行動するという。

 だけど、オレはそんなことは思わない。

 気まぐれは気まぐれ、そこに意図的な思考はない。無意識として恣意的に行動することもあるはずだ。「身体が勝手に」だとか「気がついたら」という、言い訳にもならないような言い分も、実は通用すると思う。


 だが、「気まぐれで来た」と口が裂けても言わないような奴が、気まぐれという理由を持って、にへらと弱弱しい顔で笑い返してきた。

「それじゃ、おじゃましまーす」


 今日、俺の個室部屋にウォークが来た。しかも遊びに来たらしい。

 あいつがここに来たのは何カ月ぶりだろう。遊びに俺の部屋に来たのは会ったばかりぐらいの時じゃないのだろうか。


「めずらしいな、暇あったら王宮の手伝いや事務をこなす効率ロボットみたいな真面目おまえが遊びという理由で来るなんて」

「まぁ、そうだね」そう召使はいつものように畏まることなく、くだけた笑みを見せる。

「なんならサニーとクラウも呼ぶか? あいつら今日休みだし、今寝てるだろうし」

「いや、わざわざいいよ。今日はふたりきりでいたい」

「ははっ、気持ちの悪いこと言うなよ」


 そう笑ってはウォークの背中を叩く。とりあえず椅子に座らせる。

「こうやってゆっくり話せるのはいつぶりだ?」

「うーん、そうだね……」

「あぁ、いや、計算しなくていいぞめんどくさい。ほら、これ飲んでゆったりしてろ」

 そう言い、俺は湯気の出たココアをテーブルの上に置く。

「あぁ、ありがとう。兵にも個室やちゃんとした水道や火元はあるんだね」

「知らなかったのか?」

 まぁ、と頷きつつ、ウォークは熱いであろうカップを両手で持って息をやさしく吹きかけては表面だけ冷めたココアに口を付ける。こいつは気が抜けると若干女々しいしぐさになるんだよな。


「ちゃんと国王様は俺たち兵士を一人の人間として見てやっているってことだ。この国の兵でよかったよ本当に」

 つーか、と俺は付け足す。

「おまえ相変わらずコーヒー飲めないのか」

「飲めない訳じゃないよ。ちょっと苦手なだけ」

 そう言い、ムッとした表情になる。強がってるな、こいつ。


「じゃあ今日克服するか」

「それじゃあここに来た意味がない」

 ということは、ストレス発散しに俺のところに来たのか。普通にリラックスしに来たんだろうけど。

「ま、王宮召使がコーヒー飲めません、だなんて言えないしな。それにおまえ、王女サクラには好き嫌い直せとか言ってるくせに、いつになってもキノコと貝類と練乳とウインナー嫌いは克服しないもんな。なんでそういうー……エロいのを嫌いになるんだよ」

「いや、別にその、たまたまだろ」

「なんかあったんか。お前の過去になんかあったんか。カラダもアタマも真っ白になりそうなほどの濁った出来事がなごふっ!」


 腹部を殴られ、俺は床に倒れる。胃の中から間食で食べたマンゴーと牛乳を吐き出すところだった。

「いや、もう……おまえ黙ってろ」

 というかこいつ召使のくせにパンチは強烈なんだよな。壊れた身体の半分ほど機械で補われている障害持ちかつ病人だというのに。

「キノコとウインナーは食中毒でトラウマ、練乳は単に味、貝は見た目と食感と潮臭い味で好きじゃないだけだ」

 倒れたままの俺は上から聞こえてくる声に応えるも、中々声は出ず。

「各々の……ご丁寧な言い分(せつめい)を……どうも」


 ――閑話休題。


 数分後、痛みもすっかり治まった俺は、話題も丸々変えて、ウォークの話を聴くことにした。

「あいつもそういう年になったんだなー。はぁ、あいつが結婚か」

 話では既に知っていた。サクラが他国の王子と結婚するという、おめでたい話。

 ここに働き始めてからあいつのことを初恋の相手として一途で想い続けているウォークにとっては相当ショックだろうが、幼少期から知っている俺はあまり好きとか、そういう感情はなかった。だから、こうやって普通に受け入れられるんだろう。


「王女が誰かと結ばれるなんて……そんなの嫌だー!」

 5杯目のココアを一気飲みし、涙目でウォークは叫ぶ。とうとう「いやだいやだいやだーっ!」と駄々をこね始めた。


「レイン! ココアおかわり!」

「おまえ何杯飲むつもりだよ。まさかココアで酔ってねぇだろうな」

 そう言いつつも、俺はココアを淹れる。「酔ってないし! 酔うはずないし!」と後ろからなにかほざいているが、無視した。


「もーう! 王女も結婚には乗り気じゃないし、じゃあ一緒に国を出ようってベストアンサー出したのになんで『ウォークらしくない』って言われなきゃなんないのー! 素直じゃないとこも可愛いけどさ」

 王女の口真似を仕草付きでしては愚痴を漏らし続ける。さりげなく真似が上手かった。

「いや、あくまであいつ一応は国の王女だから、そんな亡命させたらそれこそ自由ない逃亡生活はじまるじゃねぇか。それによ、もうちょっと上手い言い方なかったのか」


 俺は溜息をつく。

 わかってはいたが、一応こいつにも王女に対する不満の一つや二つあったな、と改めて思い返す。それらひっくるめて好きだと言ったこともついでに思い出す。

 テーブルの上で突伏しているウォークの前にココアを起き、対面で椅子に座る。


「知らないよぉ。僕、女の子とか口説いたことないもん」

「普通に話せ気色悪い」

 そのうっとり甘えた表情と口調をしている時点で大体の女堕とせているからな。その自覚があまりない時点(王女しか眼中にないと言った方が正しいが)で罪深いぞ。


「だってこういうとこ見せれるのレインしかいないもん。親友じゃん」

「……そういってくれるのは嬉しいけどよ」

 なんだこの複雑な気持ち。そう小声で言う。若干戸惑い、ウォークを見ると、「にへへー」と和やかな微笑みを向けていた。なんでそんな嬉しそうなんだ。さっき愚痴ってただろ。


 しかし、まさかウォークの本性がこんな――いや、こいつはストレス過多で疲れているだけだ。ああ、そうに違いない。

 それにしても、ココアでこんな有様だから、酒飲ませたら大変なことになりそうだ。酔いつぶれて寝るのがオチだと思うが。


「レインは王女のこと好きじゃないの?」

 突然ウォークが切り出してくる。曖昧な返事をした俺は少し考え、

「小さいころからあいつのこと知ってるしな。好きと聞かれちゃ好きだけどよ、恋愛感情とかそういうのはないな。話の分かる……おてんば娘だ」

「んふふーいいねー、幼馴染。王女の幼い姿からその成長過程を観続けて……はぁ、イイ……」

「おまえ仕事場戻れ」

 そろそろ気持ち悪い。こいつ純粋にサクラのこと好きなんじゃねぇのか。

「やだ」と上目づかいで言い返したウォークは俺の言葉を返す間も与えることなく、

「じゃあ、今レインが好きな人っている?」

「……」

「結婚したいなって思ってる人でも、気になっている子でもいいよ」

「俺、は……」


 そういや、そういうの意識したことなかったな。可愛いとか、綺麗とか思ったりはするが、目の前のウォーク(こいつ)みたいに一途に恋した相手はいない。いや、こいつは隠れ変人の域だけど。


 元々俺も王族と親しかった貴族の息子だったが、国外外出中に巻き込まれたあの奇怪な災害が、今の俺を作った。家族を天災で失った俺は、王宮の兵士に拾われ、俺の顔を知っている国王様と王妃様、そして親しかったサクラのお願いにより、俺は王宮で暮らすことになった。


 ――が、あのときまだ救えたはずの家族の命を救えなかった非力さを嘆き、自ら国軍兵に志願したんだ。

 強くなりたいと日々、鍛錬に励んでいた。

 そういえば、なんのために強くなりたいと願ったんだ?

 どれだけ強くなろうと、既に失ったものは戻ってこない。

 失った元凶――災龍を討てようとも、家族は戻ってこない。

 じゃあ、強くなる意味なんてなかったじゃないか。

 分かり切っていた。最初から分かっていたんだ。

 それでも馬鹿みたいに鍛錬していたのは――。



『――ねぇ、レインってなんで兵隊さんになったの?』

『んー、強くなりたいからだろうな。俺、誰にも勝ったことねーし。笑い者にされてるし』


『ふーん……なんで強くなりたいの?』

『え、そりゃあお前ー……敵を倒すためじゃねーの?』

『今平和だよ?』

『あーそうか……じゃあ人を救うためだ』

『なにから?』

『えーと、天災から?』

『それじゃあレスキューだね』

『あ、あー……じゃあ、守る。守るためだ、それだ』

『なにから?』


『あーもう、うっせぇ! 別に理由なんてなんでもいいだろ! とにかく他の奴らよりも強くなって、おまえみてぇな頼りねぇ奴を守るんだよ! 悪いか!』

『……』

『――っ、あ、ちょ、さっきのは、今のはナシ。今のはあれだあれ、えぇと――』


『ふふ……あははっ』

『なっ、何がおかしいんだよ!』

『だって、レインって訓練とかでも誰にも勝ったことないんでしょ? 一番弱いじゃん』

『ぐ……おまえってやつは……ああそうだよ! 敗けっぱなしの滅茶苦茶弱い俺が何かを守るだなんて馬鹿な話だよ。そうやって笑ってろ』


『でも、とっても嬉しかった!』

『……あ? うれしかったって……なんだよ』

『弱くても、レインにだったら守られたいなって。私にとって、小さいころからレインは騎士ナイトだったから。いろいろ助けてくれたし、頼もしかったよ』

『……』

『今は離れちゃったけど、あのときと同じように『守る』っていってくれたから、嬉しかった。やっぱりレインは騎士ナイトだね!』


『……わけわかんねぇこと言ってねぇで、言語の勉強でもしてろよ』

『あ、ひどーい。これでも優秀なんだよ?』

『いっつも抜け出してるだろうが。やればできるってんなら、手ェ抜かずにやれよ。俺と違って才能あるんだからよ』

『レインも才能あるよ?』

『どこがだよ。全敗してるし、弱いじゃねーか』

『これから強くなればいいのっ! ほら、練習練習! あの英雄のサハドさんみたいになりたいんでしょ?』

『バッ、おまえそれ――』

『自分の夢なんでしょ? みんな笑っても、私は応援してるから。いつか強くなって、私を守れる立派な騎士様ナイトになってね、レイン!』

『偉そうに。言われなくても、なってやらぁ!』



 ――このときだっただろうな、俺が本気で頑張ろうって思ったのは。まぁ、12歳にも満たない話だったから、能天気なあいつは曖昧にしか覚えていないだろうけど。

 俺がこうやって、一人前の国軍兵として認めてもらえて、一隊の隊長も務める程にまで駆け上がれて、憧れのサハド殿にも関心されるほどの実力を手にすることができたのは、サクラのおかげだった。


 一時期、俺は災龍を憎んではいたが、憎しみだけ募らせても、また哀しみしか生まれない、自然が選択した運命には抗えない、と、サクラに怒られながら説教されたんだっけ。

 あいつ、母親をあの天災で失ったばかりだったというのに、災龍げんきょうを憎むことをせず、俺を叱ってくれた。ただ単に、あまりよくわかってなかったのもあったけど。


 それ以来、俺は災龍を信じていない。それは、災龍のせいにしてしまえば、楽になるからだと考えたからだ。逃げてはならない。受け入れ、自分と向かい合い、立ち向かうことが大事なんだって、サクラの生き方から教わったんだ。

 あいつの存在が、あいつの何気ないあの言葉が、俺を支えてくれたんだな。今になって気づいた。


 ……。

 ああ、なんだ。

 結局、俺もサクラ(あいつ)のこと、好きだったんじゃないか。


「あれー、その様子だと図星?」

 俺は目の前の青年を見る。

 根はクソ真面目で、なんでも器用にこなして、俺よりも意志が強くて、誰よりもサクラを愛する、少し変なところがある親友。その真摯さを前に、俺はもう決めていたのだろう。


「へっ、バレたか」

「もったいぶらずに教えてよー」

 俺は椅子にもたれかかり、笑みの漏れていた口を開いた。

「まぁ、言ってしまえば、魔導師のイルアかな。あの悩殺スタイルは一度抱いてみたいものがあるし、俺年上好きだしな」

「えー、イルアはやめておいた方がいいよ。実験台にされるよ?」

「はははっ、そいつは怖いな!」

 俺は大きく笑った。目の前の召使の意外そうな顔が、なんとも見ていて面白かった。


「なぁ、ウォーク」

「んん?」

「おまえなら……叶えられるよ」


 ウォーク。おまえなら、その想いを叶えられる。

 現におまえは王女を救った。俺よりも十分に立派な騎士だ。

 あいつに相応しい相手は、おまえなんだ、ウォーク・ショナー。


「……?」

 その召使はきょとんとした表情だったが、優しく微笑み、「ありがとう」と言った。

「レインも叶うといいね」

「そうだな。もう一杯飲むか?」

「ああ、おねがい」

 気がつけば、部屋中が甘い香りで満たされていた。たまにはこういう甘さも悪くはないな、と俺は二杯分のココアを淹れた。

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