9.戦場の英雄と武装魔導師
歴史を辿り、人類史でも記されていない前例無き事例。
「戦況はどうなっている!」
「こっちに増援を! 負傷者が多数出た!」
人間同士での争い――戦争は歴史上何度も各地で勃発してきていた。現在も尚、続いている国もある。
だが、龍と人が戦争を引き起こす事態など、空前絶後。
史上初の事態。そして、予期せぬ運命の揺らぎが今この瞬間、起きようとしていた。
「おいサハド! 下手に突っ込むんじゃねぇ! 前の黒龍神とはわけが違うぞ」
龍群を切り抜け、黒龍神子孫種ミラネスのもとへ駆ける4英雄の"剣聖"サハド・ウィズマン。それを止めようと、同じ4英雄の"神撃"ライタリス・ジェックスが呼びかけるが、一向に聞いてくれないので、小さな剣も付属している独特な中型キャノンを槍のように回しては構え、サハドの周囲ごとミラネスを射撃する。
「あっぶな! おまっ、ライタリスぅ! なにしやが――って危ねぇ!」
振り返ったサハドの頬と首元を弾丸が通過する。その背後には襲い掛かろうとした飛竜。被弾し骨まで弾が達した瞬間、サハドの背を通り過ぎては爆発を遂げる。
「酒に酔った若僧のノリみたいに勝手に突っ込むんじゃねぇぞ!」
「んなの俺の勝手だろ」
といいながら、振り返り様にミラネスの放った直径3m級の火球を両断する。2つに分かれた炎の塊は軌道上に沿って壁ができるように爆発し、サハドの背後に2本の炎線が生じる。バルアスの牙や甲殻、器官で造られた白炎の大剣は炎をも断ち切る。その剣からは炎が発していた。
「いいねぇ、こういう熱さも好きだぜ俺は」
大剣を太刀のように軽々しく扱っては、剣を降ろす。
「気を逸らすなサハド! その無駄な余裕が犠牲を増やすんだぞ!」
距離がある場所から鮮明に聞こえる程の怒号を上げたのは赤い鎧を纏った4英雄の最年長"鬼神"フルトラス・ハイドン。ミラネスの位置から10時の方向にいる黒神龍バルアスを専用の戦斧で深く斬っては押し返す。その間を借りて、相手が小さく見えるサハドの方を見た。
いつからいたのかといわんばかりの顔で、サハドは顔を引きつらせる。竜の死骸を踏み越え、ライタリスの下へ撤退する。
「うわ、鬼神さまのお出ましだ。ねぇ今の俺が悪い? なーんか俺にだけ突っかかってくるよな。ライタくんもそう思うでしょ?」
「何国の子どもの名前だよ。おまえ今回ばかりはフルトラスさんの気に触れるようなことはすんなよ?」
「わかってるって、俺だって楽して長生きはしたいさ」
「あとさ、スイサンの奴どこいったかわかる?」
「ルデオスの方に行ったんじゃね?」
同時、魔力の解放による鮮やかな光と、それに衝突した紅い雷が地上から天へ立ち昇る光景が遠くから見えた。
「ほら」とサハドは指さした。
*
小麦色の草原を駆け、右手に握られた魔剣は光を帯びている。
氷水晶のような青く煌めいた髪を揺らし、紅い雷を瞬間移動するように一瞬だけ消えては避け、また魔剣で弾き返す。
射程上にいた龍群の一部ごと消し去るルデオスの息吹を避け、背後から剣を横に振る。刃から放たれた斬撃の真空波は、突風を巻き起こし、ルデオスの背に傷を刻む。
4英雄"魔霊"スイサン・シェンマイは瞳を閉じ、息を吐く。低くなった体勢で、すっと息を吸う。瞼を開けた途端、風よりも早く翔け、脚部の発光と同時に高く跳びかかり、刻まれた傷に剣を突き刺す。そして、魔力による雷爆をルデオスの内部で発生させた。
爆発の衝撃波に乗って、一旦距離を取る。
「駄目か……せめてライタリスかサハドのどっちかがいれば有利になれたが――っ」
ふと辺りを見回すと、スイサンの方へ数十頭の竜が迫ってきていた。どれも木々を薙ぎ倒しそうな、体格の大きい竜の群れ。しかしルデオスに背を向ければ死を意味する。
「まだ来るか。少しまずいな」
凛とした目で双方を見る。剣に魔晄を纏わせ、術を唱えようとしたときだった。
「――Al-Laminis-vanbul……硝の神サティノスに悲哀を、氧の神ヘブラムに怒りを下し、彼の血は燃ゆ。炎鬼イグニスよ、産声と共に瘴気と燈火を示せ……!」
寒気だった空を翔けるは騎竜。その背に乗り、両手に生じさせた光の剣で飛竜群を蹴散らし、赤い花の如き龍の鮮血を散らせる黒魔導師の装束。
魔導師イルアの姿だった。
「第3赤式術――鎖謳炎浄」
竜が犇めく大地一面、突如燃え上がる。その炎に金属ほどの質量でもあるのか、縛る鎖のように龍の身体を纏っては封じ、大地に――否、炎に飲み込まれる。阿鼻叫喚ともいえる龍の咆哮は炎と共に消えゆく。
「第1黒式術……Wel-Mas-Herios」
上空より向かってくる飛竜群と2頭の50m級山龍。しかし、ルデオスも含め、彼らの胸部や頭部に魔法陣が浮かび上がる。それは不気味なほどまでに紫の蛍光を放っていた。
それを唱えていたのは、飛竜の背に立っていた魔導師ネズ。魔導軍統率者のするどい眼光が魔方陣と同じ色に輝いたときだった。
「――Dyea」
四散。
魔法陣が光り、竜の頭部や胸部が潰れるように破裂する。
降るは赤い雨。そして、肉の雨。山龍の倒れる音は地震となる。
ルデオスの胸部も破裂し、横に倒れるが、その程度で死なないことは、誰もがわかっていること。「心臓要らずの龍」という異名は古くから継がれている。
先に地に降り立っていたイルアは血に濡れないように、辺り一面に大きな空圧の傘を作り、降り注ぐ血肉を弾く。
それらの様子を、サハドとライタリスは見ていた。
「あれが魔道軍のネズ・ローレンとイルア・ロックワーカーか……」
あまり関わっていなかったサハドは、まじまじと感心した目で観る。「あっちゅうまに一掃しちゃったよ。えげつねー」と呟いて。
「流石というか、ただの魔術師じゃないな。あの神としても恐れられたルデオスを一瞬で倒したし……兵器と称された実力は本当だったようだな」
「魔術恐るべし、だな。まぁ、魔術は神さんや悪魔より教えられて、引き継がれてきた技術だからな。それにルデオスも生物としては核兵器よりも滅茶苦茶なヤツだけど、あくまで完全に神ってわけじゃねぇし」
「そう言えるのはあの魔導師ふたりとお前ぐらいだろうよ。神に近い生物だからこそ、厄介なんだろ」
「にしても、随分魅せてくるじゃないの。俺も敗けてらんねぇな」
「サハド、変な競争心を抱くな。目的は黒龍神の討伐だぞ」
「へーへー、わかってますよーだ」
ふたりは前方で翼を羽ばたかせ、辺りを一望しているミラネスを見る。
「そういやライタリスも見たか?あのレウっていう人間兵器みてぇな怪人と、ポートっつう機械人」
「ああ。直で見るのは二度目だが、ありゃ人間じゃないな。武器なくても普通に竜倒してるし。ハーフアンドロイドは初めて見たけど、兵器搭載のケースは初耳だった。でも、あの二人のおかげで戦況も悪いようにはなってないしな」
「どっちか4英雄の後継ぎにしようぜ。俺抜けるかあの鬼じじいを引退させるかって感じで」
「お前なぁ……そうだ、フルトラスさん一人だけど、大丈夫だろうか」
「ライタくん、あのおっさんの心配をするだけ無駄だぜ。ハゲが伝染るぞ」
「いやフルトラスさん言うほど禿げてないからね。競技的な感じで髪短くしてすかしてるだけだからね。……チクってやろ」
「おまえが色街の通ってことをスイサンにチクるけど、それでもいいなら」
「なかったことにしようか」
「それでいい。お互いの為だ。お前もあいつに嫌われたくないだろうし、俺もあの鬼神の拳骨もらいたくは――」
目の前に巨大なバルアスの尻尾が飛んでくる。ゴォッ、と熱風を感じ、ふたりはとんできた方向をみる。
「サハド! この戦いが終わったら話がある」
斧で尾を斬り飛ばしたのだろう。鎧で表情は見えないが、その声色は威圧というより悍ましさを感じさせる。数十メートルはあるであろう距離から十数メートルものバルアスの尾を吹き飛ばしたことに、二人は真顔になる。
「……」
「……ま、頑張れ」
サハドの肩をポンと叩いては戦場に向かった。
数秒間、悟りを開いていたサハドは頭を掻き、諦めた表情で鼻で笑う。
「じじいのくせに地獄耳かよ。……ちょっとはボケてくれねぇかな」
*
スイサンの元に降り立ったイルアとネズ。ここのところ会っていなかったのだろう、スイサンは半ば驚きつつ、嬉しそうな表情を垣間見せる。
「っ、イルア先生!」
「やっほースイちゃん、腕上がったんじゃないの?」
イルアは呑気な声でへらへらと接する。先程の凛々しさは何処へと消えていた。それに反し、スイサンは畏まっている。
「い、いえ、先生ほどでは――」
「ふっふふー、まったまたそんなこと言っちゃってー。かわいいんだからスイちゃんは。今夜ちょっぴり蜜の絡め合いでもひでぶっ」
イルアの言葉を拳で割る。後頭部を叩かれたイルアは、相当痛かったのか、涙目になっている。
「無駄話だ。下垂体抜き取るぞ」
「今までで一番怖い脅し文句だよネズたん。あ、でもこういう蔑まれる目をネズたんにされるのも割と――すんませんマジでやめてください。ちゃんと集中するから呪文唱えるのやめて! この身体けっこう気に入ってるんだから!」
「だからこそだ。まずその余分すぎる胸部の脂肪細胞は戦いにおいて邪魔なこと極まりないだろう。子もいないくせに卵胞ホルモンを大量に分泌しやがって……根本的原因である脳下垂体を死滅させない限り、貴様の罪は償えないと思え」
「途中から私情挟んでるよネズたん! ていうかなんか罪っちゃったことあったっけ!? ていうか大丈夫だって! ネズたんも魅力的な身体だから、ほら、えっと、くびれとかおしりとかめっちゃ綺麗じゃん! あと美脚――」
「そんなことはどうでもいい。早く戦いに戻れ」
静かな恐喝を入れた後、ネズは死骸を魔術でどかしながら遠くの方へと見ては歩み始める。バルアスと対峙しているフルトラスの援護に行くのだろう。後は任せたといわんばかりの視線をイルアに向け、地面に生じた魔法陣と共に一瞬で消えた。
「もー、自分のこと棚にあげちゃってー。でも男子力高いネズたんにも女子力あったってのがまた一興なりて……」
「せ、先生、大丈夫ですか」
「いや、一驚とも言え……ああうん、この空気で私のこと心配してくれてるスイちゃんは天使だね」
「い、いえ、とんでもないです」
師の言葉に若干たじろぐ姿を視、イルアはむふふと笑う。
「やっぱこーゆうキャラが好みだなー。あの召使も最初はこんな感じで可愛らしかったのになー」
「先生?」
「ああ、なんでもないわ」とイルアは我に返り、スイサンに微笑みかけ、起き上がったルデオスを見上げる。白銀の身体に似合わぬ赤が胸部の穴から垂れている。
「本当に心臓が無くなっても生きていられるんですね。竜とは不思議な生き物です」
「まーでも、さっきよりは大分有利。楽勝よ。ネズたんのおかげね」
臨戦態勢に入ったスイサンは剣を構え、魔晄を発生させる。余裕な表情でイルアも魔術を展開し、風塵を巻き起こした。
草原がさわさわと揺らめき、騒めく。
「……さて、みんな頑張ってることだし、あたしも本気出しますか」




