7.王龍アポラネス
一種の生命が生態系を変えるなんてことは、この世界ではよくあることだ。その生命力は長年の年月を経て、環境をも変えることができる。地球が生み出した命は、世界を変える力をもち、運命を変える権利を授けられている。
だが、たった一つの生命が一晩も時をかけることもなく、生態系や天候をも変えることができるなど、地球神アノマの冒涜に等しい。今現在、その冒涜、否、神を越えようとする悪鬼羅刹こそが、ラル・ド・マニス神。
その畜生は、この世界にふたつの生命を生み出した。己の身が滅んだとき、代わりに地球神を服従することができるようにと。
その生命の名はソウ・アノティマ・マニス。後の天地恵龍として、"龍"という生命の支配者を生み出す祖先となった。だが、アマツメの神は、地球神アノマとの協和と世界の平穏を望んだ。つまりは、裏切ったのだ。
もうひとつの生命の名はミラノス・バルド・マニス。後の黒龍神として、龍の身でありながら、神に近づこうとしていた。世界を我が物としようと、ただアノマを殺そうとしていた。
アノマが生み出した人類。マニスが生み出した龍類。
最初から既に、敵対していたのだ。そしてこの日、最高神が裁きを下す日。故に、戦争が起きた。この世界はどちらのものか。王に相応しいのはどちらの神か。
この時代のこの日。神が王を定める日。
「……」
災龍が起こした極寒地帯。曇り切った真っ白な雲からは雪が降り始める。どこまでも静かで、しかし虚ろな気持ちにさせる。
静止した世界。その中で、ひとつの音が響いてくる。凪いだ世界に風を呼び起こす、白い翼の羽ばたく音。
「……やっとお出ましか」
祖先種ルデオス。
黒龍神の中でも最大級の強さを誇る銀幻龍。その龍眼にはリオラが映っている。
氷結した大地に、白銀が降臨する。漂う粒子は煌めき、この世のものとは思えない幻想さを映し出す。否、この龍の前に立った以上、己がいる場所はこの世ではないのかもしれない。
発現不可と謳われたはずの紅蓮の雷がリオラの前へ墜落し、メガトン級の爆弾でも落ちてきたのかと思わせる程の衝撃波を放った。が、所詮それは墜落時の爆風に過ぎない。リオラは姿勢を屈めることなく、威風堂々とその雷の内部を睨んでいた。
紅い光を帯びた雷の塊が一気に四方八方へと放電し、中身が現れる。
ミラネスと然程変わらない、西洋龍のような容貌。だが、色は一切の黒みがなく、白一色の鱗と毛をもっていた。 そして、冠のような角。「地球の運命の始まり」とも呼ばれたこの銀幻龍から放たれる覇気は、もはや生物界の範疇を越えた強さ。
まさに「王」とも呼ぶに相応しい存在。
「……?」
リオラは腕を組み、不審に思う。
なにかがおかしい。
年々、黒龍神が世代ごとに強くなっているのは人間の調査上確実だが、ここまで進化して強くなれるものだろうか。
いや、そのような単純なものではない。
こいつは本当に、ルデオスなのか。
しかし、そんなことを深く考える暇も無く。
祖龍は咆哮を上げ、顔を中心に全身から真っ赤な紋章のような筋を浮かせる。禍々しいほどまでの赤。しかしそれは次第に黒く染まる。
血液ごと細胞の性質を変貌させる"疎性結合ファンドリン嚢細胞"による「二面性」の形質発現。黒い血は、ドメイン界という生物の鎖を断ち切るための剣。より神に近づくための発動装置である。
「いきなり怒り任せで全力でいく気だな」
リオラは相手の本気に応えるため、自らの内に潜む「龍の因子」を垣間見せる。
全身から炎と稲妻を発生させ、龍に近い体つき、つまりを言えば半人半龍の姿となった。
「来いよ、白いの。こっちも全力でやってやらぁ」
そう声をかけた瞬間、ルデオスの口から莫大なエネルギーが放出される。辺りに墜落している赤い稲妻と同じ成分だろうが、その稲妻よりも多大な熱量を誇っていることは確実だった。
雷なだけに、まさに光速。レーザー状に放たれたそれは、氷床を抉り、氷晶を巻き上げる。
リオラの背後の先はアミューダ地方。これを避ければ確実にアミューダの陸は真っ二つに割れるだろう。舌打ちをする暇もなく、敢えてリオラはその攻撃を受け止めることを選んだ。
「ぐっ……!」
内機関より表皮に発生させた電磁波の防膜。イオンを取り込んでは防膜を増大させる。だが、精々受け止める程度であり、自身へのダメージが全くないわけではなかった。
なんとか耐えきり、身を倒すことなく踏ん張ったが、表皮が黒く炭化していた。
だが、すぐに表皮と薄膜鱗を再生し、リオラは体についた焦げを払い、反撃の体勢をとる。
「10倍返しだ」
ドウッ! と噴き出すような爆音。
その姿は全く見えず、消えたかのように思われた。
だが、ルデオスにはしっかりと肉眼で捉えていた。
幻覚だろうか、否、眼に入ったそれは、確実に現実のもの。
燃え盛る翼は夕暮れよりも赤く、そして寛容。
鷲のような爪は銀の剣をも両断する鋭利さ。
孔雀のような尾羽は見るものを脳裏に焼き付ける秀麗さ。
鷹のような嘴は威厳と獰猛の象徴。
炎の羽毛に覆われた不死鳥に扮した細長い東洋龍のような姿。その身が亡者を苦しめる獄炎のように、しかし不死鳥の聖なる炎のように恐ろしくも美しい紅き炎を纏っていた。
不死鳥龍への竜化。何倍もの大きさを誇り、ルデオスと同等の体躯を災龍は見せつける。
ルデオスがその眩いほどの姿を視認したのは一瞬。身を溶かさんばかりの熱気がぶつかってくる。
翼を駆使し、竜化した災龍の一食みを避け、後方へ下がったルデオス。リオラは次の手として開いた嘴口の中へ球状の赤光を集めていく。大きく開いた翼からも何かの光が翼へ集まり、口へと届けられる。 球状の赤いエネルギーが高温のあまり変色して青くなり、膨張していく。
一度口を閉じ、放出する体勢に出る。柔軟な長い首を曲げ、嘴の先を、電気エネルギーを口内に蓄積しているルデオスに向ける。
互いの大きな口が開いた瞬間、とてつもない太さのレーザーが放たれた。口周りがまるでエネルギーが零れたかのようにはみ出て、それが球状となって口を覆っていた。
蒼い炎と紅い雷。その二つのエネルギーは優劣もなくただ真ん中でぶち当たっているのみだった。衝突地点が混ざり合って、膨張している。
互角だったのか、莫大な威力の炎と雷のエネルギーが反応し、大爆発が起きる。
そのとき、大爆発が一気に萎み、無音と化す。爆心地にいたのは不死鳥龍の姿をしたリオラだった。熱をその燃え盛る身体で一気に吸収したのだろう。
しかし、その姿も燃えるように一瞬で消える。
同時、ルデオスの胸部に風穴が空く。そこには不死鳥の如き燃えざかる翼腕で一撃を放ったリオラの人間時の姿。燃え盛る不死鳥龍の身を腕一点に集中させたようだ。
心臓ごと胸部をもってかれても、ルデオスは死することはなかった。決死の反撃をするべく、もう一度レーザーの如き赤雷を放出しようとした。だが、足元が一気に崩れ、溶岩の池に落ちる。
「っし、かかったな」
先程の大爆発時にリオラはルデオスの足元に貫通性のあるミサイル状の熱媒体を撃ち、地中を高温で熱することで岩盤という固相から溶岩の液相へと変え、地表を落とし穴のように脆くさせた。
足場を崩し、一瞬だけの隙を作る。その隙を、リオラは逃さない。
掴んだ頭部。リオラは空間振動を一点に集中させ、ルデオスの眉間を思い切り握る。そして、凝縮された空間を一気に振動、湾曲、解放させた。
バガァン! という音に一番近い音を響かせる。空間地震以上の力を一点に爆発させた結果、ルデオスの頭部は見事に破裂した。鋼鉄を越えた硬度をもつ額の肉が取れ、それと同じ硬度の頭蓋骨が粉砕され、脳髄が露わになると思っていた。
しかし、意外な結果がリオラの脳裏に知らされる。
「……あ?」
骨の中に金属――否、金属色の液。
黒龍神の体構造は……いや、生物で脳内が完全に液体で浸かってるものは一種もいない。
じゃあこれは?
そう考えた瞬間に、金属色の液体は沸騰しだし、ルデオスの身体は溶解する。共に分解され、液体の一部として同化していく。
最初はまだ粘性、とろみがあった水銀のような液体。だが、次第に粘性は失われていき、真水のように流れ落ち、バシャバシャと地を濡らしては金属色に染め上げる。
その中から出てきたもの。ルデオスよりも小さく、リオラの2倍弱――約4mほどはある龍。しかし、どの文献にも載っていない、リオラでさえ見たことの無い生命。
「……味方の皮を被っていたのか」
それだけではない。寄生して、変態するために蛹代わりとして宿っていた。
黒龍神の典型的な西洋竜型というよりも、ドラゴン型の二足歩行、所謂黒鱗のバハムートに酷似しているが、腕は「崩界の覇王」よりも鋭く、しかし太く、脚は暴弩竜よりも逞しく、引き締まっていた。翼は美、強靭の協調にして両立を為す。触手のようにうねる尾は鋭く長く、まるで鋼の棘鞭の如く。ただ、その数は9。神獣九尾を彷彿させる。
角は悪魔のように禍々しくひん曲がり、牙は砂上の海を泳ぐ山龍のような雄大さを漂わせつつ、天地に災いをもたらす煌皇龍のように荒々しい。
背は針山のような層状の甲殻が鱗のように並んでおり、翼と隣接している。
その手のひらには小さな孔がある。手だけではない、肩甲骨のつけ根、踵、肘、そして翼にもその孔は見られた。
身体の甲殻からは血管か、模様か、電線や回路のような非生物的な何かが浮かび上がっている。
体色は銀色、金色、黒の混じった金属色。黒龍神よりも禍々しく、鋭利にして巨体だが、人のようなスリムさを感じさせる括れがあった。まるで鎧、アーマード、アンドロイド、バトルシップ……エスカレートに連想させていく。
それは、機神の装甲を纏う黒き龍。
「……っ」
なんだこの機械みたいな生物は。
リオラの持った第一印象がそれだった。
「こいつが……?」
王龍なのか?
そう言い切る直前、電子音と機械音と雑音を入り混じらせたような不協和音が重く響く。王龍の喉から発声している。超音波且つ大轟音で不快な音を目の前で聞かされるこの感情をどこにぶつければいいのか、そう思わせる。
ブゥゥゥン――と、機械の駆動音に模した唸りを発した時、尻尾の先端から何かの液が勢いよく吹き出た。光線のように早い上、不意打ちだったので、見事に直撃し、リオラの腹部を貫通した。
その液が貫通した傷から浸み込んだとき、リオラの肉体が悲鳴を上げる。
「――がふぁっ! あぁ、く……っ、なん、だ、これ……ッ! ゲブォッ!」
突然の吐血。嗚咽。嘔吐。全細胞が悲鳴を上げるような激痛。麻薬のような微かな快感。
まるで細胞が破壊されている。そして、細胞一つ一つの機能が劣化し、老いていくような。
「毒、かっ……!」
気付いた時にはもう遅かった。
王龍の尻尾から放出された毒は生物内で生成された毒ではないことを、リオラは察した。そうでなければ、これほどまでに苦しんだりはしない。体内ですぐに抗体を作れるような兆しが見れないはずがない。
まるで、人類が作り上げる、非自然物にして人工的な毒。生物毒腺で体現できない毒を、この生物は生成している。
細胞を破壊、長期間劣化させると同時に激痛、過剰な体調不良を伴う。これによってリオラは完全な再生機能を失い、破壊力、耐性力、コンディションを最悪の状態に陥らせた。
何よりリオラ自身驚いたのは、何千種類もの抗体を持つリオラに効く毒をこの王龍は持っているということだった。
しかし、目口から血を流しながらもリオラは何故か余裕の笑みを放つ。その表情からはかなりの殺気が込められていたが、王龍はそんな一生物の睨み程度ではものともしない。
「……へっ、こんなことでくたばってたまるかってん――」
風を切る音すら立つことなく、リオラは王龍の右腕の餌食となった。人間みたいに殴った王龍は咆哮どころか声すら一切立てず、無慈悲に自分より小さいリオラをその場から消し飛ばした。
ここから本戦です。戦闘描写が長くて非常に申し訳ありませんが、何卒お付き合いの方お願いします。




