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災華の縁 ~龍が人に恋をしたとき~  作者: エージ/多部 栄次
第一章 一節 王国サルト
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4.信仰祭

《ウォーク》

 信仰祭前夜、漆黒の空に咲く星光がその秀麗さを、この国「サルト国」に相変わらずと漂わせていた。王女室ではサルト国の王女サクラと、その召使である僕がいつものように談笑をしていた。

 ただ、いつもと違うところは、サクラ王女がやけにうきうきしていたことだ。どうやら明日の信仰祭を楽しみにしているようだ。

 自然を嫌っているのに外に出られることは最高潮に嬉しがっているから、はっきりいって矛盾しているよな。

 僕がそう思っている矢先、王女が楽しげな表情で話しかけてきた。


「ウォークウォーク! 明日楽しみだね! 国の外に出られるんだよ!」

 王女は楽しそうに、きゃっきゃと部屋の中を走り回ったり小躍りしていた。明日の夜明けまで続きそうな勢いだ。しかしそんなわけにもいかないので、僕は幼児みたいにはしゃぐ彼女を寝かせることにした。


「明日の事もありますので、もうおやすみになりましょう」

 そうだね、と王女は笑顔で頷き、早速ベッドに入り込んだが、まぶたを閉じずにその瞳を輝かせていたので、僕は微笑みながらまぶたを閉じさせた。

 王女は信仰祭が嫌だと駄々をこねていたが、前日になると結局は行きたがるんだな。外に出られることが楽しみで。


 それにしても、今までの2週間、本当に忙しかったな。でも今日中にすべての仕事を終えたからもう残業はない。やっと早く寝れる。

 そう思い、僕は王女室を後にする。3階にある召使専用の部屋に行き、ベッドに潜り込んだ。



 ――2週間前のあのとき、昔の同僚だったハンターのセトが瀕死の状態で帰ってきた後、急いで僕らは応急処置をし、医者を呼んだ。そのあと、僕と王女は王宮のこともあり、悪く思いつつも、その店を後にした。

 あの後、町民から貰った荷車に、買った品物と王女をのせ、布を被せて誰にも気付かれないようにした。門番の衛兵には面子もあってか、荷台の荷物を厳重にチェックされずに王宮に入ることができた。王宮内の人たちには上手く誤魔化し、無事何事もなかったようにさせた。本当に運が良かったとしか言いようがない。


 その数日後、アーカイドとタキトスのもとへ行き、セトはあの後どうなったかを聞いてみた。

 話によると、セトは早くても全治四十か月。現在危篤状態だそうだ。原因不明の剣のような切り刻みによる出血がかなり多かった上に、内臓破壊、骨髄損傷の箇所も多く、長期性の麻痺毒が体内に依存していた。また、傷口の周りには火傷の跡があり、首回りには凍傷、肺には亜硫酸ガスが溜まりこみ、筋肉には電気による萎縮があったそうだ。しかも不思議なことに、その全身に刻み込まれた深い切り傷はほぼ同時につけられた傷だという。

 煌皇龍の素材で作られた鎧ごと体を深く切り刻む。それほどの力がある強靭な腕が何本も生えている龍なのだろうか。いや、腕が2本を超える龍なんてこの世にいるはずがない。もしかしたら、龍に模した別種の生命体かもしれない。噂も噂、災龍が正真正銘の龍である証拠などどこにもない。あっても、龍の体"らしき"何かのほんの一部だけだとしかわかっていない。


 それに、気になることはその同時に十何か所も深くつけられた傷だけではない。麻痺毒、火傷、電流、凍傷、火山ガス……一匹の生物体にそんなに多くの属性器官をもつのだろうか。多くても2種類、最多でも3種類だ。

 あと、特定の龍やある植物に含まれる"龍煙性電解質"という属性成分も、その傷跡から発見されたという話も聞いた。やはり龍なのだろうか。

 そして、セトが気を失う直前に言い放った言葉。


 ――災龍は実在する。


 この言葉が脳裏に焼け付く。あの傷といい、やはり災龍に出会い、襲われたのだろう。ということは、セトははっきりと災龍を見たことになる。

 虚無といわれてきた存在が本当に実在しているのだと思うと、その存在がどんなものなのか気になって仕方がない。彼の容態が良くなり次第、話を窺わないと。

 しかし、災龍は神話の通り恐るべき存在だ。明日、王族をはじめサルト国民のほとんどは王国を出て、サルタリス山脈へ向かうことになる。その際、災龍と鉢合わせでもしたら大変なことになるはずだ。特に対策はできないが、用心はしておこう。

 彼女の笑顔を絶やさぬために。


     *


《ウォーク》

 信仰祭当日、清々しい夜明けを迎える中、僕は決まった時間に起き、いとも通りの服装へと着替える。

 今日は王女が王女室にいないとわかっていながらもその部屋へ向かった。 しかし、部屋のドアの前には赤髪のメイドのアンヌが僕を待っているかのように立っていた。


「おっはよーウォーク君! 君の愛おしい王女様は、今4階の化粧室にいるよ。着衣中だね」

 そういう言い方はやめてくれと、彼女に言い返し、僕は4階の王女がいるところに向かった。部屋の前に着くと、一人の金髪のメイドが「申し訳ありませんが、王女様はお着替えをなされているので、今は関係者以外入れません」と言い、部屋に入らせてもらえなかった。

 僕関係者なんですけど。まぁ考えてみたら王女は着替え中だ。男の僕が部屋に入ったらどんな天誅が下るか。しばらく待ってみようかと考えたが、時間がもったいないので、別の場所へ行くことにした。



 竜小屋で僕は王女の乗竜"ナウル"という名の黒い宝石のような毛並みをした"迅翔竜"の手入れをしていた。竜小屋には幾つかの専用部屋があり、ひとつは国王の乗竜"銀炎竜"の部屋、ひとつは王女の飼っているナウルの部屋、ひとつは国軍竜騎部隊の乗竜『翼竜』、『獣竜』、『馬竜』、『牙竜』などが何頭もいる部屋。あとは家畜などの雑用専用の『鳥羽竜』が数百頭もいる部屋がある。正直、「小屋」という規模ではない。

 ナウルの入念な手入れをし終えたとき、時計塔の針は朝の6時50分を指していた。45分経っていた。


 僕は用具を片付け、着替え終えているだろう王女のもとへと向かった。

 いつも7時に僕に起こされている彼女は信仰祭の日だけ朝の5時半に起きなければならない。

 きっと今も眠たがっているに違いない。ちなみに彼女は起床後、行事の日程と宗教上の理由で早めの朝食を取り、衣装の着替えやおめかしをして、信仰祭を迎える。

 竜小屋を後にして王宮に入った途端、ばったりと国軍兵に属しているレインと、その同胞である「サニー」と「クラウ」に会った。


「よぉ! 朝から竜の手入れしてたのか? 真面目な奴だな」

 レインがそう言った後、オレンジ髪の好青年サニーと灰色髪のクール系青年クラウが話しかけてきた。レインをはじめ、若手兵たちにはやはり若さからのはつらつさが体から発している。彼等と同い年の僕が言うのはおかしいことだが。


「なぁ、ついでに俺の愛馬も手入れしてくれよ」

「……ウォークは王女直属の召使だろ。そんな頼みは御法度もんだぞ」

 サニーのやんちゃくさい声で放った言葉に対し、物静かで低めの声のクラウは真面目に受け入れ、注意した。


「わかってるって、冗談だよジョーダン! そういえばさ、ウォークは王女の側近だろ? 信仰祭のときも傍にいるのか?」

「ん? ああ、その時だけは傍にいないよ。去年と同じように王族、サルト国の貴族、四英雄、政治家、国軍の重要者、王宮の使用人、国民の順に信仰場で信仰するから、王女と結構離れることになるね。って王女は信仰祭で一番重要な役割をするから、使用人の僕が傍にいられるわけないだろう」


 そもそも信仰祭とは、サルト国全国民が王族をはじめ、民が大行列を成し、サルト国に隣接するサルタリス山脈の深部にある信仰場(拝所)というアマツメ教が誕生した大きな古寺にお参りをしに向かい、唯一神天地恵龍(アマツメ)を祈り、今後の豊作や健康の維持と向上を願う行事である。そして国に戻った後、城外や城内でなにかしらの宴を深夜まで楽しむ、そんな一日だ。ちなみに信仰祭の次の日も祝日の為、休日である。


 信仰場で信仰する際、「龍の舞踊」という儀式が最後に行われるが、その時に国を代表する女性、つまり王女が巫女の姿になり、信仰場で《天地恵龍》に敬意を表し、舞踊を行うことが毎年の恒例なのである。

 かつてはサルト国王妃のキク様が舞踊をなされていたが、お隠れになったあと、娘のサクラ王女が舞踊をすることになった。当初は彼女に舞踊や信仰のマナーなどを教えるのが大変だったと専門教師が嘆いていたものだ。そう思えば、今の彼女は大分成長したものだ。

 僕がそう昔のことを思い出し、しみじみとしているとサニーがぼやき始めた。


「だよな~。にしても俺ら国軍は今年もガードマンの役割だよ。獣や竜が襲い掛かってきても、俺らが駆逐するから国民は安心していられるけど、その国民の目の前で国軍が必死で戦っているんだぞ。なんかこのギャップ感が嫌だ。わかるだろ? この気持ち」

 わかるようなわからないような。レインとクラウは「いや、まったくわからん」「……それは国軍として当然の義務だろう」と言い、賛同はしなかった。サニーは溜息をついた。


 サルタリス山脈はアミューダ地方の中で、比較的危険な生き物が多く生息する地帯としてよく知られている。ふもとはそこまで危ない獣はいないが、山の深部に多く生息するという。

 当然、信仰地に行くために通らなければならない道も獣や竜が多く出るが、他のルートの中ではまだ安全なほうである。また、その山の獣や竜たちは昼よりも夜に活発化する。

 そのため、朝から信仰祭を始めることとなっている。しかし、必ずしも危険な獣が出てくる確率が低くなるわけではない。例外も当然ある。だから、国民や王族を守る国軍は毎年全力で駆逐に臨まなければならない。


「だけど、"渓流の古寺"に行くときに気をつけなきゃいけないのは獣や竜だけじゃなくて、もっと危険なものにも十分に警戒していかないと」

 僕がそう言うと、レインたちは首をかしげた。


「もっと危険なもの?なんだそりゃ?」

「災龍だよ」

 レインはそれを聞いた瞬間、吹きだした。サニーも同様だった。


「災龍? あはははっ、そんなの神話の中の話だろ。まぁ神話にでてくるアマツメは実在するけどよ、流石にあんな恐ろしい龍は実在しないだろ。お前の言いたいことは、稀に起きる奇怪な天災に気をつけろってことだろ? 大丈夫だって、この地方は他よりも多いけど、災害なんてそう都合よく起きねぇよ」

 レインはそういい、笑い飛ばした。

 災龍は有名と言っても、所詮世間にしたら伝説や噂程度のものだ。実在を信じる方が珍しいのである。


「そっか……まぁ、そうだよね。そんなのいるわけ……ないよね……」

 僕は本当に災龍の存在を信じればいいのか少し悩んだ。レインと同じく信じない側についたとしても、セトの事はどうなるのか。そんなことを考えながら銀色の腕時計の時刻を見ると、もうすぐ7時を迎える時間だった。

「じゃあ、僕は仕事に戻るよ。国民の防衛、頑張れよ」


     *


《ウォーク》

 もうすぐで8時半だ。あと三十分で人口約850万人もの人が出発する。いや、その内の3割ほどは非アマツメ教信者だったりするので、国に残るのか。

 そんなことを考えながらも、僕が向かっていた先は王女室、つまりサクラ王女に会いに行くところだ。もうメイクアップは終わって、部屋に戻っている頃だろう。

 部屋の前に着いた僕はノックをして、入室の許可を取った。


「失礼します」

 部屋に入ると、そこに居られたのはいつも見ている王女ではなく、傾城傾国の美女、いや、天女というべきか。その姿は人知を超越した龍の羽衣を纏う美しき女神の化身そのものがおられたのだ。「おお」と感嘆の声が出そうになるも、息を呑んだ。

 去年よりも可憐さが増している。金と赤の刺繍に白銀一色の巫女らしい着物をデザインしたものだが、神と崇められている数種の『古の龍』の素材と、アマツメの素材でできたその衣装からは何か混ざり合いつつも統一感を成している。龍の力と神々しさが緩やかに放たれていた。

 そして、その純白の天女を更に輝かせるブレスレットや耳に孔をあけないピアス、指輪などのアクセサリーはその古の龍から採れた真珠や特定地域の宝石でできていて、ネックレスにはアマツメの珠玉がつけられていた。衣香襟影、花顔柳腰、花顔雪膚の言葉に最もふさわしい御姿と言えよう。


 こちらに気づいたのか、美しき天女は咲き誇った華のような笑顔で話しかけてきた。

「ウォーク! この服去年のよりとっても動きやすいんだよ! デザインも前のよりいいし、もう最高っ! どうかな? 似合ってるかな?」

 王女はくるっと一回まわって衣装を魅せる。それはまるで花が咲いたようにふわっと舞った。もう最高っ! と万歳してその華奢な身を抱きかかえたい気持ちでいっぱいだった。

 しかし本心をむき出しにするのも自分なりにどうかと思うので、そこは堪えて普通に褒めることにした。


「はい、とってもお似合いですよ」にっこりと答えた(と自分では思っている)

「ほんとに? やったーっ!」

 彼女は満面の笑みで喜ぶ。なんだろう、この本能をくすぐられるような感覚は。


「王女、もうすぐ出発ですのでそろそろ外に出ましょうか。あ、衛兵が迎えてくるんでしたね。では、しばし離れることになりますが、信仰祭の龍の舞踊、期待しています。御栄光を願っております」

「うん! がんばるよ! ありがとう、ウォーク!」

 ちょうどタイミングよく4人の衛兵が王女を迎えにきた。王女が衛兵と共に部屋を出た後、少し間をおいて僕は王女室を後にした。

 これから信仰祭が始まる。年に一度の大行事が始まる。

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