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災華の縁 ~龍が人に恋をしたとき~  作者: エージ/多部 栄次
第三章 二節 人と龍の想い
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1.召使、災龍の棲む信仰地へ

 この感情はなんだろう。

 この気持ちはなんだろう。

 この違和感はなんだろう。

 心の奥底から何か熱いものが湧きたってくる。


 過去にも味わったことがあるこの感覚。だけどそれが何なのか、全く覚えていない。

 たまにそれが激しく動き廻り、苦しくなることがある。

 その度に不思議と、あるモノが思い浮かぶ。

 不思議な現象だ。もしかしたら、自分は異常になってしまったのかもしれない。


 病気だろうか。だとしたら何の?

 わからない。この心臓が締め付けられる感覚が何なのか、わからない。

 誰か教えてよ。ひとりじゃわからないから、誰か教えて。


 この高鳴るキモチをどうすればいい?

 人にしか感じない心の色。

 この奇跡を、あなたは信じますか?


     *


《ウォーク》

 ついに来た。

 ついに、この時が来てしまった。

 時代の恐怖を。運命の脅威を。

 伝説が世界を、人類を滅ぼす。


「はぁ~」

 秋風が窓際の白いカーテンを揺らす。

 僕は窓から撫でるように射す朝日が僕の身体を温める中、王宮の患者室――病室のベッド――で溜息をつく。


「5日も意識がなかったとはなぁ」

 『日を求めず火を欲する疾陰(ハル・ダ・ラミノーム)』――俗称『黒蟻くろあり』の首領「二カロ」との戦いの後、僕は危篤状態に陥り、ずっと意識が途絶えたままだったようだ。


「しかも、よりによって今日が……あの日だなんてなぁ」

 約三ヵ月半前、情報屋(ある意味予言者に近いが)のキケノさんに予告された黒龍神の到来日。誤差がなければ今日らしいが、その間の時間がかなり早く感じたようだ。


 こんなに清々しい朝なのに、この地方、いや世界が滅ぶかどうかが決まる日だとはとても考えられない。本当に黒龍が来てしまったら、この地方の人口は軍隊を中心に激減するだろう。あくまで勝った場合の被害だが。敗ければ――すべてが終わる。


 ただ、中央大陸の国々が既に黒龍神を討伐してくれたら、もうその心配はない。心の片隅でそう願っている自分がいた。


「それにしても、ひどい傷だなぁ」

 生きていただけでも奇跡。そう称賛してもいいほど、自分に斬り刻まれた痛々しい傷が体中にこれでもかというほど肉ごと抉られていた。だが、この国の医療技術が発展しているおかげで、今でもなんとかその命を繋ぎ留め、回復も順調に至っている。


 そのとき、病室のドアからノックする音がこの閑静な部屋に響く。

「入っていいですよー」


 僕はノックしであろう人物に声をかけた。

 ガチャッと病室のドアが恐る恐ると開く。

 入ってきたのは、いつものように貴族のドレスを着ているサクラ王女だった。

「王女……」


 こんなに朝早くどうしたのですか、と聞く。今は6時45分。いつもの彼女なら爆睡している。

 彼女の顔はなんだか切なそうだった。


「ごめんね……」

「え……」

「私のせいで、こんな……」

「王女……?」

 突然どうしたんだ。いや、王女のその目に浮かぶ涙の意味が解らない訳ではない。

 だが、そんな顔をされてしまっては、逆にこっちが申し訳ない。あのときのことを気にしていたのだろう。

 やはり、自分を責めていたか。その瞳の奥の疲れ切った様子が見て取れる。


「気にしないでください。僕らが勝手に行動したことです。大丈夫ですよ」

「……」

 それでも俯く彼女。僕は微笑み、痛む体に鞭打って大袈裟な動きをしては、

「だーいじょーぶですって。ほら、こんなに元気ですし、なによりみんなも僕も、ちゃんとこうやって生きています。ね?」

「……うん」

 少し、ほんの少しだが、彼女の目に光が戻った。彼女もわずかに微笑んだ。


「……ねぇ、今動ける?」

 意外な質問に少し戸惑った。元気なふりをしたからそんな質問をするのだろうかと考えた。だが、それらを表に出すことなく、自分で言うのもなんだが、清楚に応える。


「えーと、医師ドクターにはきつく止められています」

「そう……」

 なんだか悲しそうな様子だったが、僕の容態を見る限り、素人でも外出はできないだろうとわかるはずなのだが。


「もう国軍は出国しましたか?」

「うん、昨日の夜に出発して、他の国と合流しに行ったよ」

「ここにも兵、いますよね」

「うん、国民や王族の護衛に」

「レインは? あとサニーやクラウも」

「今寝てる。あとウォークといっしょにいた人たちは怪我してるから休んでるよ。金髪の人と黒髪の普通っぽい人は国軍といっしょにいったけど」

「やっぱりレウを連れて……それにポートさんも……」

 あのふたりは兵器に匹敵するものを併せ持っている。相当な戦力故に、無理にでも協力させたのだろう。

 それにしても、話で聞くには、そのふたりをあのニカロは一瞬で片付けたという。そんなレウ以上の化物と張り合っていたのかと思うと、自分が怖くなってくる。

 その男に近い自分が、とても怖い。


「レインたちは今どこにいますか?」

「隣の病室にいる」

 なにか浮かない顔をしている。なにか言いたそうな顔をしている。感情が表に出るところが僕に似ている。


「なにか、お困りですか?」

 すると王女は申し訳なさそうに、ゆっくりと口を開く。

「頼みたいことがあるの。でも、怪我してるから……」

「リオラのことですか?」

 目を細め、僕は言った。その声のトーンは、おそらく低めだっただろう。

 王女の目が驚きを表した。しかし、すぐに俯く。


「うん……」

 まぁ、この際仕方がない。訊くだけ訊いてみよう。

「私は何をすればよいのでしょう?」

「その前にね、ウォーク」

 王女はひとつ間を置く。そして、はっきりと言った。


「なんで、私がリオラといることが分かったの?」

 その言葉に対し、僕は微笑んだ。

「簡単なことです。王女が勝手に行動していなくなるからですよ」

「……」

 やっぱり納得してくれなかったか。僕は苦笑し、説明を加えた。

「それである日、色々な推測をして答えを導いた結果、王女が災龍のところにおられる可能性が一番高かったのです。『虚無の伝説』という噂だとしても、行ってみる価値はあると思い、信仰地に行ったのですが、予想通り、王女と……リオラが楽しそうに話しているところを目撃しました」

「それからずっと?」

「数えられる程度でしたが、時間が空いていれば様子を見に行きました。あなたの無事を確認した後、すぐに帰りましたけど」

 正直、災龍に襲われるかもしれないと思っていたからな。王女がいるのに恐怖が勝って、無意識的にその場から離れざるを得なかった。


「……《神殺し》のときも?」

 そこを突いたか。案外、勘がいいんだな。

「はい、はっきりと見ました」

「もしかして、みんなが言っていた《神殺し》の目撃者って……」

 彼女は違ってほしいという目でこちらを見てくる。

 だが、それに応えるつもりはない。


「――私ですよ」

「……っ!?」

 王女は絶句した。それでも、僕は再確認するかのように話すことを止めなかった。

「《神殺し》を目撃し、災龍の実在を広めたのは、私です」

「そんな……どうしてっ?」

 彼女の目はもはや絶望、いや、疑惑と困惑……幻滅した感情でいっぱいだったように見えた。


「見逃したかったのですが、《神殺し》に私情を挟んではいけないのです」

「……」

 なにか言いたそうな表情をしていた。憎しみたいけど憎しめない。そんな顔をしている。

 仕方がないことなんだ、わかってくれ。

 ひとつ息を吐き、わずかな沈黙を破る。


「リオラも、ずっと前から僕の存在に気が付いていましたよ」

「えっ?」

「しかし、敢えて見逃した。傍に貴女が居たからなのか。それとも、彼の聴力や視力で王女と関わりのある人物と判断したのか……」

「……」

「神殺しについては、王女もご存知の通り、必ず国ごと滅びかねない天災が振り掛かります。ですので、罪人への罰と、民を救うための対策を兼ねて、その事実を広めるほかないのです。ですが、その……申し訳ありません」


 お互いに頭を俯ける。これじゃどっちが謝っているのかもわからない。だが、これは僕が悪い。何よりも王女を大切にしているはずが、傷つけてしまっていた。

 だが、王女は怒りも悲しみも表すことなく、少し呆れながら微笑んで答えた。


「いいよ。私も勝手なことして、ごめんね」

 少し意外な言葉だった。許してくれたのか?

 大げさかもしれないが、この優しさを前に僕は一瞬、彼女が女神のように見えた。

 冷静に考えれば、本当にこの王女様は身勝手なことばっかりしているが。


「あ! そうだった! そんなことじゃなくて!」

「……?」

 王女は真剣な目つきになり、ベッドに手を乗せて体重をかけて前のめりになり、僕の顔と彼女の顔を近づけた。


 目と目が合い、彼女の息が顔の肌で感じ取れた。

 僕の心臓はバクバクと高鳴っている。興奮で頭はボーッとしてくるが、彼女から発した声はクリアに聞こえた。


「ウォークがリオラのこと知っているなら話が早いわ。今すぐ社に一緒にいこっ」

「え? え?」


 僕は二つの意味で困惑した。一つはこのままキスとかするのではないかと誤解した結果その期待外れの台詞に少し落胆したこと、もう一つは信仰地の社に行くということだった。

 信仰地ということは――災龍に遭わせる気か?


「ほら、外にナウルを待たせているから」

 窓の外を見てみると王女の乗竜である迅翔竜ナウルが毛づくろいして、いかにも待っていますよアピールをしているように見えた。


「大丈夫! ウォークはナウルに乗っていればいいから」

「いや、そういう問題じゃなくて――」

 どうしてそこにいくんだ、と言えなかった。言う猶予がなかった。


 王女が僕の体中に繋ぎとめられている管を無理矢理引き抜き、そこから出る血と僕の断末魔みたいな叫びも気に留めず、僕の手を引っ張り、ナウルの背中に乗せる。ほんの数秒しか歩いてないのに、壊れていた足が自分の体重に支えきれず、ガクガクとなり、それに伴い激しい痛みがもれなくついてくる。倒れそうになるも、必死に持ちこたえる。

 にしても無理矢理すぎるだろ、この王女様は。容態悪くなったらどうするんだよ。あなたの世話できなくなりますよ?


「よし、ナウル! ゆっくり飛んでね! ウォーク乗っているから」

 その言葉に答えたかのようにナウルは咆え、飛び上がる。

 そして、軽々と国壁を飛び越し、サルタリス山脈へと向かった。


 ああ、手慣れているあたり、いつもこうやって国から出ていってたんだな。

 それにしても、王女がこうやって自由になれた喜びを得られたのも、それを機に世界の知識を身につけたことも、目撃されることなく国を出、災龍リオラと何の妨げもなく接してきたことにも、すべてはあの人のおかげなのだろう。


 魔導師イルア・ロックワーカー。あなたは一体、何を企んでいる。

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