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災華の縁 ~龍が人に恋をしたとき~  作者: エージ/多部 栄次
第三章 一節 革命の灯が消える刻
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15.ハッピーエンドに感謝を

『ねぇウォーク』

『はい、何でしょう?』

『死ぬってどういうことなの?』

『いきなりどうしました!? そんなことを聞いたりなんかして!』

『慌てすぎだよ。で、どういうこと?』

『は、はぁ、そうですね……』

『やっぱり、とても苦しいことなのかな?』

『処刑される罪人はそのように嘆き、死ぬこともありますが、なにより……』

『なにより?』


『死というものは、なんといえばいいでしょう、寿命を迎えることでもなく、事故に遭い、心臓が止まることでもなく、処刑されて首と体がおさらばすることでもなく……』

『ウォーク、その表現怖い』

あ、申し訳ありません。ええと、それで死というものは、何もわからなくなることだと思います』

『わからなくなる?』


『自分はなんなのか、誰だったのか、ここはどこなのか、どのように存在していたのか、いま何時なのか、何をしていたのか、何のためにいるのか、そのようなことが分からなくなって、自分を失ってしまうことが死ぬことだと私は思います』

『ふ~ん、へんなのー』

『ははは、そうですね。あ、あともうひとつあります』

『ん? なになに?』


『人に、忘れられることです』

『忘れられる? よくわかんないや』

『そうですね……人は死んでも、他の人の記憶に残ればその人は人々の心の中で生きています。しかし、人々の記憶から消え、忘れられると、その人は記憶からいなくなり、存在を失ってしまう。そのような意味で死ぬということがあるのだと私は思います』

『やっぱりへんなのー』

『そのうち、王女にも分かる日が来ると思います』

『ふーん……』

『……』


『……ウォーク』

『はい、何でしょう』

『私がもし死んでも、ウォークの中で生きていてほしいな』

『王女……。大丈夫ですよ、何があっても、私が王女を守りますから。御心配なさらずに』

『じゃあ、ウォークが死んでも私の中で生かしてあげるから、安心してね!』

『はい、ありがとうござ……え?』


『ねぇウォーク、レインとこ行こっ。軍もいま休憩中でしょ? ちょっかいかけに行こうよ』

『あ、はい。でもちょっかいはほどほどにですよ?』


『ウォークっ』

『はい』

『今までお世話とか、ありがとう』


『え!? あ、ええと、随分と唐突な』

『へへへー、こういうのは突然じゃないとびっくりしてくれないからね』

『ですが、「今まで」ということはこれからは私の世話なしで自立するのですか?』

『あ、そうじゃなくて! こ、これからもよろしくねっていうことなの!』

『あっはは』

『もう、笑うな~!』

『イタっ、すみません。……はい、これからもよろしくお願いいたします、王女』

『んー、堅苦しいけど、まぁいいかっ! これからもずっと、生きていてね』


『はい、王女を守る為に、ずっと生きていきます』

『――ずっと、ずっと……約束だよ』


     *


「う……ん…………」

 暗闇の海を漂う中、一筋の光が指す。


「――く……」

 だんだん光が厚くなり、色が映し出される。


「――ぉーく」

 聞こえる音が鮮明になる。視界がはっきりしてくる。


「――ウォークっ!」

「……アーカイド?」


 目の前には度アップのアーカイドと、キケノさんがいた。その二人の顔の奥を覗くと、白い天井が映し出される。周りも白い壁で囲まれていた。傍には何かの器具がたくさんある。それに、僕の身体は包帯で覆われていて、管が何十本も繋がっていた。


「よかったぁ! 気が付いて!」

 キケノさんが僕の首元に抱き着く。布団のように温かく、やわらかい身体だった。少し息苦しいけれど、どこか安心する温もりだった。


「おいやめろ! 怪我人だぞ!」

「でも~」

「傷口が開いて、また重体に陥ってもいいのか?」

「う~」

 ほおを膨らましながら、しぶしぶと離れる。まぁ心地よかったとはいえ、締め付けられすぎて正直苦しかったから少し助かった。


「ここは……?」

「ん? ここか? 王宮の患者室だよ」

「王宮……そうだ! 王女は――痛っ」

 全身に電撃、いや、それ以上の表現しようもない痛みが身体を硬直させる。皮膚はちゃんとあるんだよな? 激痛が収まらない。

「バカ野郎、急に起き上がるな。大丈夫だ。王女様は助かったよ」

 本当か! といいたかったが、激痛で声が出なかった。口パクで伝えようとした。

「ああ、本当だ。今さっき国王様に呼ばれて部屋を出ていかれたとこだ。もうちょっと早く起きてれば王女様の顔を見れたのによ」

「そうか……よかった~」

 やっと痛みが治まり、バフッと白地のベッドに再び倒れこむ。布団が気持ちいい。

 久しぶりに感じるこの脱力感。こんなにリラックスしたのは何か月ぶりだろう。

 

「ウォーク、あのことは覚えているか?」

 突然、アーカイドが真剣な目で問いかける。なんのことだろう。

「あのこと?」

「国盗りの……えっと、『黒蟻』の二カロと戦ったときの事」

「……?」

 なんのことだ?


「……覚えてないのか?」

「うん、さっぱり」

 というかそれだけじゃわからないってことに気づいてくれ。


「じゃあ俺らでその『黒蟻』の本拠地に入って、奇襲をかけたことは?」

「それは覚えている」

「二カロの事は? どこまで覚えている」

「えっと……確か、二カロに殺されかけて。倒れて、死に掛けて……気を失った」

「やっぱりそこまでしか覚えていないのか」

「そのあと、なにかあったのか?」

 まさかの記憶がないというやつか。あまり知りたくない事実でなければいいが。

「ああ、それがな……」

 アーカイドはそのあとの一部始終をすべて教えてくれた。


     *


「そんなことが……?」

 信じられなかった。

 この僕が、化け物じみた身体能力で二カロと戦い、倒したとは……。

 いや、これには前にも同じような体験をしたことがある。ハンター生活をしていたときだったか。討伐すべき龍に殺されかけたときのことだった。そのときも記憶がなかった。

 そうだとしても、こんな障害持ちの身体でも同じことが起きるなんて。にわかには信じがたい。


「やっぱり、覚えてねぇのか」

「ごめん、まったく……」

「そうか……まぁいい! こうやって生きているからなんだっていいさ!」

「そうねっ! もうウォーク君が生きているだけで私はもうビンビンに幸せよ☆」

 そのようなネタを挟むのは少し対応が困りますが、キケノさん。そのあと顔を赤くするのはやめてください。意味を捉え違えてしまいます。


「なんかもう、どうしよう、こいつ」

「な、なによっ」

「あ、そうだ。ここ王宮の病室なんだからよ、せっかくだしお前の頭も治してあべしっ!」


 包帯を巻かれたアーカイドの腹に勢いよくキケノさんのエルボーが繰り出される。ああ、それは痛い。


「お前もいっしょに診てもらおうか?」

「うぅ……くそったれぇ……」

 いつも通りのやり取りに僕はつい吹き出してしまう。それを見た二人も一度顔を見合わせて、一緒に笑った。


 そのとき、病室のドアがガチャリと開く。どたどたと慌ただしい足音と騒ぎ声と共に入ってきたのは、王女を救うために共に戦ってくれた仲間たち。

 それだけではない。アンヌやヘディツをはじめとした、いつも一緒に働いている使用人たち。顔見知り程度に関わっていた国軍の人たち。侍女長、魔道軍のイルアと魔道軍参謀長のネズさん。

 あの4英雄の剣聖サハド殿と神撃の神射手サジタリーライタリス殿。

 そして、車椅子に座ったレインが笑顔で入ってきた。


「「「ウォークッ!」」」

 みんなが僕に集まる。


 みんな無事だ。

 みんな笑顔だ。

 みんな笑う。

 僕も笑う。

 本当によかった。

 無事でよかった。


 そのとき、ドアから一人の少女が覗いてきた。

「――あ」

 そして、僕と目があった途端、目を潤わせながら、満面の笑みで僕のもとへ飛び込んできた。

 圧迫された腹部が痛くても、僕はなによりも彼女――サクラ王女の無事が嬉しかった。

 圧迫された腹の痛みのせいなのか、それとも嬉しさのせいなのかわからないが、自然に涙が出てくる。それをみてみんなが微笑む。

 そう、これで僕らの戦いは終わったんだ。


 今、生きていることに感謝を。

 今、笑顔でいられることに感謝を。

 僕らの戦いを無事に終えたことに感謝を。

 ハッピーエンドに感謝を。




 黒龍群が訪れるまであと……1日。


     *


 サルタリス山脈の渓流奥地に立ち聳える、古の社を侵食するかのように覆い被さるアマツメの大樹。

 その太い枝の上に立つ、ひとりの男がいた。青年とも少年とも区別がつき難く、その髪は地獄から湧き立つ紅蓮の業火のように赤い。

 その男は、煉獄の炎のような赤と、深淵の闇のような黒が混じり合った瞳で遠くを見続けていた。北西を見続ける。まるで何千里もの先を見渡すかのよう。


 彼にしか感じない時代のうねり。

 大気、大地、大海の蠢き。それらを五感、第六感で感じ取る。


「ついに……来たか」


 男は――災禍は夜明けを眺める。

 万物の命をこの大地に吹き込んだ太陽()が、()の終わりを告げる。

 風が吹き上がり、紅蓮の髪が靡く。

 しかし、厄神は時代の革命に靡くことはない。


 これから始まる。

 時代の革命が、戦争へと幕を開ける。


第三章一節、完結しました。

次回は第三章二節へ入ります。

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