14.裁きの刻、灯は消える
「――ウォークぅうううう!!!」
アーカイドとタキトスは喉が張り裂けんばかりの声で叫び、上から降りてくる。ハリタロスは念のため、一応上に残っては下の様子を見届ける。サニーとクラウ、キケノは固まったままだった。
「ウォーク!! ウォーク!! しっかりしろ!! おいウォークッ!!」
「タキトス、落ち着け。……気を失っているだけだ。こんな肉塊に近い身体じゃ、生きていること自体有りえんが」
「死んでないんだな!! だははは!! よかったぜ!!」
「時間の問題だ。事は一刻を争うぞ。早く運ぼう。慎重にな」
「アーカイド!! こいつまだ生きてるぞ!!」
タキトスが指した人物。もはや人の形をしているとは言い難い、血塗れた肉体。瞳に光はなく、言葉通り、虫の息だった。先程までの威圧は感じられない。だが、いつ動き出してもおかしくないような不気味さはあった。
「そいつはもう放っておけ! 両腕を失っているし、体もグチャグチャだ。何もできやしない。ハリタロス、少し手を貸してくれ。降りたはいいが登れねぇ。何か登れるものはないか?」
「まったく、考えなしに飛び降りるな馬鹿野郎が!! 少し待ってろ!!」
壁の方からガララ、と瓦礫が小さく崩れる音が聞こえる。誰もが振り返ると、壁に埋もれていたレウが起き上がってきていた。
「ああクソ、痛ってぇな畜生が」
「レウ! 無事だったの!?」
「ま、だろうと思ってたけどな」
「あークソかったりぃ。アーカイド、ニカロはどうした。ぶっ潰してやる」
そう言いながら、アーカイドの方へと降りる。「あ、降りるなバカ!!」というハリタロスの声すら無視して。
「もう死んだ! それよりも早く王女様を救ってこっから早く出るぞ!」
「っ!? おい……ウォーク? 嘘だろ? おい無事なんだろうな! アーカイ――」
「まだ死んでない! だが時間の問題だ。おまえも協力しろ」
「おい鍵!! 鍵を早く!!」
催促するタキトス。「そうだった」とアーカイドはニカロの失神寸前の死にかけた身体を調べ、鍵を探す。
「鍵……これだ! 血まみれだけど。おいキケノ! そこでぼーっとすんな! ウォークは生きているから!」
「っ、……ほんとに?」
「ああ! 泣いてねぇでさっさと立て! おいそこの二人もだ国軍兵! 今できることを今すぐやれ! 時間はねぇぞ!」
「キケノ!! 鍵投げるぞ!!」
「ちょ、強過ぎよハゲノーコン!」
「アーカイド!! いいロープと鎖があったぞ!!」
「よし、ナイスだハリタロス」
「……ンなことしなくても、俺が投げ飛ばしてやればすぐに終わることだろ。おぶってもいいが」
「よし、じゃあそれで! レウ頼む!」
「俺のがんばって探した意味!!」
「ドンマイだハリタロス!! だははは!!」
「アーカイド、王女解放したわよ!」
「よし、さっさとここから出るぞ! 誰かポート担いでいけ。たぶんあと15分位でここが吹っ飛ぶ!」
「いそげ!」
*
《リオラ》
どうしてもっと早く気づけなかった。
どうして今日に限って……。
悔しくて仕方がない。
ずっとここにいるべきだった。そうすればこんなことには……。
いや、悔やむのは後だ。とりあえず、無事ならあっち側に任せた方がいい。
あとの始末は……任せろ。
*
剣針山の西側。何処へ向かえど、変わらぬ過酷で荒れた環境。そこに異色で異物に相当する巨大な金属の建造物、否、今にも飛び立たんとする巨大な飛空艇があった。
黒蟻と呼ばれる武装集団の移動式基地。そこには首領代理のやせ細った初老のハーパスがいた。他にも数人の部隊の隊長や隊員が乗っている。
「そろそろ元本拠地の時限式爆弾が発動するが、二カロ総督が戻ってこない。何かあったのか?」
「大丈夫だ。総督なら残り一秒でも戻ってくるさ」
操作室にて、そう隊長らが談笑していたとき、後ろからハーパスの声が聞こえてくる。
「隊長達ぃ、さっさとぉ次の準備をしねぇかぁ~」
「ふっ、副総督!」
「すみません! すぐに準備します!」
「それでいいんだよぉ、ひゃっひゃっひゃぁ~」
顔を歪めたくなる程の不気味な笑い声をしたとき、妙な揺れと音を感じる。それはハーパスのみならず、ほかの者たちにも感じ取れたようだ。
「ん? なぁんだこの音ぉ~?」
「地震みたいな轟音ですね……音響図もそれに似たグラフを表示していますし……こっちに迫ってくる……?」
そのとき、緊急警報が鳴り響く。室内のランプが赤く光りはじめ、一同の気は一気に引き締まる反面、動揺を覚える。
『緊急事態だ! 原因不明の噴火が連発してこちらへ向かってくる。このままじゃ衝突だ! この規模と威力はこの本拠地を破壊可能とする驚異と判明した。浮上も間に合わん! 直ちに脱出しろ!』
響き渡る放送の声も相当焦っている。すぐそこまで迫ってきているのだろう。
ガラス張りの外を見る。
「なんだあれは……」
「そんあ馬鹿な話が……」
数十メートルもの火柱とそれに混じった土砂がズドドドドド、とまるで列に設置されたダイナマイトがここまで続いているかのように迫ってきている。
否、そんなちゃちなものではないと誰もが思っただろう。それは炎の神獣が激昂の表情で走ってくるかのような。
無機的な爆発ではなく、怒りが含まれた自然災害。まさに神が下した天災そのものだった。
「冗談だろ?」
「なんで噴火が? この下にはマグマ溜まりはなかったはずだ! しかもこんな噴火の仕方なんて――まさか、あの厄神ゲナも実在――」
一瞬だけ見えたもの。それは龍の一部ではなく、人の姿。
だが、人間という矮小な存在には相応しくない、悍ましい龍眼を持っていた。紅蓮地獄を具現化したような矮小な存在は、自然の厄災として、炎獄の鉄槌を下す。
一瞬で爆発するような噴火に巨大な飛空艇基地は巻き込まれ、壊れ、崩れ、溶け、崩落していく。そして、その瓦礫は火口に、大地に咀嚼され、捕食されるかのように飲み込まれる。
浮かぶ要塞と呼ばれたものは跡形もなくなり、閑静な大地が訪れる。
目に纏わりつくほど鬱陶しい黒蟻は全て蟻地獄に喰われていった。静かに、静かにと。




