12.絶命の淵
急に目つきが変わる。悪寒が走る、何とも言えない忌々しい眼だ。
二カロはその場に積んである資材を次々と投げ飛ばした。
「――っ!」
鋼鉄の資材がリズムよく真横から素手で発射され襲い掛かってくる。
数百キロ程の重さの物体を豪速球でぶん投げる姿は昔のレウを思い出させる。今もそうだが。
僕は反射的にそれらを避けていくが、それでもついていけず、所々掠り、血が流れる。
部屋の隅に駆け込み、鉄の雨をかわした。
「なかなか運のいい奴だ」
二カロの手元にあった資材はなくなった。
僕は一瞬だけ安堵したが、その油断を二カロは見逃さなかった。
「――ぐぶっ」
突然腹部に激痛が走る。
目の前には10メートル先にいたはずの二カロが僕の腹に膝蹴りをしていた。
蹴られた勢いで数メートル先の奥のひび割れた壁へ吹っ飛び、衝突する。膝蹴りでここまで吹き飛ぶのか?
口からびちゃびちゃと熱く、すっぱいものが吐き出される。同時に嘔吐感が襲う。立つことができなかった。
上から僕の名前を必死に呼ぶ声が聞こえる。
「あらあら、一発喰らってそんなんじゃ、すぐに死んじゃうねぇ~君」
つまんねぇタイマンだな、と付け足す二カロ。その手には王女の拘束している機械の起爆装置。
そして、僕の首をつかみ、身体ごと軽々と片手で持ち上げ、ぶんっ! と投げ飛ばした。
向こう側の壁に背中から激突する。ここまで20メートルはあるんだぞ?
床に落ちたとき、自分の頭に影ができていた。倒れた姿勢で見上げると二カロが僕の頭部を踏みつぶそうとしていた。
「――ぁぁあああああああああああああああああああああっっっ!」
全身の筋肉を使い、横に転がる。
間一髪、僕の頭は潰れたトマトのようにはならずに済んだ。しかし、二カロの蹴った場所から突風を彷彿させる衝撃波が起きる。床のコンクリートがその衝撃で砕かれ、舞う砂塵のように浮上する。
あっけなく僕は吹き飛び、パイプが積み上げられたところに勢いよく落下する。ガシャアン、と耳触りのいい金属音。
ふと目を開けると、上からパイプの山が降――。
カラン、カラァン……! とパイプが落ち、転がる音がぼうっとした頭の中を響かせる。
パイプの山に埋もれているのだろうか。一切の音を発していないと思われるほど、微動だに身体が動かない。だが、暴れたくなるほどの痛みが体中を駆け巡っている。
「もうくたばったか? 少年さんよぉ」
いや、まだくたばるわけには――。
その声が部屋中に反響した時、僕は身体に鞭を打って、起き上がる。パイプの山がうるさい音を立てて崩れていった。
「ハッハハ! そうこなくっちゃなぁおい」
二カロは気持ちの悪い哄笑をしてはにたりと顔を歪める。
上から声が聞こえるが、手出しできずに困惑しているような雰囲気を感じさせる。
王女が人質となると、流石のみんなでも厳しいものがあるか。
「はぁ……はぁ……」
僕の身体は悲鳴を上げている。だけど、それに応えることはできない。
大切な人の為にここで倒れるわけには――。
「もうちょっと、楽しんでもらうぜ~」
二カロは鉄パイプを金属バットのように軽々しく持ち上げる。それを、何もできない僕に向けて横に振りかぶる。鈍い音と何かの砕けた音、中で何かが潰れた音が自分の身体から聞こえた。
「――がはっ!」
吹き飛ばされ、また壁に激突する。
よろよろと立ち上がろうとした瞬間、腹部を殴られる。また吹き飛ぶ。もう骨が折れている。血反吐が出続ける。あちこちから鮮血が噴き出る。服の下に来ている強力な防具でも、こいつの力はその防御力を無効化させる。それほどまでに強烈だ。
「ところでよぉ、その背中に背負ってあるその刀は使わないのか?それとも、脅し用のレプリカか?」
そう、この太刀を抜刀したいのだが、二カロはそれを許さなかった。使いたくても使えない。使わせてくれない。
二カロは持っていた箱型の小さな資材を軽く投げつけ、思い切りそれを喰らい、また吹き飛ぶ。意識が一瞬途切れると同時に腹部の皮膚が捲れ、肉が捲れ、血が酷く出る。
「……」
もう、満身創痍だ。
仮に抜刀できたとしてもこいつを倒せるのかというとそうではない。ただでさえ長時間走れば心臓発作を起こし、一定以上の重いものを持つと骨や筋肉に支障が起きる。そんな不便な障害を持つ僕が武器を使って戦おうなんてことをすればそれこそ自殺行為だ。すぐに倒れてしまう。
二カロは歯を剥き出しては拳で僕の顔を殴る。ドパァン! と身体が吹き飛び、4度ほど床にバウンドし、壁にぶつかる。出血がどんどん酷くなる。片目から光が感じられない。
でも、使わないと何もならない、何も始まらない。使わないでこのまま死ぬぐらいなら、思い切りこの太刀を使って死を迎えよう。
二カロは僕の腕を踏み付け、ボキッと耳を塞ぎたくなる音と共に激痛が走る。もう悲鳴すら出ない。僕はもう、倒れたままだった。もう、体が言うことを聞かない。
「テメェええええええええええええええ!!!!」
上からアーカイドとサニー、レウの声が主に聞こえた。そして、上から銃弾やレーザーの雨が降る。それらは全て、二カロに向けられる。
しばらく続いた弾丸の雨は止み、言葉では表しきれない爆音が過ぎ去った。砂埃が舞う。しかし、砂埃が晴れると、ひとつの有機物が確認できた。
が、
「――っ!?」
「……こいつ、まだ生きてやがる」
二カロは息を保っているどころか、平然とその場にただただ居た。
「……」
ただならない空気。その男から尋常ならない狂気がだだもれている。
目が、人間ではなかった。
瞬間、ニカロの姿が消える。
上の方で二度の轟音。床を見つめている僕には、音しか聞き取れない。
「レウ! ポートォ!」
嘘だろ。
あの兵器に近いような二人が?
頼れる主力がやられたのか?
「やろうと思えば、テメェらをこうやって一瞬でブッ飛ばせる。少年をぶっ殺した後、あとで相手してやるよ」
二カロは地獄から呻くような声を上げる。この階に降り立つ音が、床に触れている頬に響く。
「くそ……畜生!」
アーカイドの声。こんな声を聞いたのは初めてだ。
「……がふっ!」
このままじゃみんなやられる。
みんなが……国が!
僕が、僕が何とかしないと……!
「さぁて、前戯はここまでにしておくか。時間を守ることは大切だからな」
まず、この体を動かさないと……!
この太刀を手に持たないと……!
みんなを救わないと……すべて、すべて失う。大切なものを失ってしまう。
それはいやだ! いやだ、いやだ、いやだいやだいやだいやだいやだ!
あいつを何とかしないと!
あいつを、あいつを…………殺す。
「……また――」
――あのときのように戦おう、愛刀。




