11.アンフェア・ファイト 血塗られた不条理
《ウォーク》
僕らはそんなキケノさんの誘導に従って歩き続ける。
そして、思ったよりも早く王女のいる独房室に着いた。場所は地下5階あたりだろうか。
「さーて、着いたか」
レウがそう言いながらドアノブを握る。が、「あいたっ」と、ついドアノブから手を放した。
「どうした?」
「なんか、痺れた」
「静電気?」
なにそれかっこ悪い。僕でも声出す程痛がらないよ静電気は。
「いやちょっと待って、これ高圧電流じゃない?」
「ホントですかキケノさん?」
「うん、これ、普通触れたら感電死どころか筋肉収縮で吹っ飛んじゃうぐらいなんだけど」
前言撤回。心の中でバカにしてすいませんでした。
「お前そんなヤバい電気に触れて『あいたっ』はおかしいってちょ待て、おい! もっかい握るのはまずいって!」
アーカイドの言葉を無視し、ガチャガチャとレウは高圧電流が流れているドアノブを回す。バチバチと火花散っているんですけど。サニーが軽くビビっているんですけど。クラウは……表情薄いなりにまじまじと見つめている。
「よし、開いた」
「開いたってお前……ドアノブ壊すなよ」
「お邪魔しまーす」
ギィ……とドアの錆びついた音が鳴く。お宅訪問のノリみたいに軽々と部屋の中に僕らは入った。
部屋の中は思ったよりも無駄に広く、5平方メートルの無機質な空間を成していた。
「おい、あれ……」
サニーが指さした先。王女が鎖で縛られた状態で鉄でできた大きな椅子に座っていた。
「王女っ!」
僕は真っ先に走る。みんなも後からついてくる、複数の足音が聞こえる。
どれだけ怖い思いをさせてしまったのか、どれだけ寂しい思いをさせてしまったのか、王女にはこれ以上ないくらいに申し訳ないと思っている。本当に反省している。
が、そんな反省の思いが一瞬で3分の1に萎んでいく。
「あれ……」
「あはは、すやすやと寝ておられるね」
ポートさんは苦笑する。「……暢気なものだ」とクラウがぽそりと呟いたのも聞こえた。
「まぁ、この寝顔はたまらんわ」
「アーカイド、ロリコンの道に行ったら大変なことになるわよ」
「それとこれとは違うだろ! 純粋にかわいいって言わせてくれよ!」
言葉の選びにも問題があったな。僕もアーカイドを一瞬そっちの方かと思ってしまったぞ。
「だはははは!! こいつには敵わないぜ!!」
「きっとまだ一度も目ェ覚ましてないぞ!! ガハハハハ!!」
タキトスとハリタロスさんが似たような笑い声を上げる。かなり負傷しているのに、元気で何より、というかうるさいからもう少しやられていてもよかった気がする。
「少しは目ぇ覚ましてこの怖い体験を味わえって言いたいもんだ」
レウ、君は何を言っているんだ。
「とりあえず、無事でよかった。ね、ウォーク君」
「はい、よかったです……あ! 鍵!」
この寝顔に心をすっかり奪われていた。そうだ、鍵がなければ助かってないも同然だ。
「あいつを探さないと!」
「俺はここにいるぜぇ~」
振り返ると、部屋の入り口には二カロが指で鍵を振り回して、壁に寄りかかっていた。なんとも余裕そうな顔だ。あちらにとっての戦況は不利だというのに。まだなにか策があるのか。
「このやろ! さっさと鍵をよこせ!」
「おおっとぉ、そう噛みつくなよ。なぁサニー君?」
「くそ、いつのまに名前を知りやがって……」
サニーの前に出た僕は声を上げる。
「二カロ! 国は大丈夫なんだろうな?」
「ほぉ~こんな状況で王国の事を考えるのか。天晴なことだな」
そう言っては拍手をする。しかし、どこか快くない顔をしている。
「残念ながら、活動歴23年で3度目の撤退命令を出したよ。誰かさんのせいで無線が繋がらなくて脅しも脅しにならなくてさ、おまけに4英雄と国軍のでっかいやつときたら脅しだろうが武力行使だろうがなんも反応しなくてよ、ただ俺等みたいな不法侵入者を抹殺する勢いで襲い掛かってきたのよ。これがまた強い強いとのこと。軍事大国でもねぇくせに、今までの中で格別に異常だよ、テメェらの国は」
少しばかり予想外だったが、やはり軍の方に心配は余計だったようだ。少しだけ安堵した。
「こんなんになんなら、グリスやアークにしとけばよかったぜ。でもこの地方の中でいちばん財産とかあるのサルトだったんだよなぁ~。つーか、この間サルトを調査した時は穏やかでいかにも弱そうだったのに、今の時期もう一度調査してみたらなんか住民全員がピリピリしてたんだよ。
ま、今気づけば『神殺し』がサルタリス山脈で起きたんだろ? 虚無の伝説とされてる災龍がやったっていう馬鹿話。だからみんなあんな感じだったのかと納得したね俺は。おかげで国民全員常時臨戦態勢だったぜ。不意打ちも脅しもハナから意味無かったんだよ」
「あの黒蟻にしては随分甘い考えじゃない。今日は具合でも悪かったのかしら?」
キケノさんが挑発する。これが正しいことなのか、いまいち頷けなかったが。
「あんたの言うことも確かだね。まったく、俺もまだまだ考えが甘いな。成功体験しすぎて余裕を持ちすぎたみたいだ。しっかし、君たちの流す血はガソリンでも入っているのか? 人を殺し過ぎだ。隊長までヤッちまうしよ、血も涙もありゃしない。どうしてくれるんだおい」
「僕からも言いたいことがある。なんでお前らはこの時期にサルト国を襲ったんだ。知っているはずだ、黒龍群襲撃のことは。今すぐにでも避難しなければならないのにもかかわらず、お前らはこの時期を狙ったかのように僕らの国を襲った。このことについては一体どういうことなんだ」
「別に。何も理由はねぇよ。この国を襲ったのはただの暇つぶしだ」
「テメェっ! そんな理由で俺らの国――痛っ……!」
「アーカイド、また傷口が開くぞ!! 少し落ち着け!!」
「ンなこといわれてもよ……!」
奥歯を噛み締める。彼も相当悔しがっている。まだ動ける身体だったら、今すぐにでも斬りかかりそうなほどの威圧感だ。
「ついでに近くにある国だったしぃ? そっから奪えるだけ奪っていこうかなと思ったんだけど、まさかねぇ~あんなちっぽけな国があの――」
「ついで? じゃお前らの本当の目的はなんだ」
国盗りでもついで扱いする神経をしている彼が求めるもの。案外、大したものでもないかもしれないと思ったりする。
「えぇ~ここで言うのもなぁ~。ま、いっか。ぶっちゃけて言うと、ここ剣針山の地下にある放射性物質の採収と、それを食していた有機体の復元だ」
「――!?」
「聞いてしまえばつまらん目的だろ。でもなぁ、その有機生命を復元することができれば、馬鹿話だった『永久機関』を手にすることができる。確かサルトのアマツメ神話でも出てきてたはずだぜ? 厄神ゲナを討つため、豊神アマツメの夫である英雄『アリエステラ』が挑むも、敗北し、この墓の山こと剣針山に埋められたってな」
聖書12章8項から書かれている内容。確かに知っている話だったが、まさかそれも実在していたというのか。
「プラトネルだけじゃない、北方のエスバル大陸でも『生命の機械化』が進められている。所詮微生物の有効活用だが、アリエステラの肉体は工場一個分に匹敵るする。化石の中の骨髄を採収すれば、こっちのもんだ」
これだけ自信満々でいうことは、実在している確証があるということ。
「……」
永久機関。世界中が飛びつきそうなものを彼らが手にすれば何をしでかすのかわかりきったこと。阻止する以外、考えがつかない。
いや、そんなことはどうでもいいんだ。僕はそんなことの為に来たわけじゃない。
腹の底から煮えたぎってる何かが、今か今かと口からあふれ出しそうになっている。
王女を危険に晒した、このクソ野郎に制裁を加えるために。
「ま、そんなわけでしてぇ、俺は今から脱出して目的を果たしに行くわ。一応ね、もう1つアジトあんのよ。残りの野郎共も、そこに移動したよ」
「待てよ! 鍵を渡せ!」
サニーが叫ぶも、軽くあしらわれる。
「渡すかよ。一生そこで野良犬のようにのた打ち回ってろ。王女と共にな」
二カロがこの場を去ろうとしたとき、
「逃げるのか? 腰抜け」
と僕の一言にぴたりと歩き出した足を止める。
時が止まったかのような静寂。どうやら、二カロにとってはそれが禁句だったようだ。
僕の言葉にみんなが驚く。そりゃそうだ、今まで出したことのない低く、ドスの効いた、自分が出した声とは到底思えない声を発したのだから。
しかし、これでいい。
後先のことを考えないでやることが、どんなに気持ちのいいことか。
それだけ、堪えてきた。
もう、我慢ならない。
二カロが頭だけ振り向き、目を細める。
「少年くん、今なんつった?」
僕は息を大きく吸い、そして放った。
「聞こえねぇなら何度でも言ってやるよ中年オヤジ! 都合のいいように逃げやがって、臆病者の負け犬が。かっこつけたこと抜かしといて途中で投げ出して尻尾巻いて逃げるとは典型的な負け犬らしくて笑えてくるよ……なぁ、腰抜け」
空気が凍った。
何も聞こえなかった空間がぴきっ、と凍り付いた。
ニカロも僕も、周りのみんなも同じように。
僕は自分の言葉に唖然する。
何言ってるの僕?
なぜ、こんなことを言ったのかわからない。ただ、このまま二カロを放っておいたらなにかまずい気がした。それを食い止めるために出た無意識の言葉だったのか。
そのときだった。
ぷちん、と何かが切れる音が鳴る。小気味の良い音だった。
「ひゃははははははははははははははははっはははっははあっはははっはは!」
二カロが白目をむき、激怒の高笑いをする。
トランス状態。彼のプライドを相当傷つけたようだ。
やばい、これはやばい。
「ッハハッハハアアアハハハハハハハハアアアハアッハハアハハアハハハアハアハハッハハハアハハハハハ――死ね」
急に冷酷な口調になり、死んだ目と顔つきへの急変に思わずゾッとし背筋が凍る。
二カロは床を思い切り踏みつけるように蹴り、床に大きな穴が開く。同時に周りから衝撃波が生じ、僕らはそれに吹き飛ばされ、壁に強く衝突する。
「――おおああっ」
ガラガラと崩れていく床。僕だけ、その下にある広いフロアへと落ちていく。
上手く着地できたが、落下の衝撃で足に痛みが走る。
周りを見渡すとここは資材置き場のようだった。だが今はそんなことはどうでもいい。
とにかく今は二カロに……どこへ行った?
そのとき、後ろに気配を感じた。命の危険を感じ、後ろを振り返らずにしゃがみこんだ。
すると、轟ッ! と凄まじい音を立てて風を切る鉄柱が、いまさっき自分の頭があった場所を通過して飛んでいった。その鉄柱は壁に突き刺さり、爆音が響き渡り穴をあける。
振り返ると、二カロが5メートルほどの長さをした鉄の資材を片手で持っていた。肩に置いているが、こちらへ投げつけようとしているのは明らかだった。
にわかに信じがたい光景だった。
「言ってくれるじゃねェか! そんだけデカい口たたいたならちゃんとそれに応えねぇと、なァッ!!」
再び風を切る音が顔の左を通る。200キロはあるだろうその鉄の資材をいとも簡単に、しかも片手で射出した。早すぎて自分の動体視力では全く追いつけない。目で追える次元を超えている。
チッ、と左の頬に何かが掠り、それと同時に資材は壁に激突する。資材は再び爆音と砂煙を発し、振動と共にこの建物中に響き渡る。
数ミリメートル。このわずかな差が僕の生死を分けた。頭部の位置があと数ミリ左にあったら木端微塵どころではない。潰れた果実のようにあっけなく僕の頭は破裂していたことだろう。左頬から赤い鮮血が伝い、口に入る。
「ハン、避けたか」
「二カロ……お前一体――」
なんなんだ、と言おうとしたとき、二カロが話し出す。
「少年よ、俺がなんで今回も含めて今までの革命計画で自ら行動せず、遠回しな計画方法を編んだり、指揮を執っていたかわかるか?」
なにをいきなり。僕は無言のまま二カロを見る。
「わかんねぇか。それはな……俺が異常すぎるからだよ」
キケノさんと同じ、L・Bのひとりか。
二カロは話を続ける。
「こんなルール違反の力を使って国を滅ぼす革命ゲームをやったってツマんねぇからな。それに、かなり目立つし。やっぱ、突然現れて、気が付いたら消えている、そんな感じのが一番いいんです、はい」
「お前、国を滅ぼすことをゲーム感覚で……!」
「それがどぉした?」
「……狂ってる。中身も、力も」
「そんな狂ってる俺にお前は今から殺されます、はい」
腹立つ話し方だ。
そのとき、上から声が聞こえる。
「ウォーク! 今そこに行くからな!」
レウだった。それだけでない、みんなが上から僕を見ていた。
「悪いな、少し怯んでた」
「俺等も加勢するぞ!」
今まさに降りようとしているみんなを二カロが止める。
「おいおいやめとけ、ここに降りたらこれ押すからぁ」
手に持っていたのは王女の鉄輪についている爆弾の起爆装置だった。
「あんの下衆野郎……!」
「あと、さっき俺が部屋から出ようとしたとき、この建物の起爆装置、発動しちゃったから。あとどんくらいかな~。ああ、あと30分か40分後だね。ここ一気に木端微塵になるぜ」
静寂と化す。
みんなはただ上で何もできずにいた。
こいつはどこまで……狂っているんだ。
残り30分。それで、この圧倒的な力の差。戦闘力の範疇を越える最強と戦闘不能の障害の身体を持つ最弱。結果はもうわかりきっていた。
資材庫。化学薬品も有機溶媒もない。普通の人間ならば、何とか対抗策は編み出せそうだが、相手はバケモノ。策を練っても無謀に等しい。
絶望的な状況。この危機をどう乗り越える?
「お前も爆発に巻き込まれるぞ、いいのか?」
「人様に心配されずとも、それなりの準備はしているさ」
「……」
「じゃあ、タイマンってやつを――ハジメルトスルカ」




