4.王国一大事件 ―王女失踪―
夏の暑苦しさを感じることはなく、新たな涼しさがこの地方に訪れる。アミューダ地方は秋を迎えた。
ユモ平原とサルタリス山脈付近にあるエルドラス平野。そのふたつの地帯の境界線を作るひとつの大きな山が座っていた。
その山は剣針山。山の岩は剣のように触れたものを斬るほどの切れ味を持ち、地面は針山のように鋭い。
植物も鋭く、容易に触れれば怪我を伴うものが多いが、この山に生えるほとんどの植物は薬草である。
環境が斬れるように鋭ければ動物も鋭い。この過酷な環境に耐えるため、体が硬く、鋭くなっている。また、凶暴。
つまりを言うは、ここは危険地帯。
しかし、この危険地帯の奥にひとつの建造物があった。人が住めそうもない場所だが、確かにそこには人が住める建造物があった。
「よし、全員集まったか?」
「1から10番隊隊長と優秀隊員各十名、全員ここに揃っています」
「よし、では話すか」
闇よりも黒いマントを着た一人の男が壇上の上で百十名もの黒マント軍に向けて大音声で話し始める。
「いいか、よく聞け。計画は今夜、実行する。内容前も言った通り、変更はなし。いつも通りの手順だ。
いいか、チャンスは一度きりだ。決してミスはするな。では、各部隊は指示された場所へスタンバイ。そこにはあらかじめ隊員たちを待機させてある。尽力し、目標『サルト国』を制圧しろ! 以上!」
その声に従い大量の黒マントが別々の場所へ移動していく。それはまるで蟻が蠢いている様にも見えた。
「今回もうまくいくかねぇ~、二カロさんよぉ~」
丸眼鏡をかけた側近らしき痩せ細った初老に、その「二カロ」と呼ばれた三十代半ばの男がニヤリと笑って答える。
「この俺の計画でしくじったことはあったか?」
「12回中一度もヘマしねぇで12の国を制圧しちゃったねぇ~。全部ぶっ壊したけどなぁ~、ひゃっひゃっひゃぁ~」
語尾を伸ばし、声のトーンを上げる話し方をするその眼鏡の男は精神障害者みたいに狂った笑い方をする。
「その国の財産やら武器やらたくさん頂いたからな、ちゃんとお礼ってもんをしねぇと可哀そうだろ?」
「ひゃっひゃっひゃぁ~、ニカロさんはおめでたい人だねぇ~全くよぉ~。あぁそうだぁ、確かターゲットのひとつにサクラっていう王女がいたよなぁ~?」
「ああ、そうだ。サルトの国王は自分の娘に弱いからな。まぁ人質にしてしまえばこっちのもんだ。それによ、その王女様はかなり可愛いと聞くじゃねぇか」
「おっ、攫ったついでにぃ~襲っちゃうかぁ~ひゃっひゃっひゃぁ~」
「ハハハァ! それも悪くねェ! 今夜が楽しみだ!」
「今回もぉ~、楽勝ってやつかぁ~ひゃっひゃっひゃぁ~」
「当然だろ。この二カロ・ショナーをなめんじゃねぇよ」
二カロは集会場の窓から殺風景の景色を眺めながら呟く。
「――さぁ、ゲームの始まりだ」
ここはある組織の移動式本拠地。革命の如く幾つもの国をその驚異的な戦略と武力で制圧し、国のすべてを奪い、蛻の殻となったその国を破壊し、廃墟へと変える黒衣の団体。世界政府や国際連盟でもその正体を暴けず、不明のままとなっていた謎の組織。まさに幻影の如く目標を達成したあと、姿を消していく。
そして、次の獲物をただひっそりと襲ってゆく。
黒龍群が訪れるまであと七日。
*
鮮やかな太陽の光や緑の木々は衰え、僅かな涼しさを感じさせる風と赤色に染まる木々の葉がこの季節の風流さを感じさせる。
あれ以来、僕とサクラ王女の関係は悪くなったとは言わないが、妙な違和感と気まずさを感じるようになった。
そもそもそうなったのはレインのせいだと言いたいが、僕にも責任があるわけなので。まぁともかく、何とかしてこの気まずさから脱退せねば。
丁度昼になり、昼食が終わったころ、僕はサクラ王女のいる王女室へと向かった。
勇気を振り絞り、ノックし、部屋へと入る(当然、王女からの入室許可を得て)。
ああ、そもそも何を話せばいいんだ。
「どうしたのーウォークー?」
なんか棒読みだぞ?
王女はいつもの明るい表情ではなく、なにか冷めた感じの、いや、無に近いというべきか、そんな表情をしてベッドに横たわっていた。
簡単に言えば、拗ねているのだ。
むむむぅ……どうすればいいんだ!
いままでこんなに手厳しいことはなかっ――いやあったか。でも今は年齢的に思春期だしな。難しい年頃だしな。……ってあんまり関係ないか。
「少し、王女とお話がしたいのでこちらに伺いましたが……駄目でしょうか?」
うわ、なんか消極的だ僕。こんなんじゃ断られてしま――。
「うん、いいよー」
彼女の返事はあっさりオッケーだった。
「ありがとうございます」
「だけど私からお願いがあるの」
「……? はい、何でしょう?」
「久しぶりに面白い話をしてほしいの。このあいだみたいに」
「……かしこまりました」
かれこれ1時間ぐらい話しただろうか。僕は頭の中にある物語や体験談を言い回しをうまくして話し、彼女を楽しませた。おかげで今はいつもの笑顔に戻った。本当によかった(単純で)。
「ウォーク、ありがとね!」
「いえ、どういたしまして」
「……ねぇウォーク」
「なんでしょう」
王女は改まって僕に話しかける。そして、再び口を開く。
「今まで勝手なことばかりして迷惑かけて、ごめんなさい」
「……」
「ウォーク?」
「僕は、あなたがこうやって笑顔でいてもらえるだけでも十分幸せです。そして、こうやって無事でいられるのもうれしい限りなのです。さぞかし大変だったでしょう、いろんな所へ行くのは」
そのとき、一瞬だが彼女の表情が戸惑っていた。
「う、うん、ごめんね、ウォークの言う通りにしないで一人で勝手に行動しちゃって」
「しかし、それがあなたの望みなら僕は何も言いません。無事でいてくれるならなんだっていいのです」
「うん、ごめんね……」
「いえ、そんな謝ることではありませんよ」
「……なんか、今日のウォーク、怒らないね。どうしたの?」
王女は僕の顔を窺う。少し不安そうだ。その困ったような顔も好きだが、どうせなら取り払いたいものだ。
しかし、今回ばかりは、そういうわけにもいかない。
「そのように見えますか? だとしたら、王女は人を見抜く力がまだないようですね」
「え、どういう……こと?」
「正直、僕はこのことをずっと隠し通そうかと思っていました。このまま黙っていようと思っていました。しかし、このままではいけないと思いました。隠し通すのも、嘘をつくのも、もう辛いのです」
あれ、何を言っているんだ僕。
こんなこと、わざわざ言う必要ないだろ。
知ってほしいのか?誰かに。いや、王女に。
そんな下らないこと、言う必要ないだろ。彼女に嫌われるだろ。
でも、言いたい。言ってしまって楽になりたい。
言わないと、なにか後悔する気がする。根拠はないけど、意味もないけど。
だけど、この先、もしかしたら言えないまま終わるかもしれない。
それはダメだ。
絶対にダメだ。
言おう。
今すぐ、ここで言おう。
真実を。彼女に知られていない真実を。
今、ここで――
「……ウォーク?」
彼女は勘付いたのか、少しずつ青ざめていく。誰にも知られなかったことを。
「僕は、知っていたのです。ずっと、ずっと前から、あなたが……」
そう、僕が彼女に伝えたいことは、彼女に対するこの想いじゃない。
「あなたが災龍、いや、リオラという竜人族と関わっていたことを」
黒龍群が訪れるまであと六日。
*
翌日、王女の姿はなかった。
どこを探しても見つからない。
いったいどこへ?
もしかして、昨日のことがきっかけで?
いや、そんなことでそんな……そんな――。
「おい! ウォーク!」
レインの声で我に返る。小さかった視界が一気に広がった。顔を上げる。
「っ! レイン……? どうしたんだ……」
気迫ある親友の顔。殺されそうなほどの鬼気ある表情だった。
「どうしたもこうしたもねぇだろ! 一刻も早くサクラを見つけねぇと! こういうときに頼りになるのがお前だろ! そんなお前がここでヘタってどうすんだ!」
「だけど、そんな手がかりもなく忽然と消えるなんて……」
「国王も顔面真っ青らしいぞ! 早くしねぇと国王発狂しちまう!」
「だけど、無闇に探したって――」
「無駄じゃねぇよ! デタラメでも探さなきゃダメなんだよ! あぁくそ! 黒龍群がもうすぐ来るというのに限って……!」
レインは物に当たる。こっちまで苛立ってきそうだ。
「……」
「おい黙ってねぇでなんとかしろよ! くそ、情報網のお前でもわからねぇなんてよ、しかもあいつ証拠も残さずに勝手に消えるなんて……」
この話はあの魔導士イルアでさえも心当たりがない。王女の血液が含まれた装飾品にかけていた魔力が消えているため、彼女の現在位置がわからないという。
一晩にして失踪。ただでさえ国は黒龍神の件に加え、神殺しの件も起き、混乱状態なのに、さらに王女の行方不明となれば、もうパニックは免れられない。せめて、民には知られないようにしなければ。
王女はどこに……。彼女自身の意志での行動ならば、必ず抜け目がある。正直、詰めが甘いのだ。ここまで痕跡なくいなくなるのは彼女らしくない。
……まさか。
よりによって今の時期に、いや、今の時期だからこそか。
近日の世界中の動き。事件、災害の条件。政治経済の情勢変動。これまで見てきたあらゆる情報を結びつける。かつての歴史、とある国にて起きた「ある事件」の可能性が大きい。仮にそれが的中するとしたら、この国は黒龍神や神殺しの裁きが下るよりも早く、堕とされるかもしれない。
その確信はない。だが、この勘が外れたことは一度もない。
「――ッ、レイン! サニーとクラウを連れてこの王宮から出るぞ! すぐにだ!」
「はぁ? 何言ってんだよお前」
「いいから! 今すぐ戦える準備をしろ!」
「なんだよ戦える準備って。……! なんか閃いたんだな。よしわかった! ちょっと待ってろ!」
「門の前に集合してくれ」
「おう! わかった」
了承したレインはすぐに全速力で走っていった。
「……あとは王女の無事を祈るしかないか」
王宮内は混乱していた。
王女の突然の行方不明。全員が国中捜索をしている。
しかし、僕が考える限り、もしかすると王女は既に国外にいるのかもしれない。
災龍リオラと? いや違う。別のなにかにだ。
皆には悪いが、こう勝手な行動でもしないと一刻でも早く王女を救えない。
とりあえず、力になれる仲間を呼ばないと。そして、有力な情報を持つ人も。
「王女……今、そちらへ行きます」
これは、僕らだけの戦いとなるかもしれない――。




