3.震撼へのカウントダウン
黒龍群がこの地方に訪れるまであと1か月を切っていた頃。
サルト国隣接集落「サルト農村」にて、騒ぎがあった。
「おいみんな! 聞いてくれ! ……はぁ……はぁ……っ」
一人の男性が村へ大急ぎで走って帰ってくるなり、畑作業をしている人たちに大音声で話す。
村人の殆どがその声に気づき、その男の前に集まる。
「どうしたんだ?」
「たいへんなことが起きた! 今すぐ国に伝えてくれ!」
「だから何があったんだ」
「高天の地でアマツメ様が殺されたっ!」
次の瞬間、村から驚愕と悲観、怒号の声が湧き溢れる。そしてその声は全て、神を殺した者への憎悪へと変える。
「誰が殺したんだ!」
「災龍しか考えられないだろ! 神話でも奉神と厄神は常に対立していた!」
「でもそんな根拠じゃ国には報告できんぞ!」
「待ってくれ、ちゃんとそれを目撃した証人がいる!」
「じゃあそいつの話をもとに国にいえばいいんだな」
「いや、その証言が既に国に伝えたそうだ。あとは国の答えに応えるだけだ」
「国からの指示次第、軍と共に加勢するぞ!」
「いつでも出陣できるよう、今すぐ戦いの支度をせよ!」
「神を殺した人類の敵は今すぐにでも滅ぼせ! 天罰が下るぞぉっ!」
――うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!
*
サルト国王宮にて、その証人により「神殺し」の報告が伝わる。
「エンレイ国王! この件については……」
そう問いかけたのはプリウス大臣だ。
「災龍め、さらに愚行を重ねるとはな……今すぐにでも抹消すべきだが、生憎、今の時期はいつ黒龍神どもが襲来してもおかしくない時。預言より早く来る可能性もあるからな。
それに『神殺し』を犯した者はよりによってあの災龍。認めたくはないが、おそらく一筋縄ではいかぬ相手。そこに戦力と時間を潰すわけにはいかぬ。国民も怒っていることだが、今は耐えるべきだ」
「し、しかし……」
「確かに今すぐにでも抹消せねば天罰が下るが、そんなのは所詮言い伝え。そんなことよりも黒龍という、実際に天罰を下しかねない存在に対抗するべきではないのか」
「は、はい、仰る通りです。しかし、今までで『神殺し』を犯した数週間後、原因不明の尋常ならぬ天災が地方単位で訪れたと過去のき――」
「過去なんてどうだっていい! 『神殺し』の恨みは溜めて溜めて溜めて、それを力へと増幅させるのだ」
エンレイはそう呟き、不気味に笑った。
この狂気はじわじわと男の心を蝕んでいく。
*
サルト国城下町「王都」にて、「神殺し」の噂は病のように伝染していく。
「災龍がアマツメ様を殺した!?」
「絶対に許せん!」
「でも、災龍って実在しないんじゃ……」
「証人がいるって話があるらしいわよ」
「その証人が災龍の実在と同時に『神殺し』を目撃したのか」
「それじゃあ証拠もあるわけだし、災龍を抹消しないと!」
「けど、黒龍の事もあるし……」
「まず黒龍を倒すべきなんじゃない?」
「だけどそれじゃあ『神殺し』の天罰が下るぞ!」
「でも黒龍の事もあるだろ!」
「国の報告を待つしかないのか……」
*
シェイダ地帯イダヌス山の麓シーズ村にまで、その噂は広まっていた。
「おい、大変だ! 霊峰サルタリス山脈で『神殺し』があった!」
「ええっ、本当なの?」
「サルト国がそのことを他国に報告したそうだ。あとその元凶は災龍だということもだ。間違いないだろう」
「災龍って実在しないんじゃ……?」
「何でもいいさ。目撃した人がただそいつを災龍と思っただけだろう。とりあえず今は災害に備えろ」
「50年ぶりか。今度は一体どんな天罰が下るのか……」
*
シェイダ地帯グリス第二半島のナギサ村にて、噂は風のように伝わっていく。
「皆の者! 直ちに支度をするのじゃ! 天罰が下る前に! この海から離れるのじゃ!」
「畜生! こんなことになるなんて!」
「すべて災龍のせいだ! そいつが神殺しさえしなければ……!」
「今そんな奴のせいにしたって何にもならねぇ! 今は避難の事だけ考えろ!」
「あ、ああ……」
ナギサ村の人々は高いとこへ向かっていく。海の災いに巻き込まれぬために。
*
剣針山麓ユモ平野ヘイル河――温泉源泉地「ヨズの村」にて、ここでも噂は知れ渡っていた。
「『神殺し』が起きたなんて……」
「オレたちはどうすればいいんだ!」
「災龍を抹消するんだ!」
「とりあえず、ここから離れないと」
「待ちなさい。みなさん、ここに残りましょう」
「村長! しかし、これではみんなが……」
「どこに逃げたって変わりません。それに、何を憎めど、それを延々と繰り返すだけです。無論、私たちが今できることはなんですか? 憎み、抹消という愚行を犯すことですか? 長年住んできた愛する村を捨て、行き先のない避難を続けることですか?」
「そ、それは……」
「私たちが今できることはここで有意義な時間を過ごすこと。災いが来ればその運命を受け止めましょう――」
*
ホスノの森付近、ウェン平原のホスノ村にて、噂は瞬く間に広まった。
「神よ! 愚行をお許しください!」
「生贄だ! 今すぐ生贄を用意するんだ!」
「で、でも、エルド教の教えもシェンネル教の教えにも生贄は禁忌として……」
「煩い! これはエルド様でもシェンネル様でもなく、神の王に君臨する御方の為の生贄なのだ!」
「しかし、そんな勝手な……」
「黙れ!」
「うぐっ!」
「口答えするな! こうでもしないと災いは収まらない! 昔も『神殺し』の後、災いが起きただろう!」
「うぅ……」
「嗚呼、神よ、貴方が居なければ私たちは誰に従えば善いのですか?」
「奇跡を信じよう……」
*
グリス国中央区王城。「神殺し」の噂は広まっていた。その王城の王室で二人の男の会話が聞こえた。
第7代目の国王の座を継ぐ王子にして若き騎士団団長「エアリオン・グミニス」とその弟である副団長「ソラノム・グミニス」だ。
「霊峰で『神殺し』が起きたか」
窓の外の空を見眺めながら、エアリオンは言う。いつになく真剣な表情に、ソファに腰かけているソラノムは息を呑む。
「天罰の被害はここまで来るかもしれないけど、それよりも今すぐ来るかもしれない黒龍神の対策準備をしないとね、兄さん」
「対策は大丈夫か?」
「ああ、いつでもオーケーだよ。他の国とも話はつけてある」
「あとは待つだけか」
「まぁね。あれも提供してもらったことだし」
エアリオンはソラノムを見る。彼の目の前まで歩んでは、
「完成したのか! あれを」
「ああ。プラトネル国は相変わらずの開発力だ。あそこの技術は大陸一だろ」
「じゃあ今回の開発品も期待できそうだな」
フッと柔和な笑みを浮かべる。戦を待ち望むような、平和なそれとは程遠い笑みだった。
*
島国アークの王城。海を越えてまで「神殺し」の噂は伝わる。
「『神殺し』……」
「どうやら災龍がしたことだそうです」
報告係である召使の前の9代目アーク国王「シーラス・マレアーノ」は訝し気な顔で口を開く。
「あの虚無の伝説が?」
「ある人物が、神と崇められているアマツメ龍が殺されたところを目撃したそうで」
「しかし、そいつが災龍とは限らないだろう」
「そこまでは私も聞いていないので……」と困惑の表情。
これ以上問い詰めても何も出なさそうだと判断したシーラスは足を組み直す。
「まぁいい。とにかく今は黒龍群だ。奴らを何とかしないと、『神殺し』の天罰も何もないだろう」
「それについてはご安心ください。他国の協力と我が国の政策より、黒龍対策は万全ですので」
「そうか。ならその言葉、この海に誓って信じるぞ」
「ありがたきお言葉です」
*
大陸では異形の文化へと発展した「プラトネル国」の首都プレイトンにて、この近代的な国にも原始的な噂は行き届いていた。
「『神殺し』? それをあの災龍が?」
そう訊き返したのはプラトネル国王の息子「ランドス・プレイトン」。側近、というよりは彼の友人として接しているのは科学室長カナン・エックハルトとカナンの兄である国家管轄工場長「コール・エックハルト」だ。他にも3名ほどの幹部にして友人が出揃っている。
「まぁな。そんで、尋常じゃない災いがこの地方に降りかかるんだとよ」
気怠そうにカナンは目の下の隈を擦りながら言う。
「ま、過去にもあったが、あれはまぐれだろう」
「まぐれにしては、少しでき過ぎてなかったか? 必ず勃発したよな」
ランドスの言葉にコールは応える。「それが変な話なんだよなぁ」とランドスは赤みのある髪を掻く。
「なにか科学的根拠があればいいんだけどよ、なんでだろうね、今までのデータから調べても全く原因がわからんわ」
はちみつの入ったレモン水をカナンは一気に飲み干す。それをマズそうな顔でランドスは見る。
「お前ら、そんなことよりもまず目の前のことに注目しねぇと、リアリティな災いが確実に訪れるぞ」とコールは咳込んで言った。
「黒龍神か。それなら問題ないわ」
カナンが欠伸をしながら言う。
「開発予定だった奴が全部完成したのか」
「そのとーり。これは期待ができそうだわ」
「やることは、もう天災が重なって訪れないことを祈ってることぐらいだな」
彼らの前の金属デスクには戦略図と設計図。パン、と拳を手のひらに当て、ランドスは意気込む。
「さぁて、あとは待つだけか……」




