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災華の縁 ~龍が人に恋をしたとき~  作者: エージ/多部 栄次
第一章 一節 王国サルト
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1.王女と召使

 雲一つない黒色の空に咲く、無数の光がこの街の屋根を幽かに照らす。星空の光に照らされている幾つもの建造物が幽玄さを感じさせる。その中でも圧倒的に、かつ静穏にそびえ立つ大きな城がこの国の中央にあった。


 ここはサルト国。自然の美しさがそのまま街の姿へと具現化したと思わせるほどの優美さを誇る文化国だ。


 国の中央にある、その王城は宮殿の形に近い。中央の居城の周囲にドラム缶のような形をした円錐屋根の塔が4カ所、城門への入り口は石でできた立派なアーチ橋。10階建てほどの高さがあった。その白と黄色を強調させた大きな城の、最上階から3階下がったところの窓に明かりが点いている。そこの階にある、ひとつの部屋から会話が聞こえた。青年の声と、少女の声が楽しげに交差する。


「ねえ、他にも面白い話はないの? もっと教えてよー」

 一人の青年召使に話しかけた少女の名は「サクラ」。第十三代サルト国王女「サクラ=ホルネス=サルト」である。今年で17歳を迎える。しかし、外見からしてどうも実年齢より二つ下ほどの少女にしか見えない。

 薄く桃色がかった美白肌の色――まるで白桃のような綺麗な色を帯びたショートヘアーに、太陽に照らされた海のように蒼い瞳。その華奢な身体は触れるだけで崩れそうだった。世間から言えば絶世の美少女。そう言っても過言ではない程の愛おしさだった。


「そうですね。では、この前お話しした『竜』について少し詳しくお話ししましょうか」

 そう答えた青年召使の名は「ウォーク」。王女の世話と側近の担当をしている、王女専属の使用人だ。サクラと同い年の為か、話が合い、友達同士の関係に見えるくらいの仲の良さだった。


「え~っ? 竜の話つまんないから嫌~」

 サクラは顔をきゅっとしかめる。ウォークはにっこりと笑みを返す。


「そうおっしゃらずに、少しは興味を持ってみませんか? 知っていくうちに竜がどれだけ面白くて素晴らしいものか、わかるようになりますよ」

「でも嫌なものは嫌なの! 海とか森とかも好きじゃないし、動物も植物も興味ないもん」

 そう文句を言い、ぷく~っと頬を膨らましたのを見て、ウォークはため息をついた。


「困りましたねぇ、自然文化国の王女が自然を嫌うなんて前代未聞ですよ?」

 ドキンと痛いところをつかれるも、自然文化国の王女は言い逃れるように反抗の態度を見せる。


「う、うるさいなー。別にいいでしょ、人それぞれ好き嫌いあるんだから」

「それではその好き嫌いを克服しないといけませんよ。お食事と同じように」

「うぅ、それとこれとは別でしょ」

「……今年の信仰祭もそうやってダダをこねるつもりですか?」

「……」

 遂には黙り込んだサクラの様子を見て、ウォークは少し慰めるようにもう一言話した。


「お気持ちはわかります。確かに、あなたの母上『キク』様は自然の災いで向こうの世界に旅立たれてしまいました。それを理由にあなたは、自然をお嫌いになりました」

 ですが、と召使は続ける。


「あなたのお母様はどんなことがあろうとも自然を愛し続けました。森も海も、凶暴な獣や危険な植物も、何もかも平等に愛していたのです。だからこそ、この国は笑顔で溢れかえっていたのです。ですので、王女――」

「お母さんの話はしないで!」

 しん……と部屋の中が静まり返った。ウォークはしばらくしてから「申し訳ありません」と深く謝った。少しの間の後、サクラの口が小さく開いた。


「お母さんは自然を愛したから、自然に殺されたんでしょ? もし今自然を愛して死んでしまうぐらいなら、この国の為に何かをして国民のみんなを喜ばせて、今のお父さんを昔のように心の底から笑ってたあの優しいお父さんに戻して、お母さんがこの国で叶えたかった夢を叶えてから自然を愛したい。今自然を愛さなくても……この国をもっと笑顔にする方法はたくさんあるはずだもん」

 涙目になっているサクラに、ウォークはもう一度深く謝罪した。そして、彼女を悲しみに追い込んでしまった自分を心の内で責めた。


「……それではもうお休みになるお時間ですので、私はこれで」

 すぐに王女の部屋を出ようとしたとき、サクラに呼び止められた。彼女は枕で口元を隠しながら呟き声でウォークに言った。


「私が寝るまで、傍にいて……」

 ウォークは彼女の頼みに従った。

 彼女が泣き止んで、ぐっすりと寝始めたとき、時計の針は夜中の2時を指していた。


     *


 翌朝、ウォークはサクラを起こしに王女室の方へと急ぎ足で行った。

(寝坊してしまった! 王女の日課がずれる前に急いで起こさないと!)


 寝かせた後、ベッドに入って寝ようとしたが、落ち込ませてしまったことを気にしたあまり全然眠れなかった召使。その結果、十数分の遅刻をとってしまった。

 王女室の前に着くと、急いでウォークは扉を開けようとするも、伸ばした手をピタリと止める。


(機嫌がよくなってるといいんだけど……)

 恐る恐る扉を開けて中の様子を見ると、いつもはそこの大きなベッドで熟睡している王女がいなかった。いくつかの小さな部屋が繋がっている、王女の広い部屋を見渡しても人の気配がない。いったいどこへ?

 その時、若い男性の慌ただしい声が下の階から微かに聞こえた。

 とりあえずはっきり聞こえるまで下に行ってみよう。そう考えたウォークは急ぎ足で下へと足を運んだ。



 5階につくと、声が鮮明に聞こえた。すぐさま声の元へ辿ると、一人の青髪の若手の国軍軍兵が慌てた様子で誰かを追いかけている。そう見えたウォークはすぐに彼の元へと走り、呼び止めた。


「うおっと! ウォークかよ邪魔すんな! あいつ見失ったらどうするんだ!」

 召使の名前を呼び、怒鳴った青髪の彼は「レイン」。サルト国の護衛をする兵士であり、ウォークの一番の親友だった。


「レイン、もしかして……」

「ああ、その通りだ。珍しく早起きしたお姫様と鬼ごっこだよ。向こうからの一方的な遊びだけどな」

 やっぱり王女か。ウォークは呆れて溜息をついたが、とりあえず昨夜の事についてはそこまで気にしていないということがわかったのか、少し安心する表情を見せる。それとは相反にレインが怒り心頭で話し続ける。


「ったくよ、いくら幼馴染と言ってもここまでするか普通!」

「? 王女はただ逃げているだけじゃないのか?」

「そっちの方が何倍もマシだ。追いかけている途中、上から熱湯が降ってくるわ、階段が液体洗剤まみれで滑って転げ落ちるわ、散々な目にあったぜ! とんだおてんば王女だ!」

 激昂と言ってもいいほどまでに、レインは憤慨している。彼の文句は続く。


「それにこのバカでけぇ王宮の中よぉ、この重たい鎧を着て三十分も全力疾走で追いかけているんだけどよ、どうも追いつかない。日々鍛え上げている俺が、か弱い女の子の足の速さに追いつけないってどういうことなんだ!」

(か弱い女の子って……おまえが言うとなんかなぁ)

 そう思いつつも、ウォークはあることを思い出し、納得した表情を浮かべていた。


「うまいこと王宮の仕掛けを使いこなしているな」

「何? 仕掛け? どういうことだ!」

 詰問するレイン。普段はこんなに荒っぽくはないのだけどな、と思いつつ、ウォークは王宮内でもあまり知られていないことを説明した。


「この王宮には敵から逃れるためにちょっとした仕掛けや隠し通路がたくさんあってね、王女はその仕掛けを把握してこの城内を逃げ回っているんだよ。どっちかっていうと、王女には遊び道具に使われているんだけどね。でも自然には興味なくても、こういったことには興味があるのか」

「なに感心してんだよ! ってかお前、仕掛けのこと知ってるならその隠し通路とかの場所もわかりきっているってことだよな?」

「えー、まあ、王女よりは仕掛けの場所を把握しているつもり」

 パン、と手を叩くレイン。よしきた、と言った表情だった。


「よしっ、じゃあ早速挟み撃ちしたり、回り込んだり、仕掛けを封鎖するといったことをして――」

「いや、ある場所に導けばいい」とウォークは話を割いて提案する。

「ある場所? ……あっ、そうか! もしかして王室に逃げさせて国王にお説教を食らわせる、と」

「んなわけないだろ。王女室だよ王女室。とりあえずそこに行かせるように追いかけて、そのあとは何とかする」

「んー」と数秒だけレインは考え悩むが、


「よくわからんけど、やってみる価値はありそうだな。お前のことだし、なんか必勝策があるんだろ? まぁまずは、あいつを探しに行くとしよう」

「あ、あとタイムリミットは十五分だ。15分後、朝食があるからな。それまでに王女室の中まで追い込ませてくれ。その場で捕まえられたら捕まえてもいいし、できなくても追い込めば、王女はその場で『秘策』を使うと思うけど、その対策は僕に任せてくれ」

「秘策? まぁとにかく、わかった!」

 2人はそれぞれ違う道に進んだ。召使は急いである場所へと向かった。


    *


《ウォーク》

 朝食を終え、王女に一通りの勉強や稽古をさせたあとの休憩時、彼女と二人、王宮の庭園でティータイムをしていた。サクラ王女が紅茶を一口飲んだ後、僕に対して何か言いたげな様子で見つめてきた。聞いてみると少し不満そうに答えた。


「なんであんなとこにいたの?」

「偶然私があそこにいたと思いますか?」

 そう言った途端、王女は目を逸らし、紅茶を見つめながら呟くように訊く。

「……なんで私の部屋から竜小屋前に通じているってわかったの?」

「前から知っているからですよ」にこりと返答する。なんとも皮肉的な笑みだろう、と自分で思う。


「……レインと手を組んだでしょ?」じろりと見つめ返す。僕はあっさりと肯定した。

「はい、朝食の時間以内にあなたを連れてこないと、私と衛兵を含めた国軍の皆様が連帯責任で罰を食らうので、彼らの為に協力しました」

「朝食までには戻るつもりだったのに」とふてくされる

「そうかも知れませんが、みなさんはとても困ってましたよ」

 特にレインがね。その台詞は心の中で言った。


「早起きして元気に走り回るのもいいですが、まずはみなさんのご迷惑をお考えになられた上でお遊びください」

「うん……」

 まだ不満そうな顔をしている。まさか逃げ切るつもりだったのか、と眉を潜めた。

 それにしても、こんなおてんば王女が自分と同年代かと思うと、何か信じられなくなる。彼女の精神年齢が幼いとでも言いたいのだろうか僕は。


「――あれれ? そこにいるのは王女様と、可愛らしい召使君のラブラブカップルではないか!」

 突然、わざとらしく且つ棒読みでからかってきたメイド服の赤髪ツインテール少女がこちらへ歩いてきた。名前は「アンヌ」。仕事仲間であり、メイドの一人として日々王宮の管理をしている。


「――っ、ばっ、バカっ! かか、カップルなんてわけないだろっ! 口を慎めバカっ」

 なんでこんな、しょうもないことに焦っているんだろう、とは自覚している。

 しかし本人がいる目の前でそんなカップルだなんて言われたら、思わず否定せざるを得ないだろう。何しろ相手はこの国の王女だ。一召使と吊り合うわけがないのに、このおしゃべりツインテールときたらなんてことを口にする。そして、何より僕は――いや、今はそんなこと考えている場合ではない。

 自分でもはっきりわかるほど、顔が赤くなっているのが自分でもはっきりわかる。待てよ、今、文法がおかしくなっていたような。それほどパニックになっている。

 落ち着け、落ち着くんだ。

 その様子を見て面白がっているアンヌはもうひと押しかけた。


「あれ? そんなに焦っちゃってどうしたのかな? もしかして、王女のことが好きなのかな?」

「えっ! い、いや、何言ってんだよ、べ、別に好きでもなんでもないかりゃな!」

 苦笑交じりだけど余計焦っちゃってるよ。というか咬んじゃってるよ! ここでほんとに冷静にならないと、取り返しがつかなくなる。いや、もうなっているか。でも冷静になるんだ。淡々と相手の言葉を流すんら!

 畜生、また咬んでしまった。……いや心の中で言葉を咬むってどういうことだ。


「……え? 好きじゃないってことはー、ウォーク君は王女のことが嫌いなのかなぁ?」

 アンヌは相変わらず僕にとって不慣れな流れを作る。この程度で言い返せない僕にも問題は十分に有るが。

 アンヌのからかいに留まらず、彼女の言葉に続き、王女も彼女の流れに合わせて僕をからかう。僕の反応を見て楽しんでいるのか。性格が悪い。


「え! ウォークって私のこと嫌いだったの? ひどい! サイテーだよ!」

 王女、御冗談のつもりで仰っているのは分かりますが、銀のナイフで胸を突き刺されるよりも痛い一言です。おふざけが過ぎていますよ。

 心の中の僕が白目をむいて倒れかけている。しかしそれを表に出すわけにもいかない以上、あえて冷静に振舞わなければならない。

 その言葉に対し、僕は悟りを開いたようにさらりと答えた。


「いえ、それは違います」

 ここまでは良かった。ここまでで言い終わればよかった。


「――私は王女の事を誰よりも愛していますよ」

 それを言い放った瞬間、空気が変わった。というよりは静まり返った。いや、全員表情が固まったというべきだろうか。


 落ち着きすぎた。

 生涯で一番の爽やかな微笑でそう"本音"を告白したのち、僕はその日、サクラ王女と話すことができなかった。それに対し王女は全く気にしていなかったと知るのは三日後の午前中だった。

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