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災華の縁 ~龍が人に恋をしたとき~  作者: エージ/多部 栄次
第二章 一節 一人の友
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5.都一番の暴れん坊

《ウォーク》

 アーカイドと二人で王都の街中を歩いていると、前の方から騒ぎ声が聞こえた。いつもはにぎやかでありつつものどかなのに、どこか日常的ではない、そんな気がした。いやな予感がしてならない。


「騒がしいな。なんかあったのか」

「人だかりができてるし、行ってみようか」

「はぁ~、面倒なことにならなきゃいいけど」

 アーカイドがそう溜息をつきながらも僕らはその人だかりへと向かった。一軒の建物の前に集まっている。僕は一人の住民に尋ねてみた。


「何かあったんですか」

「お、王宮召使のウォークか。なんかこの店の中で数人の強盗が入ってきたらしくてな、それも全員剣や銃とか持っているから迂闊に対処できない状況だったんだよ」

「だった?」

 僕とアーカイドは同時に聞く。男は茶色の頭をぽりぽりとかきながら答える。


「唐突だったんだよ。なんかひとりのヘルメット被った男が、何の躊躇いもなくこの店に入ってしまっちゃってな。しかもそいつ、店の中に何人もの強盗が入っているのに気付いてない感じだったんだよ。俺ら野次馬が集まっているにも関わらずだぞ。信じられないだろ」

「とんだ間抜けだなそいつは」とアーカイド。

「大変じゃないですか。早く助けにいかないと。それか助けを呼ぶとか」

「護衛兵のところに助けを呼びに行った人もいるけど、ここからちょっと遠いしな。それに、そいつが店に入ってからまだ3分ぐらいしか経ってないと思う。でも未だ何も――」


 ――ドォンッ


 突然の音に野次馬はざわめく。

 発砲音。ということは撃たれたのか、と思ったとき、


 ――ドォンドォンドォン! ガシャアン!


「あああああぁぁああぁああぁああっ!」


「ーーっ!?」

「悲鳴……!?」

 けたたましい銃声の数々。そして重なる男たちの悲鳴。周りはざわめき始め、すぐに離れていく人もいた。

 ドガン、と店の壁が壊れたような音と窓ガラスが割れる音が聞こえてくる。大砲の音にも例えられる。


「くそぉ! このやろぉ!」

「ごぶぅっ!」

「おいっ! ちくしょうっ!」

「くそっ、なんなんだよ! おい!」

「くっ来るな! 来るな来るな来るな来るな来……」


 ベキッ! ……ボゴォォン!


 まるで戦争がその店の中で起きているような破壊音と絶叫が聞こえてくる。

「な、なにが起きてるんだ……」

 野次馬たちはさらにざわめく。その一つの出入り口ドアの向こうで何が起きているのか。

 さすがにこれはただ事じゃない。が、襲っているのはどうやら強盗の方ではないそうだ。むしろ強盗たちが襲われている。

「……アーカイド」

 ちらりとアーカイドを見る。

「ああ、俺も察してる。"あれ"以外考えられねぇ」

「だよね……」

「……」

 店の中が静かになった。騒動が終わったようだ。

 その場にいた野次馬はただ息をのむばかりだった。店の壁を見てみると何か所かにヒビができていたのは気のせいでありち。窓にはカーテンが閉まってあるので中の様子は全く見られない。

 この沈黙の中、ガチャ、と店のドアが重々しく開いた。野次馬たちは何歩か下がる。

 その建物の中から出てきたのは長身で少し細身。銀縁の眼鏡をかけた金髪男だった。見た目はアーカイドと同じ20代だろうか。服はサルト国特有のデザインをした少し洒落た工事用の服だった。建設士の人がよく着ている作業着だ。手に持っているヘルメットには数発分の弾痕があった。

 しかし、そんなことはどうでもいい。問題はその男の顔や服が血みどろだったことだ。人だかりの中の数人はそれを見て悲鳴を上げる。


「あーあー、うるせぇって。返り血だから大丈夫だ」

 金髪男は何もなかったかのように、野次馬たちに平然と話す。開いたドアの向こう側を見ると、店内は崩壊して瓦礫の山となっており、発砲の跡や剣による刃跡が幾つもあった。しかし、何よりも目に留まったことは――

「人が……埋まってる……」

 誰かがそう呟いた。

 強盗たちが血まみれで壁や天井、床にめり込んでいた。いったい何をしたらこのようなことが起きるのだ。とは思うが、僕は前にも何度かこのような風景を見たことがある。


 なぜなら、

「……ん? おお、ウォークか、久しぶりじゃねぇか。おっ、アーカイドもいたのか、懐かしいなぁおい」

「……やっぱりお前か」

「少しは加減ってものを知れ」


 彼は古くからの友人だからだ。

 僕らは呆れ、ため息をついた。そして、その金髪男「レウ」は小さくニッと笑う。眼鏡を取ってはレンズについた血を拭う。野次馬がどよめき、次々とレウの名前を出しているのが聞こえてくる。

「ははっ、次から気ィ付けるよ。なんかあの店に用があって入ったらさ、急におっかない凶器もん向けて脅してくるからよ、最初は言うこと聞いてたんだ。でもよ、怒鳴り声うるせぇし調子に乗って店員殴るし、段々腹立ってきたんだよ」

「……」

「で、ちょっと一発殴るつもりが店をぶっ壊す羽目になるとはな、びっくりだった。はっははは」

「いやこっちがびっくりだよ! 何ちゃっかり店壊して人殺してんだよ!」

 アーカイドがそう言うと、表情が急変し、鋭い目つきでアーカイドを睨む。ずいっと顔を近づけるが、なじみ深い友人であるアーカイドは臆するはずもなく。

「あ? アーカイドさんよぉ、勘違いすんなよ。あれはどうみても立派な正当防衛だろうが。あっちから撃ってきたんだからな。撃ってきたってことは俺を殺そうとした。だから俺はあいつらを殺したってなにも文句はねぇだろ」

「俺にはただの一方的な虐殺行為にしか考えられない強盗の絶叫が聞こえたが」

「るせぇな。仕方ねェことだってさっきから言ってるだろ。店員も無事に裏口から逃げたし、ぶん殴ってやった奴らは殺さん程度にやったからまだ死んでねぇよ」

「あの状態で生きてるとはとても考えにくいが……」

 僕も右に同じく。彼らはある程度武装しているようだけど、関係ないってほどまでにメタメタにやられている。牢に放り込まれるより先に病院に連行されるだろう。

「ものの情けだ。こっちも人殺して捕まりたくねぇしな。まぁそんなことより、こうやってお前らに会えたのも何かの縁だ。どっか行かねェか?」

「その血まみれの姿でどっか行こうって言えるレウはある意味凄いよ」

「こんなのにわざわざ気にするのがめんどくせぇし、周りの反応も気にすること自体疲れるからな」

「お、おおう……」もう何も言えない。

「で、今からどこ行く? 最近ハマった美味いスイーツ店があるんだ。女多いし、アーカイドにはもってこいなとこだぜ? ウォークも王宮でスイーツとか作っているんだろ? 参考にしてみたらどうだ」

「あ、僕はそろそろ王宮に戻らなきゃならないから遠慮しておくよ」

 そう言うと、一気に不機嫌そうな顔になる。

「なんだよ、まだ王女の遊び相手なんかやってんのか?」

「数年前と比べれば遊ぶことなんてほとんどないよ」

「そっか、まぁ仕方ねぇか。じゃあアーカイド。行くぞ」

「ったく、しゃーねーな。じゃあな、ウォーク。仕事がんばれよ。あと、約束忘れんなよ」

「ああ、またな」

 そうして僕は二人と別れた。再び一人となる。「約束ってなんだよ」「おまえには関係ないことだ」という会話も遠ざかっていく。

 それにしても、あの暴力馬鹿はいつになったら力加減できるのか。今になって来た護衛兵は唖然とした顔で、潰れかけた店と凄惨な店内を見ていた。


 レウは元々、アーカイドと同じ龍材屋で共に働いていたハンターだ。しかし、今は龍材屋を表向きには辞め、建築大工をしている。そして、僕のことを一番理解してくれていた義兄である。

 カッコいい部類に入る男顔。その顔つきや雰囲気からして穏やかな空気を漂わせているが、短気で口が悪い。そのギャップが魅力らしく、女性に人気があるとアミーおばさんから聞いた。


 何より、良いも悪いも彼はこの国ではある程度の有名人だ。

 その理由は、人間離れした強靭な体と破壊力の持ち主だから。素手で大型竜を殺し、人間よりも遥かに体重が重い獣を四散させるほどの腕力を持っている。彼の一撃は爆撃そのもの。一体何が彼をそうさせたのか、不思議でならない。

 一度怒りの頂点に達すると力の抑制ができなくなり、標的の息の根を止めるまで(実際は相手が失神するまで)人並み外れた力を使い暴れまわる、かなりの厄介者だった。それでも本人は、のどかな生活を望んでいる。

 一時裁判にかけられ、牢に閉じ込められたこともあるが、国とある契約を交わし、国内の治安の乱れが発生した場合の"害悪の鎮静"を条件に釈放された。いわゆる国の番犬扱い。軍に勧誘されたこともあったが、本人は断り、加入していない。しかし、それでも影響はかなり大きく、犯罪数も減ったという。

 彼の武勇伝は、どの都でも知れ渡っている。そして、怪物だと誰もが言う。


 それでも僕は彼の事を兄として慕っている。今もそうだ。

「……」

 アーカイド、タキトス、セト、レウ。

 いつかもう一度、あのメンバーで暮らしたい。


「もうこんな時間か……少し急がないと」

 銀の腕時計の針が指す数字を見て、僕は王宮へと小走りした。一冊の本を手に提げて。

「――っ」

 急いでいたため、曲がり角で人にぶつかってしまった。ドンッ、と音がし、ぶつかった僕は後ろに倒れそうになる。

「あっ、す、すみません」

 ぶつかった相手は「大丈夫」のジェスチャーっぽいしぐさをした。僕より背が高いが、中肉中背に近い体形。黒い服をまとい、ニットキャップを被っている。岩を削ってつくられたような30代半ばの顔つき。彫刻のような、ハンサムともいえるそれだった。

「……」

 だが、ぶつかった男性は何も言わず、ずっと僕を見つめたままだった。

「あの、どうかしましたか?」

 ぶつかっておいてどうかしましたじゃないだろと後に思ったが、どうやらこの男性はぶつかったのが理由で黙っているわけじゃないようだ。

「……なぁ、少年」

「はい?」

 突然その男の口が開いた。少年呼ばわりされたことに少し惨めさを感じる。これでも僕、一八歳の思春期真っ最中の男子です。

「お前はこの国の生まれか?」

 突然そんなことを聞いてくる。

「い、いえ、別の地方から来ましたけど」

「そぉか。じゃあ、この国をどう思う」

「……?」

「まだわかってねぇようだな。俺はな少年、この平和ボケした国の裏側を知っている。この国はやべぇってことだけは伝えておくか」

 何を言っているんだ? この国の裏側?

 王族側の僕が知らないこと……。エンレイ国王やプリウス大臣、コーダ軍帥のような方々しか知らないことでもあるのか?それとも、王族が知らず、民のみが知ることか。

 それにヤバいってどういうことだ。

「あの、どういう……」

 男はニッと笑う。

「バケモンってことさ」

「っ!?」

「けど、この国で生まれていないお前は……どこか違う。けど、バケモノってことには変わりなさそうだな。んん、なんつーか、おまえに声かけたのはな、なんかおまえには懐かしさがあるんだよ。昔の愛人にでも似てんのかね」

 冗談めいた声でそう言っては笑う。

 わからない。こいつは何を言っているんだ。

 王宮のみんなが化け物? そして僕も? 懐かしい? 頭おかしいんじゃないのか?


「ああ、時間ねぇしもう行くわ。じゃ」

 僕が理解するよりも前に、散々言った男は過ぎ去っていった。それをただ見つめることしかできなかった僕はポツリと言う。

「……なんだよあいつは。僕に何を言いたかったんだ?」


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