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災華の縁 ~龍が人に恋をしたとき~  作者: エージ/多部 栄次
第一章 二節 天災の名に堕ちた者
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4.災禍の出遭い

「――えええええええええっっ!?」

 王宮2階。イルアの声が響く。彼女専用の書斎兼研究室にして住居用個室。思わず立ち上がったイルアの顎は今にも外れんばかりだ。

「おねがい! ほんとに頼むから!」

 私は両手を合わせ、強く頼む。


「そんなこと言ったって、うえええええ!? サクラちゃんもう一回災龍に遭いに行く気!? いくらなんでも――」

「でもこの方法以外で黒龍に勝てる策はないの!」

「少しは軍の兵器と魔術を信用しなさいよ! そんな上手くいくかもわからない死のギャンブルなんて絶対にダメ! それに、前みたいに会えずに終わるってこともあるのよ。そういうことも考えないと」

「でも、私はみんなの為に――」

「死ぬっていうの? そんな死しか待っていない、あてにならない力に」

「……」

 溜息が聞こえる。イルアの顔は困っているようなそれだった。


「少し冷静になろ、サクラちゃん。そりゃあ、ウォーク君のお友達の身に着けていた煌皇龍の装備を軽く破壊したという事実は、確かにミラネスに通用すると思う。煌皇龍もミラネスと同じ『人類の敵』とみなされる第二級危険生物。ミラネスは第一級だけど、煌皇龍で作られた装備をそんな容易く切り刻む生き物は災龍しかいないと思う」

「それなら――」

「けど、よく考えて。どうやって災龍を説得して黒龍神を討伐させるの? そもそもどうやって会えるの? それに、下手すれば殺されるだけよ。災龍は"人"じゃなくて"龍"……いえ、神に匹敵する天災なのよ。言葉が通じるわけない。だから、そういう目的で外に出ようとするのはやめてほしいの」

 イルアのいうことは正しい。反論できないくらいに。私は自分を惨めだと感じた。


「そう……だよね……ごめん……」

 俯く。浅はかな考えだった。私はやっぱり、馬鹿だった。

「別に謝ることじゃないわよっ! ほら、顔を上げて! とにかく、戦うのは私たちだけじゃなくて、他の国や他の地方の国々みんなで戦うのよ。それに、ギルド直属のプロのハンターたちも協力してくれる。だから、災龍に頼る必要はないの。だからサクラちゃんはひとりで背負い込もうとせずに、みんなを頼ればいいの。みんなの為ならなおさら。ね?」

「……うん、わかった。ありがとう」

 私はそのまま、王宮2階にあるイルアの部屋を出ていった。


「……」

 私はただ、みんなを見守ればいいの?

 無事を祈ればいいの?

 それが私の役目なんて納得がいかない。

 もっと、役に立てるようなことを……。

 私はいままで誰かのために何かをしてあげたいなんてこと、考えたことあったかな?

 ないよね。これが初めてだよね。でもどうしてそう考えるようになったんだろう。外に出たからかな。

 たぶん違う。じゃあ一体なにがきっかけで……。

「ああ、もうわからない」

 気にしないでおこう。

 今は、これから起きる大惨事を食い止めることを考えよう。


     *


《レイン》

 王宮と離れていながらも、王宮領土内にある緊張感漂う何の飾り気もない施設。その壁は鉄よりも硬質なゴーメル鋼でできている。

 ここはサルト王国直属サルト国軍軍事局本部。いつもは兵たちの鍛錬している様子が見られるが、このときは誰もいる気配はなかった。

 国軍本部内の大会議室にて国軍全兵が微動だにせず着席していた。兵たちの視線は一人の男コーダ国軍総司令官にして軍帥に向けられていた。

 コーダ軍帥は全兵に野太い声で何かを説明している。スキンヘッドで強面の持ち主だ。体つきは非常にデカく、ゴツくて、まるで重装兵の鎧を着ているようにみえることから、鎧要らずと呼ばれることもある。


「――以上が、エンレイ国王からのご報告だ。二十年ぶりに凶暴期を迎えた黒龍神ミラネスの討伐が今回の緊急命令だ。しかし、その黒龍がいつ活動し、どこから来るかまだわからないのが現状だ。したがって、今回の緊急会議はこれからこの国に攻めくる竜群撃退策兼、黒龍討伐策を議論する」

 一瞬、兵がどよめきながらもすぐに静まった。何人かが挙手をし、対策法を提案する。

「兵器や兵を増やすべきです」

「城壁を強化してはどうでしょう」

「龍が避けるような対策を」

「新兵器の開発はどうでしょう」

 いろんな意見が出てきたが、黒龍対策案は殆ど発表されなかった。

 俺は意見しなかった。どうせわかりきった答えしか返ってこないからな。欠伸を堪える。

 30分後、やっと意見がまとめられる。が、俺は聞き流した。


「――議論の結果、龍の共通の弱点とされる《龍煙性電解質》を中心とした武器、兵器をプラトネル国と共に設計、開発することが先決となった。尚、兵、防壁、砦の強化も同時に実行し――」

 短いようで長い会議は終わった。1時間程度の時間を無駄にしたような気がした。報告には十分な価値があったが、そのあとの内容が正直いらなかった。

 内容は所詮、これから起きる出来事の対策の確認みたいなものだ。気を引き締めろってことだけを言えばいいものを、どうしてわざわざ大げさにするんだ。

 大体の会議は意味がある内容なんだが、今回の会議内容はほんとに無意味だったと俺は思う。対策ぐらい、自分で勝手に考えられるだろ。

「しかしなぁ……」

 よりによってこの「時代転生の年」に黒龍が目覚めるとはな。宗教的に不吉だなこりゃあ。


「おーいレイン! なーに考え事してんだよっ」

 施設前の芝生に生えている木に座り込んでいる俺を見つけ、声をかけたサニーの手には、茶色い紙袋が掴まれていた。

「その袋はなんだ?」

「へへ、会議の前に街に行ってきて買ってきたんだ。"花都"に美味いって評判のあるパン屋が最近できたんだよ」

「もしかして『マリナ・フラワーベーカリー』店のパンか?」

「アッタリ~。しかもおすすめのやつ買ってきた。もう少しでクラウの奴も来るから3人で食べようぜ」


 3人で頬が落ちた感覚があるくらいの美味いパンを、木の下で食べながら談笑した。

「まぁ、お前の言いたいこともわかるけど、コーダ軍帥に文句言っているようなもんだぞソレ」

 サニーが俺をフォローしつつ、俺の発言に注意した。

「ンなこと言ったってよー、報告とそれからの対策を一人で言えばよかったんだよ。わざわざみんなに意見するこたぁねぇだろ」

「……とても軍帥を尊敬してるとは思えんな」

「いや尊敬してるよ。あ、あと国王も。だけどさぁ、それとこれとは違うだろ」


「それにしてもさ、国王の報告って言ってもさ、実際は……」

「ウォークの推測を国王がそのままコーダ軍師に伝えたんだろ。軍帥はそのことについては言ってなかったな」

「……当然、そのことを知るのは俺ら3人だけ」

「いいね~♪ 俺らしか知らない秘密、みたいな」

「……」

「……」

「おい、なんか言えよ」

「とりあえずさ」

「おい!」

「いつ黒龍が襲いに来るかわからないんだろ。もしかすると明日かも知れなし、今かもしれない。なら、一分一秒でも多く鍛えないと歯がたたねぇだろ」

「……つまり、いまから訓練所へ行くと言いたいんだな?」

 クラウがわざわざ言い直す。俺はニッと笑った。

「そうだ! だからお前らも行くぞ! 国の為に!」

「かわいい王女の為だろ?」とサニーは茶化す。

「うるせぇ違ぇよ馬鹿野郎!」

「……とりあえず、気合の一声いっとく?」

「なんでいきなり!?」

 俺とサニーの声が偶然重なる。

「まぁいいか。しばらくやってなかったしな。な、サニー」

「そうだな、これからに備えて気合入れとくか」

 俺ら3人は右拳を互いに向い合せた。

 歳も同じで、幼い頃からの仲。

 この意気投合も、何度も行ってきた。


「『3人揃えば』っ!」

 そして3人同時に、合言葉と共にその三つの拳を強くぶつけ合った。

「「「――『最強』っ!」」」


     *


 黒龍神の復活という事実を知ってから四日後、私は罪を犯した。

「みんな、ごめんね……」

 誰もいない空に、私は謝る。

 身勝手なことしちゃったけど、これが私の望みだから。


 今、私は乗竜のナウルと共に、サルタリス山脈の奥――渓流の深部にいる。時間は夜の12時辺り。眠たい瞳を擦りながら、イルアの力に頼ることなく自力で抜け出してきた。武器は持っていない為、不安でいっぱいだが、襲ってくる獣はすべてナウルが蹴散らしてくれるし、服装は魔術がかかったままの古の龍たちの素材でできた巫女の衣装を着ているため、決して無防備ではない。

 それに、前は気付かなかったけど、この服を着るとパニックにならない限り、周りの気配を敏感に感じ取ることができ、衝撃をはじめ、火や電気、冷気などの属性にも耐性があるらしい。もっと早く知っていれば、迦雷獅子の攻撃を恐れることはなかったはずだ。でも、あれはさすがに無傷じゃ済まないか。


 サルタリス大橋の前に着いた。これ以上ナウルと一緒に進むと、あの二頭の竜みたいに存在を一瞬で消されるかもしれないので、ここでナウルを待たせることにした。


「じゃ、私が戻ってくるまでここにいてね。何があっても必ず戻ってくるから」

 私はひとりで、不安定そうにみえる強靭さかつ神聖さを誇る、自然が作ったサルタリス大橋を渡り始める。一歩一歩、複雑な太い枝をその足で踏みしめる。震えた足を動かし、信仰地へと近づいていく。

 前と同じように会えないかもしれないけど今は進むしかない。例え可能性がなくても自分で作ればいいのだから――。


 アマツメ教信仰地。目の前には神々しさを感じさせる古の社と豊神の化身と崇められる『アマツメの大樹』が神の如くその神聖な地に腰を下ろしていた。月の光がこの地に集められているかと思わせるほど明るかったが、それでも暗夜の支配力には及ばず、仄かな光と化す。

 私は信仰地の中央に立ち、社を見つめ続けた。月光の光によって、私の背後に影が伸びている。

 風の流れる音、虫の幽かな声、葉の靡く奏、自然が生み出す静かな唄。

 こんな閑静な場所に、災いを引き起こす恐ろしい龍なんていないと思うけど、ウォークが言うにはサルタリス山脈地域の奥地に一番多く発生するらしい。「……やっぱりあれは違うのかな」

 気配もしないし、やっぱりいないのかな。

 ……でも、諦めきれない。何とかして災龍に力を貸し――っ!


「っ!?」

 何かを感じた。「気配」にしては違和感がありすぎた。初めて体感する何か。しかし、この違和感は一度体感したことがある。

「……この感じ……あの時と一緒だ……!」

 だけど、あのときのような本能的な怖さはなかった。むしろ、なにか安心する感じがする。

 ふと上を見ると、社の大きな屋根に何かがいた。さっきまでいなかったはずなのに。気付かなかったのか。

 心のざわめきに似合わない、やさしい風が吹く。


「……だれ……?」

 そこにいたのは"人間"だった。正真正銘の"人間"だった。

 けど、何かが違う。人にはない何かを感じる。あの「人間」からあの龍の気配を感じる。

 もしかして、あの「人間」こそが――。

「"災龍"……」

 その「人間」は社の屋根で寝そべっていた。よく見てみると寝ているようだ。

 だけど、あれがあの災龍だなんて考えらえない。災龍の正体が「人間」だなんて考えたこともなかった。いや、あれは本当に災龍なのか。

 近づいてみようと一歩踏み出したとき、その「人間」は瞼を開けた。その瞬間、風がどよめき、大樹どころか、山脈の木々に止まっていた鳥はすべて飛び立っていき、この森、いや、この山のすべてがざわめき始めた。

 "人間"は身を起こし、私の方にその目をむける。


 ――時が静止した気がした。互いに瞳が合った瞬間、ざわめく音は消え、木々の流れる動きも止まった、そんな気がした。

 その"人間"の髪は燃え上がるような紅蓮を帯びた赤。瞳は業火と深淵を混じり合わせたよう。何か、悍ましく、しかし引き込まれるような目。

 若い男性といえる髪型と顔立ちをしていたが、少年というべきか、青年というべきか。あるいは考えられないけど、老人というべきか、そのような雰囲気を漂わせる。少なくとも身長150センチぐらいの私よりは、20か30センチぐらい高い。着ている服はボロボロだった。蛮族の衣装を連想させる。筋骨隆々とまではいかないものの、男性としての体つきがかなり良く、神話で巨人を倒した英雄のような、鋼の肉体とも表現できる。

 ふと、私はその「人間」に気をとられていたことに気づき、我に返った。

 とりあえず、人なら話せるよね……?

「あ、あの……あなたは誰……ですか? ここに住む人ですか?」

 私は尋ねながら近づいてみると、その「人間」は咄嗟に立ち上がり、前のめりになっては、赤髪を逆立たせる。宝石のように、血のように鮮やかな瞳を鋭くさせ、殺気立てて何かを叫んだ。


「――ッ!?」

 表現しようのないその声は、竜の咆哮としか言いようがない叫びだった。いや、生物の域を越えている轟音だ。神の化身である頑強な大樹でさえもミシミシと悲鳴を上げている。

 それだけじゃない、この山自体が悲鳴を上げ、脅えている。とても人間の発する音ではない!

 私は耳を塞ぎ、眼を強く閉じ、歯を食いしばり、眉を寄せて何歩か下がった。頭の中で痛いほど反響する程、その咆哮は地鳴りのように大きく、噴火のように強く、雷鳴のように高く響き渡った。

 恐る恐る、目を開ける。その「人間」の姿は音沙汰なく消えていた。叫んだあと、すぐに大樹の奥へ姿を消したのだろうか。再び閑静な世界へと戻った。

「……なんだったの、今の……」

 私はその場で膝が崩れた。疲れがどっと体から溢れてくる。

 結局、あれは誰だったのか。

人にしては龍のような叫びを上げていたし、良く見えなかったが彼の肌に鱗みたいなものが薄くあったような気がする。目の色も普通の人にはない赤と黒の入り混じった紅蓮の目。

 それに、あの「人間」から感じられた違和感。異形の龍――災龍に会った時と同じ感覚。あの「人間」が災龍……なのか?

 そして、その災龍に殺されることなく逃げていった。いきなり怒ったということは私に何かを注意したかったのか。あまりの展開に私の頭はこんがらがっていた。

 けど、誰も知らない事実が今判明した。


 災龍は「人間」なのだと。

これで第一章終了です。

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