とあるヴィランの苦労話
俺の名前はヴィラン。大悪党になる男だ。
と言っても最初から悪党に憧れていたわけじゃない。両親を反面教師として育った結果、悪党に憧れるようになったのだ。
俺の両親は馬鹿が付くほどの善人で、色んな奴等から搾取されていた。そして最後には命まで奪われやがって、まだ十歳だった俺を路頭に迷わせやがった。
だから決めたんだ。
俺は奪われる側にはならない。奪う側に立ってやる! それから俺の悪党人生は幕を開けた。
色々と悪党になる為の修行をして五年。俺の悪党スキルは殆どがカンストした状態だ。
そのおかげで初めての誘拐もさっき見事に成功させた……筈なんだが……。
「ヴィラン様! 助けていただいてありがとうございました! えへへ、大好きです!」
「おい!? くっつくんじゃねー! 離れろ!」
「いーやーでーすー!」
どういうわけか、俺は救世主扱いされていた。
「お前、今がどんな状況か分かってんのか!? 俺は身代金目当てでお前を誘拐してきたんだぞ」
「えへへ~そんなこと言っても無駄ですよぉ? ヴィラン様はツンデレさんなんですねー」
「なんだこいつ。すげーぶん殴りたい」
「だってそうじゃないですか。あれだけの軍隊を敵に回してまで、ヴィラン様は私を助けてくれましたもん!」
そこまで聞いて、俺は首を傾げた。
「どういうことだ?」
俺の記憶が正しければ、こいつはたくさんの護衛兵に囲まれていた超上級貴族のお嬢様の筈なんだが。
まさか俺の勘違いで、本当はこいつ、可愛い顔した犯罪者だったのか!?
「私は巫女の血が流れていて、生贄の為だけに育てられていたんです」
「生贄とか……物騒だな」
「仕方ないんですよ。街の近くに隠れ住んでいる赤竜を沈める為には、どうしても巫女の血を持った人間を差し出さなければならないので。それが、昔から赤竜と交わしている契約なのです」
なるほどね。街を襲わない代わりに巫女とやらの血縁者を生贄に差し出す。そんな契約を赤竜と結んでいるわけだ。んで、俺はちょうど目の前のお嬢様が赤竜の下に向かうところを襲撃。そして誘拐しちゃったわけか。
……それってヤバくね?
い、いや。それで街が滅びたならそれはそれで大悪党っぽい。ここは結果オーライってことで笑っておこう。
「私、嬉しかったんです。あの軍隊の中に突撃して、命懸けで私を攫ってくれて……最後に『お前らにこんな美人はもったいねーんだよ』って言ってくれて……嬉しかったんです」
「あ、あれは誘拐が成功したせいでちょっとテンションがおかしくなってただけで……」
「私! ヴィラン様に一生身を尽くして恩返しをします!」
「いや、いいから。さっさとどっかに行って路頭に迷え」
「いいえ! もう決めました! 私、ヴィラン様と一緒にいます! そうだ、私、結構プロポーションには自身があるんです! なんなら今晩にでも……」
「勝手だな!」
とりあえず、今なんとかしないといけないのは赤竜ではない。
問題はこのお嬢様の方だ。
「そういえばお前、まだ名前聞いてなかったな」
「あ、そういえばそうですね。……私はエレオノーラです。エリーとお呼びください!」
エリーは瞳の中にハートマークを浮かばせて、俺の胸に抱き付いてきた。
ちょっ! 匂いを嗅ぐな! あっち行け!
俺は頬擦りまで始めたエリーを無理矢理引き剥がし、これからどうしようかと溜息を吐いた。
「大悪党になる男が人助けをしちまうなんて……」
そこで名案が浮かぶ。
「そうだ。こいつを返してしまえば全てリセットになるんじゃないか?」
そうすれば俺はもう一度ゼロから悪行を行える。しかし軍隊には顔を覚えられた筈だ。奴等の前に姿を見せるのは不味い。
……エリーは俺から一ミリも離れようとはしないし。
「ヴィラン様~」
「はぁ……」
仕方ない。俺が直接、赤竜にいる場所に届けるしかないか……。
俺は覚悟を決めた。
そんなわけで、俺は赤竜が住むと言う街外れの谷へと訪れていた。
勿論、場所はエリーから聞き出した。赤竜を退治するとか適当な嘘を吐いて。
「お前、怖くないのか?」
「はい! ヴィラン様と一緒なので!」
「……信頼しすぎだろ」
くそっ! なんかムシャクシャする……!
全く疑う素振りも見せないお嬢様に、俺はかつての両親を重ねた。
相手を疑わず、簡単に騙され、最後まで希望を捨てなかった愚かな人間。
馬鹿が! そんなことしたって報われねーんだよ! 世の中は強い奴が生き残り、頭の良い奴が勝ち残るんだ!
偽善だけで幸せになれるほど、この世界は俺達に優しくねぇ。
……なのに。
俺は胸のどこかで、言い知れぬ痛みを感じていた。
理由の分からぬ痛みに対し、俺は戸惑いを隠しきれない。
今まで散々痛い思いをしてきたっていうのに……どうして。
どうしてこんなにも胸が苦しいんだ。
「……ヴィラン様? あの、泣いているんですか?」
「あ? 俺が泣くわけねーだろ。何言ってんだ」
俺はエリーの妄言を一蹴しながら目元を触る。
俺は涙を流していた。
くそっ……なんなんだよ、一体。
目の前に赤竜が現れた。
『ほう……契約どおり、巫女をここに連れてきたか』
赤竜は思っていたより大きくはない。精々大人を一人丸呑みできる程度だ。
しかしお嬢様にはちと刺激的な光景だったらしく、エリーは俺の服をぎゅっと握った。
「……ヴィラン様ぁ」
「そんな目で俺を見るな」
なんだ。ここまで来て俺に助けを求めるのか? そりゃ欲張りってもんだ。
あの時助けてやったんだからもう助けなくてもいいだろ?
なのに……エリーは俺を信じて疑わない。胸がちくりと痛んだ。
くそっ! くそっ! くそっ! なんなんだよ!
心臓が早鐘を打つ。
自分の中に眠る両親の血が……良心の血となって暴れ始める。
「冗談じゃない! ふざけんな! 俺はお前らみたいに間抜けな死に方をするのは御免なんだよ! 俺は……奪う側の人間だ!」
気の迷いを打ち払うように、俺は叫んだ。
しかしそれが不味かった。
『ほう……? 人間風情が我から生贄を奪うだと? おもしろい! やれるものならやって見せろ!』
「ヴィラン……様……」
赤竜は楽しそうに俺を睨みつけ、エリーはハートマークを瞳の中に浮かばせている。
一体どうしてこうなった。全く持って意味が分からん!
俺の苛立ちは頂点に達した。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ! クソが! やってやんよ!」
背中の大剣を引き抜いて、俺は目の前の赤竜を睥睨する。
力いっぱい地を蹴って、そのトカゲのような横っ面に鋭い刃を走らせた。
この時の俺はまだ知らない。
赤竜から竜の力を継承し、未来の英雄となることを。
全ての悪行が空回り、結果的に世直しへと繋がっていくことを。
大悪党になろうとしていたこの時の俺には……まだ知る由もなかった。
ムシャクシャして書きました。
アンチヒーロー上等じゃねえか。